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第六話:最後の希望

***

ドゴッ!

喫茶「オリンポス」に、鈍い音が響きわたった。


烈が、思い切り流を殴りつけたのだ。

「おい烈!」

「な、なにも殴らなくても!」

聡太と一男(いちお)が、烈をたしなめるが、


「流!テメェ、目の前で花菜をっ!」

殴られて倒れ込んだ流に、更に追い討ちをかけようとする烈を、二人がしがみつくようにして止めた。


流は何も言わず、ゆっくりと立ち上がると、静かに烈を睨み付けた。


「なんだよ、その目は」

烈が言うと、流は烈から目を背け、ゆっくりと口を開く。


「・・・確かに、花菜がさらわれたのは俺のせいだよ。でも」

そう言うと、流はまた烈を睨み付ける。

「元はと言えば、お前が吹っ飛ばされたからじゃねーか!」


「なっ、なんだと!?」

突然の流の罵倒に、動揺と激昂を見せる烈。


「一発でKOされやがって!なんだよあの(てい)たらくは!それでもゴッドファイブのリーダーなのかよっ!」

確かに、操られたマリアと瀬名の、あの一撃で、起き上がれない状態になったのは、烈にとっても屈辱的なことだった。


「あれは、油断してたんだ!まさかあの人形たちがマリアと瀬名で、“オムファロス“まで俺たちに攻撃してくるなんて・・・」

「だからお前は詰めが甘いってんだよ!」

珍しく感情的になる流。

先ほどとは、完全に形成が逆転し、止めに入った聡太と一男も、どうすれば良いかわからなかった。


「油断、傲慢(ごうまん)、理屈抜きの根性論。お前のやり方には前から付いていけなかったんだ!」

正論をつかれ、烈はやり場の無い怒りを(あらわ)にするしかない。

「なんだと、テメェ!」


いよいよ収拾のつかない事態になり始めたそのとき、


『仲間同士で争うのは、おやめなさい、ゴッドファイブ』


まるで、天使の歌声のような、どんなに(すさ)んだ心も洗い流されるような、美しい女声が響きわたる。


烈たちが声の方を向くと、ルビッチがピカーと目を光らせ、空中に、一人の女性の姿を映し出していた。


流れる水のようにサラリとした髪に、神々しい銀色の(ころも)で、真珠のような素肌を包んだ女性。

ゴッドファイブを束ねる“善の女神“、アフロディーテだ。


「アフロディーテ様!」

彼女の姿を見た瞬間、烈、流、聡太、一男は片膝を付いて(ひざまず)く。


『マリアや、そのご友人、そして花菜までもが敵の手に落ちてしまったのは、他でもなく、わたくしの責任です。貴殿方(あなたがた)が争い合っては、敵の思う壺なのですよ』

アフロディーテは、冷静に、しかしどこか温かみのある声色でそう(さと)す。


「アフロディーテ様、でもよぉ」

烈は、依然として悔しさを(にじ)ませる。


『彼女たちを連れ去った、そのサーカスの支配者の男。それは恐らく、邪神軍“ギンヌンガ・ガップ“の知将、テュポーンでしょう』


「“ギンヌンガ・ガップ“の知将、テュポーン!?」

初めて聞く名に、四人は驚きを隠せない。

「ハデスとペルセポネ以外に、まだ幹部がいたと?」

流が訪ねると、アフロディーテは(うれ)いを表した表情で頷いた。


『彼は間違いなく、ハデスとペルセポネと並ぶ、ヘラの右腕。おそらく、ハデス達との戦いでは、身を隠していたのでしょう。そういう男です』


「その、チャポーンってやつが、今回の黒幕なんだな!」

烈がそう言うと、聡太が「テュポーンだよ、烈!」と小声でツッコミを入れた。


『そうです。ですが、「ソイツをブッ飛ばせばいい!」という、貴殿(あなた)のいつもの考えは、今回ばかりは推奨できません』

アフロディーテは、珍しく厳しい目を烈に向ける。

『テュポーンがマリアだけでなく、ご友人達も狙った理由。それは、“オムファロス“を触れない自分たちに代わって、“オムファロス“を保持する役目を持つ人間を手に入れることです』

アフロディーテの説明に、烈はチンプンカンプン、という様相をていする。


「マリアちゃんが“オムファロス“を持っていれば、全てを浄化してしまう。だから、『“オムファロス“に触れるけど、その力を使えない人間』を手に入れたということですね」

流が、アフロディーテに答える、というより、烈に説明するつもりで言った(その証拠に、流はずっと烈に冷たい視線を送りながら言っていた)。


アフロディーテは頷く。

『そうです。そして、花菜を手中に収めた理由、それは、彼女の魔力を浄化する力でしょう』

「そっか」

アフロディーテの言葉に、聡太が頷く。

「魔力を浄化する力を持つ花菜を無力化させて、マリアちゃんたちを操って、“聖なる力“を自分たちの武器にする。これが、テュポーンの狙いだったんだ」


「まてよ、それじゃなにか?ポヨーンの目的が達成された今、俺たちには太刀打ち出来ないってのかよ!?」

そう声を張る烈に、「だから、テュポーンだよ!」と聡太がツッコミを入れた。


「事実、そうだったろ」

流が冷たく言うと、烈の脳裏に、“オムファロス“から放たれた光の玉に吹き飛ばされた時の光景が、まざまざと蘇った。


『残念ながら、わたくしの力が完全に戻らなければ、“オムファロス“なくして貴殿方(あなたがた)を“神覚醒(レヴォリューション)“させることは不可能です』

アフロディーテが悲しげに言う。


「“レガリア“も呼べねぇってことか・・・」

烈にしては察しが良くそう言ったのだが、タイミングは最悪だったらしく、場の空気はさらに重くなった。


『方法がないわけではありません』

アフロディーテがそう言うと、四人は期待をもってアフロディーテに視線を集める。


しかし、その言葉とは裏腹に、アフロディーテの表情は雲っていた。

『全ては、貴殿方(あなたがた)次第、そして』

やや貯めて、アフロディーテは言った。

『“彼女“次第、ですが・・・』


***

アジトに戻り、くつろぐテュポーンに、ハデスはイライラも限界、というように目を血走らせていた。

「ええい!テュポーン!“オムファロス“を手に入れた。ゴッドファイブの“厄介者“も手中に収めた。ならば、なぜ女王陛下の元へ戻らぬ!」


激昂するハデスとは正反対に、玉座に座るテュポーンは、余裕の笑みを浮かべている。


そんな二人の元へ、カタカタと音を立てながら、一人の女性がやって来た。


花菜だ。


花菜は、何の飾りも付いていない、肌色の、サーカスの練習用レオタードを着せられて、お盆に乗せたティーカップを運んで来た。


どうやら彼女は、テュポーンの作り出したサーカスにおいて、衣裳やメイクも許されない、“見習い“という位置付けらしい。


その目は常にグルリと白目を剥き、完全に正気が失われている。


「オチャ、オッ、ドーゾッ!」

花菜は、ギクシャクとした動きで、お盆に乗ったカップを、テュポーンとハデスに渡していく。


「ゴッドファイブを、こんな“お茶汲み人形“にして遊んでいる場合なのか、アチィッ!」

小声を言いながらティーカップを受け取ろうとしたハデスだったが、花菜がギクシャクとティーカップを動かすので、ハデスの腕に大量の紅茶がかかってしまった。


それを見て、テュポーンは「ンフッ♪」と笑う。

「言い忘れていました。彼女がお茶を運ぶと、ほとんどこぼれてしまうのですよ」

彼がわざと“言い忘れた“ことを察したハデスは、憎々しい目をテュポーンに向ける。


「それでは“お茶汲み“をさせる意味が無いではないか!」

ハデスがそう言うと、テュポーンは、チッチッ、と人差し指を振ってみせた。


「考えてもごらんなさい、アナタの目の前にいるのは、つい先日、アナタがたの傑作魔獣、“ヨルムンガンド“を打ち倒した、ゴッドファイブの一員なのですよ?そんな彼女が、今ではこのような格好で、(うやうや)しくもお茶を運んでくれるのです。しかも、それが致命的に下手くそときた!こんな、“デク人形“と化した彼女の姿を眺めることこそ、

最高の娯楽(ティータイム)ではありませんか」


饒舌に話すテュポーンに、「相変わらず悪趣味な」と軽蔑の目を向けながら、ハデスは紅茶のかかった腕を(ぬぐ)った。


「それで、質問の答えはなんなのだ?ゴッドファイブを“カラクリ人形“にして、そのような娯楽(ティータイム)とやらに府抜(ふぬ)けられる状況でいながら、女王の元へ帰らぬ理由とは?」

ハデスが問うと、今度はテュポーンが、心底見下したような目を彼に向ける。


「彼女は“カラクリ人形“ではありません。もっと下。“傀儡(マリオネット)“です。」

花菜は、人形にされた当初は、瀬名の持つ光の糸によって操られていたが、今はその糸は、“オムファロス“の力によって花菜の頭上でまとめられ、それらが動くことによって花菜は動かされていた。


結局のところ、花菜には意識も自我も存在せず、ただ、光の糸が動かされるままに操られるという状況には変わり無い。

「フン。どちらでもよいわ」

そう一蹴するハデスに、テュポーンはンフッ♪と鼻を鳴らす。


「ハデス。アナタ、将棋やチェスはご存知で?」

テュポーンの問いに、ハデスは怪訝な顔をする。


「うん?ああ、人間どもの、それこそ娯楽だろう。それがどうした?」

「将棋やチェスでは、勝負を決めるのは手駒たちです。我らが女王陛下が手を下すまでもなく、ゴッドファイブ、ひいては、彼らを率いる“善の女神“アフロディーテをも亡き者にすることこそ、女王陛下の忠臣(ちゅうしん)としての至極の所業では?」


自信たっぷりに言い切るテュポーンに、ハデスは思わずゴクリと生唾を飲む。

「まぁ、確かにそうだが、しかし、女王陛下の力無くして、アフロディーテまでも討ち取れるのか・・・なッ!?」

疑問を投げ掛けるハデスの首筋に、一瞬にして、剣の切っ先が当てられていた。


いつのまにかテュポーンの横に現れたカラクリ人形、瀬名によって操られ、花菜はレオタードから取り出した“花弁剣(フラワーブレード)“を、ハデスの首に向けていたのだ。


言葉を失うハデスに、テュポーンは愉快そうに笑みを向ける。

それは、先ほどまでの笑みと違い、殺意に満ちた邪悪な笑みだった。


「どうです?ワタクシの人形たちにかかれば、この数秒でアナタを殺すことなど、造作もないのですよ?しかも、お人好しのゴッドファイブにとって、彼女たちは傷付けることが許されない存在。しかし、ワタクシの人形となった彼女たちは、彼らに容赦なく襲いかかる。おもしろいでしょう!?ンフッ、ンフフフフッ♪」


狂気じみた笑いをあげるテュポーンに、もはやハデスはかける言葉もなかった。

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