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26話 空回る影の努力

 会う機会が少ないからこそ、大した話はしていないだろう。だが念の為と思い、どんな話を聞いたのか訊ねることにしてみた。


「魔塔の人たちとは、いったいどのような会話を……?」

「いきなりクリスタ様のことを訊ねてはおりませんよ。ただ、物資の受け取りに行った際に、コーヒーか紅茶かココアのどれを飲むか聞かれたんです。それで、ココアなんて珍しいですね、と言ったらクリスタ様の話をしてくださって、それ以来ちょくちょくと……」


――待って、今彼はココアと言った? 


 魔塔本部には小さな給湯室が設置されている。そこにお客さんや自分たちが飲むためのコーヒーや紅茶が備品として構えられているのだ。


 だが、私はコーヒーや紅茶よりもココアが好きだし仕事が捗るということで、ココアを飲むようにしていた。


 そのため、魔塔持ちで購入しているコーヒーや紅茶を置いているところとは別の棚に、でかでかと『クリスタ・ウィルキンス』と書いてココアの粉末を置いていたのだ。


――妙に減りが早いと思ったら、勝手に飲んでいたのね……。

 まあそれは良いとして、お客さんに出す分にまで使っていたなんて……。


 いくら名前を書いていても、そこに置いていたお前が悪いと言われてしまえばそれまでだ。


――他の人も置いているのに……。

 私は他の人のって分かってるから、勝手に使ったことないのだけれど。


 しかし、よくもまあ自費で購入した名入りの人のものを、お客様に当たり前のように出したものだ。少し不満に思ってしまう。


「では、ココアから私の話に繋がったと……。だから以前ココアを出してくださったんですか?」

「はい! クリスタ様がお好きだと聞いたので、常備しておりますよ!」


 あまりにも爽快な笑顔を向けてくる彼を見て、もういちいち突っ込むのは止めようと思った。すると、彼は笑顔のまま、まだ話を続けた。


「でも、人から聞く話よりも自身の見たものがやっぱり一番で、真剣な眼差しで研究しながら働いているあなたの姿勢を見て、私の薬もあんなに真剣に作ってくれたのかと思ったら惚れました」


 嬉しそうにほんのりと頬を紅潮させる彼を見て、何だか本当に恋する乙女のように見えてきた。だが突然、そんな彼の顔が陰った。


「しかし、あなたには既に恋人が出来ていました。なので、私が自分の意見を押し付けることによって、あなたの人生計画を狂わせたくないと思い、あなたに想いを伝えられませんでした……」


 確かに、その討伐の直後に私はレアードと付き合いだした。まさに悪夢をより深い悪夢にした時期だった。


 あんな男に絆されていた時期があったことを思い出し、げんなりとした気分になる。すると、エンディミオン卿は自嘲的に笑いながら、私の顔を覗き込んできた。


「クリスタ様に好きになってもらえるようにいろいろしたんですよ? まあ、あなたは全然気づいてくれませんでしたが……。自分で言うのもおかしいですが、あなたでは無い女性には効果覿面になってしまいました」


 私は気付きもしないのに、他の人には効果覿面なこととは一体何だろうか。


「……一体何をしたんですか?」


 そう尋ねて聞いた話は、あまりにもエンディミオン卿の立場を考えると悲しすぎた。


「クリスタ様がよく図書館を利用しているので私も行くようにしましたが、女性の利用者が一気に増えてしまいました。そのせいか、クリスタ様の滞在時間や来館頻度が減ってしまいました……」


――確かに身に覚えがある。

 急に利用者が増えたから、私は図書館に滞在する時間を減らした。


「少しでも私を覚えてもらいたくて、クリスタ様が対応者と分かっているときは、率先して魔塔に物資を取りに行っていました。しかし、なぜかクリスタ様ではない人が受け渡しの対応をするので、あなた以外の女性たちに覚えられました」


――忙しいから受け渡しの仕事を変わってあげるって言ってたのは、そんな裏事情があったのね……!

 私ってばどれだけ鈍感なの!?


「こうなれば、たまにあるパーティーでしかあなたにアピールできない。そのため、当時のあなたの彼を見て、クリスタ様は年上の男性が好みだと思って、大人な男に見えるように工夫しました」


 その先は聞かなくても、流石の私も知っている。なぜなら、「エンディミオン様がさらにかっこよくなったわ」と皆が口を揃えて言い始めた時期があったからだ。


 これを機に、エンディミオン卿の人気は御令嬢に加え御夫人の間でも大爆発した。


 これらのことは、すべて私のためにしたことだと言われ、戸惑いが隠せない。ダンスに誘うとか、もっとやりようがあったんじゃないかと思ってしまう。


 だが、よくよく考えるとエンディミオン卿がダンスをしている姿を見たことが無いことに気付いた。そのため、彼に単刀直入に訊ねた。


「ダンスに誘うとか、そう言った古典的な手法だったら気付けたかと……。ですが、思い返してみると、私、エンディミオン卿の踊る姿を見たことがありません」


 そう言うと、エンディミオン卿はシュンと眉を下げた。


「クリスタ様のことは何回も誘おうとしましたが、クリスタ様はいつも例の男性と踊ったらもう踊らなかったので、ダンスがお嫌いなのかと……。後、私が踊らない理由は、クリスタ様以外の女性と踊る気が無いからです」

「そんな理由で踊っていなかったんですか……?」


 咄嗟に言葉が口をついて出てしまった。すると、エンディミオン卿は「当たり前のことです」と堂々たる面持ちで答えてきた。


 ここまで来ると、彼の一貫した姿勢は見上げたものだとすら思ってしまう。そんな彼に私は言葉をかけた。


「……実は私、ダンス嫌いじゃないけど苦手なんです。父と踊るときは好きだったんですけど、例の男と踊って以降、苦手意識が出来てしまったんです。もしかしたら、父のように楽しく踊れる相手もいるかもしれませんが……」

「ではその相手は私ということですね!」

「そうは言っていません!」


 そう返すと、冷たく言われたはずなのにエンディミオン卿があまりにも嬉しそうに笑うから、私はもう何も言えなくなった。


 こうして話しをしているとあっという間に時間が過ぎたため、急いで食堂を案内してもらった。


 そしてその後、エンディミオン卿に医務室まで送り届けてもらい、今日の昼休憩は終了した。

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