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55話 2人だけの舞踏会

 背後から聞こえてきた声……。


 それは、ここ最近で最も聞き覚えのある声だった。そのため、私は反射的に声の方へと振り向いた。


「エンディミオン様っ……」


 どうやってあの御令嬢たちの網から抜け出して来たというのだろうか。そんなことを思っていると、エンディミオン様は流れるように距離を詰めてきた。


 あっという間に目の前にやって来た彼に、思わずドキリとしてしまう。というのも、今日の彼はいつもと雰囲気が異なり、正直とてもかっこよく見えるのだ。


 先ほどは女性に囲まれていたからあまり見ないようにしていた。

 ……あまり見たいと思える光景ではなかったからだ。


 しかし、いざ目の前に来ると、一瞬にして彼の雰囲気にあてられそうになる。


「クリスタ様」

「はい……」

「私にあなたと踊る名誉をくださいませんか?」


 そう言うと、彼はダンスに誘うために手を差し出して来た。こうしてダンスに誘う彼の姿は、まるで物語の中の王子様のようだ。


 だからだろう……。

 私は息をするかの如く自然に、差し出された彼の手を取っていた。


 彼はというと、私が手を取った途端それは嬉しそうに微笑んだ。そんな彼の顔を見て、私は胸がトクンと鳴るのを感じた。そして、一瞬静まり返ったかと思うと、室内からラストダンスの音楽が漏れ聞こえてきた。それに合わせ、2人きりのバルコニーで、私はエンディミオン様と踊り始めた。


「いつもお綺麗ですが、今日のクリスタ様は本当にお美しいですね」

「――っ!」


 いつもだったら流せる彼の甘い言葉。だが、今日は彼の言葉がいちいち胸を刺激してくる。


 今日会った騎士団の人たちも同じようなことを言ってくれたが、それはお世辞だと分かる。


 一方で、エンディミオン様はお世辞で言っているわけではないと伝わっているからこそ、妙に緊張して恥ずかしくなるのだ。


 ――ダメだわ……。

 心臓がおかしくなりそう……。

 何とか冷静になるか、せめて装わなきゃ。


 そう思っていた時だった。


「今日の私は、今宵の美しいクリスタ様に見合うような男になっているでしょうか?」

「私どころか、女神様が相手でも大丈夫ですよ」

「でしたら私の女神様はクリスタ様なので、見合っているということですね。嬉しいです」


 前言撤回、冷静になるなんて無理だ。砂糖を煮つめたくらいの彼の甘いセリフに、思わず動揺しそうになる。きっと彼は私とラストダンスを踊るために、ここまで来てくれた。その状況と相まり、ますます心が揺さぶられる。


 夜風で涼んでいたはずなのに、何だが身体が熱くなってきた。外だから分かりづらいだろうが、きっと顔も赤くなってしまっているだろう。それに……とても変な顔をしている気がする。


 今日はとにかく色々とおかしい。そんなことを思っていると「ふふっ」と笑いながら、彼はこちらを見つめ、これ以上話すでもなく踊りを続けた。


 だが、2人きりだからだろう。曲の終盤になるにつれ、エンディミオン様は少しオーバーな動きをしながら踊り始めた。


 その動きに、最初こそ驚いた。しかし、時間が経つにつれ自然と緊張がほぐれ、私は思わず声を出して笑ってしまった。


 すると、エンディミオン様は楽しそうに顔を綻ばせた。かと思えば、私を少し持ち上げクルっと一回転させ着地させるといった、より大胆な振りを取り入れ始めた。


 一応ダンスの振りにある範囲での踊りのため、ギル様の大道芸とは違い本当に楽しい。


 ――どうしましょう……。

 私……自分でも思っていた以上にエンディミオン様のこと……。


 自身の気持ちを再認識し、心臓がドッドッと鳴る。そんなとき、ダンスの曲が終わった。


「ありがとうございました。本当に楽しかったです」

「私も……楽しかったです」


 素直な気持ちを伝えた。その言葉が彼にとっては意外だったのだろう。彼は一瞬驚いたような顔をした。だが、すぐに華やぐような笑顔を見せ口を開いた。


「ふふっ! あっそうだ……クリスタ様は魔塔主様がペアでしたよね?」


 突然魔塔主様と言われ、気分が現実へと引き戻された。


「はい。そうですが……」

「では、魔塔主様の元まで送ります。今行かないと、人の波で魔塔主様を見つけられなくなると思いますので」


 彼は、私が魔塔主様とはぐれることを心配しているのだろう。エスコート役の男性が女性を家まで送ることが当然だからこそ、会えなくなる可能性を危惧してくれている。だが、その心配は無用だ。


「今日は私、1人で帰りますよ」


 ――だって、勝手に帰って良いって言ってたもの。



 なんなら、魔塔主様の方が既に帰っている可能性すらある。探したところで無駄なのだ。魔塔主様と別れた時点で、1人で帰ることは確定していたと言っても過言では無い。すると、エンディミオン様が口を開いた。


「でしたら、馬車までエスコートさせてください。暫く会えなかったので、少しでも長く一緒にいたいです」


 一緒にいたいという真っ直ぐな言葉に、心臓が高鳴る。いつもだったら、その言葉に了承するかもしれない。しかし、ここは騎士団内部ではなく、ご令嬢や御夫人が大量に集まった舞踏会場だ。


 ――エンディミオン様と一緒にいるところを見たら、本当に殺されるかも……。


「今出たらエンディミオン様の親衛隊が……」


 そう言うと、エンディミオン様はバツが悪そうな顔をした。


「そうでした……。では、皆が出るまでここで待ちましょうか」

「はい。それより、よくここが分かりましたね?」

「当然です。ずっとクリスタ様のことを見ていましたから」


 そう告げられたかと思うと、突然私の身体が彼の香りと温もりに包まれた。


「身体が冷えます。どうぞ羽織っていてください」


 どうやら、彼が自身の上着を被せてくれたようだった。あまりにも自然な流れ過ぎて、気付いた時には私の肩に上着がかかっていた。


「あ、ありがとうございますっ……」


 上着に残った彼の温もりと香りに照れながら彼を見た。すると、慈愛に満ちた双眸と目が合い、ついボーっとしてしまう。


「随分前からいましたよね」

「へ……!?」

「何か考え事をしていたんですか?」


 そう言うと、彼は手すりに腕を預け私の顔を覗き込んできた。


「考え事というか……勝手に星座を作って名付けてを繰り返して、暇を潰してました……」


 いざ言葉にすると、子どもみたいで恥ずかしい気持ちになってくる。考え事をしていたと、それらしい嘘をつけばよかったのに、どうして素直に答えてしまったのだろうか。


 そんなことを思っていると、私の言葉に反応するように、エンディミオン様は空へと視線を移した。


「これだけの星があれば、確かに何座でも作れそうですね」


 その声につられ、私も再び夜空に目を向けた。すると、私の隣に居る彼は夜空を指し始めた。


「……あの星とあの星、後はそことそこと少し横の星を繋げたらクリスタ様ですね」

「何言ってるんですか。それに、どの星を指してるかも分かりませんよ」


 突然変な星座を作り出そうとする彼につい突っ込みを入れてしまう。それに、星を言われても彼がどの星を指しているのかさっぱりだ。すると、彼は視界を合わそうと私との距離を詰め指し直した。


「あれですよ!」

「そう言われても分かりませんよ……。でも、それを言うならあれとあの赤い星と、周辺にあるあの青白い星たちで囲んだらエンディミオン様とも言えますよ!」

「どの赤い星ですか!?」

「あの赤い星です。あと、隣にある金星と周辺の2等級くらいの明るさの星で囲んだらドラゴンです」

「ん? あっ! あの金星ですね!」


 子どもすら退屈になるようなくだらない遊びで、何で私たちはこんなに盛り上がっているのだろうか。


 こうして、あれだこれだと指を指しているうちと、突然肩にトンッと何かがぶつかった。咄嗟に横を見れば、それは彼の腕だった。……0㎝の距離に彼がいたのだ。


「ごめんなさいっ!」


 あまりにも夢中になり過ぎて、彼との距離がこんなにも縮まっているとは思っていなかった。


 驚き飛び退くと、ふとカーテンの隙間から見える会場内が視界に入った。もうほとんど人がいなくなっている。


「こんなに時間が経っていたとは……。クリスタ様、そろそろ出ましょうか」


 優しく微笑む彼に声をかけられた。そんな彼の顔を見て、胸をドキドキと高鳴らせながら、私はエンディミオン様とひっそり会場から出た。

 そして、ウィルキンス家の馬車の前に辿り着いた。


「今日はありがとうございました。……楽しかったです。これ、ジャケットもありがとうございました」


 そう告げながらエンディミオン様にジャケットを差し出すと、彼は溢れんばかりの笑み零しながらジャケットを受け取った。そのとき、少し指先が触れてトクンと心臓が跳ねた。しかし、エンディミオン様は何事も無いという様子で口を開いた。


「ではクリスタ様、また明日お会いしましょうね」

「はい。それでは……おやすみなさい」


 こうして、私の乗った馬車は発車した。そして、馬車に乗った私はこの感情に確信を持ってしまっていた。


 ――ずっと否定しようとしてたけど……抗いようのないくらい彼に惹かれてるんだわ。

 勘違いじゃなくて、彼のことが好きなんだわ……。


 縛られていた何かに心が解放される。そして、彼に恋している。そんな自分の気持ちにやっと向き合えた。


 そんな感情でいっぱいいっぱいになっていた私は、私たちを見ていた視線に気付くことが出来なかった。

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