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第一話:新たなる脅威

続編のような体裁ですが、そのようなものではございません。

***

神々によって創られた奇跡の惑星(ほし)、地球。


その歴史は、生きとし生ける全てのものの繁栄を願う”善の神”と、絶対支配者による征服を目論(もくろ)む”悪の神”の戦いの物語であり、”善”が勝てば平和が、”悪”が勝てば混沌が広がった。


その戦いは、科学の発展した現代になってもなお続いており、202X年現在は、”善の神”の活躍により、”悪の神”は長らく封印されていた。


しかし、その封印も長くは続かず、再び”悪の神”がその牙を剥くときがきた。


復活した”悪の神”の女王、ヘラは、歴代の”悪の神”を復活させ、邪神軍”ギンヌンガ・ガップ”を結成。現代に生きる人間達を、生け贄として魂を抜き取る、洗脳して奴隷兵として仕えさせるなど、悪行(おぎょう)の数々を働き始めた。


事態を重くみた”善の神”の女王アフロディーテも、聖神軍”オリュンポス”を結成。オリュンポスは、犠牲を強いられている人間たちを救うため、その人間の中から勇気ある選ばれし5人の若者たちに、”善の神々”から受け継ぐ力を与え、”神話戦隊ゴッドファイブ”に任命したのだった。


かくしてゴッドファイブと、”ギンヌンガ・ガップ”の差し向ける邪神の刺客たちとの熾烈(しれつ)な戦いが幕を開けた!


戦いの最中、宝玉”オムファロス”を手にした神々は、絶大な力を得ることが発覚。


事実上、その時代の『神々の戦い』の決め手となる”オムファロス”の争奪戦が始まるが、その宝玉は『神々の宝』にして、『人間だけが持てるもの』でもあった。


現代にて“オムファロス”に選ばれし人間である少女、井坂(いさか) マリアは、”オムファロス”の力を解き放ち、アフロディーテに勝利をもたらすため、ゴッドファイブと共に奮闘するのであった。


だが、”ギンヌンガ・ガップ”の魔の手も、次々とマリアを狙って襲いかかる。


果たしてゴッドファイブはマリアを、そして”オムファロス”を守ることができるのか・・・


***

闇のなかに、薄白い(もや)が舞う。


“ギンヌンガ・ガップ”のアジトでは、ヘラが座する玉座の前に、三人の幹部たちが(ひざまず)いていた。


ヘラの機嫌は、いつにもまして悪かった。


無理もない。”ギンヌンガ・ガップ”の幹部たちをもってしても、いまだ”オムファロス”を奪うどころか、邪魔者のゴッドファイブを蹴散らすことさえ叶っていない。


「いくら憎きアフロディーテの加護を受けたとは言え、所詮は人間のゴッドファイブに、正真正銘の神々であるお前たちが、一体いつまで手こずっている?」

ヘラの冷たい言葉が、幹部たちの耳に刺さる。


「それだけならまだしも、”オムファロス”を持つ少女は戦う力さえ持たぬ!それだというのに、お前たちは指一本触れられないと言うのかっ!」


「そっ、それがっ、先の戦いで、ゴッドファイブに眠っていた”神々の力”が覚醒しましてっ」

幹部の一人、ハデスが必死に説明する。

「今や、ゴッドファイブの力は、その身に宿る”善の神”そのものに匹敵するものでしてっ」


そこまで言って、隣に座る、幹部の一人であり、妻でもあるペルセポネに小突かれ、ハデスは黙った。


ハデスの言い訳が、先日の戦いでの、ゴッドファイブの覚醒の場面をヘラに思い出させてしまい、場はより気まずい空気になる。


ヘラの、背筋も凍る怒号が飛ぶかと思いきや、

「ゴッドファイブの力は、(わらわ)もよく思い知った」

ヘラの言葉は至って冷静だった。


「アフロディーテめ、あのような”隠し玉”を持っていたとは、小癪(こしゃく)な」

ヘラは苦虫を噛み潰したような顔をする。

ハデスとペルセポネが造り出した巨大な魔獣”ヨルムンガンド”を、ゴッドファイブの力の合体によって生み出された、同じくらい巨大な自動人形”レガリア”との戦いによって貫かれた場面が、彼女の脳裏に焼き付いていた。


「だがお前たち、まさか、(わらわ)の前で『打つ手はない』と、簡単に言い切るのではあるまいな?」

ヘラの冷たい視線に、ハデスとペルセポネは震え上がる。


「そ、それは・・・」

二人揃って言い淀んだ。

正直、”ヨルムンガンド”を倒された時点で、二人の万策は尽きているのだ。


「お言葉ですが、女王」

その場を(さえぎ)ったのは、傍らに跪くもう一人の幹部、テュポーンであった。


「これよりは、このテュポーンめにお任せ頂けますと、幸いに存じます」

顔を上げ、テュポーンはいつもの、どこか鼻につく調子で言った。


「ほう、してテュポーンよ、これまでの、こやつらとゴッドファイブとの戦いは見ていたはず。今になって名乗りを上げる真意はなんなのだ?」

ヘラの問いに、テュポーンはいつもの、「ンフッ♪」という独特なほくそ笑み方をした。


「わたくしめは観察していたのでございます。力で押しきるだけの、古風な『夫婦(めおと)漫才』が、ゴッドファイブ相手にどこまで通用するのか」


「め、夫婦漫才!?」

テュポーンの言葉に、ハデスとペルセポネは食ってかかった。


「貴様、言ってくれるな、テュポーン。”ギンヌンガ・ガップ”随一の魔力を誇る我らを、よくもコケに!」

「黙れハデス。(わらわ)は今、テュポーンと話しておるのだ」

ヘラに遮られ、ハデスは悔しそうにまた頭を下げるのを見て、テュポーンは「ンフッ♪」と笑う。


「して、テュポーンよ。この二人の戦いを見て、何を悟った?」

ヘラの質問に、テュポーンはまた「ンフッ♪」と笑う。


「確かに、今のゴッドファイブと真っ向から戦っていては、勝利するのは厳しいでしょう。しかし、我らの狙いは、あくまで”オムファロス”です」


テュポーンの説明に、ヘラは、ほう、と感心する。


ンフッ♪と笑い、テュポーンは続ける。

「”オムファロス”を持つ少女は、本人は”神々の力”を操れぬ小娘です。この娘に近付き、ゴッドファイブの出る幕無く”オムファロス”を奪い取ることが出来れば、意図もたやすく我らの勝利。女王様、貴女(あなた)様の王国が出来上がるのです!」


テュポーンが声高らかに言い切るのが早いか、ハデスが鼻で笑う。


「バカか貴様。ゴッドファイブはこの娘を守ることが天命。ゴッドファイブに邪魔をさせずに、この娘に近付くなどできるものか!」

「黙れと言っているであろう、ハデス!」

ヘラに怒鳴られ、ハデスはまた跪く。

「しかし、ハデスの言うことももっともだ。そこまで言うからには、何か策があるのだろうな、テュポーン」

テュポーンはまた「ンフッ♪」と笑った。


「もちろんでございます。女王陛下。わたくしめにお任せあれば、数日のうちに”オムファロス”を貴女様のその手に納めてご覧に入れましょう」


自信満々に言うテュポーンに、ヘラは頷いた。

「よかろう、そなたのお手並み、拝見といこうではないか」


テュポーンはまた、「ンフッ♪」と笑った。


***

私立、北央(ほくおう)高校。


「マーリアっ、おはよ!」

校門をくぐったところで、マリアの背中に抱きついてきたのは、マリアのクラスメイトで親友の栗栖(くりす) 瀬名(せな)だった。


「瀬名、おはよう」

マリアは瀬名にむかって、ニッコリと微笑んだ。

「もう、体はいいの?」

心配そうに聞く瀬名に、マリアは笑って頷いた。

「うん!もう平気。ごめんね、心配かけて」


マリアがここ数日、学校を休んでいたのは、体調不良が原因ということになっていたが、実際には違った。


幼い頃、祖母からもらったお守りの首飾り。これが、”神々の力”を秘めた宝玉”オムファロス”で、それを狙う悪い神様が、自分をも狙っているのだということを、”女神様”と、その遣いの戦士ゴッドファイブから教えられたとき、マリアはすごく不安だった。


しかし、頼もしく自分を守ってくれているゴッドファイブも同じく、ついこの間まで普通の人間として暮らしていた人たちなんだと知ったとき、「自分も戦わなければ」と思った。


そして、瀬名たち、大切な人たちを守りたいとも。


そのとき、マリアの決意に”オムファロス”が反応し、ゴッドファイブの力を覚醒させ、”ギンヌンガ・ガップ”の魔獣を倒すことができた。


危機が去り、平和になったということで、マリアは再び、学校に戻ってこれたのだ。

(もう、こんな日々が失われることのありませんように)

マリアは、胸元に光る”オムファロス”に、そっと願った。


「ねーねー、知ってる?今度、この街でサーカスやるらしいよ」

マリアの気持ちも露知らず、瀬名があっけらかんと言った。

「サーカス?そんな話聞いたことないけど」

マリアは眉をひそめた。


「アタシもね、さっき知ったんだ。アタシの家の近所の広場に大きなテントが出来ててね、週末からサーカスが始まるんだって」

「へぇ〜」

マリアはサーカスと聞いて、某ハンバーガーショップのピエロを思い出した。マリアは子供の頃から、そのピエロが少し苦手だった。


「アタシ、サーカスって見たことないから、見てみたいなぁ」

そんなマリアとは裏腹に、瀬名は想像の中のサーカスに目を輝かせていた。

「ね、週末、見に行こうよ!」

そう言う瀬名に、マリアは声を濁らせる。

「えー、どうしよっかなー」


そんな風に談笑する二人を、じっと見つめる二つの影があったことを、二人は知る(よし)もなかった。


***

終業のチャイムが鳴っても、担任の風祭先生は、なかなかクラスに現れなかった。


あとはHR(ホームルーム)を済ませれば帰れるのに。


そんな不満を募らせたクラスメイトたちが、次第にざわめき始めた。


「どうしたんだろ、風祭先生」

マリアが瀬名に呟いた。

「ね、『時間厳守!』が口ぐせなのに」


そうこう言っていると、教室のドアがガラっと開き、白いブラウスにパンツスーツの風祭先生が、なぜかニコニコ笑顔で入ってきた。


「はーい!ごめんなさいね!遅れちゃって!HR(ホームルーム)を始めまーす!」

風祭先生の様子に、クラスはシンと静まりかえった。


いつもは「はい!静かになさい!子供じゃないんだから!」と怒鳴り声と共に入ってくるからだ。


「な、なんか先生、テンション高くない?」

瀬名がボソリとマリアに囁いた。

「う、うん・・・」

返事をしながら、マリアは教室の外に、別の人影があるのに気が付いた。


「さぁ、みなさ〜ん!今週末、この街で一大イベントがあるのを、知ってる人〜!?」

風祭先生が、まるで子供番組の司会者のようなテンションで言った。


(あっ、今週末って、あのことかな)

マリアは察しがついたが、いつもの風祭先生のお株を

奪うとしたら、子供じゃないんだから、わざわざ手を上げて言うこともなかった。


「実は、この街にサーカスが来てるんで〜す!」

マリアの予想は当たっていた。にしても、風祭先生のこの異様なテンションはなんなのだろうか。ずっと貼り付けたような笑顔を浮かべているのも、どこか不気味だ。


「実は今日、そのサーカスの方たちが、特別に来てくれていま〜す!」

風祭先生が言うと、クラスがどよめいた。


「ご紹介します!”ドリームサーカス”の代表のお二人でぇ〜す!」

風祭先生がドアを指さすと、二人のピエロが颯爽と入ってきた。


一人は男で、ダボっとした、カラフルな”つなぎ”のタイプの衣装を着て、顔は真っ白に塗りたくられ、口には真っ赤な口紅が塗られている。特徴的な、真っ赤な丸い鼻が目を引いた。


もう一人は女性で、こちらはピッタリとした、赤いレオタードの衣装に、白い薄いタイツを着ていた。腰回りにグルリと付いたスカートは、バレエの衣装のように上に跳ね上がり、レオタードのVラインを隠す役割は毛頭無いようだった。


男のピエロと同じく、真っ白な顔に、真っ赤な口紅。真っ赤な鼻は小さな彼女の顔のせいもあって、余計に目立っていた。


駆け足で入って入ってきた彼女の動きに合わせ、レオタードに包まれた彼女の胸がボインボインと揺れ、男子たちは、おおっ、と歓声をあげ、女子たちはそんな男子に非難の目を向けた。


「どもども〜!こんにちは〜!!」

男のピエロが、体を目一杯に使ってポーズを取った。

「僕たちは今、街の広場にテントを構えているサーカス団の者です!名付けて”ドリームサーカス”!」


男のピエロはまたポーズを取った。今度は女性のピエロも、それに合わせるようにポーズを取る。また、レオタードの胸がボインと揺れた。


「僕は代表のピエロで、司会進行を勤めています!そして彼女が、我がサーカス団の看板娘!」

男のピエロが手を広げて彼女の方にアピールすると、女性のピエロはまた満面の笑みでポーズを取った。だが、彼女は一言も声を発することはなかった。


「ご覧の通り、目立ちたがり屋だけど、ちょっと口下手なんで、話しかけるのは勘弁してやってね」

男のピエロが内緒話をするように言うと、クラスは少しクスクスと笑いが起こった。


「でもでも、彼女のパフォーマンスは天下一品!本当は実際にテントに来て見てほしいけど、今日は特別に、この場でパフォーマンスしちゃいま〜す」

男のピエロに促され、クラスはパラパラと拍手をした。


「そうそう!僕たち”ドリームサーカス”のパフォーマンスは劇場一体型!みんなにもパフォーマンスに参加してもらっちゃうよぉ〜」


しかし、今の高校生は進んでパフォーマンスに参加することなんてないだろうな、とマリアは思った。


「さぁさ、まずご覧に入れますのは、看板娘によるスーパージャグリングでぇす!」

男のピエロの合図で、女性のピエロは色のついたバトンのようなものを取り出し、お手玉のように投げては別の手で受け始めた。


そのうち、バトンは一本、二本と増え、しまいには、5.6本のカラフルなバトンが、空中をクルクルと回っていた。


(すごい、どうなってるの・・・)

マリアは女性のピエロの手が、凄まじい勢いで動いているのが分かった。とても人間の動きとは思えない。


これがプロのサーカス団のパフォーマンスということなのだろう。


隣に座る瀬名も、口をポッカリと開けて、パフォーマンスに見入っていた。


ふと周りを見ると、クラスメイトたちも、男子も女子も、女性ピエロのジャグリングに釘付けだ。


「さぁさぁ、ここから瞬き厳禁!こちらのピエロが扱うのは6本のバトン!ここからさらに、最後の一本が加わるよっ!その瞬間、皆様のおめめは、クルクル回る、7本のバトンとともに、あ、クルクル回るぅ〜」

言いながら、男のピエロはひょいっと、ピンクのバトンを女性のピエロに投げ渡した。


ピンクのバトンはごく自然に、女性ピエロのジャグリングの中に加わり、とたんに、マリアの目には7本のバトンがまるで虹色の螺旋のように見え始めた。


「はい!これが、”ドリームサーカス”名物、『レインボースパイラル』だよ〜ん!!」

男のピエロが昭和チックなノリで叫んでも、もはやマリアをはじめクラスメイトたちは何のリアクションも取らなかった。


マリアの目は、意識は、既にその虹色の螺旋に完全に奪われていた。

(回る、回る、クルクル回る)

マリアの脳裏に、さきほどの男のピエロの言葉が繰り返しリフレインする。

(まわる、まわる、クルクルまわる)

(まわる、まわる、くるくるまわる)

(まわるまわるくるくるまわる)


(まわるまわるくるくるまわるくるくるまわるまわるくるくるまわるくるくるくるくるまわるくるくるくるくるまわるくるくるまわるまわる)

もはやその言葉の意味さえわからなくなっても、マリアはその言葉を頭の中で繰り返し続けた。


「はいっ、以上が看板娘のパフォーマンスでしたぁ〜!」

女性ピエロがジャグリングをやめてポーズを取っても、クラスはシンとしたまま、拍手も起こらなかった。


生徒たちは、いまだじっと、女性ピエロの方を見つめたままだ。


その様子を見て、男のピエロはニンマリとほくそ笑んだ。

「ンフッ♪君たちもシャイな子が多いねぇ」

特徴的な笑い声を上げながら、男のピエロは人差し指を天に突き立てるポーズをした。


「さあっ、さっきも言った通り、僕らのパフォーマンスは劇場一体型!ここからはみんなにもパフォーマンスに参加してもらうよぉ〜。パフォーマンスしたい人、起立!」

さっきは、参加する人などいない、そう確信していたマリアだったが、

ガタン!

イスが勢いよく押し出される音を響かせ、何人かの生徒が立ち上がった。


かく言うマリア本人も、なぜか立ち上がってパフォーマンスしたい衝動に駆られたが、わずかに残った執着心が勝った。


間近で女性ピエロのジャグリングを見ていたせいか、立ち上がったのは最前列の席の生徒がほとんどだった。


そして偶然、その列は一人だけが男子だった。

みな、立ち上がったものの、黙ったまま、虚ろな目で前を見つめている。


男のピエロは、その唯一の男子に目をつけた。

「OK!では、次のパフォーマンスは君が主役だ」

男のピエロはその男子生徒を教壇のところに連れ出す。


「僕らは”ドリームサーカス”。その名の通り、”夢”がコンセプトなのさ。君たちはいま、夢の中で遊んでいるんだ。夢の中なら、君たちは『なんでもなれる、なんでもできる』。さぁ、言ってごらん」

男のピエロに促され、男子生徒は口を開く。

「なんでも、なれる、なんでも、できる」

男子生徒は寝言を言うように、ぼんやりと言った。

「その通り!いいねぇ。『なんでもなれる、なんでもできる』。ただし、『僕の言った通りに』だ。僕がこのサーカスの主だからね。さぁ、君には、この魔法の笛を授けよう」

男のピエロはそう言うと、その辺の席からくすねたリコーダーを、男子生徒に手渡した。


「君は今から、”アラブの蛇使い”だ。この笛を吹いて、蛇達を自由自在に操るんだよ。そして、お嬢ちゃんたち」

男のピエロは、今度は最前列に立つ女子生徒たちに近付いた。

「君たちも、”ドリームサーカス”のパフォーマーだ。合言葉は?」

男のピエロが言うと、女子生徒たちもぼんやりと呟く。

「なんでも、なれる、なんでも、できる」

「『僕の言うとおりに』ね」

男のピエロは女子生徒たちの言葉に付け足す形で、彼女たちが言いなりになるように暗示をかける。

「君たちは”アラブに棲むニシキヘビ”だ。そして、彼が君たちのご主人様だ。彼が笛を吹くと、君たちはその長い体を目一杯に使って、踊って見せるんだ。いいね。さぁ、パフォーマンスを始めよう!」

男のピエロが指をパチンと鳴らすと、男子生徒の虚ろな目がグルンと裏返り、白目を剥くと、男子生徒はリコーダーを取り出して、教壇の上にあぐらをかいた。


男子生徒はリコーダーをマウスピースごと口いっぱいに含むと、息を思い切り吹き込んだ。

ブピ〜ブピピピピ〜ブピ〜

いびつなリコーダーの音が鳴り始めると、こんどは蛇役にされた女子生徒たちの眼球がグルンと天を扇ぎ、女子生徒たちはクネクネと体を捻るように動き始めた。


「さぁさぁ、これが世にも珍しい”人間蛇使い”だぁ!蛇になりきった彼女たちの軟体をとくとご覧あれ!」

男子生徒の笛は勢いを増し、それに操られる女子生徒の蛇たちも、より大きくうねうねと床を這いまわる。


スカートがめくれ、パンツが丸見えになるのも構わず、蛇たちは、信じられない角度まで足を開き、背中を反り、腕をねじった。


「おやおやぁ?どこからともなく、他の蛇たちもよって来たぁ!」

男のピエロは、生徒たちの周りを歩きながら、わざとらしく言う。

「どうやら魔法の笛の力は強力で、野生の蛇たちも操つってしまうようだぁ〜。笛の音色を聞いた蛇たちも、一緒に踊り出す〜♪」

男のピエロが言うと、催眠状態で近くの席に座っていた女子生徒たちが白目を剥いた。

椅子から滑り落ちるように床に這いつくばると、彼女たちも足を開き、大きくのけ反り、腕をあり得ない角度に回し、動き始めた。


男のピエロのその言葉が引き金となり、女子生徒たちは次々と蛇と化し、机と椅子を押し退けて這いまわった。


「ンフッ♪いいねぇ〜このクラスは可愛いニシキヘビさんがたくさんだぁ」

嬉しそうに蛇たちの間を縫って歩き回るピエロの足に、何かが引っ掛かった。


一人の女子生徒が、男のピエロの足を掴んで、何かパクパクと呟いていた。


男のピエロはしゃがんで耳を澄ました。

「た、たすけて・・・もとに、もどして・・・」

女子生徒は絡まった足の関節がギリギリと痛み、涙を浮かべ、悲痛に顔を歪めていた。


「おやおやぁ?魔力が解けかけていますねぇ。いけませんよ。まだパフォーマンスの途中なんですから」

男のピエロは、さっきとは違う口調で、女子生徒に話しかけた。


女子生徒は必死に首を振る。


「ンフッ♪そんなに蛇はお嫌いですか?いいですよ、では、特別に違うものに変えて差し上げましょう。それも、わたくしめの直々の力で。何がいいですか?」


男のピエロは女子生徒の体を舐めるように見渡した。床を這い回ってはだけた制服の下に、ラクロス部のロゴが入ったTシャツが見えた。


「ああ、ラクロス部。うってつけではありませんか」

男のピエロは、人差し指を女子生徒の額に持っていく。

「ひ、ひぃぃ・・・」

「では、あなたはラクロス部の・・・」

怯える女子生徒をよそに、男のピエロは女子生徒に魔力の暗示をかけた。

「の、コートを描く”ライン引き”です。さぁ、頑張ってラインを引いてくださいね」

男のピエロの人差し指から、紫の光が放たれると、女子生徒はたちまち魔力に支配される。


女子生徒から再び表情が消え、グルリと白目を剥いた。

女子生徒の体はさっきよりもさらにのけ反っていき、頭をお尻にこすりつけるようにして、体が完全な円になった。


そのまま、女子生徒の体は転がり始め、教室内をグルグルと回り始めた。

「ンフッ♪優秀な”ライン引き”だ」


そしてマリアにも、遂に”蛇になりたい”感情が押し寄せてきていた。


蛇になりたい。笛に操られるまま、自由に踊りたい・・・。

そんな感情が、胸の中に溢れると、

ポワン。

なぜだか決まって、胸の奥に優しい温かさが芽生え、マリアは自分の意思を取り戻した。


そして、教室中に広がる光景を目の当たりにして恐怖を覚えた。

(だ、だめ、蛇なんて、恥ずかしいことできない!みんな、どうしちゃったの?)

ふと横を見ると、瀬名が目を見開いて体を震わせていた。


「せ、瀬名・・・?」

マリアが呼ぶと、瀬名はマリアの方へ顔を向けた。

「ま、マリア・・・」

瀬名の目はすでに焦点が合っておらず、完全に正気を失いかけている。きっと、”蛇になりたい”という欲求と、限界まで戦っているのだろう。


「せ、」

「さぁ〜いよいよパフォーマンスも大詰めですよぉ」

瀬名に何か言おうとしたマリアを、男のピエロが遮った。

最初とずいぶんキャラが違っているのは、もはや気にしていないようだ。


「楽しい楽しい蛇使い!じっとしてていいんですかぁ?可愛いニシキヘビさん、ほら、踊れや踊れ〜」

「だ、ダメ!」

マリアが言い聞かせる隙もなく、男のピエロの言葉が、限界を越えた瀬名の背中を押し、瀬名の眼球は、ゆっくりと裏返った。


次の瞬間、瀬名の両手両足はすばやく絡みあい、スカートの下のパンツまでもめくりあげ、お尻を突き出す形になると、瀬名は机の下に消えていった。


目の前で親友が恥態を晒しているショックで、またマリアは暗示に支配されていく。

醜いが、自由に床を這い回るクラスメイトたちは、どこか開放的でもあった。


(わたしも、へび、なる・・・)

そう思った瞬間、

「ンフフフフッ♪お友達、気持ちよさそうに蛇さんやってますよぉ?あなたは踊らないんですかぁ?」

ピエロの甘ったるい口調が耳に響いた瞬間、マリアの心のダムが決壊した。


マリアの周囲の世界が、クルリと裏がえり、そして暗闇に包まれた。


マリアは完全に白目を剥いていた。

その瞬間、マリアは悟った。


自分は蛇だ。


何を迷っていたのだ。自分はずっと蛇ではないか。笛の音色に支配されて踊る蛇だ。いつものように、ご主人様の笛に合わせて踊らなければ。


マリアは蛇の踊りのポーズを考える。今日はどのようなポーズにしよう。ご主人様が喜ぶポーズがいいな。そうだ。200度くらいに開脚して、背中を反って股間の下から顔を出して、ご主人様を驚かせよう。


マリアはさっそく、足を開き始めた。


「はい、終了〜♪」

男のピエロがポンと手を叩くと、クラス中がピタリと停止した。

笛を吹いていた男子生徒、蛇となった女子生徒たち。そして瀬名。

マリアも、白目を剥いたまま、足をパカリと開いたところで完全にフリーズしていた。


止まっているだけでなく、彼女たちの意識も完全に消滅していた。


「はいはい、みなさんすっかり、わたくしめの魔力の(とりこ)になってくださったところで、本題に入りましょう」

男のピエロはマリアに近付いた。


「ニシキヘビさんになれなくて残念でしたねぇ。では、これを」

ピエロがマリアの胸元の”オムファロス”にふれた瞬間、


バチッ!

火花が散り、”オムファロス”に触れたピエロの手は皮がはがれ、おぞましい魔族の手が(あらわ)になっていた。


「『”オムファロス”は”神々の力”を持つ者の持たざるもの』。やはり、伝説は本当のようですねぇ、ふーむ」

ピエロはなにやら考えると、再びその手をピエロの手に変えた。


「よろしい。では、次はあなたに主役になってもらいましょう」

ピエロは人差し指で、白目のまま意識を失っているマリアの額に触れた。


「あなたは、ゼンマイで動く”からくり人形”です。ゼンマイが巻かれたら、わたくしめの命令通りに従うのです。歯車の動くままに」

ピエロの人差し指から紫の光が放たれると、マリアはガチャガチャと体を強張(こわば)らせた。その肌は血の気が失せ、まるで陶器のように固くなっている。


「せっかく見せてくれているのですから、あなたのゼンマイは、ここです」

男のピエロは女性ピエロに指示すると、女性ピエロはマリアの股間にバトンを突き立てた。


そのまま、ゼンマイを巻く素振りをすると、マリアの体はカタカタと背筋を伸ばしていく。

やがてガチャン、と動かなくなると、マリアは白目のまま、ピエロを見つめた。


歯車がうごき、マリアの体がカクカクと動いていく。

口が開いてゆき、自動的に言葉が発せられる。

「ゴ・シュジン・サマ、ゴ・メイレイ・ドウゾ」

古くさいロボットのような、単調な声でマリアは言った。


自分は所詮、歯車で動くタイプの”からくり人形”だ。人間のような声が出せるわけがない。

だが、それでも自分は”ドリームサーカス”の一員として、ご主人様の命令通りに、一生懸命動くことしかできない。


「よしよし。では、お前は今から、わたくしめ達と、その”石”を持って”ドリームサーカス”に向かうのです」

「カシ・コマリ・マシタ。ゴ・シュジン・サマ」

マリアはカクカクと立ち上がると、ピエロと共に歩き始めた。


肘から先は90度に曲げ、反対に足は一切曲げず、一定のリズム、一定の可動域でカクカクと動く。


そうだ。自分は”ドリームサーカス”に戻るのだ。そこで自分は、ご主人様に操られるままに、永遠にパフォーマンスをするのだ。


「サーカスに戻ったら、お前にもピエロの衣装を着せてあげましょうね」

「ハイ・ゴ・シュジン・サマ」

「ンフッ♪お前のパフォーマンスは何が良いでしょうねぇ、新しい看板娘として、ジャグリングでもやりますか?」

「ハイ・ゴ・シュジン・サマ」

ご主人様の言葉は、”からくり人形”であるマリアには全く理解できない。

だが、マリアはこう返事をすることしかできない。

“そのように”作られているからだ。


「ダンスは難しいでしょうねぇ、なんせ、ゼンマイ式ですから」

「ハイ・ゴ・シュジン・サマ」

それでも、マリアは永遠に、ご主人様にこう返事をし続ける。


「ハイ・ゴ・シュジン・サマ」

永遠に。

「ハイ・ゴ・シュジン・サマ」

いつまでも。

「ハイ・ゴ・シュジン・サマ」

いつまで・・・

「やめてぇっ!」


パァンという音とともに、マリアの全身から光が放たれ、紫の、ピエロの魔力を消し去った。

マリアは、自分が人間であったことを思い出した。


驚きを隠せない様子のピエロは、すぐになにかを察したようだった。

「おやおや、魔力も通じませんか。恐ろしいアイテムですねぇ、”オムファロス”」


マリアはピエロをキッ、と睨み付けた。

「やっぱりあなたたち、”ギンヌンガ・ガップ”の邪神なのね!これは渡さないわ」

ピエロはニヤリと笑う。

「ほほぉ、勇敢ですねぇ。しかし、何か勘違いしているのでは?」

余裕の笑みを崩さないピエロに、マリアは不気味さを覚える。


「な、なんのこと?」

「あなたは決して強くない、ただの人間でしょう。そこで這いつくばっているお友達と同様、わたくしめの魔力にかかれば自在に操られてしまう。所詮、”その石”に守られているだけなのですよ」


「だ、だから何!?邪神(あなたたち)は”(これ)”には触れられないんでしょ?それなら」

そこへ背後から手が伸び、マリアの胸元の”オムファロス”を鷲掴みにした。


「えっ」

ブチッ。

そのままその手は、マリアの胸元から”オムファロス”を引きちぎった。


女性ピエロが、”オムファロス”をしっかりと掴んで立っていた。

「ど、どうして!?」

「彼女は人間ですよ」

男のピエロが冷静に告げた。


女性ピエロの真っ白な顔は、今は能面のように無表情だった。

「どういうこと、ま、まさかっ」

ハッと気付いたマリアに、男のピエロはニヤリと笑う。

「そう。彼女は道中で私が魔力で操り人形にした、名も知らぬ奴隷です。そして、あなた方の先生もね」

風祭先生は、この騒ぎの中にあって、奴隷としての役目を終えて、今は同じく無表情で立っていた。


「さて、これであなたは”石”を失った、ただの人間。わたくしめの魔力を存分に味わえるはず」

ピエロは不気味に舌なめずりをした。


「そ、そんな・・・」

(こうなったら、逃げるしかない!逃げて、ゴッドファイブのみんなに・・・)

マリアがそう決心したのも束の間、

ガシッ、

と背後からマリアの体は締め付けられてしまう。


「うっ!」

瀬名がいつの間にか立ち上がり、マリアを羽交い締めにしていた。

「せ、瀬名!?」

「彼女も魔力で完全支配しておきました。ちなみに、”お人形”になったあなたが可愛らしかったので、おそろいにしておきました。彼女が動かないようにしっかり捕まえておけ」


ピエロが命令すると、瀬名はゆっくりと口を開いた。

「ハイ・ゴ・シュジン・サマ」

「瀬名、目を覚まして!」

ピエロはンフッ♪と笑う。


「目を覚ますわけがない。あなたも体感したでしょう?”石”の力が無ければ、あなたも気持ちよく”からくり人形”となっていた」

マリアは、自分が”からくり人形”だと信じ込んでいたあの状況を思い出し、ゾッとした。


そしてまた、その危機が迫っている。


ピエロの人差し指が、マリアの額に当てられる。

「あっ・・・」

生暖かい、何とも言えない気持ち悪さが、マリアの全身を包みこんでいく。


「さぁ、わたくしめの魔力に身を委ねなさい」

ピエロの言葉に導かれるように、マリアの目は焦点を失き、マリアの意識は混濁していく。


「そうです。魔力に支配されれば、あなたは『なんでもなれる、なんでもできる』」

「な、なんでも、なれ、る、なんでも、でき・・・る」

マリアはピエロの言葉を無意識に復唱する。


「『わたくしめの言うとおりに』ね」

ピエロの言葉が、魔力によって絶対的なものとして、マリアの脳に刻まれた時、マリアの眼球はゆっくりと裏返っていった。


『たすけて、ゴッドファイブ・・・』

かすかな力で、”オムファロス”はマリアの思念をどこかに転送していた。


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