67話 目覚め
ずっと長い夢を見ていた。だけど、もうそろそろ起きなければならない。そう言われたような気がして、私はようやく眠りから目を覚ました。
――ここはどこかしら……?
瞼を開いたその先に見えた景色は、真っ白な天井だった。でも、それだけが分かったところで、ここがどこかを知る情報にはなり得ない。
そのため、身体を動かすことはせず、とりあえず視線だけを動かし、ここがどこなのかを確かめてみることにした。
と言っても、カーテンでほとんど景色が遮断されているのだが……。
――でもこのカーテン、見覚えがあるわね。
それに、この匂い……。
自身に被せられた洗い立ての布団の香り。独特な薬品の匂い。そして、カーテンの隙間から見える、私が保護魔法をかけたオフィーリアの花の花瓶。
これらを確認した瞬間、目覚めて間もなくボーっとしていた私の脳が一気に覚醒を始めた。
――ここは医務室?
えっ……本当に医務室?
私帰って来られたの……!?
早く現状を確かめようと、私は飛び起きるためにベッドに手を付こうとした。
刹那、起き上がる前にある人物の声が耳に入った。
「おっ、クリスタ。ついに目覚めたのだな」
自身の名を呼ぶその声と同時に、天井しか見えていなかった私の視界がその人物でいっぱいになった。
その瞬間、私の口から思わず声が漏れ出た。
「ギル、さま……」
自身でも驚きほどに、弱弱しい声だった。すると、そんな私の声を確認し、大人の姿になったギル様は優しく微笑みながら寝転んだままの私に手を伸ばし、側頭部から頬にかけて一撫でした。その感触を確かめた瞬間、夢ではなく、今私がここにいるんだという現実味が湧いてきた。
そのため、私はギル様に大事なことを訊ねることにした。
「ギルさま……」
「どうした?」
「エンディミオ――」
彼が見当たらず、どこにいるのかと訊ねようとした。そして、彼の名前を言おうとしたそのとき、ガターン! という大きな音が部屋中に響き渡った。
直後、ダダダダっと足音がこちらに向かって来たか思えば、目の前のカーテンが不躾に開かれた。
――っ……!
「クリスタ様っ……!?」
カーテンを開けた人物、それは私が一番会いたかった人だった。
かっこよさなんてどうでも良いというような必死な形相をした彼の表情を見た途端、自身の視界が一気に滲むのを感じる。
「エンディミオン、さまっ……」
「はいっ、クリスタ様。っ私はここにおりますよっ……」
そう言うと、彼は床に膝を付けて両手で寝転んだままの私の手を握りしめた。そんな彼を見て、一気に安心が込み上げた私はゆっくりと彼に言葉を告げた。
「エンディミオンさま。あなたの無事な姿を見られて、っ本当に安心しました……」
「私こそです! クリスタ様っ、あなたが無事で本当に良かったっ……!」
思った以上に震えた声が出てしまった。しかし、私に言葉を返した彼の声は、先ほどの私の声の震えなど気にならない程、それは切なげなものだった。
――こんなにも心配をかけてしまったのね……。
そう考えながら、私は滲む視界の中エンディミオン様の顔を見つめた。すると、綺麗な顔にクマが出来ていることに気が付いた。
彼のことだ。きっと、私が目覚めるまでちゃんと休めなかったのだろう。普通だったら自意識過剰としか思えないだろうが、彼のことだから間違いないはず。
なんて思っていると、私たちの様子を見ていたギル様がおもむろに口を開いた。
「我は今からアルバートを連れてくる。少し空けるぞ」
「はい、承知しました」
そうエンディミオン様が答えると、ギル様は優しく微笑みながら頷きを返した。
その後、ギル様がカーテンの向こう側に行ってからほんの少しの間を置いて、扉が開く音と共に、ギル様が医務室から出て行く音が聞こえた。
その音を聞き、私は少し冷静さを取り戻した。そのため、とりあえず寝転んだままの状態を何とかしようと、私はエンディミオン様に声をかけた。
「エンディミオンさま」
「はい! どうされましたか?」
「あの……身体を起すのを手伝ってもらってもよろしいでしょうか?」
「勿論ですよ。何でも頼ってくださいね」
そう言うと、彼は私の背中に安定感のある片腕を回し、優しく私の身体を起してくれた。そして、上体を起こした私の腰辺りにクッションになるよう枕を置き直してくれた。
そんな心遣い一つから、彼の素の優しさを垣間見た気分になり胸が温かくなる。
「エンディミオンさま、ありがとうございます」
「どういたしまして。そうだ。お水を飲まれますか?」
「……お願いしてよろしいでしょうか?」
「はい! お任せください!」
心底幸せそうな顔で微笑んでくるからずるい。不覚にも、想像以上にときめいてしまった。
そんな私は、エンディミオン様が持って来たくれた水を一気に飲み干し、冷静さを取り戻した。
「相当喉が渇いていたのですね」
私の心情を知らないエンディミオン様が、ベッド脇の椅子に座りながら、くすっと笑い声をあげつつ慈愛に満ちた微笑みを見せた。
この表情の彼に見つめられると、妙に気恥ずかしい気持ちが込み上げてくる。そのため、そんな気持ちを振り払うべく彼から少し視線を外そうとした。
その瞬間、私の視界は彼の首元に釘付けなってしまった。
――そうだった。
黒魔法を受けたから、彼にあげたペンダントは消えたんだったわ……。
プレゼントした日から、エンディミオン様はペンダントを肌身離さずずっと付け続けてくれていた。
しかし、そのペンダントが消滅したため、彼の首元から最近ようやく見慣れた輝きが消えてしまった。
そうと気付いてしまえば、つい切なさが込み上げてしまった。
すると、彼は私の些細な変化に気付いたのか、私の目を見つめるなりその視線を辿った。結果、私の思わんとすることを察したのだろう。彼の顔から笑顔は解けて消え、その代わりに一気にその表情からは罪悪感が滲み出た。
「クリスタ様が私に初めてくださったものだったのに……。本当にすみませ――」
「謝らないでください。エンディミオン様の無事が何よりも大切なことですから」
ね? と付け加えて彼に伝えた。すると、彼は感極まったような表情になり、珍しく感情的に言葉を発した。
「私もクリスタ様の無事が何よりも大切ですっ……! それなのに、私のせいであなたを危険にさらしてしまいました」
「戦場にいる時点で、誰かのせいと言うのは有り得ませんよ。それに、何ならエンディミオン様はトドメを刺してくださったじゃないですか」
彼のせいなんて有り得ない。そう思い、ありのままを告げた。しかし、今の彼は相当弱気になっているらしく、そうですが……と力ない様子で言葉を漏らした。
そのため、私はそんな彼を元気づけるべく言葉を続けた。
「それでいいんですよ。私もエンディミオン様も無事だった。それだけで十分です」
「っ! クリスタ様……わた――」
ハッと目覚めたような表情になった彼が、何かを言いかけた。
しかし、そのタイミングで医務室の扉が開く音がした。それを皮切りに、複数の足跡が聞こえてきたかと思えば、すぐにカーテンの向こう側から聞き慣れた声が耳に入ってきた。
「クリスタさん、入りますよ」
そう聞こえた直後、開かれたカーテンの隙間から優しい笑顔の先生が顔を覗かせた。
「アルバート先生……」
「クリスタさん。おはようございます」
「お、おはようございます……」
ごく自然に挨拶をされ、少々面食らったものの私は反射的に先生に挨拶を返した。
すると、私の返答を聞いた先生は安心したような表情になった。その表情を見て、いつもの先生だわ……なんて思っているうちに、先生は私の目の前に来ていた。そして、あるモノを差し出してきた。
「目覚めたので、このポーションも飲んでくださいね。魔力切れだったので、あなたが作っていたポーションを投与しました。今は身体もだいぶ楽でしょう?」
そう言われてみれば、確かに身体はかなり回復しているような気がする。それは恐らく、先生が治療を施してくれたおかげだろう。ということで、私は先生にお礼を告げた。
「はい。かなり回復していると思います。先生、ありがとうございます」
そう言うと、先生は笑顔を浮かべつつも、謙遜するように言葉を返した。
「ふふっ、僕は何もしてないですよ。それより、皆さんクリスタさんのことを心配してますから、早く顔を見せてあげてくださいね」
「はい!」
そんな返事を返した時だった。再び、医務室のドアが開く音が聞こえた。直後、大きな足音がこちらに近付き始めたと思えば、勢いよくカーテンがシャッと開かれた。
「クリスタ! 目覚めたのか!?」
不躾に開かれたかと思えば突然大声をぶつけられ、思わず耳が劈かれたような感覚になり肩が竦んだ。
「ちょっとカイル。驚く――」
驚くじゃない。そう言おうとしたが、小さくなったギル様を胸に抱えたカイルの表情を見て、私は思わず言葉を詰まらせた。
「クリスタ〜お前また心配させやがってよ〜グスッ、うぅ……。無理すんなよ! 心配かけんなよ! ありがとうだよ! グスッ……ばかぁ~」
人目も憚らず大号泣するカイル。そんな彼を見て、私は自身の目頭が熱くなるのを感じた。大声を出したくらいで驚くと言って注意しようとした自分が、心底非情に感じた。
「カイル……っ心配かけてごめんね」
「謝るなっ……! クリスタのおかげで何とかネクロマンサーを倒せたんだ。あ゛りがとなっ……。うぅ……でも、もう二度とこんなことすんな! グスッ……」
「カイルはクリスタが大切なのだな。よしよし、存分に泣くが良い。我が慰めてやる」
そう言うと、カイルに抱っこされたギル様はカイルの頭に手を伸ばし、言葉の通り慰めるように彼の頭をよしよしと撫で始めた。すると、撫でられているカイルは、ギル様と言いながらギル様をより強い力で抱き締め、号泣を続けた。
――いつの間に、こんなに二人が仲良くなったのかしら……。
目の前でギル様に慰められながらも、「俺の友達はお前しかいないのにぃ」なんて言いながら泣いているカイルを見て、最初こそ感傷的な気持ちになった。
しかし、それが五分を過ぎたあたりから、ようやく平穏な日常が戻ってきたのだという実感が湧き、私の心はホッとした気持ちに変化していた。
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