16話 不意打ちプロポーズ
「エンディミオン卿だったんですね。私には誰が患者さんなのかが秘匿にされていたので、知らなかったんです。……私たち、お互い命を救いあった同士だったんですね」
そう声をかけると、エンディミオン卿ははにかむように微笑んで口を開いた。
「私はクリスタ様に及ぶほどのことは何もしておりません。しかし、そう思っていただけるのであれば、恩返しの1%は出来たというところでしょうか。あなたの為になったのなら、嬉しい限りです」
「1%どころか100%超えですよ! それにしても、何でエンディミオン卿はその薬の開発者が私だと知っていたんですか?」
私は被験者となる患者の情報をいっさい知らされていなかった。それにもかかわらず、患者側のエンディミオン卿は私のことを知っていると言うのは、いささか不可解である。
そのため疑問に思い尋ねたところ、エンディミオン卿は頷きながらその質問に答えてくれた。
「どうしても、この命を救ってくれた人を知りたいと魔塔主様に言い続けていたら、あなたのことを教えてくださったんです。私とほとんど年齢が一緒のあなたに2度も助けられたと知り、よりあなたに尊敬の念が増しました」
――え? ほとんど年齢が一緒?
魔導士は別枠として、騎士団長という立場の人が?
「失礼ですが、御幾つでしょうか?」
「23歳です」
――まさかの私よりも年下!?
同年代とは知っていたけれど、具体的な年齢までは覚えきれていなかったわ。
「まさか年下だったとは……。私がこんなことを言うのもおかしな話ですが、若くして騎士団長になるとはすごいです。ご立派ですね」
エンディミオン卿に感心して伝えると、エンディミオン卿は輝くような笑顔を見せた。
「立派だなんて私には過度な言葉です。クリスタ様の方が、ご立派です。いや、そんな言葉ではクリスタ様の魅力を言い表すことは出来ません。クリスタ様はいつも真面目で真剣で、大変聡明でお美しい方です」
――何なのこの人。
私の何を知ってそんな発言をしているわけ?
え? 本当にどういうこと?
令嬢や夫人たちから絶大な人気を誇るこの美しい男は、今私の目の前であまりにも現実と乖離したような発言をしている。
そのことに、照れる感情が湧かないわけではないが、戸惑いの感情の方が強い。しかし、そんな私を気にすることなくエンディミオン卿は言葉を続けた。
「助けてくれた相手があなただと知って以来、私はずっと恩人のあなたに恩返しをしたいと願ってきました。ですが、今はそれ以上の想いも抱いております」
そこまで言うと、エンディミオン卿は突然真剣な顔つきになった。
「失礼を承知で聞きますが、先ほどの結婚の件、覆ることはありませんか?」
「ええ。絶っ対に無いです! 死んでもあんな最低外道男と結婚することは有り得ません」
そう断言しきった私の答えを聞くと、エンディミオン卿は座席からすくっと立ち上がった。そうかと思うと、突然私の前に跪き、私の手を取ると真っ直ぐと私を見上げて口を開いた。
「ずっとお慕いしておりました。どうか私と結婚してください」
私の中の時間が止まった。
――……は? 結婚?
聞き間違いではなくて? え? なぜ?
突然のプロポーズに戸惑いが隠せない。それどころか、今起こっていることが現実なのかどうかさえ怪しいと思えてくる。
「お断りいたします」
口が勝手にそう動いた。防衛本能が発動したに違いない。しかし、彼の反応は予想外だった。
「まずはそうですよね」
――いやいや、まずって何!?
意味が分からないわ!
冗談でしょ……!?
動揺している私をよそに、彼は少し照れた様子を見せている。私はそんなふざけた発言をした彼に声をかけた。
「じょ、冗談もほどほどにしないと! まずも何もないです。いくら何でもやり過ぎで――」
言いかけたが、その言葉を言い切ることは出来なかった。
「私の想いは冗談ではなく、真剣です。今プロポーズしても断られることは分かっておりましたが、あなたがあの人と結婚しないと知った今、これまで堪え隠し続けてきた、あなたへのこの想いを抑えることは出来ませんでした」
真っ直ぐと射貫くように見つめてくるその視線から、目が外せない。
「私は諦められない男です。クリスタ様、私はあなたに恋焦がれています。あなた以外の人との未来など考えられません。どうか、これからの私のことを見てくださいませんか? 今の私は、あなたに見合う男ではないかもしれません。ですが、本気であなたのことを愛していますし、この想いは誰にも負けません。あなたに好きになってもらえるよう、出来ることは全てします! クリスタ様、好きです……!」
レアードにも言われたことがないほどの愛の告白に、私はただただ困惑してしまう。
彼が向けてくるその熱い眼差しも、彼の真剣さを物語っているからこそ、私の心を惑わす。
――こんなこと言われても困るわ。
それに、何で私?
助けただけで、普通ここまで思い入れるだろうか。
それに、何をもってして私にここまでの感情を抱いているのか理解できない……。
過激派が出現するほど女性人気の高いエンディミオン卿の口から、なぜ私に対してこのような言葉が出てきているのか。
そんな疑問が頭をグルグルと回り続ける。
そのうえ、こうも真剣に言われるとばっさり切ることに罪悪感が生じる。その私の躊躇いが、発言に表れてしまった。
「……きょ、今日はこの辺にしてください。魔塔に用事があるので」
取り敢えず、今日は逃げることにしたのだ。問題を先送りにしただけだが、今はそれがベストだと思った。
すると、私の発言を聞いたエンディミオン卿は、ただ真っ直ぐな視線をこちらに向けた。
――何でそんな心苦しくなるような視線を向けるの?
エンディミオン卿のその表情を見て、気まずさや罪悪感が出てくる。そこで、つい言葉が口をついて出てしまった。
「あなたが私を、その……す、好きだという理由が分かりません。まず、その理由を知らないと、は、話になりませんっ……」
「では……!」
エンディミオン卿が何か言いかけたが、気恥ずかしくなりエンディミオン卿の話を聞かずに私は席を立った。
「か、帰ります! お忙しいところありがとうございました! 今日は今すぐ魔塔に行かなけばなりませんので失礼します」
「あっ! 魔塔まで、いや、せめて外までお送りさせて――」
「結構ですっ……! 来なくて構いません!」
そう言って、私は勢いよく廊下に飛び出た。だが飛び出してから、騎士団内部の道をちゃんと覚えていなかったことに気付いた。
「すみません。やっぱり道が分からないので、分かるところまで案内してもらってもよろしいですか……?」
恥ずかしさを堪えながら先ほど自身が飛び出したドアを開け、中にいたエンディミオン卿に声をかけた。すると、彼はさわやかに笑い、私の頼みを快く引き受けてくれた。
「おまかせください。ご案内いたします」
案内の道中ずっとニコニコとしながら接してくるエンディミオン卿に、どぎまぎして冷たい態度をとってしまう。しかし、そんな私の酷い態度にエンディミオン卿はまったく堪えていない。
それに、分かるところまでで良いと言っていたのに、いつの間にかエンディミオン卿と一緒に馬車の前まで来てしまった。
「案内して下さり、ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございます。クリスタ様が無事ご帰還され、会いに来てくださり嬉しかったです。残念ですが、今日はここでお別れですね。……私は諦めませんよ。クリスタ様が結婚してく――」
「お断りいたします! 失礼しました!」
変な発言をするエンディミオン卿を無視して、私は容赦なく馬車の扉を閉めた。
――あんな人とは思ってなかったわ!
何でみんなこんなにも人の気持ちをめちゃくちゃにするのよっ……。
もう恋愛なんて懲り懲りよっ……!
心をかき乱され複雑な気持ちのまま、私は魔塔へと向かった。そして、馬車から降りて魔塔内に入るために歩みを進めた。
「うわっ、あっつ! なんかビリビリした!」
すれ違った人が、そんなことを言っていることにも気付かずに……。




