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75話 本当の味方

 突然、お義母様の誘いにより公爵邸に招待された。顔合わせ以来初めての招待……緊張だってしてしまう。だが今日は、緊張しいの私にとって誰よりも心強い味方が傍にいた。


「クリスタ様が家に来てくださるなんて、夢のようです!」


 そう、隣で熱く語っているエンディミオン様だ。


 今日は私たち二人とも勤務日だった。そのため、勤務後に同じ馬車に乗って、エンディミオン様とルアン公爵邸に向かっているのだ。


 彼がいるというだけで、一気に緊張がほぐれる。すごい力だな、なんて思っていると、エンディミオン様が何やら思案顔で話しかけてきた。


「実は、母が相談したいことがあると言っていたんです」

「相談? どんなことについてでしょうか?」

「それが私も気になって聞いてみたんですけど、クリスタ様と一緒の時に話すと言って、話してくれなかったんです。なので、恐らく今日はそのことについてのお話かと……」

「そうなのですか……」


 私が一緒でないと、エンディミオン様に話さない相談とは、いったいどんな内容なのだろうか。そんなことを考えて頭をひねっていると、頬に柔らかいものが触れると同時に、リップ音が響いた。


「エンディミオン様ったら……」

「ふふっ、林檎のように赤らんだクリスタ様も可愛いですね」

「もうっ、からかわないでください!」


 そう言って、私は隣に座っていたエンディミオン様の左腕に自身の腕を絡めた。仕返し半分、照れ隠し半分と言ったところだ。


 だが、そうしたところエンディミオン様が一言も発さなくなった。


――どうしたのかしら?


 急に黙り込んだエンディミオン様の様子を確かめるべく、顔を覗き込もうとした。その途端、彼は空いた右手で自身の顔をバッと覆うように隠した。


「クリスタ様、見ないでください。情けない顔をしていますから……」

「照れてるんですか?」

「っ……はい。あなたにはかっこいいところだけを見せたいんです。だから、あまりこっちを見ないでください」


 本当に見せたくないのだろう。彼は私がもっと覗き込もうとすると、窓の方へと顔を逸らした。だがそのお陰で、陰って見えなかった彼の耳が真っ赤に染め上がっていることが確認できた。


「ふふっ……エンディミオン様は可愛らしいですね」

「クリスタ様の方が可愛いです」

「っ!」


 弱っているはずなのに、無意識攻撃をしてくる彼に一瞬面食らった。しかし、私はめげることなく彼に言葉を続けた。


「私はかっこいいエンディミオン様も、可愛いエンディミオン様もどちらも大好きですよ。もっといろいろなあなたを見せてほしいです。どんなエンディミオン様だって、私の大好きなエンディミオン様ですからね」


 そして、「こっち向いてください?」と声をかけると、彼はゆっくりと手を下ろし、こちらに顔を向けた。


「クリスタ様、ずるいですよ。あなたにそんなことを言われて、逆らえるわけないじゃないですか……」


 そう言うと、彼は頬を赤く染め上げながら、少し拗ねたような表情をした。今まで見たことが無い彼のそんな表情を見て、いちいち胸がときめく。我慢しようとしても、勝手に頬が緩んでしまう。


 すると、そんな私を見て何か思ったのだろう。エンディミオン様が悔しそうに口を開いた。


「私だって、クリスタ様の余裕をなくすことも出来るんですよ」


 瞳の奥に熱を孕ませたエンディミオン様。そんな彼の視線に気付き、私は彼に視線とともに言葉を返した。


「じゃあ……無くしてみてください」


 心臓がドクドクと音を立てる。どちらの鼓動が聞こえているのか分からないくらい、互いに高揚しているのが分かる。


 そんな中、彼は私の言葉に呼応するように、私の輪郭にそっとその大きな手を滑らせた。顔を傾けた彼の顔が近付いてくる。

 もう少し……触れるか触れないか……。


 そのときだった。突然、外から大きな声が聞こえた。


「エンディミオン様、到着いたしました!」


 ルアン公爵的に到着した合図だった。


 そうと分かった途端、私たちは我に返り互いに挙動不審な様子で慌てて馬車から降りた。


 しかし、外の空気に触れて気が落ち着いたからだろう。平常を取り戻したのか、エンディミオン様が私の耳に口を寄せ、落ち着きのある甘い低音で囁いた。


「続きはまた今度……ですね」


 その言葉に、思わず心がトクンと鳴る。そんな私は、優しい笑顔を向けてくる彼にゆっくりと控えめな頷きを返した。


 ◇◇◇


 それから10分ほどが経った現在、私はエンディミオン様とともに、お義母様から不穏な話を聞かされていた。


「アマンダ嬢が、クリスタちゃんの裏の顔をお話しすると言っているの」


――アマンダ嬢って……ヴェストリス公爵令嬢のことよね?


 話したことがあるのかすら怪しいほど関わったことの無い人物に、私の裏の顔とやらを告発されるらしい。だが、この告発の理由は何となく分かった。


 アマンダ嬢……彼女は、貴族令嬢の中でもっともエンディミオン様にアピールしていた令嬢なのだ。

 きっとどこかで私とエンディミオン様の婚約を聞きつけ、破談させようとしているのだろう。


 そこまで推理したところで、一緒に話を聞いていたエンディミオン様が口を開いた。


「私のせいですね……。早急に解決させます。クリスタ様、すみません」

「謝らないでください。これはエンディミオン様のせいではありませんよ」

「ですが……」


 何かを言いかけたが、エンディミオン様はゆるゆると首を横に振る私を見て口を噤んだ。すると、私たちの会話を見ていた夫人が、手に持っていた手紙を机に広げた。


「ここを見てちょうだい。アマンダ嬢は、クリスタちゃんの裏の顔をよく知っている情報主を連れてくると言っているの。この人物に心当たりはあるかしら?」


 そう言われて手紙を見ると、情報主を一人連れてくると書いている。だが、そう言われてもパッと思いつく人物はいない。


――敵がいない人生を送って来たとは言わないけれど、ここまでするほどの人は想像がつかないわ。

 誰なの……?


 そう思っていると、エンディミオン様が気まずそうに口を開いた。


「魔塔主様の目が利いているので魔導士は考えられません。もしかして、御父上の再婚相手関連の誰かではないでしょうか?」

「アイラかカトリーヌだということですか?」

「はい。その二人のどちらかが、様々な条件を踏まえたうえで考えると、濃厚な線かと思います」


 そう言われてみれば、確かに納得だ。


――あれだけのことをしたというのに、懲りずに加担するなんて……。


 まだ二人と決まったわけではないが、可能性の高さを考えると、思わず悲しさと呆れが込みあげてくる。そのため、私は二人だったらはっきり言ってやろうと思い、お義母様にある申し出をした。


「お義母様、私もその話を聞く場に来てよろしいでしょうか?」

「別室で話を聞くということかしら?」

「はい」


 お義母様の質問に肯定の意を示すと、お義母様は何かを考えるように少し間を置き、こちらに向き直った。


「そうね。その方が齟齬も生じないから良いわね。クリスタちゃんさえ良ければそうしましょう」

「はいっ、ありがとうございます」

「では、私も同席いたします」


 エンディミオン様がそう告げると、お義母様が当たり前でしょと言葉を返した。

 そして、ようやく決行の日がやって来た。


 ◇◇◇


――二人とも、随分と好き放題言ってくれるじゃない!

 しかも、情報主が本当にアイラだなんて……。


 懲りたと思っていたのに、私の悪評をお義母様に話すアイラの声が耳に届き、思わず気持ちが滅入る。


 血がつながらない妹だからいじめられた。レアード様以外の男とも付き合っていた。使用人にも偉そうで家ではとても怖い人。


 そんな他人には知りようのない範囲の話を、あたかも本当のように話しているから質が悪い。しかも、作り話なのに本当のように話すから、気持ち悪ささえ覚え始めた。

 そのときだった。


「で、今までのお話はすべて真実かしら。エンディミオン、クリスタちゃん?」


 そう言って私たちに入室を促すお義母様の声が聞こえてきた。すると、私の隣で憤慨していたエンディミオン様が真っ先に扉を開け、三人がいる部屋へと入って行った。


 中に入り、嘘八百を並べていた二人に視線を向けると、恐怖で血色を失っている様子の二人が視界に映った。


 その後、お母様の説明で私が聖女ということを知るなり、散々私のことを誹謗していたはずのアマンダ嬢は突然黙ってしまった。

 だが、私にとってアマンダ嬢は、今はあまり気がかりの対象ではない。それよりも許せない人物が、彼女の隣にいるからだ。そして、私はその人物に声をかけた。


「アイラ。姿を見せるなと言ったわよね?」


 そう声をかけると、アイラは酷く傷つけられた人間のように、身体をビクッと跳ねた。


――人がいないと思って散々なことを言っておきながら、見つかった途端にこんなに怯えた反応をするなんて……。


「それ相応の対応をするから、覚悟しておきなさい」


 アイラの態度の代わりように呆れながら、冷たく彼女に言葉を放った。


 するとその瞬間、アイラの顔色がガラッと変わった。かと思えば、アイラはカトリーヌには何も言うなと言いながら、懇願するように床に膝を突いて泣き始めた。


 私の腕に必死に縋るように纏わりついてくる彼女の手が、気持ち悪くて仕方ない。あまりにも都合が良過ぎやしないかと思い、人を傷付け自分に甘い彼女に腹が立ってくる。


 だが、ここまでしたアイラをこれ以上追い詰めたら、何をしでかすか分からない。

 追い詰めて予期せぬことが起こる可能性を高めるよりも、カーチェス侯爵家の監視を高めてもらうことに力を入れる方が、ずっと彼女には効果があるだろう。


 そう考え、私はやっと喋りを止めたアイラに告げた。


「一蓮托生……と言いたいところだけれど、それは少し考えるわ」


 そう言うと、アイラはお礼を言おうとしたが、すかさずカーチェス侯爵には伝えておくと告げると、彼女はレアードに嫌われると泣き始めた。


――確かに、嫌われるかもしれないわ。

 だけど、それは自業自得だし、アイラの家庭内の問題よ。

 私が気にすることではない。


 そう自身の心に言い聞かせ、私はアイラに冷たく告げた。


「それは私の知ったことではないわ。あなたが選んだ道だもの」


 そう言って、自身の腕に纏わりついていたアイラの手を解き、彼女から離れた。その瞬間、お義母様がどこかに向かって話し始めた。


「お二人は御帰宅なさるそうよ。手伝ってあげてちょうだい」


 お義母様がそう言ったかと思うと、どこからか従者が集まり、あっという間に彼女らを連れて出て行った。その結果、この部屋には私とエンディミオン様、そしてお義母様の三人だけが残った。


 すると突然、お義母様が私の方に歩み寄ってきた。そして、私の両手を流れるように掬い上げると、優しく声をかけてきた。


「人間ってね、土壇場で本性が出るでしょう? あなたはその土壇場で人を助けられる人だって知っている。だから、私はあなたを信じたの。そして、それは今日正解だったと分かったわ」

「お義母様……」

「だからこれからも、クリスタちゃんが私の娘になってくれる日を楽しみにしているわ。今日は疲れたでしょう。もっと楽しい日に、また遊びに来てちょうだい。あなたなら、いつでも歓迎よ!」


 ね? と言うと、お義母様はエンディミオン様の面影を感じる、それはそれは美しい相貌を輝かせ、優しく微笑みかけてくれた。

 ちょっぴり重たい。だけど、純粋に嬉しい言葉だった。


 ◇◇◇


「母上がまた負担をかけるようなことを言ってすみません」


 ウィルキンス邸に帰る馬車の中、エンディミオン様が申し訳なさそうに声をかけてきた。そのため、私は彼を安心させるために笑いながら言葉を返した。


「負担もなにも、むしろ嬉しかったです。お義母様のことがもっと好きになりました」


 そう言うと、エンディミオン様はクリスタ様は優しすぎるなんて言ってきたが、私が特別優しいわけじゃない。周りが私をそんな人間にしてくれているのだ。


 なんて思いながら、しみじみとした想いに浸っていたところ、エンディミオン様が慈愛のまなざしを向けながら声をかけてきた。


「クリスタ様。私はあなたのすべてを信じています。誰が何を言っても、私は絶対にあなたの味方ですよ。私は常にあなたの傍にいますからね」


 そう言うと、エンディミオン様はそっと私の手を取り、手の甲に優しく口付けた。


「約束です」


 そんな言葉を付け加え、フフッと彼は楽しそうに笑ってくれた。そのお陰で、私の曇り空だった心にも晴れ間が差してきた。

 だから、私もお返しとばかりに彼に言葉を返した。


「私もいつだってエンディミオン様の味方ですよ。私も約束します」


 そう言って、私も彼の手を取りその甲に口付けた。すると、感極まった表情になった彼が「愛してます!」と言って、私を包み込むように抱き締めてくれた。


 フワッと香る彼の陽だまりのような匂い。それと、彼の優しさ、そして温もりに包まれ幸せいっぱいになった私は、馬車に揺られながら、そのまま自宅までの帰路を辿った。

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