70話 結ばれる二人
……腹は括った。そう意を決し、私は口を開いた。
「エンディミオン様」
「はい」
笑顔の奥に緊張が見え隠れしている。そんな彼に、私は言葉を続けた。
「私はあなたに、つい冷たい態度を取ってしまうことがあります」
「そう思ったことは無いですよ」
「はっきりとものを言ってしまうこともあります」
「素直で素敵です」
――ポジティブ過ぎないかしら……?
自身の今までの言動を振り返ると、告白や求婚をしてくるエンディミオン様を冷たくあしらった記憶が蘇ってくる。だが、そう思ったことは無いというエンディミオン様。
そのうえ、はっきりとものを言うことについても素直で素敵だなんて言い、何なら彼は緊張が解けた様子で余裕の笑みすら浮かべ始めている。
――ポジティブ過ぎて、逆に不安よ……。
いつもよりナーバスになっているのか、ついそう思ってしまう。そのため、本来言うつもりは無かったが、私は彼に自身の面倒臭い性分を話すことにした。
「逆に思いを言えず、心に溜め込むこともあります」
そう言うと、彼はクスっと笑いながら、私の顔を覗き込むようにして告げた。
「そこは、私の腕の見せ所ですねっ!」
この言葉に、私は思わず呼吸を忘れかけた。
貴族令嬢たちから蠱惑的な男性と称される人物が、私の前では実に健気な純真さを見せている。こんなの……もう彼に傾かざるを得ないだろう。
そう思いながら、私は呼吸を整えて再び口を開いた。
「……そういうあなたの優しさに甘えてしまっていることが、よくあります」
「全然足りませんよ! もっと甘えてください?」
ただでさえ好きだと言うのに、依存しかねない言葉をかけられ、胸にときめきとざわめきが広がる。だがそのとき、ふと私の心に一抹の不安が過ぎ、それは言葉となった。
「私はあなたよりも年上なんですよ……?」
そう告げると、彼は再び笑みを零しながら、何てこと無いように言葉を返した。
「年齢なんてただの数字ですよ。クリスタ様がクリスタ様である限り、私はあなたが何歳になろうと愛し続けます。甘えられるのも大歓迎です。私もその分甘えます!」
甘く優しい声音で紡がれたその言葉が、いともたやすく私の胸を締め付ける。しかし、私には他の懸念もあったため、いっそのことだと思い、それらも彼に告げることにした。
「エンディミオン様のように、美しい顔も持ち合わせておりません」
「私の美的感覚ではあなたは美しいですよ。何より、他の者が何と言おうと、私はあなたの顔が世界で一番大好きです」
直球で大好きなんて告げられ、思わずエンディミオン様から顔を逸らすように俯いてしまう。だが、言いたいことが残っていたため、恥ずかしさを誤魔化すように言葉は続けた。
「あなたのように、何でも器用にこなせません」
「ふふっ、刺繍で帳消しでしょう? 私も何でもできるわけではないですよ。それに、器用にこなすかよりも、私はこれと決めたら精進を重ねるあなたが好きなので、問題ありません」
「わ、私は意外と嫉妬深いですよっ……」
「クリスタ様からの嫉妬なら本望です」
「性格も可愛げが無いですよ? 面倒臭い自覚だってありますっ……」
「面倒上等です。私はあなたの可愛いところを沢山知ってます。今から言いましょうか?」
「い、いえっ! 結構です!」
――聞きたいけど、聞いたら心臓がおかしくなるに決まってる。
でも……ここまで言ったなら、知っているだろうけど、あのことは改めて言っておくべきよね。
それで……最後、きちんと言うのよ。
そう決意を新たにし、私は自身の全てを曝け出すべく、「次は何ですか?」なんて言いながら笑みを浮かべているエンディミオン様に、言葉を続けた。
「……っ私には、黒歴史のような恋愛歴もあります」
これは事実。かつて愚かだった私の、消したくても一生消せない過去だ。
他の男と婚前に恋愛歴がある女を好まない貴族男性は多い。だからこそ、エンディミオン様が知っていることは分かったうえで、敢えて言葉にして私から伝えた。
その答え次第で、心の中でけりを付けられると思ったからだ。
そして、私はエンディミオン様の反応が気になり、恐る恐る視線を彼に向けた。
すると予想外なことに、私の視界に映ったエンディミオン様は、一切動揺の色を見せていなかった。
それどころか、穏やかな表情になり、彼は近くにあった私の手をそっと掬い上げると、優しく話しかけてきた。
「それは、クリスタ様の成長過程でしょう? そこも含めて、私は今、目の前にいるあなたを愛します」
ちょっと良い気はしませんが……。くらいのことは、当然のごとく言われると思っていた。それなのに、彼はそれを私の成長過程と言って受け入れてくれた。どれだけ懐が深いのだろうか。
そう考えながら、私はドクドクと激しく脈を打つ心臓を抱え、さらに言葉を続けた。
「私はあなたのように素敵なデートを準備することや、最高のシチュエーションを用意することも得意ではないです」
そう言うと、間髪入れずに彼が言葉をかける。
「クリスタ様がそばに居てくれる、それこそが何ものにも変え難き幸せですから何も問題ありません」
なんて嬉しい言葉だろうか。そんな舞い上がりそうな気持ちを必死に押し殺しながら、流れのままに私は告げた。
「それは私もです……。あなたと共に過ごす時間が、いつの間にかかけがえのない時間になっていました。こんな私ですが、あなたのことを愛しています。……エンディミオン様、私と結婚してくださいますか?」
そう言って、私の手を掬っていたエンディミオン様の手を、両手で包み込んだ。
その瞬間、先ほどまでは笑みを浮かべていたエンディミオン様の顔から、表情という表情が抜け落ちた。
その様子は、まるで時が止まったかのようだ。だが、それから間もなくエンディミオン様が口を開いた。
「本当に……本当ですか……?」
信じられないとでも言うように、エンディミオン様が口から声を零す。
「はい。私はエンディミオン様、あなたと結婚したいです。私と……っ結婚してくださいませんか?」
はっきりと、私の意志を告げた。
後はもう、エンディミオン様からの返事を待つだけ。
緊張で、自身の鼓動が身体中に響く。そんな中、エンディミオン様の顔を見やると、美しいアクアマリンの瞳とばっちり目が合った。
刹那、これまで見てきた中で最も幸せそうな笑顔をしたエンディミオン様が、視界に飛び込んで……いや、物理的に飛び込んできた。
「まさかクリスタ様から求婚してくださるなんてっ……。喜んでっ……もちろん喜んでお受けいたします!」
そう言いながら、私を包み込むように抱き締めるエンディミオン様。そんな彼の背中に腕を回し、私もただひたすらにギュッと抱き締め返した。
すると、それに呼応するように、エンディミオン様は先程よりも抱き締める力を強くした。
それからしばらくし、少し興奮が落ち着いた様子のエンディミオン様が、私の耳元でポツリと囁くように話しかけてきた。
「この世の誰よりも、何よりも、クリスタ様を愛しております。一生大切にします」
その言葉を聞き、今までの人生がまるで走馬灯のように脳内を駆け巡り、涙が零れそうになる。
だが突然、エンディミオン様が抱き締める腕の力を緩めた。それにより、私も自然と釣られるように腕の力を緩める。
すると途端に、近距離でエンディミオン様と向かい合う状態になった。
かと思えば、正面から私を見つめるエンディミオン様が、流れるように私の頬の輪郭に自身の右手滑らせ、一言放った。
「……良いですか?」
これに、私は一つの頷きを返した。
ゆっくりと近付くエンディミオン様の顔。
いつもとは違い、酷く熱を帯びた彼の瞳が私の瞳と心を捉えた。
その瞬間、ついに私たちの唇は重なった。
こんな日が来るなんて、初めて会った時は思ってもみなかった。そんな思いと幸せを噛み締めながら、私はエンディミオン様とこの幸せな時間を共にした。
お読み下さり、誠にありがとうございます。
今年中には完結させられるよう頑張ります。
あと何話とは断言できませんが、あと1桁話なのは確定です。
最後までお付き合いいただけると幸いです。




