40話 第5騎士団の恩返し
デートの次の日も、私は仕事が休みだった。そのため、私はデートの日から1日またいで出勤した。
すると、医務室の前に着くなり、廊下の遠くの方からカイルがダーッとものすごい勢いで走って来た。そして、私の腕を掴み医務室内に引き込むと、怒涛の勢いで話しかけてきた。
「おいおい、クリスタ! 大会でエンディミオンからオフィーリアを花束ごと貰ったんだろ!?」
「う、うん、そうだけど……」
そう答えると、カイルは疲れたような顔をして話しを始めた。
「あれを見た令嬢たちが、あの女はどこの誰だってめちゃくちゃ噂してんだよ」
そう言うと、カイルはどさっと近くにあった長椅子に座り、立ったままの私を見上げて話しを続けた。
「昨日仕事で外回りしてたんだ。そしたら、俺と一緒にいるの見たことあるって、わざわざ聞きに来たんだぜ? マジで大変だったからな……。一昨日受付に聞きに来てたやつもいたし……」
このカイルの話を聞き、私の頭には2人ほどのご令嬢が浮かんだ。だが、カイルの話を聞くに、2人ではないだろう。
――人気はあると思ってたけど、やっぱり私は彼の人気を侮り過ぎていたのかもしれないわね……。
「カイルにも聞きに来る人がいるほどだなんて……」
呟くように声を漏らすと、カイルはげんなりとした表情で口を開いた。
「俺に聞きに来たのは7,8人くらいだったけどよ、そのうちの2人がとにかくヤバかったんだよ。結局誤魔化したんだけどめちゃくちゃ怒られて、もう怖すぎて俺が泣きそうだったわ……」
「そうだったの……。なんか、ごめんね」
正直私が謝る必要はないだろう。悪いのは常識の範疇から外れたご令嬢だ。だが、私が楽しい思いをしている間に苦しんでいたカイルを思い、つい謝ってしまった。
そんな私を見て、カイルは「うん……」と呟いたあと、何かを思い出したように突然大きい声を出した。
「あっ! てか、俺が外周りしてた理由だけどよ……クリスタが牧草生き返らせたんだってな!」
そう言うなり「まあ座れよ」と言いながらカイルは私の手首を掴み、隣に座らせ言葉を続けた。
「騎士団の馬が休憩地点として草を食べさせるところだったから、病気になって困ってたんだよ。それで騎士団代表として、魔塔と共同で検査しに行ってたんだ」
カイルがご令嬢たちと遭遇する場所で外回り何て珍しいと思っていた。だが、魔塔と共同ということは、魔塔に行ったということだろう。それなら、ご令嬢に話しかけられたシチュエーションが理解できる。
すると、そんなことを考えている私にカイルははしゃいだ様子で話しを続けた。
「それで、検査したら生き返ったどころか、牧草が良質になってたんだ。やっぱ聖女ってスゲーんだな。魔塔主様も絶賛してたぞ!」
「馬が食べるものだから、良質になっていたのなら良かったわ」
「おう! でも、何であんな場所行ったんだよ?」
ドキッとした。デートをしていたなんて言ったら、カイルは絶対にその話をネタにする。ここは何とかして誤魔化すしかない。
「ちょ、ちょっと近くに行く用事があって……」
我ながら嘘をつくのが下手すぎると思う。しかし、カイルは私が言いたくないと察したのだろう。これ以上の言及はしなかった。
「まあ、何にしろスゲーよ。クリスタやるな! 俺の馬そこの草が好きなんだよ。ありがとな」
そう言われ、嬉しさと喜びの感情が心に広がった。
かつて私は、国中の人から聖女様として讃えられることを目指していた。そういう名声があれば、好きな人と結ばれることが許されると思っていたからだ。
だけど、やっぱりこうやって身近な人に感謝されるような仕事が楽しい。神様のように聖女と称えられる生活より、絶対こっちの方が性に合っているのだとしみじみ思う。
――公爵家の当主や一部の騎士団関係者の人たちが聖女ってことを黙ってくれているから、今みたいな生活ができるのよね。
協力してくれている人たちには感謝しかないわ……。
そう思っていると、医務室にアルバート先生が入ってきた。
「あっ! アルバート先生おはようございます」
「せんせ~い! おはようございます!」
私とカイルの声が重なった。
「クリスタさんおはよう。カイル君もおはようございます」
私たちが同時に挨拶したためだろう。先生は目を細めながらそれぞれに挨拶を返してくれた。
こうして先生が来たことで、カイルは私と話しをやめ、勤務開始のギリギリまで先生に纏わりつき、時間になると医務室から出て行った。
その後、私はいつも通り業務を始めた。最後の勤務が剣術大会だったからだろう。今日はいつもより少し暇に感じるが、仕事が無いわけではなかったため、すぐにお昼休みの時間になった。
すると、医務室の扉がガラガラと開く音がした。そして、その人物は私に近付くと笑顔で口を開いた。
「クリスタ様! ちゃんと着けてますよ!」
そう言うと、彼は制服の首元のペンダントに人差し指をひっかけ、誇らしげな顔で私に見せてきた。子どもらしい彼の言動に半ば付き合う形で、私は彼に言葉を返した。
「お似合いですよ……エンディミオン様」
彼は私の呼び名に気付いたのだろう。途端に華やぐような笑顔になった。
「有言実行するあなたが愛おしいです。結婚してくださいっ」
「……おこと――」
いつものようにそう答えようとした。しかし、突然開いた医務室の扉の音と、それに追随する複数の足音によって、言いかけた私の言葉は空に消えた。
「あっ! 姉さん! いたいた! 良かった~!」
そう言いながら、第5騎士団がぞろぞろと医務室内に入ってきた。すると、副団長が代表で口を開いた。
「姉さん! 改めにお礼を言いに来ました! 今日はごちそうさせてください!」
元気よく副団長が声を出すその後ろで、第5騎士団の団員たちは私に笑顔を向けてくる。すると、この状況を唯一理解できていない男が口を開いた。
「姉さん……? 何でクリスタ様が姉さんなんですか?」
エンディミオン様が不審がりながら尋ねると、第5騎士団の団員が口を開いた。
「俺らの団長を救ってくれたんです! 姉さんでしょう!」
「何を宣っているんですか? クリスタ様はあなたたちの姉さんでは――」
「クリスタ様が良いって言ってくれましたもん! そうですよねっ、姉さん!」
少し怒った様子のエンディミオン様を遮ると、団員は私に話しを振ってきた。
「はい、確かに言いました」
そう答えると、第5騎士団員たちは「ほらな!」という中、エンディミオン様は衝撃を受けた顔をして固まってしまった。
すると、そんな状況の中でライオネル団長が私に近付き話しかけてきた。
「ごめんなクリスタちゃん。俺の部下みんな情熱的なんだよ。で、今日の昼はお礼させてくれないか? 何でも頼んでくれ。今日だけじゃなくても良いけどねっ」
そう言いながら、ライオネル団長はパチンとウインクをしてきた。
――これは困ったことになったわね……。
第5騎士団は私にご馳走してくれる気満々だ。でも、エンディミオン様はきっと私をいつものようにお昼に誘いに来てくれたんだと思う。
行く気満々の第5騎士団の誘いは非常に断りづらい。だけど、エンディミオン様に悪い気がする。
この2者の板挟み状態になった私は、チラッとエンディミオン様に視線を向けた。すると、その私の視線はエンディミオン様の視線と交差した。
「クリスタ様? どうされました?」
「いや……せっかくエンディミオン様が来てくださったのにと思いまして……」
困り切っていたため素直に答えた。すると、エンディミオン様は私のこの発言を聞き、目を細め本当に優しい笑顔で微笑みかけてきた。
「私のことは気にする必要はありません。ライオネル団長もきちんとお礼をしたいのでしょう」
気にするなという彼だが、気にしない方が無理だ。だから、彼に聞くには愚問だと思ったがつい私は小さな声で問いかけた。
「……本当に良いんですか?」
すると、私の質問にきょとんとしたかと思うと、フッと笑みを零しながらエンディミオン様は言葉を返してきた。
「何で逆にダメなんですか? 彼らはあなたに少しでも恩返ししたいんです。いっぱい好きなだけ食べてください」
そして、目の前の団長には聞こえないように私に少し近付き、コソコソと言葉を続けた。
「ぜーんぶ団長持ちなので、遠慮しちゃダメですよっ。是非楽しんできてくださいね」
そう言うと、エンディミオン卿は私と距離を取り、医務室から出て行く私と第5騎士団のことを手を振って見送ってくれた。
◇ ◇ ◇
「良かったんですか? エンディミオン団長」
「先生には隠せませんね。私、ちゃんと余裕のある人に見えていましたか?」
「ええ、見えていましたよ」
「そうですか……。でもうらやましいっ……。私も可愛らしく愛おしいクリスタ様と一緒に過ごしたかったです……!」
「……一緒に行けば良かったんじゃないんですか?」
「今日は上からの司令で午後から討伐の召集がかかっていて、休憩時間が短いんです。なので、今日は顔を見て少し話せればと……」
「そうでしたか」
こんな会話があったと知るはずもなく、私は第5騎士団の団員たちとワイワイ話しながら食堂へと移動していた。




