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22話 馬車までなら

 出勤初日、ついに今日の仕事が終わった。


「クリスタさん、お疲れ様。僕は少し用事があるから、今日は先に帰っていいよ」

「分かりました。では、先に帰りますね。お疲れ様です!」


 こうして私は一日の達成感を味わいながら、医務室の扉を開けた。すると、扉を開けた視線のその先に、エンディミオン卿が佇んでいた。


――どうしてここにいるの……?

 えっ、どうしましょう……。


 そう困惑していると、その原因であるエンディミオン卿が声をかけてきた。


「クリスタ様、お待ちしておりました。是非、家までお送りさせてください」

「結構です。では、お疲れ様です」


 まともに相手にしたら、絶対エンディミオン卿のペースに飲まれてしまう。そう思い、直ぐにその場を立ち去ろうとした。


 しかし、そんな私にエンディミオン卿は新たな提案をしてきた。


「では……せめて馬車までお送りさせていただけないでしょうか?」


 そう言われ、私は進めようとした足を止めた。


――何でもかんでも結構ですとかダメって言うよりも、ある程度のところで線引きした方が良いのかも……。


 馬車までなら良い。そう言っておけば、今後家まで送るとは言い出さないと判断した。


「まあ、馬車までなら……」


 そう言葉を返すと、心配そうな顔をしていたエンディミオン卿はたちまちいつもの嬉しそうな顔になった。


 こうして、私たちは馬車までという線引きのもと、一緒に歩くことになった。


 すると歩き出して早々に、エンディミオン卿が色々と質問を投げかけてきた。


「お好きな花はなんですか?」

「……オフィーリアです」

「では、お好きな色は何色ですか?」

「……今日の気分は銀白色です」


――だってギル様の髪色だもの。

 というか、何でこんなに質問されてるの?

 私も私で何で答えちゃうの!?


 無視できない性格が、ここに来て仇となってしまった。そのため、何とか現状を打開しようと、私はエンディミオン卿に逆に質問してみた。


「エンディミオン卿、こんなことを何個も聞いてどうするんですか?」


 そう言うと、エンディミオン卿の顔が本気で照れているような表情へと変化した。そして、軽く握った右手の拳を自身の口元辺りに運び、顔を赤く染めながら私の質問に答えた。


「クリスタ様の事を、もっと知りたくて……。嬉しすぎてつい、色々と聞いてしまいました……」


――何で急にそんなに照れるの!?

 こっちまで恥ずかしくなってくるじゃない……。


「そ、そうですか……」


 エンディミオン卿の雰囲気に当てられて、そんな返ししか出来なかった。作戦は失敗だ。


 すると、そんな私にエンディミオン卿が心配そうに問いかけてきた。


「もしかして、ご迷惑でしたか……?」


 そう言う彼は、気遣わしげな表情をしていた。その顔を見て、嫌な思いをさせたくは無いという気持ちが伝わってきた。


 迷惑かと問われれば、答えは否だ。なぜなら、彼は踏み込んだことは聞かず、小さな子どもでも答えられそうなことしか聞いてこないからだ。


「馬車に着くまでなら、迷惑では無いですよ」


 私はエンディミオン卿の問に対し、少しつっけんどんな返事をしてしまった。しかし、彼はそんな私の態度を気にする事はなく、嬉しそうにはにかんだ。


「それなら良かったですっ! ならば、それまでにたくさん質問をしなければ……! お好きな料理は何ですか?」

「最近はキッシュです」


 こうして私はまた彼のペースにまんまと嵌められてしまった。すると、エンディミオン卿は喜びを隠しきれないような表情で話しかけてきた。


「私の質問に対して、ちゃんと答えてくれるクリスタ様の真面目なところも大好きです。結婚してください」

「お断りします」


――何回やるの? このくだり……。


 そう思っていると、いつの間にか馬車の前まで来ていた。すると、エンディミオン卿が口を開いた。


「もうお別れですか。早すぎますね」


 早すぎとは思わないが、私もいつの間にかとは思ってしまった。だが、エンディミオン卿に言えるはずもなく、冷たく言葉を返した。


「ちょうどじゃないですか? それでは、お疲れ様でした」


 そう言って馬車に乗り込むと、エンディミオン卿が私に向かって「お気を付けください」と言いながら、手を振った。


――わざわざ手なんて振ってくれなくてもいいのに……。


 そんなことを考えながら、馬車の扉を閉めようとした。そして閉まりきる寸前、ふとエンディミオン卿の右手の掌に切り傷が見えた。


 見つけてしまったからには、ほっとけない。そのため、私は閉めかけた扉を開き、エンディミオン卿の元へと歩み寄った。


 エンディミオン卿は私がなぜ降車したか分からず、不思議そうな顔をしている。


「エンディミオン卿、右手の掌を上にして出してください」


 そう言うと、彼は戸惑いながらも素直に右手を差し出した。見ると、一直線に剣で切れたような傷が出来ていた。その傷はカサブタになっているものの、一部はまだ血が滲んでいる。


――何で放置するの!?

 ちゃんと治療しないと、後になってバイ菌が入って感染症になるかもしれないのに……!


 キッとエンディミオン卿に視線をやると、気まずそうな顔をした。その顔を見た瞬間、怒られることをした自覚があるんだと確信した。


 だから、細かく説明することはせず、最低限だけをエンディミオン卿に伝えることにした。


「エンディミオン卿」

「はい……」

「不必要な時には来なくていいので、こういう怪我をした時はちゃんと来てください。分かりましたか?」

「はい、分かりました。すみません……」


 そう彼が謝ったため、私は彼の手を治療すべく治癒魔法をかけた。すると、傷はみるみるうちに跡形も無く消えた。


 ちゃんと治ったことにホッとしていると、エンディミオン卿は感激した様子で声をかけてきた。


「クリスタ様……ありがとうございます! クリスタ様に治してもらえるだなんて……。クリスタ様、愛しております。結婚してくださ――」

「お断りいたします!」


 そう言って、私は振り向きもせず馬車に乗り込みドアを閉めた。が、再び開いてエンディミオン卿に声をかけた。


「出来れば怪我もしないように気を付けてくださいね」


 伝えたいことは伝えられた。そのため、言い逃げるようにドアを閉め、今度こそ容赦なく家へと帰った。

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