昔の自分が書いた夢小説に転生してしまいました……
好きな作品があるオタクなら、一度はどの作品に転生したいか考えたことがあるだろう。少なくとも私はある。結局その時ハマっている作品になるのだけど。
若い時なんかは私の考えた最強の異世界転生、みたいな感じで、その時好きだったキャラ全員詰め合わせた世界なんか妄想したりして。でも後から考えるとちょっと痛かったりするんだよね。
つまり何が言いたいかというと、私、太田彩香、27歳、中学2年生の時に書いた好きなキャラをとにかく詰め込んだ夢小説の世界に転生しました……。
そのことに気が付いたのは、ついさっきのこと。16歳となった私こと、アリーナ――私は夢小説は本名では読まない派だったので、名前から一字取った名前で書いていた――はこれからの学園生活に胸躍らせていたところ、校舎を一目見た瞬間、前世の記憶を取り戻したのだ。
確かに仕事が嫌すぎてここじゃないどこか別の世界に行きたいと思ったことは1度や2度じゃないけど、まさか自分が書いていた夢小説の世界に転生するだなんて思ってもみなかった。
いくら自分で書いたとはいえもう10うん年前に書いた小説の詳細を覚えているはずもなく、これから何が起こるのか自分自身が1番恐れていたりする。
さっきまでルンルンで歩いていたのが嘘のように、私の足は重い。ふと顔を上げると、入学式が行われるホールまでの長い一直線の道のりに、何やら目立つ人がいる。
うん、明らかにあの人は私が小説に登場させたキャラクターの誰かだろう。なるべくそちらを見ないように横を通り抜けようとしたが、声をかけられた。
「道に迷ってるの?」
「え? 迷ってませんけど」
思わず反射的に答えてしまった。とても分かりやすい真っ直ぐな道だし、そもそも私は彼の横を通り過ぎようとしたのだ。
「いいんだよ、遠慮しなくて」
見覚えのあるキラキラ王子様スマイル。私が小学生の時に初めて恋した、2次元のキャラクター。
当時流行っていた少女漫画の当て馬キャラで、少し意地悪なメインヒーローとは違い、ただひたすら主人公に優しいキャラ、山野一くんだ。
優しげな顔立ちで背も高い、正統派なイケメンだ。
確かに私、一くんに道案内されたいとか思っていた気がする。
「こっちだよ」
「は、はぁ」
さり気なく手を取られてしまったので、しょうがなく後をついて行く。とても自然なボディタッチだった。イケメンすごい。
しかし、なんで主人公の名前はアリーナなのに、一くんの名前を洋風に変えなかったのか……。爪の甘さなのか原作重視のこだわりなのか。
「僕は2年の山野一。この学校で生徒会の副会長をしているよ」
「よろしくお願いします。山野先輩」
「うん、よろしくね」
なんとなく思い出してきた。確か当時好きだったキャラクターたちを全員生徒会に集めて逆ハーレムを作った気がする。なぜなら私の中で逆ハーレムがマイブームだったから。
「入学式が終わったら生徒会室に遊びに来ない?」
キラキラと一くんの目が輝いているように見える。原作の少女漫画では、さまざまなイベントを経て、主人公を好きになり、一途な男となる一くんがもう既に好感度マックス状態だ。
けれども仕方ない。これは誰に見せるためでもなく、ただただ自分が愛される物語が読みたくて中学2年生が作った夢小説の世界だ。物語的な盛り上がりがなくてもしょうがない。
「あ、そこつまずかないでね」
「何もないです……」
ああ、当時の私の描写力のなさのせいで、一くんの優しさがいまいち伝わらない。恐らくこの一本道も私の描写力のなさが招いた結果だろう。
この世界を作ったのが誰か知らないけれど、そのへんは融通を利かせて欲しかった。こんなに詳細に再現してくるのだとしたら、もしも私が文字書きではなくて絵描きだったら、当時の絵柄そのままで転生したのだろうか。それはそれでちょっと見てみたいとか思ってしまった。
「ねぇ、そこの君、君だってば」
余計なことを考えていたせいか、後ろから声をかけられたことに気がつかなかった。妙にいい声に振り向けばそこにいるのは、私が小学校高学年で好きになったキャラ、大田辰馬先輩がいた。
スポーツ漫画の登場人物でモテモテの女性好きなキャラだ。少年漫画らしく、髪型はどうやってセットしたか分からないワイルドヘアーだ。あれって現実に地毛で再現しようとするとこうなるんだ。思わず感心してしまう。
因みに彼は高校2年生、原作漫画の主人公にとって先輩なのでついつい今でも先輩と呼んでいるが、とっくに彼の歳は越している。でもしょうがない、キャラの呼び名はそうそう変えられないものだと思う。
「え、あ、私ですか?」
「そうそう、可愛いね。思わず声かけちゃった」
「大田、やめなよ」
「なんで山野がいんの?」
け、喧嘩を始めてしまった。確かに少女漫画の正統派イケメンに優しくされる妄想の次は、イケメンに取りあわれたいとか思った気がする。
小出しに自分の過去の妄想を出されてくると、実はこれは走馬灯なのではないかと疑ってしまう。自分の前世での死んだ時の記憶がないし、まだ死んでいないのでは……?
それにしては、アリーナとしての物心がついてからの記憶からバッチリあるのが違和感があるけど。
「えーと」
いつまでも喧嘩をされていたら、入学式にも遅刻しそうなので、喧嘩を仲裁し、一くんにこの人は誰ですか、と目で訴える。本当は名前知ってるけど。
「あ、こいつは同じクラスの太田辰馬」
「太田先輩も生徒会の役員ですか?」
「まさか、こいつに生徒会は務まらないよ」
設定を覚えていなかったので聞いてみたけど、違うらしい。歴代の脳内彼氏たちが全員生徒会に入っているのだとしたら数も限られているが、そうではないのならあと何人出てくるのだろう。
だって、まだ入学式も始まっていないのに、2人も出てきたのだ。ちょっと気が遠くなってくる。
「とにかく早く入学式の会場行かないと、遅れちゃう」
「入学式なんてつまらないのに、ね」
遅れそうなのは誰のせいだよ、と言いたいのをぐっと堪えた。決してね、と囁かれた声の甘さに言葉が出なかったわけではない。
この小説ではどうだったか思い出せないけど、当時たくさん読んだ太田先輩の夢小説では、モテモテの彼にむしろ興味がない対応をすることで惚れられるパターンが多かった気がする。
太田先輩は今でも好きなキャラだけど、現実での彼氏としてどうかと言われるとちょっと迷ってしまう。
流石に入学式の会場であるホールまでは2人はついて来なかった。しかしまだまだ歴代の脳内彼氏たちが登場する可能性はあるわけで。
ホールをパッと見渡すと、明らかに目立つ頭髪がちらほらと見受けられる。アニメや漫画でもたまにある、主要なキャラは髪の色や髪型でモブと区別できるやつだ。
私は目立つ人を避け、なるべく地味な人の隣の空いてる席に腰を下ろす。
「すみません、横失礼します」
「はい、どうぞ」
そう答えた男子生徒の顔を見て驚いた。脳内彼氏だったからではない。普通にイケメンだったからだ。
「アリーナ・エルンと申します」
「ジャック・ワットです。同級生だから、敬語はやめません?」
「ええ、ワットくんよろしく」
名前を聞いても思い浮かぶキャラはいない。現実だってクラスに何人かはかっこいい人がいるから、そんな感じなのだろうか。
いちいち私の設定を細かく反映させるこの世界を作った誰かを恨んでいたけど、少し感謝した。それより、やっぱりこの世界のスタンダードは西洋風の名前なのね。爪が甘いのではなくて、中学2年生の時の私は、こだわって原作のままの名前をつけたみたいだ。
ワットくんは私が登城させたキャラたちとは違い、熱っぽい視線で見てきたりしない。ただアリーナを愛されキャラにするために絶世の美少女にしているので、ワットくんは年頃の男子高校生らしく少しだけ恥ずかしそうな顔をしている。
妄想の中だから分かりやすく愛を囁かれたり、行動を起こして欲しいと思っていたけど、現実だと考えるとこれくらいがちょうどいい。
前世で一度も熱烈にモテたことがないから知らなかったけれど、初対面から愛情度マックスで来られると、いくら好みのイケメンでも引いてしまうらしい。
ちょっと、ちょっとだけだけど、モテモテの太田先輩が自分にベタ惚れじゃない相手を好きになった気持ちが分かる。
ワットくんじゃなくても、私が登場させたキャラ以外となら、愛を少しずつ育むことも可能かもしれない、そんなことを考えていると壇上にいる人物と目が合う。
今壇上では在校生代表挨拶として、生徒会長が話している。そう、生徒会長だ。確実に私の歴代脳内彼氏のうちの1人だと思い、なるべく見ないようにしていた。
壇上の生徒会長は涼しげな目元の男性で、髪色は黒で髪型も平凡な感じだ。しかし、その美貌が只者ではないことを物語っていると言うか、はい、私の中学生の時に好きだったキャラ、長谷川右京さんですね。
右京さんの視線があまりに痛くて目を逸らす。背中は冷や汗がダラダラだ。
右京さんは私から視線を外さずに最後まで挨拶をし終えると、壇上から降りる。右京さんがあまりにも私の方を見るので、周りがちらちらとこちらを見る。
あ、これも憧れていた周りにひそひそされるやつ! 実際にされるとただただ居心地が悪いだけなことがよく分かった。
「知り合い?」
「ううん」
「そっか」
ワットくんとの間になんとなく気まずい雰囲気が流れる。
別に右京さんが悪いわけではない。彼だって原作の作品中では、別に女性をじっと見るようなキャラではない。むしろ女性キャラとの絡み自体少ないキャラだった。全ては中学2年生の漫画好きな1人の少女の願望のせいなのだ。
そのまま後は何事もなく入学式は終わり、それぞれの教室へと行くことになった。
「あ、式も終わりみたいだから、よかったら一緒にクラス分けを見てから教室に行かない?」
「うん」
なんだか青春って感じだなぁ。十数年ぶりに味わう青春に心をときめかせていると、ホールから出たあたりでワットくんの足が止まる。
なんだろうとワットくんの背から顔を覗かせると、そこには入学式前に別れたはずの一くんと太田先輩がいた。しかもその後ろにはよくは見えないけど、キラキラとした人たちも見えた。恐らく私の脳内彼氏たちが控えている。
ワットくんの顔は見えないけど、なんとなくどんな表情をしているかは想像がつく。
ホールの出入り口は確かここ以外にもあるはずだ。入学式の最中暇で観察している時に、通路らしきものを発見した。そちらに行こうと後ろを向きかけてから、慌てて前に向き直る。
来てる、右京さんが来てる。ついでに言うと、なんで前が進まないのか不審がるたくさんの人混みに紛れて、鮮やかな髪色も見える。じわじわ鮮やかな髪色と派手な髪型が近づいてくる。
前門の一くんと太田先輩、後門の右京先輩、状態だ。しかもそれぞれの後ろには、他にもたくさんの登場人物らしい人たち。
どうしようとワットくんを見上げると、彼はひきつった笑みを浮かべている、とてと嫌な予感。
「ごめん、本当にごめん! エルンさんごめん!」
そう叫ぶように言うと、ワットくんはすごい勢いで走って行ってしまった。後には残された私。ワットくん、とても足が速いんだね。
分かるよ、普通に生きてたら面倒事に巻き込まれたくないよね。私もそう、逃げ出したい。
突然のワットくんの行動に驚いたのか立ち止まっていた一くんと太田先輩がまたこちらに向かってくる。後ろからは右京さんの圧も感じるし、先ほどから視界に鮮やかな髪色も目に入るようになってしまった。
私は一体何人の彼氏たちをこの小説に登場させたのだろうか。そしてその全員のフラグを無事折ることはできるのだろうか。
この世界を作った人、私は愛を少しずつ育むような普通の恋愛はできますか? あ、こういうモノローグも少女漫画みたいで憧れてたやつだ。
とても楽しく書けたのですが、書き終わった後に公開するのが怖くなりました。
長編を書きたくて、ギャグにするかどうか迷ってるので、需要があるかどうか書いてみました。お手柔らかにお願いします。