60話 ハンカチの約束
軍司令官の話を聞いて、私は事態の恐ろしさを改めて認識した。そのため、私の参戦は避けられないという考えの元、入念な戦闘準備をすることにした。
話し合いの場から解散した後、救護所で戦闘準備をしていると、軍司令官が地図を持ってやってきた。そして、私の姿を見つけると、その手に持った地図を広げて話しかけてきた。
「ウィルキンス君、配置の説明をしに来た」
そう言うと、広げた地図の一点を指し示し、軍司令官は話を続けた。
「君にはこの地点に居てもらう。治療が目的だが、君の力を使わずとも治るレベルの怪我に関しては、万が一に備え、魔力を使っての治療をセーブしてほしい」
「はい、承知しました」
「物分かりが良くて助かるよ。よろしく頼む」
そう言うと、軍司令官は救護所のすぐ外にいた第8騎士団にも話しかけ始めた。
「第8騎士団の諸君。君たちは、手分けをして今回の討伐参加者の全ての人間に、今すぐ保護魔法をかけて回ってくれ」
「御意!」
この返事をしてすぐに、第8騎士団はすべての団員に保護魔法をかけ始めた。
第8騎士団の人たちも、魔力を温存しなければならないはず。となると、あまり強固な保護魔法はかけられないと思うけれど、無いよりはましなはずよね。そんなことを考えながら、私はひっそり自分に保護魔法をかけた。
こうして、第8騎士団がすべての人に保護魔法をかけ始め、最後の一人になった時には、夕日も落ちかけるというような時間になっていた。
――もし、夜になった瞬間に襲ってきたらどうしましょう……。
何だか本当に嫌な予感がするわ。
これが、嵐の前の静けさなのかしら……?
夕日が完全に沈み、夜になって辺りはすっかり真っ暗になった。そんな状況で、ヒヤヒヤと不安を感じながら一人軍司令官の指示通り救護所にいた。
だが、特別何が起こるでも無く夜は明けた。ちなみに、夜に辺りを調べていた偵察部隊も何もトラブルが無く、怪我人も出ない状態で帰ってきた。
そして、今日も皆が捜索に言ったが、昨日の昼とは違い、誰もアンデッドの姿を確認することなく帰ってきた。
――こんなにアンデッドの姿が見当たらないなんておかしいわ。
一体どうなっているというの……?
いつ何が起こるか分からないから、いっさいの油断は許されない。そんな状況の中、私は体力や魔力を消費しない程度に、ちまちまポーションを量産していた。こうして私に今できる作業を一日中進めていると、食事をとる時間がやってきた。
今回の討伐では、食事をとる時間を部隊ごとにばらけさせている。いつ奇襲があっても、即座に対応できるようにするためだ。
そのため、今の状況を嵐の前の静けさだと思っている私は、自覚があるくらいピリピリと気が立った状態になっていた。そしてそんな精神状態のまま、一人救護所内で夕食を取り始めた。
すると、食べ始めてから数分後、おもむろに救護所となっているテントの入り口がごそごそとした。
――もしアンデッドだったら……。
そう心配をしたが、それは杞憂に終わった。なぜなら、救護所に入って来たのはアンデッドではなく、エンディミオン様だったからだ。そして、彼は入ってくるなり声をかけてきた。
「ちゃんと食事はとれていますか? 今日もクリスタ様は、大変愛らしいですね」
「今日みたいな日に凝りませんね……」
突然入ってくるなり甘い言葉をかけられ、つい呆れたように言ってしまった。だが、いつも通りに接してくれる彼を見たら安心することができ、私は彼に僅かに微笑んだ。
すると、エンディミオン様も私の顔を見て、嬉しそうに微笑み返してくれた。しかし、彼はすぐに真剣な表情になり、真面目な話を始めた。
「今回の戦いは死者が出てもおかしくないです。何も無ければ明日の夕方、こちらから作戦を開始しますが、あちら側の奇襲により、突然戦闘になる可能性もあります。っクリスタ様……何があろうと必ずお守りします」
その言葉に、私の胸はギュッと締め付けられる思いがした。なんだか、エンディミオン様が犠牲的な物言いをしているような気がしたからだ。
「ちょっと待っていてください」
そう声をかけ、私は自身が持って来たカバンの中からあるものを取り出し、彼に差し出した。
「エンディミオン様、こちらを受け取ってください」
「これは……私が……」
エンディミオン様が呟いたもの、それはかつてエンディミオン様が私にくれた、ドラゴンの刺繍が入ったハンカチだった。
私のことに関して犠牲的になりそうな彼を考え、何か彼の危うさを軽減させるための方法が無いかと考えた結果、私はこのハンカチを彼に託すことにしたのだ。
「エンディミオン様。この戦いが終わったら、必ず私にこのハンカチを返しに来てください」
彼の手を掴み、私は彼にハンカチを握らせた。すると、エンディミオン様は戸惑ったような表情で口を開いた。
「私が作ったものを私が持つのですか? よろしければクリスタ様に持っていていただきたいのですが――」
「これは私にとって、とっても大事なもの、私の宝物なんです。だからこそ、お守りとしてあなたが持っていてください。返さなかったら許しませんから」
そう告げると、彼は顔を頬を赤く染め、噛み締めるような笑顔で服の内ポケットにハンカチを収納した。
「必ずクリスタ様にお返しいたします!」
「はい、約束ですよ」
そう言って、私はかつてギル様としたように、エンディミオン様に小指を差し出した。すると、エンディミオン様はその小指に小指を絡ませ、深く頷きを返してくれた。
そんな時だった。突然救護所の外から切羽詰まったような、一人の団員の大声が聞こえてきた。
「アンデッドを確認! 至急作戦を実行する! プランCだ!」
響き渡るその声を聞き、辺りに戦慄が走った。




