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第二話 1たす3はピースサイン

 三人目……ではなく、三番目の容疑者はクロ。


 種族は猫でメス。年齢は推定三歳四ヶ月。


 仕事で通りかかった草原で、もぞもぞ動く泥の塊を拾った。家に帰って丸洗いしてみたら、真っ黒なふわふわ子猫になった。


 それも今は昔。


 眼の前にいるのは、ワイルドな目つきの黒猫ビッチだ。



 クロ目当てに俺の家に来るやつは多い。


 ゴツいおっさんが「これ、クロに」と言って生肉の塊を持ってきたり、近所のおばちゃんが「これ、クロちゃんに」と干し魚を持ってきたりする。


 まっ、ゴツいおっさんはガイナだが。ネコ好きか!?


 他にも、近所の子供達は「クロちゃん、いますか?」と訪ねてくるし、クロが近所の縄張りを歩けば、みんなが手をふって名前を呼ぶ。


 どんだけリア充なんだよ、その秘訣を教えてくれよ。そう俺はいいたい。



「クロ、お前、俺のクッキーをポーンしたんじゃないのか?」


「……」



 さすがにクロはクッキーは食べないだろうと、質問を変えてみた。


 ポーンというのは、目の前の物に前脚を当てて、下に落とす動作のことだ。俺が勝手にそう呼んでるだけだけどな。


 キッチンテーブルの上に座っているクロから、返事はない。


 耳をかすかに動かしただけで、完全に無視されている。



「クロにガラス瓶の蓋は、開けられないとアンナは思う!」



 アンナのつっこみに、ケンももぐもぐしながら、ウンウンとうなずいている。


 確かにな。ガラス瓶についている金属製の蓋は、回さないと開けられない。


 だから、猫には開けられない。


 そう思うよな?


 でもこいつは開けるんだよ。


 後ろ足だけ立ち上がり、前脚で器用に蓋を回して開けるんだ。


 そして瓶の中に前脚をつっこんで、中に入れてある俺の酒のつまみ、干し肉やら炒り豆やらを、かき回してひとしきり遊ぶ。


 楽しんだ後に爪で引っ掛けて外に出し、食べられない炒り豆なんかは部屋中に散らかして、ネズミ代わりのおもちゃにする。


 食べられるものなら、おもちゃにして遊んだ後に食べる。



「いや、こいつはガラス瓶の蓋を開ける常習犯だ」


「クロちゃん、頭いい!」



 アンナは驚きの声を上げ、ケンもフンフンとうなずきながら、二人してキラキラした目でクロを見ている。


 ふたりの称賛が気恥ずかしいのか、クロは長い尻尾でキッチンテーブルの上のクッキーの欠片を、まとめて床に叩き落した。



「クロ、やめなさい!掃除がたいへんになるだろ」



 クロはちらりと俺のほうをみると、ふん!と目をそらす。


 クロが撒き散らしたクッキーの欠片の被害状況を見ようと、キッチンテーブルの下をやれやれと覗き込む。


 小さなクッキーの欠片に混じって、かなり大きめの欠片もいくつか落ちている。


 なんてことだ。俺がせっかく焼いたクッキーだ。もっと大事に食べて欲しい。


 俺は大きな欠片を拾って、ケンとアンナの眼の前に突きつける。



「見ろ!こんなに大きなクッキーの欠片も落ちてるじゃないか」



 物欲しげにクッキーの欠片を見るケンとアンナ。



「食べ物を粗末にしてはダメだぞ」


「アンナはこぼしてないもん!」


「!」



 ケンもぶんぶんと首を横に振っている。


 否定する側から、ぽろぽろとクッキーの欠片を口からこぼすふたり。


 それにしてもクッキーを二十枚も二人で食べ切るとは、食べ過ぎではないだろうか。


 昨日、ガイナと飲みに行く前に、どうせ俺は昼過ぎまで寝てしまうだろうと、ちゃんとケンとアンナ用の昼飯を作っておいたのだ。


 簡単なハムとチーズのサンドイッチだったが、そちらもちゃんと完食してあるようだ。


 サンドイッチに大きめのクッキーを二十枚完食とか、食べ過ぎじゃないか?


 実はケンはこちらにきてから、食べ過ぎでよく腹を壊している。


 どうも辺境のシンプルな料理が気に入ったらしく、目新しいのもあってか、なんでもよく食べる。


 姉貴から預かっている甥っ子だ。健康管理はちゃんと大人として、目配りしてやらないといけないだろう。


 よし、さらなる尋問をしよう。


 実行犯に詳細を語ってもらおうじゃないか。



「ケン、お前、何枚クッキーを食べたんだ?」



 ぶるぶる首を横に張るケン。まだ口の中のクッキーを飲み込めていないらしい。


 俺のクッキーを食べてないと最初に言ったせいで、答えられないのだろう。



「ケン、お前が俺のクッキーを食べていないことは分かっている。それについては、さっき疑って悪かったと謝ったよな?」



 ウンウンとうなずくケン。



「じゃあ、別のクッキーの話をしよう。俺のクッキーじゃないクッキーの話だ」



 ケンは一瞬固まり、ん?と首を傾げている。



「今、お前が口の中に詰め込んでいるクッキーの話だ。俺のクッキーじゃないから、お前が何を言っても怒らない」



 しばらく俺の目を見て、俺が怒ってないことが分かったらしく、ウンウンと大きくうなずく。



「よし、じゃあ聞くぞ?お前はクッキーを何枚食べたんだ?」



「んー」とケンは考えた後、ニパッと笑顔を見せ、二本の指を前に突き出した。ピースサインだな。


 笑顔のケンの唇の端から、ぼとりとクッキーの塊が落ちる。



「二枚か?クッキーを二枚食べたんだな?」



 ウンウン大きくうなずくケン。



「違うー!ケンが食べたのは四枚だよ?アンナ数えてたもん!」



 アンナから異議申し立てがはいった。



「お昼にゼイルお兄ちゃんが作ってくれたサンドイッチを食べる前に一枚食べて、サンドイッチを食べたあとに三枚食べてたもん!全部足すと四枚だよ!アンナ、ちゃんと計算できるもん!」



 両方の手にクッキーをしっかり握ったまま、なぜかプンプン怒り出すアンナ。どうやら彼女の計算に対するプライドを傷つけてしまったらしい。



「ケンが食べたクッキーを全部足すと、確かに四枚になる。さすがアンナだな。ちゃんと計算できてるぞ」


「えへへ」



 嬉しそうに笑うアンナの頭を撫でておく。



「ケン、昼食前にクッキーを一枚食べて、昼食後に三枚食べた。合計何枚だ?」



 ケンは二カッと笑って、やっぱり指を二本立てた。


 計算ができないのか、どうしても二枚だと言い張りたいのか、俺には分からなかった。


 ケンのお腹を触ってみたが、サンドイッチとクッキーを大量につめこんだほどには膨らんでいないように見える。


 やはりアンナのいうとおり、ケンが食べたクッキーの総数は四枚なのだろう。



「アンナ、お前は俺のクッキーを何枚食べたんだ?」


「んー?アンナはゼイルお兄ちゃんのクッキーは食べてないよ?」


「じゃあ、俺のじゃないクッキーは何枚食べた?」


「三枚!」



 アンナの口の中に入っているのが一枚、両方の手に持っているのが二枚。合計三枚か。



「旨かったか?」


「うん!母さんの作ってくれるのより美味しかった!また作って!」



 どうやら俺は、隣の雑貨屋の奥さんを超えたらしい。


 ふふふっ。アンアの頭を撫でておく。




 それにしてもちょっと話がおかしくなってきた。


 ケンが四枚(自称二枚)、アンナが三枚食べたとすると、合計で七枚だ。


 俺が焼いたクッキーは二十枚。残りの十三枚はどこへいったのだろう?


 それ以外にも、俺には気になることがある。


 それは、クッキーを入れておいたガラス瓶が、キッチンテーブルに横倒しされていることだ。


 ケンとアンナの手が届かない、棚の高い位置に置いておいたというのに、どうやって下におろしたのだろうか?


 作り置きの昼飯は、二人の手が届く高さにいつも置いてある。


 だがガラス瓶を置いた場所は、たとえ椅子の座面に立ったとしても、今のケンとアンナの背の高さでは下ろせない位置なのだ。


 クロにも無理だろう。


 クロならガラス瓶の置いてあった場所まではいけるだろうが、少し離れた位置にあるキッチンテーブルの上にガラス瓶を置くことは不可能だ。


 そこで俺は、その点をケンとアンナに聞いてみることにした。



「ケン、アンナ、俺はこのガラス瓶を、棚の高いところに置いたあったんだが、どうやって下に下ろしたんだ?」



 顔を見合わせ、不思議そうにする二人。



「んん?お昼に学校から帰ってきたら、テーブルの上にガラス瓶があったよ」



 アンナの横でウンウンうなずくケン。


 もう口の中のクッキーは食べきってしまったようだが、話すのはアンナに任せるらしい。



「ガラス瓶は、いまみたいに横倒しになってて、蓋も開いてたよ。中に入ってたクッキーは七枚だよ!」


「七枚!?」


「ケンが四枚、アンナが三枚で合計七枚だよ!」



 ということは、昼の時点ですでに十三枚のクッキーが消えていたということになる。


 どういうことだ?



――ガラス瓶の移動の謎

――消えた十三枚のクッキー



 考え込んでいると、家の玄関から俺を呼ぶ声が聞こえた。



「おーい!ゼイル!今日は仕事も休みだ!今晩も飲みに行こうぜ!」



 俺の所属するパーティ《辺境の風》のリーダー、ガイナだった。



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