38話 高鳴り
ルークが小走りを始めたことにより、先ほどの速度では感じることの無かった風を感じ始めた。疾風ではなく、ちょうど快い程度のこの風に、私の気分は一気に上昇した。
天気も良くちょうどいい気温の中、青々とした緑が一面に広がった美しい草原を心地よい風を浴びながら馬に乗って走る。これだけで、私はとても開放的な気分になっていた。
――こんなに楽しいのはいつぶりかしら……!?
そう思うほど、私は心の底からはしゃいで乗馬を楽しんでいた。そんなハイテンションな私はエンディミオン卿とルークに声をかけた。
「エンディミオン卿! もう本っ当に最高です! ルーク、あなたも最高よ! ありがとう!」
そう言い、私はお礼代わりにルークに祝福をかけた。効果があったのかは分からないが、何となくルークが楽しそうに走り始めたような気がした。
そんなルークを見てふふっと笑っていると、耳元から優しい声が聞こえてきた。
「クリスタ様、最後にもう少ししっかりと走ってみますか?」
「騎士の方が走らせるときくらいの早さですか?」
「はい……どうしましょう?」
もうここで私の選択肢は1つしかなかった。
「ぜひ! お願いします!」
その私の答えを聞くと、エンディミオン卿は分かりましたと楽しそうに声を零した。
そして、彼は先程より私の耳に口を近付けると、色気を孕んだ愉しげな声で囁いてきた。
「舌を噛まないように気を付けてくださいね。では……いきますよっ」
そう言うと、急速的にルークのスピードが上がった。先ほどとは比べものにならないほどの疾走感だ。
恐怖を感じつい保護魔法をかけた。エンディミオン卿の分も勝手にかけた。
格段にスピードが上がり、最初のうちは怖かった。だが、慣れてくると徐々にその恐怖は爽快感へと変わった。今日1番の爽快感だ。
こうして、私は全力で疾走感と爽快感を最大限に楽しんだ。もうときめきで胸がいっぱいだ。
だが、2人を乗せた馬をずっと走らせ続ける訳にはいかない。そのため、私たちはルークに乗った地点に戻ることになった。
そして、出発地点に帰るとエンディミオン卿は無駄のない美しい動きでルークから降り、下から私が降りるための補助をしてくれた。
「先ほどの台を補助にして降りてくださいね」
そう声を掛けてくれたため、私はきちんと台に着地することが出来た。ただ、私はここで完全に油断してしまった。
台から地面に降りるタイミングでよろけてしまい、あろうことかエンディミオン卿の胸に飛び込んでしまったのだ。
その拍子に私の耳はエンディミオン卿の胸に密着した。その瞬間、ドッドッドッドッというエンディミオン卿の鼓動がはっきりと聞こえた。とんでもない速さの心拍だった。
「す、すみません……!」
慌てて飛び退きエンディミオン卿に謝った。そんな私にエンディミオン卿は少し頬を赤らめながらも、何てことないような顔をしながら「大丈夫ですよ」と言って笑いかけてくれた。
けれど、私はエンディミオン卿の鼓動を知ってしまっている。
――何でエンディミオン卿よりも私の方が照れてるのよ……!
本当に調子が狂っちゃう……。
何だか私だけが翻弄されているような気分になり、むず痒い気持ちになった。だが、私は気を取り直し、改めてエンディミオン卿に話しかけた。
「エンディミオン卿ありがとうございました! すっごくすっごく楽しかったです! ルークもありがとう!」
そう言ってルークを撫でると、ルークは目を細めて喜んでいるような表情をしてくれた。
「ルーク、クリスタ様にかわいがってもらって良かったな。はあ、羨ましい……」
「ルーク相手に何言ってるんですか! もう! ふふっ」
馬相手に嫉妬している彼に突っ込みながらも、冷静になりつい笑ってしまった。すると、そんな私を見てエンディミオン卿も笑い出した。
「そうだ。クリスタ様、今からちょっとルークに餌をあげても良いですか?」
「ええ、もちろんいいですよ!」
――ルークの食事シーン、ほのぼのする光景でしょうね……。
そう思いながら、食用の牧草地へと移動した。しかし、その牧草地は厩舎にいる馬がちゃんと食べられるのか心配になるほど狭く感じた。
――馬ってあまり食べないのかしら……?
って、そんなわけないわよね。
こんなに大きな身体をしているんだもの。
「エンディミオン卿、かなり牧草地が狭いと思うんですけど、これで本当に足りるのでしょうか?」
そう尋ねると、エンディミオン卿は顔を曇らせた。
「実は、この柵より向こうも食べていい牧草だったんですが、どうやら病気らしく、今は馬が食べられないようになっているんです」
その話を聞いて、私はピコーンと来た。
――今こそ私の力を使う時じゃない!
そう思い、私はエンディミオン卿に宣言した。
「任せてください。今日のお礼です!」
そう伝え、私は病気の牧草地に近付き治癒魔法をかけた。
「ヒール」
そう呟き神聖力を一気に注ぐと、病気の草が黄金の光を放った。そして、しばらくするとその光は収まった。
「検査してみてください。きっと食べられる状態になっていると思います」
そうエンディミオン卿に声をかけると、彼は目を真ん丸にしながら声を漏らした。
「す、すごいどうして……」
「普段は隠していますが、私、こう見えて聖女なんですよ? 忘れましたか?」
そう言うと、エンディミオン卿は意外なほどに驚いたまま声を漏らすように質問に答えた。
「忘れてはおりません。ですが、私にとってクリスタ様は聖女というより、クリスタ様という感覚でして、植物に対してこういった魔法を使う場面を見たのも初めてでつい……」
そこまで言うと、彼はハッと我に返ったように言葉を続けた。
「ありがとうございます! ほかの馬たちも喜びます……!」
「それなら良かったです」
心の奥で確かに鼓動が高鳴っている。それは、乗馬をした高揚感によるものなのか、はたまた別のことが理由なのかは定かでない。
ただ、まだこの高鳴りの正体に気付かないほうが良い。そう本能が訴えかけてくるような気がして、私はその鼓動に気付かないふりをすることにした。
その後、食事を終えたルークと厩舎で別れ、私たちは帰るために馬車へと乗り込んだ。




