39話 近付く心
馬車に乗り込んだ私は、楽しい気持ちと満足感に満たされ、すっかり浮かれ気分になっていた。
――はぁ~楽しかったわ……!
でも何か忘れているような……あっ!
楽しさのあまり忘れかけていた。しかし、何とか彼のために用意したものを思い出し、私はエンディミオン卿に声をかけた。
「エンディミオン卿、改めて大会優勝おめでとうございます。こちら、優勝したお祝いのプレゼントです」
「え? クリスタ様からですか……!?」
彼は驚いた顔をした直後、花が開いたような笑顔を見せた。
私は彼にちゃんとしたお祝いの品を用意しようと思っていた。そのため何をあげようかと悩んでいたところ、今日行った魔導具店でこれしかない! というものを見つけることが出来たのだ。
そして、私はラッピングされたそのプレゼントをエンディミオン卿に差し出した。すると、彼は本当に嬉しそうな笑顔でプレゼントを受け取ってくれた。
「ありがとうございますっ! 嬉しいですっ……開けても良いですか?」
「はい、もちろんです。実は、開けてから仕上げがあるんです」
そう言うと、彼は不思議そうな顔をしながら、私が贈ったプレゼントの箱を開けた。彼が開けた箱の中身、それはペンダントだ。
このペンダントには魔石が付いており、保護魔法を付与できる。そのため、私は開かれた箱の中のペンダントに手を翳し、この場で保護魔法の付与を行った。
すると、黒っぽい色をしていたペンダントは、美しい輝きを放つ白金へと色を変えた。
「すごいです……。クリスタ様からのこんなプレゼント……っ大切すぎて使えないです」
そう言うと、彼は苦し気な表情になり、ウルウルとした瞳で私の顔を見つめてくる。だが、使ってもらわなければ、宝の持ち腐れだ。そのため、私は彼にはっきりと告げた。
「使ってください。もし何かあれば、このペンダントが1回限りですが身代わりになって、どんなに強い攻撃からも守ってくれます。魔塔主様の最大級の攻撃からも、黒魔術からもですよ」
そう言うと、彼は驚いた顔をしてペンダントに視線を移した。無理もない。見た目は普通のペンダントなのだ。
ただ、この商品の正体はそうそうお目にかかれることが無いレア中のレア物だ。あって良かった。というか、あること自体が奇跡だ。
それなのに、保護魔法を使える人がいないと効力を発揮しないため、本来の価値よりずっと安い値段で売られていた。
今日見つけたのもきっと何かの縁だ。そう思い、危険な討伐を専門とするエンディミオン卿に着けてほしくて贈ることにした。
「あなたは危険な前線で戦う人です。だから、お守りとして着けてほしいです……」
願いを込めてエンディミオン卿を見つめると、私を見つめるエンディミオン卿と視線が交わった。すると、彼はほんのりと頬を染めながらも、少し怖がっているような表情で口を開いた。
「クリスタ様……っよろしければ着けていただけないでしょうか……?」
緊張しているのか、声が少し震えている。
――私が着けてほしいと言ったんだから、まあ着けるだけだし良いわよね……。
珍しい彼の姿を見て、私は彼のその要望に応えることにした。
「分かりました。私が着けましょう」
「本当ですか……!? では、走行中で危ないので私が移ります!」
そう言うと、対面に座っていたエンディミオン卿は、私が座っている座面の余白へと座るべく自身の席を立った。そして、私に対して背中が向くように隣に座り、私が着けやすい様に気を遣って、ペンダントの留め具を自身の首の後ろまで持ってきてくれた。
私はそれを後ろから受け取り、ペンダントを留める作業に取り掛かった。そのときチラチラと視界に入るエンディミオン卿の耳は真っ赤に染まっている。顔は見えないが、恐らく耳同様赤くなっていることだろう。
そのことに気付くと、途端に変な緊張感が生まれてきてしまう。そのせいで、ペンダントを着けるのに少し手こずりそうになったが、何とか素早く付けることが出来た。
「エンディミオン卿、着け終わりましたよ」
そう声をかけると、エンディミオン卿はハッと反応し、真っ赤な顔のまま振り返り「ありがとうございますっ……!」というと、それは嬉しそうにはにかんだ。
そのエンディミオン卿の顔を見た瞬間、何とも言えない胸騒ぎがした。だが、私のそんな心の動揺なんて知るはずもないエンディミオン卿は、対面の座席へと戻り楽しそうに話しかけてきた。
「今日は本当に楽しかったです。もう幸せすぎます。まさかクリスタ様とのデートが叶う日が来るなんて……。それにプレゼントまで用意してしかも着けてくださるなんて……好きです。結婚してください」
「おっ……お断りします……」
――そうよ、今日はデートだったんだわ。
デートと言う名詞を急に出され、何とも言えない複雑な気持ちが込み上がってきた。そんな私に対し、エンディミオン卿は慈しむような視線を向け言葉をかけてきた。
「……正直なところも大好きですよ。ペンダント、本当にありがとうございます」
そう言ったが、突然エンディミオン卿は何か考え事をしているような表情に変わった。
「どうされましたか?」
違和感を覚えエンディミオン卿に話しかけると、彼は何かを言いかけたが口を閉ざした。しかし、間を置くと再び口を開いた。
「実は、もう1つお願いしたいことがあるんです。でも1個だけだと約束したので……」
彼はこういう時、本当に真面目で律儀だ。同じ団長という立場でも、カイルだったら最初のお願いに、まず100個お願いを叶えてくれと言い出すだろう。
そんなカイルのような強欲さが無い、エンディミオン卿のこういう性格は嫌いじゃない。むしろ誠実さがあって良いと感じる。それに、今日は本当に楽しませてもらったのだ。願いの1つなんて誤差だろう。
「良いですよ。今日は本当に楽しかったので!」
そう返すと、パァーっと効果音が付きそうなほどの笑顔になり、そのお願いを言い始めた。
「以前何とでもお呼びくださいと言った手前言いづらかったんですが……卿じゃなくてエンディミオンと、そう呼んでほしいのですっ」
――えらく呼び方にこだわるのね。
でも、さすがに呼び捨ては無理よ。
エンディミオン卿の言い分を考慮しながらも、私の立場的な問題も考えた結果、無難な1つの呼び方しか思いつかなかった。
「エンディミオン様でも良いなら考えますよ」
「本当ですか!? お願いします! 卿よりも壁が1つ薄れて嬉しいですっ」
そう言いながら、彼はとても喜んでくれた。カイルのことは呼び捨てだから、様付けもやめてと言われるかもしれないと思ったが、納得してくれて良かった。
こうして、私は今日の課題を全て終わらせた時のような満足した気分で、馬車に揺られながら家へと帰った。そして、2人で馬車から降り、私は改めてエンディミオン卿に今日のお礼を告げた。
「今日はありがとうございました。魔導具店もですが、特に乗馬が本っ当に楽しかったです。ですが、本当にこのドレスをいただいてもよろしいんですか……?」
「もちろんです!」
そう言うと、エンディミオン卿はグイッと耳元に口を近付け、周りには聞こえないような声で囁いた。
「またあなたと乗馬に行く口実になりますからね」
そう言い終わるとすぐに元の体勢に戻り、悪戯に成功したと言わんばかりの余裕のある笑顔で笑いかけてきた。
それから、エンディミオン卿は名残惜しそうにしながらも、馬車に乗り込み帰って行った。
私はエンディミオン卿、もといエンディミオン様が乗る馬車を見送るため、去り行く馬車を後ろから眺めていたが、ふとある思いが脳裏をよぎった。
――今日は正直、本当に楽しかったわ。
でも、彼のお願いだというのに、私だけが楽しんでしまっていたんじゃないかしら……。
自分ばかりが良い思いをしていた。そう思い、今日のデート中の彼について頭の中で振り返った。
すると、思い浮かぶのは喜んだり嬉しそうにしたりしている笑顔の彼だった。心の底から楽しそうな笑顔だ。
「ふふっ」
――どうやら、そこまで心配はしなくていいみたい……。
彼の表情を思い出すと、心配どころかむしろ明るい気持ちになる。だからだろう……1人だというのに、私の顔からはつい笑みが零れていた。




