例えばこんな青春日記〜オタクな俺がヤンキーJKを一喝したら、付き纏われる様になりました~
初短編&初恋愛ジャンル(*ノωノ)
初めましての方は宜しくお願い致します(^^)/
80年代から90年代に掛けて、不良少年・通称ヤンキーと言うものが流行していたらしい。頭髪を染め上げた格好をした奴等は、教師へと対立し、周囲へと迷惑行為を繰り返す。親父の世代の古びた化石の様な連中だ。2000年になった今では絶滅危惧種と言って良いだろう。
俺の地元は遅れている。千葉、茨城、栃木、群馬――関東の中でも一般に田舎とされているこの地域では、未だにヤンキーは生息していた。
俺こと、伊里野集は心底溜息を吐いてしまう。
目の前のこの状況は一体何なのか?
木刀を携えた不良少年数人と、髪を赤く染め上げたミニスカの女子が、一人の男子を取り囲んでいた。女子により衣服を取り上げられた男子は、膝が汚れるのも構わず、その場で彼等へと土下座をしていた。
剣呑な雰囲気を感じながら、俺は何故自身が此処に呼ばれたのかを思い出すと、仕方が無しに彼等へと近付いて行くのであった。
◆
――数時間前。
高校から帰って、マンションの自室へと戻った俺は、ポケットから鳴り響く携帯の着信音に顔を歪めた。慌ただしいこの音楽は聖槍伝説2のボス戦BGM『危機』である。この着信音を設定した相手は一人しかいない。
また厄介ごとか。アイツから掛かって来る電話っつーのは基本厄介なもんしかねぇんだよなぁ。
……無視しちまうか?
今日はゲーム・ハイパーロボット大戦α外伝を進めようと思っていたんだ。奴と拘う気は一切無い。電話の主――小高衛は俺の趣味を理解している腐れ縁の悪友だ。故に、俺が此処で電話に出ない事も分かっているし、納得してくれる筈である。
しかし、随分と長いこと着信を掛けてくるな。もしかして、本当に大事な用事だったりして……?
「……チッ、しゃーねぇなぁっ!」
言いながら俺は携帯を取り、通話を押す。電話口からは予想通りの同級生――小高衛の声が聞こえて来た。
「い、イリヤ!! お前、早く出ろよな!?」
「あぁん?」
人が電話に出てやったというのに、開口一番が文句かよ? 俺はこのまま電話を切ってしまいたい欲求に駆られたが、寸での所でソレを押し殺す。……まずは要件を聞いておかないとな。
「チッ、一体何なんだよ、そんな焦って……」
「そ、そのぉ……実は、スケが上級生に連れ去られちっまってな……」
「……はぁっ!?」
スケと言うのは、中学からの同級生・助川亮司の事を言う。アトピー性皮膚炎に悩まされており、左頬が赤くブツブツになっている男である。最近、小高とスケは良く連んでおり、俺は鬱陶しい小高から解放されて喜んでいたのを思い出した。
「上級生って、お前、何したの!?」
「いや、その……」
俺の問いに、小高は電話口で口籠る。この反応で分かった。何か後ろ暗い事をしたのは確実だ。
「と、とにかく! 来てくれよ!! アイツら木刀持ってんだ! 下手すりゃスケが死んじまう!!」
「え、木刀……マジか……つか、そういうのはせめて他の不良とか教師とかに相談しろよ……俺、ただのオタクなんだけど……?」
「オタクだけど、イリヤ喧嘩強ぇーじゃん!」
「……まぁな」
いかん。強いと言う言葉に気を良くしてしまっている自分がいる。しっかりしろ。俺が喧嘩をしていたのは中学までだ。高校に入ってからはもう辞めた。そも、体格の出来上がった連中の多い高校では、俺の喧嘩の腕なんて並程度。調子に乗ったら手痛いしっぺ返しを喰らっちまう。自制せねば……!
「場所は仙馬公園だ! 頼んだぜ!!」
「あ、ちょっ――!?」
言って、通話を切られてしまう。まだ行くなんて言って無いのに……くそっ!!
「あぁ――ッ! もぅ……ッ!!」
憤りつつ、俺は学生鞄を部屋へと投げ捨て、再び外へと駆けていく。仙馬公園なら此処から徒歩で20分もすれば着いちまう。気を重くしながら、俺は指定された場所へと急ぐのだった。
◆
そうして――辿り着いたのが今である。
「おいおいおいおい……やり過ぎだ、オイ。洒落になんねぇぞ、コレ……」
「い、イリヤッ!!」
待ってましたと言わんばかりに、俺へと声を掛けてきたのは金髪の小高である。取り囲む上級生の輪の外で、奴は突っ立ち、狼狽えていた。
「あぁん? んだ、テメェはよぉっ!?」
「うっせ、退け」
「あっ!?」
前へと出て来たイキる上級生は相手をせず、俺は全裸姿のスケの元へと足を向けた。
「い、伊里野……?」
「これは酷い」
スケを見下ろしつつ、俺は悲惨な状況に眉を顰めた。察するに、やらせたのはこの女か。ヒデェ事をしやがると、心の中で嘆息しながら、俺は目の前の女へと向き合った。
「――取り敢えず、持ってる服返せよ」
「はぁ? いきなり出て来て意味分かんないんだけど? 関係ない奴が口挟んでんじゃねーよ!」
「……こいつが何をしたかは知らねぇが、囲んで全裸にして土下座させられる程じゃねぇだろう? 明らかにやり過ぎだ。下手したらお前ら、警察沙汰になるぞ?」
「警察沙汰にしてぇのはこっちの方だっつの!」
「あぁ?」
ガヤから飛んで来た言葉に、俺は思わず首を傾げる。背後を振り返ってみると、小高の奴が「やべっ」と言った顔を浮かべていた。
「そのボケはよぉ――茉莉の寝込みを襲おうとしやがったんだぜ!? 下手すりゃレイプだ! レイプ! こんくらいされて当然だろうがッ!!」
……まじ?
俺は思わず、スケの顔をまじまじと見てしまう。サッ、と逸らされる視線。あーあー、こいつやってますわぁ……どうしようかなぁ、これ。
「えーと……やられちゃったってこと……?」
「ッ!! ざけんなッ!! やられてねぇよっ!」
カッと顔を紅潮させながら「テメェらも余計な事言ってんじゃねぇ!」と、周囲に怒鳴り出す女。この様子から考えて、最悪な状況は脱していたのだろう。だからと言って、スケがやった事は許される訳ではないが――
「そもそも何でそんな状況になったんだよ? 寝込みを襲うってどう言う事? お前ら、一つ屋根の下にでも居たの?」
「あぁん!? んなの、どうでも……!」
「鬼頭はスケの家に泊まってたんだよ。その……俺も一緒で。だから呼び出されちゃって……」
「おい!!」
「はぁー……」
小高の話から考えると、この鬼頭とか言う女はスケの家に無防備にも泊まったという事だ。年頃の、しかもスケなんて確実にムッツリな童貞野郎の家なんかに泊まったら、そりゃ襲われるくらいはするだろう。
「小高ぁ……お前は何してたんだよ? 」
「俺はそのぉ、爆睡してて……! まさか、スケが鬼頭を襲うなんて思ってもみなかったんだよぉ!!」
「本当かテメェッ!?」
「フカシこいてたら、マジぶっ殺すぞっ!!」
「ひ、ひぇぇッ、ほ、本当ですぅ……!! 俺、嘘なんて言ってません! 信じて下さいぃぃッ!」
「……」
……ま、小高の奴にそんな度胸がある訳ねぇか。恐らくだが、本当に爆睡してたのだろう。
「ま。でも、それならコレで気が晴れただろう? 解散だ解散。これ以上はマジで事件になっちまう。お互いに手打ちにしとこーぜ」
「はぁっ!? テメ、何勝手に仕切ってんだよ!?」
「物事を冷静に見た上での判断だよ。スケ、お前マジでこの女レイプするつもりだったんか?」
「ち、違う……! そこまでやる気はねぇよ!? ただ、魔が刺したっつーか……ちょっと、身体を触るくらいなら良いかなって……!」
「良い訳ねぇだろ!!」
「勝手抜かしてんじゃねーぞ、このスカタンッ!!」
「っひぃ!!」
「まーまーまー……落ち着けよ。性欲真っ盛りな男子高校生の家に女が上がり込んだんだ。間違いが起きちまうのも分かるだろう? 一応未遂だったんだし、此処までやったんだからもう充分だろうよ」
「はぁっ? 何処が充分なんだよ!? アタシは全く納得してねぇーんだけど!?」
「……だったら、どうするつもりだよ?」
「決まってんだろ! アタシの気が晴れるまでソイツをボコす!! もう二度とおかしな真似しねぇよぅにしてやんだよ!!」
……この人数でリンチか? いや、不味いだろ。この女、頭に血が昇ってる所為か無茶苦茶言いなさる。この人数で木刀で叩かれりゃ、下手すりゃ死ぬぞ。
「あのなぁ……お前に非がねぇ訳じゃねーだろ!」
「はあぁっ!?」
「女一人で男の家にお泊まりとか、警戒心がねぇのにも程があるぜ! テメェ、中学生か!? いや、今日日中坊だってこんくらいの事は分かる筈だぜ!?」
「あぁんッ!? んだそりゃ!? アタシが悪ぃってのかよ!? こっちは相手の家に泊まりに行っただけの被害者だぜ!? 男ってのはどいつもこいつもそんな自制が出来ねぇ変態なのかよッ!?」
「――そうだよ」
「!?」
「今頃気付いたか、この馬鹿が! ――スケも! そこで突っ立ってる小高も! テメェが連れて来た周りの男も! 全部全部!! 皆、変態さ!!」
「て、テメ、何勝手に――ッ!」
「ッるせぇなぁ! どうせテメェらも女への好感度稼ぎ、ワンチャンあると思って付いて来た口だろうが!? 鼻の下伸びてんだよ、ボケ! 今更取り繕うな!!」
「ッ!!」
「相手がブスだったら此処までの事やってねぇだろ? 別に構いやしねぇが、正義面してんのがムカつくぜ!!」
「ちょ……ちょっと、アンタ達――本当に……?」
「ち、違ぇし、茉莉! あんな奴の言う事なんて聞くんじゃねーよ!! 俺達は、本当にお前を心配して――」
「――そうだなぁ……身体は心配してるかもな? 何せ、お目当てはそっちなんだしぃ?」
腰に手を当て見下す様にそう言ってやると、連中の一人が俺へと近付き、学生服の胸元を掴んで来た。
「オイ……良い加減にしろよテメェ? 部外者だからって、巫山戯てっと容赦しねぇぞ!?」
「……はぁん?」
「お友達を助けに来たのかも知んねぇけど、ヤンキー舐め過ぎだろ? テメェみてぇな一般生徒が係る事じゃねんだわ? ――つか、ムカついたからマジボコす!」
「……」
一般生徒、ね。何だろう、コイツは不良を特権階級か何かと勘違いしているのだろうか? 別に髪を染め上げなくとも、派手な格好をしなくとも、ソイツ自身の価値は変わらねぇ。パッと見、優等生チックな俺を見て、居丈高な態度を取っているのだろうが……俺は、そういう奴をこそ一番嫌う。
つーか、何ガン飛ばしてんだ、テメェ。
舐めてんだろ?
舐めてんだよなぁ?
じゃなきゃ――出来ねぇ行動だもんなぁ?
「……分からせるか」
「あ?」
プッツン来たぜ。
学生服を伸ばしてくれたクソウゼェタコ助の顎を目掛け、俺は全力で右拳のアッパーを叩き込む。ガポン、と言った打撃音と共に、膝から崩れ落ちる勘違い野郎。
この一撃を契機に、俺と上級生との喧嘩が始まった。
「テメ、村田を――ッ!?」
「うるせぇぇぇぇ!! クソがッ!! ムカついた、ムカついた!! 殺おぉぉぉ――すッ!!」
「うげっ、くっ!? こ、このクソガキッ!!」
場は騒然としていた。一対多の争いだ。通常であれば俺に勝ち目は無いのかも知れない。けれど残念ながら俺は普通じゃなかった。無口無愛想空気読み0な子供だった俺は、幼い時より周囲から良く絡まれていた。本来インドアな気質でアニメやゲームを趣味とするオタクである俺が、喧嘩慣れをしている理由がそこにある。
簡単に言うと、だ――慣れてるんだよ、こんな状況。
「う、そ……」
「ダァァァラァァッ!!!」
気合いと共に、最後の一人を殴り飛ばす俺。結果として俺は勝った。上級生六人を延す事に成功したのだ。暴力は全てを解決する。気持ちの良い達成感・解放感を抱きながら、俺は呆然とする女へと近付いた。
「――服、返せよな」
「ッ!」
言いながら俺は、女が持っていたスケの衣服を引ったくる。どうでも良いが、コレ……汗で汚ねぇよ。よくこんなもんを頑なに守ろうとしたな、この女。
「ケータイ出せ」
「は、はぁ? 何でだよ!?」
「どうせ撮影してんだろ? ――ほら、貸せ!」
「あ!?」
手に持った衣服を背後のスケへと投げながら、俺は女の携帯を奪い取る。今流行りのカメラ付きという奴だ。画質は粗いが、こんなもんに使われるとなると、厄介な世の中になったと思う。
携帯を操作すると、画面には全裸姿のスケの写真が表示される。俺はそいつを削除すると、手に持った携帯を女へと投げて返した。
「ハッ、変態め……お前も人の事言えねーだろが」
「ッ!! はぁ!? ふざけんな! これはただ、脅しに使おうと思ってただけで――」
「尚更悪いわ、ダボがッ!! ……ほーんと。何なんだお前ら? マトモなのは俺しかいねぇじゃねぇかよ」
「は!?……テメェの何処がマトモなんだよ! テメェだって男だろう!? コイツらと同じ変態じゃねぇか!」
「……いいやぁ? 少なくとも俺はお前みたいな貧相な女には欲情しないしぃ? 男侍らして喜んでる奴なんて趣味じゃねんだわ」
オタクにだって、選ぶ権利はあります。やはり女は二次元に限る。うーん、格言だね。短い人生経験で得た教訓。もとい、真理というのがソコにはあった。
「言ったな……! 覚えてろよ、テメェ!!」
「はいはい、気が向いたらな〜……ったく」
捨て台詞を吐き、その場から退散する女を見送りつつ、俺は適当な事を言ってやる。てか、男の方は放置かよ。まぁ、別に良いけどさ……。
◆
夕暮れ時の仙馬公園は人気が無い。幸か不幸かは分からねぇけど、おかげでスケの醜態はあの場にいた者しか目撃していない様だった。上級生の不良共を蹴散らした俺は、小高を連れてスケの奴を家へと送ってやる事にした。
木刀でのリンチは回避出来たものの、男としての尊厳はかなり踏み躙られていたからな。スケの奴は俺へと礼を言うと、それっきり暗い感じに俯いちまった。元はと言えば奴の行動が原因だし、そこまで同情はしなかったけどよ――なんつーか、本当、馬鹿な奴だよ。
気不味いままに歩いていると、やがて小さな住宅地が見えてくる。その中の外れにある一番ボロボロな木造の平屋がスケの家だ。外にはピカピカな厳つい単車が停めてあるが――これは、もしかして……。
「お? リョウ、お前帰ったんか?」
「兄貴……」
「小高も一緒か。そっちは確か……伊里野だっけか? 久しぶりだな」
玄関入口付近で遭遇したのは、頭にタオルを巻いた厳つい不良青年・助川晃さんだった。煙草を吹かしながら此方へと向き合うこの人は、スケの兄貴であり、地元暴走族【摩天楼】のOBという肩書を持っていた。怒らせるとヤバい人である。
「ちっす!! アキラさん!!」
「お久しぶりっす」
「何だぞろぞろと……何かあったんか?」
「あ、じ、実は……」
「――待て。取り合えず、中で聞くわ。茶ぁくらいなら淹れてやるよ」
「は、はは……アキラさんの茶だってよ……?」
小高の奴は「良かったな」と続けたかったのだろうが、その目は全く歓迎していない。何よりおっかねぇ人だからな。出来るだけ接する機会は少なくしたいというのが本音であった。
「――ふぅん。成程、ね……」
居間に通された俺達は、小さな卓袱台を囲みながら、アキラさんへと事の説明を行っていた。話を聞き、徐々に機嫌が悪くなっていくアキラさんにビビり、小高の奴なんて正座までしていやがった。弟であるスケも兄貴のその反応に焦り、機嫌を窺う始末である。……俺か? 俺はほら、完全外様だと思っているし、何もキレられる事をしていないので暢気である。
とはいえ、それでも理不尽に当たってくるのがアキラさん何だが――幸い、今回は大丈夫な様だ。
「その囲んだ奴等ってのはマジ許せねえな? 年上が獲物持ってイキってやがったんだろう?」
「あ、それに関してはイリヤがボコってくれて――」
「あん?」
「ひッ!? いえ、何でも……」
「……伊里野か。オメエが全員殴り倒したっつったよな。――いや、それに関してはマジで良くやったと思ってる。オメエが中坊の頃にも思ってたけどよ、中々気合の入った奴だぜ、オメエはよ」
「はぁ」
「オメエそんだけ喧嘩強ぇんだったらよぉ、もちっと恰好何とかしたらどうよ? 髪も染めてねぇし、制服だって着崩してねぇ。そんなナリじゃあ周囲から舐められちまうべ?」
「……まぁでも、俺は不良やってる訳じゃないんで」
「はぁん? まぁいいや……リョウを襲ったっつー連中の事は良く分かったわ。発端になった女は誰ちゃんっつったっけか?」
「あ、鬼頭茉莉っス! 西高で同じ組なんスよ!」
「え?」
小高と同じって事は、俺と同じ三組って事じゃね?
あんな女子居たかなぁ……?
「え? じゃねーよ! ほら、いつも隅っこで空いてる席あるだろう? あそこが鬼頭の席だよ。アイツ、あんまり教室に寄り付かねえからな。保健室とかに行くと結構居たりするんだぜ?」
不登校……って訳でもないのか。あの気の強さだ。集団行動とか苦手そうだしな。周りの一般の女子とは気が合わねぇのかも知れねぇ。同じクラスだったのは意外だったぜ。
「基本不良としか喋んねぇから、イリヤが知んねぇのも無理はねぇか……」
「……お前とは仲良いのかよ?」
「あー……どうだろな? 時たま先輩と一緒の時に話したりはしたけど、仲良いかっつったら微妙だぜ? ただ、アイツ顔が可愛いからな~。スケは結構狙ってたべ? 泊まる家に困ってるっつった時に、スケが自分ちに誘ったんだけど、まさかこんな事になるなんてなぁ……」
「ぐっ……」
「――ま、んな事どうでも良いんだよ。胸触ったか下着見たかはしたのかも知れねぇけど、そんくれぇだろ? 人の弟、囲ってリンチする理由にはなんねーわな」
『……』
剣呑な空気を醸しだすアキラさん。こうなった時のこの人は危ねぇ。そりゃあ、アキラさんは弟が可愛いからな。こんな反応にもなるだろう。スケの名誉の為、念の為、全裸に剥かれたっつー話は伏せてあるのだが……こいつを知ったら、マジで連中を殺しかねねーぞ、この人……。
話し終わった俺達は、その後すぐに解散した。アキラさんから単車で家まで送っていくか? と提案されたが、俺はコレを謹んで辞退する。もうすっかり周囲は暗くなっていた。ゲームをやる時間もありゃしない。明日の学校をかったるく思いながら、俺は一人帰路に着く。
◆
昨日の喧嘩もなんのその。今日も今日とて、俺は学生の本分を全うしていた。学生は、学校に通うのが仕事である。県立西高校の一年三組が俺のクラスで、その窓際の椅子が俺の席であった。教室に入り、机の横に鞄を引っ提げると、隣から眼鏡を掛けた痩身の男子が俺へと声を掛けてきた。
「おはよう、伊里野君! ……これ、約束だったミュータイプ」
「おお、インチョ!! サンキュー!! へぇー、今月の表紙は『サムライ・ビバップ』か~! 秋の新番も色々情報出て来たよな~! 後で読ませて貰うわ!」
「良いよ良いよ。代わりに伊里野君からは色々とゲームを貸して貰ってるからね」
「あ、そうだ。どうだった? P2エンジン?」
「いや~~中々趣が深いね……ソミーの次世代機が主流の現在で、昔のハードをやるっていうのはやっぱり厳しいかも。前に貸して貰ったネオジゴもそうだけど、伊里野君って結構マニアだよね?」
「あらゆるアニメを知り尽くしてる、インチョには勝てねぇって! ……それよりも、だ!」
俺はインチョ(クラス委員長から付いたあだ名)こと、笹原学へと肩を寄せながら、内緒話をする。
「あっちの方のゲームはやったのかよ?」
「!!」
「俺が貸したPCゲーム……どうだった?」
「……伊里野君オススメの『あおいろ』や『ぼくのぞ』は終わったよ……! どっちも素晴らしい作品だったけど『ぼくのぞ』の方は少し精神を抉られたかな? あ、泣きゲーっだって言ってた『キャノン』はまだ終わってないや……」
「よしよし」
大分染まって来やがったな。俺は着々と嵌って行っている同好の士の姿を見ながら、満足げに頷いた。仲間へと自分の趣味を布教する。これもまた立派なオタ活なのである。
「実は最近、僕も気になってたPCゲームを買ったんだ」
「ほぉ?」
なんと珍しい。優等生なインチョが、あの暖簾の下を潜ったと言う事か。……こいつ、見た目完全に未成年なんだけど、良く買えたな……? 俺の方はタッパがあるから、まだ誤魔化しが効くと言うのに……。
「表紙買いなんだけどさ……『かなしみを教えて』って、知ってる?」
「………………あぁ、かな教な。知ってるけど……」
「流石、伊里野君! 表紙の女の子に魅かれて買ったんだけど! 僕、初めてPCゲーを自分で買ったから、今から楽しみで仕方が無いんだ! 純愛なラブストーリーだったら良いなあっ!」
「そ、そうか……それはまぁ、楽しみだな……」
うん、名作だ。名作に間違いは無いのだが――ごっっっつい電波鬱ゲーじゃねぇか……ま、まぁ本人が喜んでいるなら良しとしておくか。インチョ……健闘を祈るぜ……!
俺達がオタクトークに花を咲かせていると、教室には続々と生徒達が集まってくる。HRまで後5分といった所か。俺はチラリと中央付近の机へと目を向ける。小高衛の席は空席だ。ただでさえサボりがちな奴だからな。昨日の件もあって、今日は学校に来ないつもりなのだろう。俺の所為もあったかも知れないが、派手に上級生とも対立したしな。流石に今日は来づらいか。元々は俺と同じオタクだったつーのに、漫画の影響で不良何てやるからこんな事になるんだ。
「お、おい……アレ」
「?」
クラスの誰かが驚く様な声を上げた。少し気になってそちらへと視線を向けようとしたその時である。俺のすぐ横に、派手な赤い髪をした女が此方を見下ろし突っ立っていた。
――鬼頭茉莉。
その女は、昨日仙馬公園で会った不良の少女であった。
「マジで同じクラスなんだ、アンタ……」
「はぁ?」
それはこっちの台詞である。つか、いきなりなんだコイツ? オメエのおかげで滅茶苦茶クラスで目立っちまってるんですけど? ……影薄くしてんだから、マジ止めて下さい。
「つか、何コレ? ショボい奴と連んでんの?」
「あぁ? いきなり出てきて失礼な……! ショボいとかオメエの尺度で測ってんじゃねーよ!」
「つか退いて」
「は、はい……」
「おーい!」
俺が止めるのを聞かずに、鬼頭の奴はインチョを退かして、隣の席へとどっかりと座り込む。大股を広げて座るなアホ。そんなんだからスケに襲われるんだと――俺は頭の中でだけツッコんだ。
「あんたさぁ、名前は?」
「お前、同じクラスの人間の事も知らねーのかよ?」
「アンタだって、アタシの事を知らなかっただろうが! 自分の事、棚上げしてんじゃねーよ!」
「……」
それを言われてしまうと、ぐうの音も出ねぇ。そもそも俺、人の名前とか覚えんの苦手だし。
「伊里野だよ」
「イリヤ? 女みたいな名前してんだな?」
「いや、そっちは苗字……名前は集だよ」
「ふーん、変わってんな」
「……鬼頭っつったけ? もうすぐHR始まんだけど? 一体、俺に何の用なんだよ?」
「別に? ただ挨拶しに来ただけだけど?」
「は?」
疑問を挟もうとしたその時である。担任の小林が気怠げに教室へと入って来た。HRが始まるのを察して、鬼頭の奴は大人しく自分の席へと戻っていった。「大丈夫?」と言った声は、隣のインチョからだ。不良に絡まれたオタク友達を心配してくれているのだろう。出席を取る小林の声を上の空に聞きながら、俺は周囲の生徒達から注目されている事実に舌打ちをする。
その後の鬼頭茉莉の様子だが、彼女は大人しく授業を受けていた。腫れ物を触るかのような周囲の反応は少し冷たいかもと思ったが、彼等も不良であり不登校であった鬼頭の扱いを量りかねているのだろう。周囲へと刺々しい態度をするアイツも悪い。鬼頭からの接触は朝の一件以外では一度も無かった。身構えていた分、此方は肩透かしを喰った形だが、奴が何を考えているのか分からないので、未だ妙な緊張は続いている。
「――へったくそ」
「――ッ!」
最後の授業は体育であった。体育館で行うバスケットボール。男子が試合をしている間は、女子は見学である。必死にボールを追い掛ける俺を見詰めながら、外野にいた鬼頭がポツリと呟く。
……何を俺に期待してるのかは知らねぇが、普段の俺なんて影の薄いオタクだっつーの!
レイアップシュートを決め、ガッツポーズを取るのはクラスでも人気の手塚である。女子達の黄色い声援は皆アイツに集中していると言っても良いだろう。
「一本! 一本、一本じっくり……ッ!」
『キャーッ!!』
「くそ、何だあの女連中ッ! 気に入らねえッ!!」
「やる気無くすわぁ……」
へとへとになりながら走るチームの仲間達。彼等の怨嗟の念は、全てイケメン・手塚へと向けられていた。現在の点数は18-40。試合時間も残り僅かと言う所。逆転はまず不可能であった。言っちゃなんだが、こっちのチームは運動神経の良い生徒が少なすぎるんだよ。俺一人が頑張ったって、これじゃあ勝てはしないだろう。
……残り、三十秒か。
とは言え、見下されたまま終わるのも癪に障る。上手くいくかは分からねーけど、最後の足掻きだけは見せてやるつもりだ。
「――インチョ! パス!!」
「う、うん!!」
「! シュートだ! 塞げ!!」
遅いっつーの!!
試合終了のホイッスルが鳴り響く寸前に、俺のジャンピング・シュートは放たれた。ボールがゴールへと通過し、ネットを揺らした瞬間――ホイッスルが鳴り響く。
ブザービーター。
試合終了間際に決められるゴールを、バスケ用語でそう呼称するらしい。
「おおおお!! すげぇ、伊里野!!」
「ははッ! 天才ですからァッ!!」
点数で負けているけど、最後の最後に点を入れたら勝った気になってしまうという人間の心理――あると思います。俺はチームメイトに揉みくちゃにされながら、コートの中央へと整列しに行く。
「……やるじゃん」
途中、小さくそんな声が聞こえて来たけれど、コレは幻聴だったのかも知れない。言った奴の事を考えると、流石にあり得ないだろうと思ったからだ。
◆
授業を終え、放課後。部活も入ってない俺は、一人で下校をする。インチョはバス通だし、それ以外だと特に仲の良い奴なんていないしな。中学の頃はまだ知り合いが一杯いたのだが、高校に入ってからは交友関係がリセットしちまったから大変だ。ま、かと言って無理くり友達を作ろうなんて事は思わないけど。
それよりも――だ。
「おい、いつまで付いてくるんだよ!?」
「……はぁ?」
黙々と後ろを歩く鬼頭茉莉に向かって、俺は溜まらずに声を投げ掛けた。
「別にお前の後を付いて来てる訳じゃねーし。自意識過剰じゃねーの?」
「……」
「つか、お前って家こっちなの?」
「教える必要あるか?」
「減るもんじゃねーだろ。ケチケチすんなよ?」
「……ッ」
俺は鬼頭を無視して歩き出した。コイツが何を考えているのかは知らない。知らないが、流石に家の中までは追って来ないだろうと考えたからだ。しかし――その考えは甘かった。
「でっけぇ、マンション……」
俺の自宅を見た鬼頭が、思わずそう呟いてくる。まぁ一応駅前だし。高級マンションとか謳ってるんだから、そりゃでっけぇでしょうよ。
「……もう気は済んだだろ? 俺は帰ってからやる事があるんだ。お前もとっとと自分の家に帰れよな」
「――いや、此処まで来たら普通家ん中入るだろ?」
「……は?」
「ほら、とっとと行こうぜ」
「お前……マジで、何考えてるの……?」
若干引きながら訊ねる俺だが、鬼頭の奴は答えない。本当に、本当に入れたくないのだが……仕方がない。こんな場所で押し問答を繰り返していたら近所の噂になってしまう。俺は断腸の思いで鬼頭を自宅へと上げるのだった。
「うわ! すっげ!! ひっろッ!!」
「おい、頼むから暴れるなよ……」
「やべー。めっちゃ金持ちじゃねーか、お前……! え? つか、親は?」
「いや、一人暮らしだし」
「や、やっべぇぇ……!!」
興奮する鬼頭を、俺は冷やかな目で眺める。いいからさっさと出て行ってくんないかなぁ……。
「そうだ! エロ本!! エロ本探そうぜ!!」
「ば!? やめろアホッ! 勝手に散策すんなッ!!」
「え~? んだよ、別に良いだろう? ドギツイの出て来ても内緒にしてやるよ~」
「あ、馬鹿、そっちは……!?」
「ん~……?」
鬼頭が開けたのは、俺の趣味部屋の扉であった。壁一面に張り出された半裸の女性キャラのポスター。大きめのPCデスクの上にはフィギュアやプラモが飾られており、横に設置した本棚にはゲームや漫画がぎっしりと詰め込まれている。
「お、おう……これは……すげぇな……」
「あ、あ、あ……」
見られた。しかも、クラスの女子に。圧倒された様な表情を浮かべる鬼頭。流石にこれは引かれただろうな。学校で自他共にオタクと認識されている俺だが、その深度は誰にも把握されていなかった。つか、引かれると分かっていたから敢えてカジュアルオタクを演出していた節もある。それがまさか今日、大して仲良くもない鬼頭を相手に暴かれるとは夢にも思っていなかった。
「このポスター、さ……」
「あ、あぁ」
「もしかして『機攻戦艦ナタデココ』の『ルィ』か?」
「!?」
「それにこっち、この漫画……『まつりまてぃっく』だろ? メイドさんが主人公の。アタシ、アニメの方は見た事あるわ」
「ちょ、え……ッ!? お前、何で知って――ッ!?」
「いや、普通にアタシこういうの好きだし……」
「――ッ!」
「漫画もゲームも一杯あるんだなぁ……すげーな、お前んち……」
何だろう。あまりの衝撃に声が出せなくなっている自分がいる。
けれど、此処までの事はまだ序の口で――
「――よし! 決めたわ。アタシ、暫く此処に泊まっから!」
「!?!?」
鬼頭茉莉がそう言いだした時には、俺の頭は混乱でフットーしそうになっていた。
◆
「――アタシの親はさ、ヤクザなんだ。ここら辺でも有名な筋者でさ。アタシはそれが嫌で、家を出て生活してたんだよ。先輩や知り合いの家を転々としてな。もう半年以上は家に帰ってねぇ」
「だから、スケの家にも泊まったりしてたのか……?」
「襲われたのは初めてだったけどな。アイツ、マジ許せねえ」
「そこはまぁ、もう抑えろよ……スケだって女の前で全裸晒して恥かいたんだ。聞いた話によると、アイツ今日は学校にも来てなかったらしいぜ? 下手すりゃ登校拒否になっても可笑しくねぇ」
「あの程度でかよ? マジ、ダッセエ」
「……」
吐き捨てる様に言う鬼頭。冷たいとも思うが、こいつの状況ならこんな反応にもなっちまうか。
「伊里野にやられた上級生な。アレから皆ビビっちまって、アタシにも余所余所しくなっちまったんだ。泊まる家が無くなっちまった。だから――お前には責任を取って欲しい」
「……俺さぁ、女一人で男の家に泊まんなって言ってなかったっけ?」
「お前はアタシを襲わないんだろう? 偉そうに自分で言ってたじゃねーか。何の問題があんだよ?」
「それは――確かに、そんな事は言ったが……」
「お前がアタシに指一本でも触れたら、お前は変態確定な♪」
「ぬっ……」
「一応言っておくけど――アタシ、本気だからな。家には絶対に帰らねぇ」
……半年も帰ってないみたいだしな。どうやら、鬼頭の決意は本物らしい。
俺は溜息を吐きながら、考える。
どうしたら良いのか。
どうすれば良いのかを。
「――ま、下手な所に泊まられるよりは、マシか」
「え?」
やべ。呟きが聞こえたか。俺は「何でもない」と言いながら、鬼頭へと向き直る。
「……家事ぐらいは、ちゃんとしろよ」
「!」
それは、事実上のコールド宣言であった。喜びに笑う鬼頭茉莉を見詰める俺。
これが俺達の、奇妙な共同生活の始まりであった。
◆
「おい、起きろよ! おい!!」
「う、うぅん……?」
「朝だって。ほら!」
「うおッ!?」
バフンっと、身体へと圧し掛かる重量を感じて、俺は大きく目を開く。
「へへ……起きたぁ?」
「お前なぁ……」
ソファで眠る俺へと、鬼頭茉莉は飛びついて来た。随分と刺激的な目覚ましである。つか、コイツ……シャツ一枚にパンツ姿とかマジか? 幾ら何でも恥じらいが無さ過ぎだろう?
「あ、やらしい目付き」
「!? バッ、誰がそんなッ!!」
「勃起してんじゃ〜ん」
「生理現象だ! つか見んな、馬鹿!!」
――全く、調子が狂う。
鬼頭茉莉と共同生活を始めてから、既に一ヶ月が経過していた。
最初こそはどうなるのかと心配をしていた俺だが、意外にもこの生活は悪く無い。
俺と鬼頭の趣味が似ていたというのも要因の一つだろう。朝学校に行き、帰りにはコンビニで買い物をし、夜にはゲームで互いに対戦をして寝ると言うルーティンである。
……正直、楽しんでいる自分がいるのも事実だ。
今まで、こんな風に一緒にゲームで遊ぶという異性がいなかったからな。
毎日が新鮮で、何だか青春している気分になってしまう。
そしてそれは――多分、茉莉の奴も一緒だと思う。
「なぁシュウ。今日も学校に行くのか?」
朝食の席で、茉莉の奴が今更な事を聞いてくる。その表情には面倒臭さがありありと浮かんでいた。
「学校に行くのが学生の本分だろう? 何を当たり前の事を言ってんだ」
「アタシ、あんま好きじゃねんだよなー。クラスの女子とか馴染めねえし……」
「……まぁ、お前は確かにそうかもな」
ただでさえ、親がヤクザって事で敬遠されてる節がある。茉莉の奴はこう見えて周囲の空気を読むのに長けていた。刺々しい態度も、敢えて自分から孤立しようとしていただけなのだ。下手に仲良くなって、後から裏切られた方が辛いからな。
「話す相手がいねぇんだったら、俺と話してれば良い」
「え……?」
「話し相手ぐらいだったら、普通になるぜ?」
「……何か。結構シュウも変わったよな」
「あん?」
「一度気を許した相手にはデレるタイプっつーか。そういうとこ……嫌いじゃないかな……」
「……」
何だか、不思議な雰囲気が出来てしまった。朝食の席で、俺達は一体何を話してるんだ。自身の照れを誤魔化す様に、俺は茉莉が作ってくれた卵焼きを口いっぱいに頬張るのだった。
◆
『――お前の気持ちも、俺は分かるよ』
ある日、伊里野集はアタシに向かってそんな事を言ってきた。夜食を取り終えた後だったか。二人で古い洋画を見ながらまったりとしていた時だった。
『俺も親父と仲悪いからな。こうして一人暮らししてるの、高校からだって思うだろ? 違うぜ。俺は中坊の時から一人で生活してたんだ。このマンションで。月20万の金を貰ってな』
『それは……何で?』
『親父とお袋の仲が悪くてな。……お袋は病気で入院中。親父はその隙に愛人作ってそっちで暮らしてるみたいなんだわ。知らないうちに腹違いの弟や妹が出来てんだから、笑えねぇよ』
『……』
『まぁ、だからなんだっつー話なんだけどな。俺の方は気にしてねぇし、自分の事を不幸だとも思ってねぇ。高級マンションに住んで、好き勝手生活出来るんだ。現状には満足している。ただ、お前が親を嫌って家出しているっていう話? それを理解は出来るって事を話しておきたかったんだよ』
無言でいると、シュウの奴は私に向かって『悪かったな』と言ってきた。悪い事なんて何もない。ただアタシは、この事を切っ掛けにシュウへと惹かれていった。今までだって気にはなってはいたんだぜ? 公園で見せた馬鹿みたいな喧嘩の強さ。その癖、教室では目立たない生徒をやっているんだから、そのギャップに驚いちまう。
無理矢理家へと押しかけて見れば、住んでいる所は滅茶苦茶デケェし、持ってるゲームや漫画の数は半端じゃねえ。馬が合うって言うのかな? シュウとの生活は、最初こそはぎこちなかったかも知れねぇけど、すぐに楽しいものへと変化した。この感覚は、今まで一緒にいた男達とはまるで違う……。
もしかしたら、アタシはこの男の事が好きなのもかも知れない。漠然とした想いは、シュウが自身の家庭の事を打ち明けてくれた時から、アタシの中では確信に変わっていた。
「はぁ……」
思わず、溜息が出ちまう。学校が終わった後、今日はシュウの奴は病院へと寄っていくらしい。
何でもお袋さんのお見舞いだとか。
少し離れるだけだというのに、後ろ髪を引かれてしまう自分がいる。こんなにもアタシ、乙女だったんだなって、自分で自分が可笑しくなっちまう。
「今日は、カレーにでもするかな……」
呟き、気を取り直そうと思った時である。
「よう、ちっと面貸してくれねぇか――?」
頭にタオルを巻いた筋肉質の男が、アタシの行く手を遮った。
◆
病院から出た俺は、携帯電話を耳に当て。その場から駆け出していた。
着信はスケからであった。
『兄貴が鬼頭の所に向かったかも知れねぇ。伊里野、お前、鬼頭が何処行ったか知らねえか!?』
スケからの逼迫した声に、俺は思わず言葉を無くす。どうやら例の事件の後、助川晃という男はスケを囲んだ上級生を一人づつ締め上げていたらしい。彼等がスケへと行った仕打ちとやらも、そこで知ってしまったという訳だ。
……病院に入って、まず驚いたのが小高の存在だ。
あの野郎、俺が知らない間に入院してやがったのだ。通りで学校に来ない訳だ。首から腕を釣った状態で病院の中を歩いているアイツと会った時は、本当に驚いた。
やったのは、アキラさんだった。
スケが全裸にされるのを黙って見ていた小高の奴は、アキラさんにとっては同罪だったらしい。あの日の帰り道に、小高は焼きを入れられた。
過剰なまでの兄貴の暴走に、スケの奴は怖くなったのだろう。こうして俺へと電話を入れて来たという訳だ。
「スケ、アキラさんの……【摩天楼】の溜まり場ってのは何処だ!?」
『え!? 336号にある潰れたカラオケ店。あそこに大体屯してるけど……?』
「……分かった。俺はそっち行くわ」
『もう連れ去られちまったのか!?』
「分かんねぇ……ただ、行き違いになったら間に合わねえ可能性もある。ちょっと怖えけど、俺はアキラさんの身を抑えるよ。そうした方が確実だろ?」
『あ、あぁ、分かった! 俺もすぐそっち行くから!』
「頼む」
『伊里野、俺さぁ……』
「?」
『本当に……本当に、鬼頭には悪い事したって思ってんだ。そりゃ、あの後色々あったけどさ、俺から鬼頭を怨むなんて事は全くねぇんだよ。だからさ、伊里野――』
「……ああ、分かってる。――絶対助けるわ」
言って、俺は通話を切った。
向かうは336号・国道沿いの幽霊カラオケ店『ヘヴン』である。
◆
寂れた店舗の駐車場には、十数台の族車が停められていた。高架橋下にあるこのカラオケ店は地元の人間からは有名な廃墟であった。権利者が見つかんねーのか、箱を潰さねぇままにずっと放置されている……【摩天楼】と言う暴走族は、此処に目を付けて自分達の溜まり場にしているのだ。
俺は連中に顔が利かない。知り合いったって、OBのアキラさんぐらいだし、その本人だって大した絡みは無いのだ。下手すりゃ近付いただけでボコられても可笑しくはねぇ。恐怖で身体が震えるが、俺はそれを見ない振りして店舗の中へと入っていく。
音がするのは――奥か。
入口前のカウンターを通り抜けて、個室が並ぶ細い通路を通り抜ける。広々とした空間はビリヤードエリアの物だった。此方へと背中を見せ、台に腰掛ける不良達。彼等の視線の先には服を脱ぎ掛けた茉莉の姿があった。
「――おいッ!!」
自分でも驚く様な怒声を上げると、連中は此方へと振り返る。茉莉の隣には晃がいた。奴は服を脱ぐ茉莉の姿を見学しながら、煙草を吹かしていた様である。
「あ!? テメ、何勝手入って来てんだオイ!?」
「取り込み中なの見て分かんねーかッ!!」
「……」
イキり立つ不良共を無視しつつ、俺は助川晃を睨み付ける。この場を仕切ってるのはこの人だ。雑魚とは会話をするだけ無駄である。野郎共に囲まれ、憔悴し切った表情を見せる茉莉の姿に胸を痛めながら、俺は悠々と立ち上がる晃の奴へと向き合った。
「伊里野、オメェ何しに来やがった……?」
ガンを飛ばし、威圧する様に奴は言った。
「鬼頭を引き取りに来たに決まってんでしょ? 年下の女ぁ拐って、囲んで――何やってんスか?」
「伊里野……オメェもコイツがやった事、知ってたんだってな? よくも俺に隠し事しやがったな?」
「……」
「取り敢えず、コイツには弟と同じ目にあってもらう。そんくらいしねーと対等じゃねぇだろ?」
「……最初に手を出したのは、アンタの弟だぜ?」
「かもな。だが、やり過ぎだと思ったからオメェも連中をシメたんだろうが。――ま。俺からしてみりゃ、それでも甘ぇけどな」
「……」
「シュウ……」
怯えた様な瞳で俺を見る茉莉。不思議なもんで。弱っているコイツを見ていると、さっきまでビビッていた気持ちがどっか行っちまう。逆に何だろう? 沸々と自分の中から怒りが湧き上がってきちまう。
「どうしても、辞めてくんないンスね?」
「何でテメェの言う事を一々この俺が聞かなきゃなんねぇんだ? 一緒になって楽しんでくってんだったら、仲間に入れてやっても良いぜぇ?」
「――ッ!」
言われた瞬間。俺はその場に転がっていた椅子を、奴目掛けて蹴り上げた。顔面へと飛んだソレを手で掴む晃。様子見をしていた連中が、その行動で蜂の巣を突いた様に動き出す。
「テメェッ!! ――うッ!?」
俺へと迫って来た男の足を払い、その場へと転がす。起き上がって来ても面倒なので、顔面を踏みつけるのも忘れない。左から飛んできたパンチには投げ技で対応する。腕を掴み、重心を背中に乗せての一本背負いだ。集団の中へとお仲間を投げ入れてやると、晃の奴は周りを制止して俺へと一人で対峙する。
――タイマン、って奴だな。
あっちにだって、面子はある。年下を相手に複数で掛かったとあっちゃぁ情けねぇとでも思ったのだろう。
……ありがたい。
正直、4、5人だったらまだしも、10数人が相手では勝ち目が無いと思っていた所だ。
「伊里野ァァァ――ッ!!」
「!!」
咆哮と共に、助川晃が俺へと襲い掛かってくる。右のストレート。顔面を狙ったソレを腕でガードした俺は、衝撃で痺れる感触に顔を引き攣らせた。
基本的に素人の喧嘩とは、体格が上の者が勝つ。今の今まで俺が喧嘩で勝てたのは、全て体格が下の者と争っていたからに違いない。183cm、85kg。高一のガキとしては中々なタッパをしていると自負している俺だが、年上である晃の体格はその上を行く。
正確な数字は知らねぇが、多分身長は190cmを超えてるだろう。伊達に族のOBをしてねぇか。そこら辺の奴らより、よっぽど喧嘩慣れもしてやがる。
「オラッ!! そんなもんか、ゴラァッ!!」
「――ッ!」
「シュウ!! や、やめてよ……! もうやめてッ!」
「ハハハ、ハハハハハ――ッ!!」
「……ッ」
泣き叫ぶ茉莉の声が聞こえて来る。戦況は完全に此方が不利となっていた。ガードの上から振り回した拳が俺の頭を打つ。滅多打ちと、言っても良いだろう。
失敗した。完全に失敗した。やはりこの人に手を出すべきじゃなかったんだ。せめて何か策を用意してくればこうなる事はなかったのかも知れない。全ては遅い後悔である。女の前で格好を付けた所為で、今現在の俺がいる。顔面、ボディと、打ち分けながらのパンチを貰い、俺の意識は段々と明後日の方向へと向かっていく。数十発の連打を受けた俺は、目の前のアキラさんに完膚無きまでに敗北を――
――する訳が、無いだろう?
「――オラァッ!!」
「ぬぐッ!?」
「痒いんだよ、馬鹿が……!」
「あぁ!?」
俺が何発アンタのパンチを喰らったと思う? 打たれながら考えちまった――こんなもんかとよ。
意識を断ち切るでも無い、骨を折るわけでも無い。コイツのパンチは軽いのだ。これなら何百発同じものを喰らったとしても、俺は倒せねぇ……!
「ビビッて損したぜ……アンタぁ、大した事ねぇよ?」
「――ッ!! んだ、とぉっ……!?」
年下に侮辱され、怒髪天なのは分かるけど、その動きはあまりに直線的で、御粗末だった。
「フンッ!!」
突進してくる晃の顎を目掛け、後ろ回し蹴りを放つ俺。体勢が崩れた所がチャンスである。狙うは人体急所――水月。つまり、土手っ腹の上部へと、俺は渾身の正拳突きを放った。
「ッ!!?」
「頼まれてもねぇ事やってんじゃねーよ!! こんな事はなぁ、スケだって望んじゃいねぇんだよぉッ!!」
「がッ――」
落ちて来た頭部。その顎へと膝蹴りを叩き込む。脳を二回揺らされたんだ。さしもの奴でも動けはしない。
「て、テメェ、よくも――ッ!!」
「!」
そして、結局はこうなるよな。自分達が有利で無くなれば、平気で集団で襲ってくる。最初からコイツらには矜持というものは存在しないのだ。
向かってくる連中へと身構える俺。しかしその時、思わぬ来訪者が彼等を制止させた。
「おう、ヤンチャが過ぎたな……ガキ共ッ」
『――ッ!?』
現れたのは、黒いスーツに身を包んだ強面の男達であった。数にしてそれは四人と小勢であったが、その場にいる不良達を震え上がらせる様な威圧感を纏っていた。
明らかに、堅気じゃねぇ……ヤクザか。
「お、親父……!?」
「!」
驚く茉莉の声により、俺は来訪した人の正体に気が付いた。父親がヤクザだって、確かアイツは言ってたしな。恐らく、遠くで娘を監視していたのだろう。だから此処までやって来れた。
「――やれ」
「うぃっす」
茉莉の親父さんが部下へとそう命じると、周りにいた不良共を呆気なく取り押さえちまう。彼等もまた、下手な抵抗は死期を早める事だと理解したのだろう。先程までの威勢が嘘の様に、彼等は大人しく捕まっていた。
「お、親父、何で……!?」
「茉莉……」
「ぅッ!」
近付いてきた娘の頬へと平手打ちをする親父さん。その瞬間、思わず声が喉元まで出掛かった俺だが、親子の問題だと考え、自制する。
「ガキの遊びにしては派手にやったな……俺が沼川にお前を監視させてなかったらどうなってたと思う?」
「か、監視――……?」
「家出した娘を、放置しとく親がいると思うか?」
「……ッ!!」
「お前が家に帰りたく無いのはよく分かっている。だが、あまり手間を取らせるな――そこの少年の家に、世話になってんのも知ってるんだぞ?」
「あ、でも! シュウは――ッ」
言い掛ける娘に構わず、親父さんは俺の方へと向かって来る。何つー迫力だ。これが本職……俺は内心でビビりながら、精一杯の虚勢を張って、親父さんへと向き合った。だが、そんな俺の気持ちとは裏腹に、親父さんからの声は友好的なもので――
「――お久しぶりです。伊里野の坊ちゃん」
「――へ?」
意味の分からない事を、言ってきた。
「……は?」
驚愕する茉莉。――知り合いなの? と、言わんばかりの表情だが、生憎俺にも心当たりは無い。俺の反応を察して、茉莉の親父さんは言葉を続ける。
「覚えてないのも無理はない。俺が坊ちゃんと会ったのはまだ3つの時だ。お袋さん――伊里野圭子さんに世話になってね。一時期ホテルに匿まって貰ってたんです」
「ホテル……?」
「……」
それは、俺の親父が営む駅前のビジネスホテルの事を言ってるのだろう。うちの親父は駅周辺に土地を持ち、複数のホテルを営む社長であった。此処だけを聞くとただの金持ちだと思うかも知れないが、奴は特定の客を相手にした商売をしていたのだ。
通称・ヤクザホテル。
脛に傷がある連中を好んで泊め、特別料金を頂く代わりに世間から匿う約束をしていた。ヤクザは勿論、指名手配犯や犯罪宗教組織なども金さえ払えば泊めていた。警察からしょっぴかれそうになった事も一度や二度では無い。実際に警察へと頭を下げるのはお袋だ。あいつは金だけを持って何処ぞへと遊びに行っちまうんだから、タチが悪い。腹が立つぜ。
「あの時の俺は若かった――組の内部抗争に巻き込まれ、行き場を無くした俺を、圭子さんはタダで匿ってくれたんだ。当時、金なんて持ってねぇ若造だ。圭子さんがいなければ、今頃俺は死んでたかも知れねぇ……坊ちゃんのお袋さんは、俺の命の恩人なのさ」
「そ、そんな事が……」
実際にホテルを任されてたのはお袋だったしな。親父の目を盗んで、上手い事をやっていたのだろう。
「茉莉の奴が迷惑を掛けちまい、すいません。坊ちゃんのマンションへと厄介になっていた事は知っていたのですが、その行動が昔の俺と被っちまって、つい、様子を見ちまいました」
「……別に、迷惑なんて思ってませんよ」
「!」
「俺だって、その……楽しかったし」
「シュウ……」
「……迷惑を承知で頼みやすが、どうか、茉莉をこのまま坊ちゃんとこに置いて貰っても良いでしょうか?」
「――! それは全然、構いませんけど……」
「家に連れ戻しても、どうせコイツは外へと出て行っちまう。今回の件を見て、娘を頼めるのは坊ちゃんしかいないと思ったんです」
「あ、あぁ……?」
「――どうか、娘をお願い致しやす」
「……」
……これはつまり、親公認と言うこと……?
隣へとやって来て、俺の手を取る茉莉。彼女の照れた様なへの字の口を見ていると、逃げられないなと確信してしまう。
画して、騒動は終わりを迎える。
ヤクザのリムジンに送られながら、俺達は二人のマンションへと帰るのだった――
◆
「イリヤ、イリヤ、イリヤ〜〜!! お前、無事だったのかよぉっ!?」
「んだよ、朝からうるせぇなぁ……」
学校の教室にて、馬鹿騒ぎをする悪友・小高を見詰めながら、俺は大きな欠伸をしてみせる。どうやら、怪我の調子は悪くないらしい。いつも通り、五月蝿いのがその証拠だ。
「あの後、スケと一緒に『ヘヴン』に行ったんだよ! そしたらよぉ、黒塗りの車に乗せられてるお前の姿を見掛けてよぉっ!!」
「あー、成程……」
そりゃあ、勘違いしても仕方が無いな。逆の立場ならまず間違いなく何かの事件を疑っちまう。
「スケの奴は、もう学校来てんのか?」
「あぁ、さっき会ったよ。アイツも、もう大丈夫みたい。兄貴の事も聞いてみたんだけどよ、アレから冷静になったのか、随分大人しくなったって聞いたぜ」
「……そっか。それなら良かった」
アキラさんが茉莉を狙う事はもう無いだろう。アイツのバックにはヤクザが付いている。族の【摩天楼】の連中も、昨日の件で懲りただろう。
全て元通りの日常だ。
一つ、変わった事はと言えば――
「なーに話してん、のっ!」
「うぉっ! ちょっ――茉莉!?」
「へへ……驚いたぁ?」
「お前なぁ……」
背中へと引っ付く茉莉を見詰めながら、俺は思わず溜息を吐いてしまう。
あれから茉莉の奴は、妙に俺へのスキンシップが増えていた。いや、マンションの中では普通に行っていた事なのだが、学校内では自重していた筈。それが、タガが外れた様に、今では人目を憚らずに俺へと接して来る。
「え、えぇ……何ソレ? 君達、仲良すぎじゃない?」
「……良すぎだって?」
「お前、良い加減になぁ……」
「じゃあ、こうする……? ――チュッ」
「なッ!?」
「ちゅ、チュゥゥウウ――――ッ!!?」
首に手を回したまま、茉莉の奴は俺の唇にキスをする。叫ぶ小高の様子に周りの生徒も気付きだし、教室は一瞬にして騒がしくなっていた。
あーあー、どう収拾を付けるのやら……。
照れた様に微笑む茉莉を見詰めながら、俺は全てを諦め――お返しに、彼女の頬にキスしてやるのだった。
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