第八話、『反撃の権利』
『獣人奴隷』編 【3/3】
独房のような場所から次々と奴隷が開放された。
ノノが一目散に皆の元に走っていく。
その少女を抱きしめたのは、ディーラーをやっていた女性だった。
「良かったね、ルノア」
「ありがとう。正直、僕一人じゃ何にもできなかった」
「でも、本当の戦いはここからだよ」
ルナが含みのある言葉を呟く。
「る、ルノア様!」
ノノが僕に駆け寄ってきた。
そう言えば、言葉を交わすのはこれが初めてだ。
「僕は本当に何もしてないよ」
「いえ、そ、そんなことありませんよ!」
パァン!
と、その後ろから近寄ってきたディーラーの女性に殴られた。
ノノが「お姉ちゃん!?」とあたふたしている。
「わたくしが勝たせなければ、どうするおつもりでしたの!」
「そうなったら、ノノを連れて逃げたよ。僕にもやらなきゃならない事があるから」
「……そうですか」
不満げではあったが、彼女――ラーファは僕の前に跪いた。
「ルノア様、ルナ様。この御恩は、一生忘れません」
紳士のような立ち振る舞いで、ラーファは感謝の意を表す。
ディーラー用のスーツであったためか、イケメンに見える。
「それで。これから、どうなされるおつもりで?」
「僕たちはこのまま西に向います。そっちは」
「わたくしたちは北の獣人村に向かいますわ。その後は、奴隷として働かされている同胞を救う活動をしたいと考えております」
立派なもので、自分たちが助かったからラッキーで終わらないようだ。
「では、これを。僅かばかりの餞別です」
「そ、そんな! 受け取れません!」
「いいんですよ。僕たち二人だと持て余す量ですから」
「……では、有難く頂戴致します」
ルナが稼いでくれた金貨の全てを差し出す。
耳元で「カッコつけ」とルナがからかってきたが、どこか満足げだ。
「では、もうすぐに北に向かう馬車が出るので失礼致します」
ラーファがそう切り出すと、背中に隠れていたノノが僕に小さく手招きした。
内緒の話だろうかと屈んで耳を差し出すと、ノノがいきなり頬にキスをしてきた。
ラーファが「まあ!」と微笑ましそうに声を上げる。
「じゃ……じゃあね、お兄ちゃん! お姉ちゃん!」
ノノが手を振り、ラーファが頭を垂れた。
最後の最後に信用してもらえたようで良かった。
総勢25名。元奴隷の獣人たちの旅路が始まる。
奴隷を救う活動をするのであれば、いずれまた会うかもしれないな。
「にしても、『服従の刻印』なんて魔法がなんで広まってるんだろ」
ルナのその言葉が、嫌に不穏に聞こえた。
~~~
暗い夜道を馬車が駆ける。
ラガスの街から北に通じる一本の街道。
安全に進んでいたその馬車の前方に、人影が一つ。
馬が悲鳴を上げて減速する。
大剣を持った大男が、立ち塞がったからだ。
「降りてこい。奴隷ども! カリラス男爵様がお待ちだ」
御者が「ひぃっ」と悲鳴を上げて逃げ出す。
そこに馬車が取り残される。
そんな中、馬車の荷台から誰かが降りてきた。
「残念だったな。僕一人だ。今頃、ノノたちは一番信用できる護衛とともに迂回して北行きの馬車に向かっているよ」
護衛の大男――それは、カリラスの直属の部下。
カリラスの命令によって、解放された奴隷連れ戻しに来たのだろう。
「なんで、待ち伏せてるって分かった」
「奴隷の解放に時間がかかってたからな。それに、最初からあんなクズ野郎なんざ信用していない。一度、考えなしに他人を信用して痛い目にあってるからな」
クズの本質はクズだ。
カリラスが簡単に奴隷を手放すなんてありえない。
「それに散々煽ったから、こうなると確信していたよ」
「何言ってやがる?」
「お前は誘い込まれたんだ。今頃、カジノ店では何が起こってると思う?」
「……お前、まさか!」
奴隷市場で買った獣人と違い『服従の刻印』が施されていない者が逃げられないのは、こいつの監視があるからだ。
そして僕たちが獣人だけを救ったのは、『身賭け』した奴らにカリラスのイカサマの真実を教えるため。
今頃、カジノ店では暴動が起こっているだろう。
これも全て、あの末恐ろしい龍の娘の計画だ。
「……お前『北欧民』だよな? なんで東大陸なんかであんな奴の下で言いなりになってるんだよ」
北大陸、最北端の極寒の地に住む、平均身長が2メートル近くあるという大型の民族。
東和民と同じく珍しさ故に奴隷として売買されていたこともあるが、それでこんな地まで流れ着いたのか。
「あんなクソ野郎でも、下に着けば良い暮らしができるんでね」
「『北欧民』としての誇りもないんだな」
「誇りじゃ飯は食えねえからな」
大男が大剣を構える。
上段の構え……やはり『鬼神流』か。
僕は腰に提げた短剣を抜いて、下段に構えて傾ける。
「その構え、攻撃を捨てた『虎神流』か。牙を捨てた猫に、鬼が狩れるとは思えないがな」
「だったら来い。一撃必殺、それが『鬼神流』の極意だろ」
「ああ、そのつもりだ。――俺の名は、ガルド。いざ、尋常に」
ガルドが踏み込んだ瞬間、地面が大きく陥没する。
姿が一瞬で消え、巨体が迫ってくる。やはり速い――。
「がァァァァァァ!!」
裂帛の気合いとともに大剣が振り下ろされる。
三大流派の中で、『鬼神流』は攻撃特化の流派だ。
だが、こちらは防御特化の『虎神流』だ。
「――――ッ!!」
僕は大剣を剣の側面で受けて、力の流れを逸らす。
力の受け流し。防御とカウンター。
虎視眈々と機会を伺い、隙を見せたら喉元に噛み付く。
それが『虎神流』の極意だ。
剣術は父さんに教わった。
僕は『虎神流』を極めろと言われた。
非力で身体の小さい僕でも、水のようにしなやかに攻撃を受け流せば、どんな敵とだって戦っていられると。
それに僕には『力の流れ』を見る力があるらしい。
「――――ッ!」
逸らした大剣が地面を抉り、砂埃を立てる。
『鬼神流』の弱点は一撃の反動が大きいこと。
その一瞬、隙が生まれる。
「――なっ!?」
だが、ガルドは大剣から手を離して拳を作った。
そしてそれを、僕の顔面へとめり込ませた。
「――――ッ!?」
咄嗟に後方に飛んで衝撃を逃がしたが、軽い身体はいとも容易く飛ばされ、木にぶつかって止まった。
「ボウズ。実戦ってのは、第二第三の刃を隠し持つものだぜ」
ガルドは瀕死の僕の頭を鷲掴みにして、軽々と宙に持ち上げた。
経験の差がありすぎる。一切の言い訳も許さない完敗だ。
「なんで一人で俺に挑んできやがった?」
「……強くなりたかった。もう二度と負けないほど強く」
ルナを説得して、僕は一人馬車に乗り込んだ。
我儘だった。矜持だった。
頼ってばかりでなく、一矢報いてやりたかった。
「分かるぜ。お前も男だな。俺も小さい頃は力に飢えたもんだ」
「……分かる? お前と同じにするなよ!」
ガルドが共感するように頷く。
それが何より腹立たしかった。
『ルノア! 力ってのは弱い者を守るためにあるんだ! 間違っても、自分の強さに陶酔して弱者をいたぶるような雑魚になり下がっちゃいけねえぞ!』
父さんが剣術の稽古の最中、何度も僕に言っていた。
「どうして力があるのに、それを正しく使わない!? 何故、弱い者のために戦わない!? 奴隷をいたぶってるところを、お前だって見ていたはずだ! 何故、それを見て見ぬふりなんてしてられる!?」
「言ったはずだ。長いものには巻かれるべきだ。俺にとって、奴隷はビジネスでしかないんだよ」
何故だ……こいつも、カリラスも、アークも、他の奴隷を容認する奴らも、何故他人の痛みが分からない?
『人の痛みを理解できる人になりなさい。優しさも憎しみも、全て巡り巡って自分に返ってくるものよ』
母さんが日頃から僕に言っていた。
それが僕の考え方の中心にあるものだ。
『やられたらやり返せ。俺は復讐を否定しない。だが勘違いするな。復讐ってのは、正しい方法で、正しい方向に、正しい力量でやらなきゃいけねえ。時には、憎しみを断ち切る強さも必要だ』
父さんが僕に言った。
痛みを理解できないやつには、同等の痛みを与えるのが得策だと。
正直、笑っちまうくらい正論で、子どもに何言ってるんだって思った。
母さんは『父さんの言葉は鵜呑みにしちゃダメよ。ルノアが自分で考えなさい。母さんとしては、喧嘩も復讐もしてほしくないわね』と諭した。
よく父さんと母さんは僕の教育方針で揉めていた。
でもいつも最後には『ルノアが自分で考えろ(考えなさい)』と全部僕任せだった。
でも、二人の考えの根本は一致していた。
禍福は糾える縄の如し。
悪因悪果。善因善果。――因果応報
悪いことも、良いことも、巡り巡って回ってくる。
どれだけ辛く悲しいことがあろうとも、その先には必ず幸せがある。
深くしゃがみこんだ分、次はもっと高く飛べる。
だから、他人に優しくできた。どれだけバカにされても挫けずにいられた。
僕は――他人の痛みを知ろうとせず、傷つく覚悟もないやつが、他者を虐げるのが許せない。
『いいだろう。キミにボクの力を与えよう――』
頭の中でそんな言葉が響いた。
あの迷宮で脳内に響いてきた声と同じだ。
「――な、なんだ!?」
その瞬間、右腕の腕輪が青白く発光した。
どうしてだろう。力が湧いてくる。
力強く拳を握りしめ、それを振りかざした。
「歯ァ食いしばれ。人の痛みが分かんねえなら、一度くらい怪我して学ぶんだな!」
父さんは僕に『生き方』を教えた。
母さんに僕に『在り方』を説いた。
ソフィアは僕に『理由』を与えた。
――だから僕は負けないんだ。
「【因果応報】!!」
拳がガルドの顔面にめり込む。
全身全霊、僕のすべてを拳に乗せる。
その一瞬、僕の拳は金塊より固く、音速を超えた。
青白い燐光が世界を染めあげる。
凄まじい破裂音とともにガルドの身体が吹っ飛ぶ。
生じた衝撃波により辺りの木々が揺れ、砂埃が舞った。
ガルドのぶつかった木がひしゃげ、間もなく夜の静寂に包まれる。
遅れて全身を激痛が襲い、意識が朦朧として地面に崩れた。
それはまさに、人智を超越した英雄の一撃だった。




