第五話:囚われた花菜
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「花菜っ!大丈夫か!」
烈を聡太に任せ、花菜を助けに来た流の目の前にいたのは、カラクリ・シスターズに取り囲まれた花菜だった。
しかし、どうも様子がおかしい。
カラクリ・シスターズも花菜も、どちらも攻撃するでもなく、花菜はそこに立ち尽くしていた。
とにかく、花菜の窮地を脱しなければ!
流は素早く三人の間に入り込むと、花菜と背中合わせに立った。
挟み撃ち攻撃を阻むためだ。
「花菜、もう大丈夫だ!俺はこっちを、お前はそっちのカラクリ・シスターズを頼む」
『ンフッ♪』と、声の主の笑い声が聞こえる。
瀬名が、カクカクと、腕を動かすのが見えた。
「花菜!なにかしてくるぞ、構えろ!」
瀬名と向き合うように立っている花菜に、流は指示する。
しかし、花菜はだらんと腕を垂らしたまま、身構えることをしない。
「なにやってんだ花菜!アイツから攻撃が・・・」
シャッ!
閃光が走ったあと、流は右腕を抑えてうずくまった。
流の“オケアノス“の加護をうけたコスチュームに、細い切り傷がついていた。
それは、間違いなく、花菜の攻撃による傷跡だった。
「は、花菜・・・?」
信じられない、という様子で、流が花菜を振り返ると、花菜は右手に、白い薔薇が巻き付いた剣を装備していた。
白のゴッドファイブの標準アイテム、“花弁剣“だ。
花菜は花弁剣を、グンと振りかぶる。
流はとっさに身を翻し、花菜が剣を振り下ろすのを避けた。
「花菜、なにを・・・」
花菜は依然、花弁剣を構えて、流を追撃しようとする。
しかし、その動きは、いつもの、花菜の身体能力と女性ならではの柔らかさを生かした、しなやかな身のこなしとは違い、まるで手足がバラバラに動いているような、ぎこちないものだった。
ふと後ろを見ると、カラクリ・シスターズの一人が、指先をクイクイっと動かしている。
花菜はその動きに合わせ、ギクシャクと体を動かし、流を攻撃してきた。
「アイツが花菜を操っているのか!?」
『ンフッ♪その通り。支配された魔力を浄化する、白のゴッドファイブの力は実に厄介でした。なので、我々はまず彼女を無力化することにしたのです』
声の主が、楽しそうに話しかける。
『しかし、ただ彼女を倒すだけではどうにも面白くない。なので、彼女にも、我々“ドリームサーカス“の一員となってもらうことにしたのです』
「“ドリームサーカス“の一員?」
『そう。彼女は、カラクリ・シスターズによって動かされる“傀儡“と化したのです。これは、“傀儡“としての彼女の最初のパフォーマンスです☆』
よく見ると、瀬名の指先から、花菜の体に向かって光の糸が伸び、それらは、花菜の体中に突き刺さっている。
花菜は、まさに糸で吊られた操り人形のようにされてしまっていた。
「パフォーマンスだと?ふざけるな!花菜、目を覚ませっ!」
流が必死に花菜に呼びかけるが、花菜は瀬名に操られ、また花弁剣を振りかぶる。
「チッ!」
花菜の攻撃を避け続ける流。いつもの花菜の剣術ではないだけに、避けるのは造作もないことだった。しかし、花菜を攻撃するわけにもいかず、流の体力は確実に削られていった。
『ンフッ♪いつまでもちますかねぇ☆』
相変わらず愉快そうに喋る声の主に、流は言い返す余裕もなくなってきていた。
「くそう、まずい、このままじゃ・・・」
ガシッ!
流の体を、背後から何者かが押さえ付けた。
マリアだ!
「しまった!」
花菜と、それを操る瀬名に気をとられ、背後に迫るマリアの気配に気づかなかったのだ。
『ンフッ♪さぁ、“傀儡“ちゃん、貴女の初仕事ですよ。青のゴッドファイブを、その剣で串刺しにしてやりなさい』
声の主がそう言うと、瀬名は花菜を操り、ギクシャクとした動きで、流の胸の前に花弁剣の切っ先を向ける。
いくらアフロディーテの加護を受けていても、同じくアフロディーテの加護を受けた花弁剣が突き刺されば、ひとたまりもない。
瀬名が操作し、花菜はそのまま、花弁剣を突き立てた!
覚悟を決め、流は目を瞑った。
しかし・・・
花菜は、すんでのところで、花弁剣を止めていた。
瀬名は、何度も剣を刺そうと花菜を操るが、花菜は動かない。
花菜の、剣を持つその手は、カタカタと震えている。
花菜は自分の意思で、“傀儡“の支配に抵抗しているのだ。
「イヤ・・・仲間を傷つけるなんて、イヤァ・・・」
花菜は、必死に首を振り、抵抗していた。
『おやぁ?ちゃんと意識まで“傀儡“にしてあげないと、いけないじゃありませんか』
「ハイッ、ゴシュ・ジン・サマッ」
声の主が言うと、マリアは流を羽交い締めにしたまま、瀬名の股間の“オムファロス“に力を込める。
シュルルル、
グサッ。
瀬名の股間から、光の糸が伸び、花菜の後頭部に突き刺さった。
「アハァ!」
痛みとも、喘ぎともつかないような声を上げ、花菜はガクンと頭を垂れた。
意識までも、“傀儡“の糸に支配され、花菜は再び、瀬名の糸に操られる。
『さぁ、今度こそ』
声に合わせ、花菜は再び、花弁剣を突き立てる。
しかし、やはり瀬名がどれだけ操っても、花菜は流を突き刺そうとはしない。
「めて・・・」
花菜が、小さく呟いた。
「花菜?」
「もう、私の体を操るのはやめてぇぇっ!」
花菜は叫び、大きく体をのけ反らせた。
バチバチバチ!
花菜の体に刺さった、“傀儡“の糸が、激しく火花を散らす。
花菜は、“傀儡“の糸を無理やり破壊しようとしているのだ。
「そうだ花菜!俺たちの“思いの強さ“は、こんな支配になんか負けない!」
流は、必死に抵抗する花菜に呼び掛ける。
クールで冷静な流も、正義のヒーローとして、“思い“や“気持ち“というものが持つ力を信じている一人なのだ。
『いやいやぁ。これは“思い“なんて陳腐なものではありませんよ。なるほどなるほど』
声の主は、なにやらブツブツと呟く。
『ンフッ♪貴方がた、随分とそのコスチュームに助けられているのですねぇ』
なにかを閃いた声の主は、マリアを操る。
マリアは、流から離れると、一瞬にして花菜の懐に潜り込み、
スパァン!
下から強烈な蹴りを打ち上げた。
「きゃあっ!」
「花菜っ!」
流が花菜に駆け寄ろうするが、蹴りは花菜には命中していなかった。
その代わり、花菜の頭部に装着されていた、ゴッドファイブのヘルメットが、天高く舞い上がっていた。
すかさず、マリアは瀬名に近づき、“オムファロス“を使役する。
シュルルル!
“オムファロス“から今一度、光の糸が伸び、
グサッ。
花菜の生身の後頭部に突き刺さった。
「アッ」
花菜は小さく吐息を漏らすと、今までにない感覚が体中を駆け巡った。
「アッ、アッ、アッ、アッ」
光の糸を通して、脳内に何かが入ってくる感触。
「アッ、アッ、アッ、アッ」
体の自由が、奪われていく感触。
「アッ、アッ、アッ、アッ」
それは、痛みでも、ましてや苦痛でもなかった。
「アッ♪アッ♪アッ♪アッ♪」
それは、快感だった。
頭から、腕から、脚から、
股間から、お尻から。
体中が“傀儡“になっていく快感に溺れながら、花菜の意識は濁っていく。
「アッ♪アッ♪アッ♪」
やがて、花菜の眼球はゆったりと裏返り、
「アッ」
花菜の自我は消滅した。
「は、花菜・・・?」
完全に白目を向き、沈黙する花菜。
そして、
バヒュン!
花菜は猛スピードで、流に向かって剣を突き立てた。
「うわっ!」
間一髪、流はそれをかわした。
完全な“傀儡“と化した花菜は、何のためらいもなく流を殺しにきていた。
『ンフッ♪やはり、あのヘルメットはゴッドファイブをあらゆる支配から精神を保護する役割があったようですね。しかし、それを外されてしまえば、ゴッドファイブと言えど生身の人間。支配するなど造作もないことです。ねぇ、“傀儡“ちゃん?』
声に呼び掛けられ、花菜はグンと背筋を伸ばした。
もちろん、瀬名によって操られての行動だ。
「アイッ、アタクシ、“ドリームサーカス“ノ、“マリオネット“、ヨロシク、オネガ、シマ」
白目のまま、口をパクパクとさせて、自らを“傀儡“と認める花菜。
「花菜!しっかりしろ!こんな奴らの思い通りになっちゃダメだ!」
流の必死の呼び掛けにも、花菜は答えない。
『無駄ですよ。もう完全に意識は消えています。彼女は、私のピエロたちに操られることでしか動くことはできないのですよ』
瀬名が花菜を操り、花菜はギクシャクと剣を構える。
「クソッ、どうする・・・!」
花菜が流に向かって攻撃しようとしたその時。
「“大地の壁“!!」
必殺技を叫ぶ声と同時に、地面が大きく盛り上がり、カラクリ・シスターズと花菜、そして流を分断する壁となった。
「大丈夫?流くん!」
黄のゴッドファイブ、一男が駆けつけてきた。
脱出のための経路を確保していた一男だったが、烈たちがなかなか戻ってこないため、様子を見にきたのだ。
『チイッ、こんな壁があっては、戦えませんねぇ。まぁ、大きな収穫もあったことですし、今回はこれでお開きとしましょう』
声の主が言うと、カラクリ・シスターズはサッと並び、退散する姿勢を整えた。
瀬名に操られ、花菜もグニャグニャとした動きでその後ろに控える。
「待て!二人と花菜を返せ!」
流が、姿の見えない声の主に向かって叫ぶ。
『ンフッ♪彼女はもう、私たちのモノ。さ、お前からも、彼らに挨拶なさい。永遠の別れのね』
声の主がいうと、瀬名に操られ、花菜は白目のまま、パクパクと喋り始めた。
「アイッ、アタクシワ、“ドリームサーカス“ノ、“マリオネット“トシテ、コノミヲ、ササゲマス。ツギ、ノ、ショー、マデ、ゴキゲンヨウ」
そう言うと、花菜はカクン、とお辞儀をした。
カラクリ・シスターズたちも、カタカタと、膝をついてバレリーナのようにお辞儀すると、煙に包まれ三人は姿を消した。
同時に混沌空間も消滅し、ゴッドファイブは空き地の中に立ち尽くしていた。
「チクショウ、花菜・・・ッ!」
流が、悔しそうに拳を地面に叩きつけた。