37話 嬉しすぎるサプライズ
まさか今日のデートで厩舎に来るだなんて思ってもみなかった。ドレスブティックに行った直後で、最後の目的地だと言われていたから尚更だ。
私はてっきり、オペラや何かの舞台に行くためのドレスコードだと思っていた。しかし、ここはだだっ広い草原が広がっているだけの場所だった。
こうして、私は放心状態のままワクワク顔のエンディミオン卿について行った。すると、すぐに馬たちが見えてきた。そして歩みを進め、エンディミオン卿はある一頭の馬の前で足を止めると私に向き直った。
「クリスタ様! ご紹介します。私の愛馬のルークです!」
そう言うと、彼は月毛の馬を優しい顔をしながら撫でた。その光景を見た瞬間、放心状態になっていた私の意識は一気に現実へと引き戻された。
――お、大きいわ……。
凛々しい顔……。
でも、このつぶらな瞳……かわいいっ。
思わずまじまじと見つめていたが、私はハッと目の前の馬から目を逸らした。初対面の慣れてない人間が、動物のジッと見つめるのはあまり良くないと聞くからだ。
すると、そんな私にエンディミオン卿は楽しそうな表情で話しかけてきた。
「クリスタ様、今から乗馬をしましょう!」
乗馬をしましょう。そう言う彼の声がグルグルと頭の中を回った。そして言葉の意味を理解した瞬間、私は慌てて彼に告げた。
「エンディミオン卿……私馬に乗れないですよ……」
――ドラゴンなら乗れるんだけど……。
そう思っていると、エンディミオン卿はきょとんとした顔をした後、陽光のような笑顔で微笑んできた。
「存じておりますよ。ですから、今日は一緒に乗りましょう! 馬の負担を考えて片鞍乗りではないですが……」
その言葉を聞いた瞬間、私のテンションはほぼ最上級まで上がった。
「え!? 本当に私が馬に乗れるんですか……?」
「はい! 安全は保障いたします」
「本当ですか!? 嬉しいですっ! ずっと乗ってみたかったんですっ!」
夢にまで見た乗馬が出来ると分かり、ルークのために声は抑え1人でキャッキャと喜んだ。そのとき、ふと私はあることに気付いた。
――ということは、もしかしてこのドレスは乗馬用のドレス!?
私はこの湧き上がった疑問を解消すべく、エンディミオン卿に訊ねた。
「初めて見ましたが、これはもしかして乗馬用のドレスなんですか?」
そう言うと、エンディミオン卿は嬉しそうな顔で「はい!」と肯定した。
――だからプレゼントしてくれたのね!
他国では女性も乗馬すると言っていたけれど、この国はほとんどその文化がないから分からなかったわ……。
上半身を左右に捻りながら、自身が今身に付けているドレスをクルクルと眺めた。すると、そんな私を見てエンディミオン卿は楽しそうな笑い声をあげた。
その笑い声を聞いて恥ずかしくなり、今の光景を忘れてもらおうと、私はエンディミオン卿に声をかけた。
「先ほどルークだと紹介してくれましたよね」
「はい、もう少し近づいても大丈夫ですよ」
そう言われ、私は今いる場所からもう一歩前進し、ルークに挨拶することにした。
「こんにちは。ルーク、今日はよろしくねっ」
そう声をかけると、エンディミオン卿は驚いたような声を上げた。
「おや、結構人嫌いするタイプなんですが、やはり私の愛馬なのでクリスタ様のことは気に入ったようですね。ぜひ撫でてあげてください」
サラッと恥ずかしいことを言う彼に、思わず突っ込みを入れそうになる。しかし、撫でる許可をもらったため、私はもう何も言い返さずにルークを撫でることにした。
――ここまで馬に近付いて触るなんて初めてだわ……。
馬車に乗っていても馬と接するのは御者だ。そのため、私は馬という生き物とこうして接触するのは初めてだった。
「ここを手の平全体で、撫でてあげてください」
そう言われ、私はエンディミオン卿に言われた通りの場所を「触るわね……」と声をかけ、恐る恐る撫でた。
すると、まるで気持ちいいとでも言うようにルークは目を細めてくれた。
――とってもかわいいわ……!
撫でていると、だいぶ恐怖心は薄れてきた。それどころか、かわいいと思う気持ちが高まってきた。
「さあ、そろそろ乗ってみましょうか」
そう声を掛けられ、私はいよいよ馬に乗ることが出来るのだとドキドキしながら、厩舎からすぐの草原へと移動した。
草原に着くと、台のようなものが置かれていた。エンディミオン卿はその台の近くへとルークの手綱を持ちながら移動し、華麗にルークの背へ乗った。
「クリスタ様。その台を踏み台にしてお乗りください」
そう言うと、エンディミオン卿は馬上から私に手を差し出した。私は言われた通り台を踏み台にし、エンディミオン卿のその手を掴んだ。
すると、エンディミオン卿が片手とは思えない力で私をグイッと引っ張り上げた。そのお陰で、私は無事人生で初めて馬に乗ることが出来た。
だが、私はここで気付いたことがあった。エンディミオン卿との距離がとても近いのだ。いや、近いを通り越して密着していると言った方が正しいだろう。
会うたび会うたび求婚してくるエンディミオン卿だが、意外なことに余程のことが無い限り、彼は私を触ってきたことが無い。
そのため、私の後ろに座っているエンディミオン卿が両手で手綱を握った瞬間、後ろから包み込まれたような錯覚に陥り、彼との初めての距離感に少しドキっとした。
でも、馬に乗れたという高揚感によるドキドキが圧倒的にそのドキドキを上回っていた。
「では、行きますよ」
耳元で彼の低く甘い声が聞こえたかと思うと、ルークが歩き始めた。その瞬間、私は心の中で大興奮した。動く馬に自身が乗っているという新体験に心が躍る。
もう私の顔は誰が見ても楽しそうなのが伝わるというくらいに、笑顔で満たされていた。すると、背後からエンディミオン卿が声をかけてきた。
「クリスタ様、乗り心地はいかがですか?」
「夢みたいです! 馬に乗るってこんな感覚なんですね……! すごくドキドキしますっ」
そう答えると、彼はふふっと笑い言葉を続けた。
「楽しんでいただけているようですね。では、もう少しスピードを上げましょうか」
そう言うと、エンディミオン卿はルークに指示を出し、ルークはその指示に呼応するように小走りを始めた。




