第七話、『勝率ゼロの賭け』
『獣人奴隷』編 【2/3】
ラガスの街のはずれ。
荒んだ土地が続く。
この辺りは建物も疎らで、活気などまるでない。
「……ねえ、あれって」
ルナの固定された視線を辿ると、そこに足枷を嵌められた少女が倒れていた。
その少女はボロボロ布切れを纏った、緑の髪の獣人だった。
多分、猫人種だろう。
僕たちが駆け寄った時には、すでに意識が混濁していた。
それから暫く、その少女はルナの膝の上で眠った。
どういうわけか、詠唱もないのに少女の怪我が治っていく。
「……ぁれ?」
「良かった。起きた」
「――ひっ!」
少女が僕たちを見て飛び起きた。
僕を見て――という方が正しいか。
「……や、やだ。怒らないで……」
「大丈夫だよ。君を傷つける人は誰もいないから」
ルナが少女を優しく抱擁する。
どうやら僕はお邪魔なのかもしれない。
しかし、この怯え方は尋常じゃない。
身体にあった無数の傷もそうだが……やっぱり。
「君の名前は?」
「……ノノ。お姉ちゃんがつけてくれた」
「そっか、ノノちゃん。良い名前だね」
ルナは小さい子に好かれやすい体質だ。
さっきからノノが怯えなくなったように見える。
姉御肌というか、母性というか、ルナがいてくれて良かった。
「何があったの?」
「――ッ! カリラス様が……叱るの。殴るの、蹴るの……やめてくださいって言ったのに……」
ガタガタと震えるノノを、ルナが優しく慰める。
光の失った目から滂沱の涙が零れる。
こんな小さな女の子にまで暴力を振るうのか。
もし、ソフィアが同じ目に遭っていると思うと……居てもたってもいられなくなる。
「た、助けてください! 皆、わたしを逃がすために…………きっと、酷いことされる。わたしの、せいだ」
「ううん。ノノちゃんは悪くないよ。皆、ノノちゃんのために頑張ったんだね」
もし、ノノを逃がしたことがバレれば、残った奴隷たちは酷い仕打ちを受けるだろう。
「ルノア、どこ行くの?」
「あのクソ野郎をぶん殴りに行く」
「そう言うと思った」
ルナが柔らかな眼差しを向ける。
分かってる。無謀であることは。
それに奴隷を解放したところで、本質的な解決にはならない。
「でもやめといたほうがいいよ。これ『服従の刻印』だ」
「何だよ、それ」
「主の命令に逆らえなくするものだよ。無理に命令に逆らわせると、何が起こるか分からない」
連れ出すのはまずいということか。
それに最悪、奴隷たちと殺し合いになるかもしれない。
「だったら諦めろって――」
「だから、ここはこの街のルールに則って」
ルナが不敵に笑った。
明らかにブチ切れてる翳った笑顔だ。
その作戦は成功確率の低い『賭け』であった。
~~~
次の日、僕とルナはカジノ店に再び訪れた。
一目散に肥太った豚のような男に近づく。
その前に護衛の大男が立ち塞がる。
「カリラス男爵様。この私めと一戦賭けをして頂けませんか?」
僕は開口一番にそう言い放つ。
「ほう……つまり貴様が『身賭け』すると?」
「いえ。賭けるのは僕と彼女の二人です」
「ハハハ! 貴様はどうでもいいが、こんな可愛いお嬢ちゃんがその身を賭すとは……いいだろう。その賭け受けてやろう」
カリラスは下卑た笑みを浮かべる。
ルナは昨日のルーレットで目立ちすぎて、受けて貰えない可能性があった。
「ですが、そちら側が賭けるものは指定させて頂きたい」
「何? いくら望む?」
「いえ、お金でなく。――カリラス男爵様が所有なされる奴隷全てです」
「何だと? たった二人に、私がもつ全ての奴隷を賭けろと?」
「全てとは言いません。奴隷市場で買ったという獣人奴隷のみで結構です」
まず優先して救うべきは、奴隷商会によって『服従の刻印』が施された奴隷だ。
後から『身賭け』した奴隷には、それが施されていないことは確認している。
「貴様も変わった男だな。こんなゴミに何の価値がある?」
カリラスは隣に突っ立っていた少女の兎耳を強引に掴んだ。
「ゴミ? だったら僕に譲れよ。クソ野郎」
「……貴様、言葉を慎めよ」
「奴隷になれば何でも言う事聞いてやるよ」
「ハハハハハハ! いいだろう。その勝負受けてやる」
ギャラリーが話を聞き付けて集まってくる。
やはり乗ってきたか。ここまでは全て予定通り。
「勝負は一回きりのポーカーで行う。ルールは分かるな?」
「はい、問題ありません」
場がセッティングされる。
中央の特設ステージ。その周りをギャラリーが囲む。
獣人のディーラー。護衛の大男。イレギュラーはない。
まず間違いなく、カリラスとディーラーは癒着している。
ここ一番の勝負で必ず勝てるように仕組まれてる。
普段の賭けの勝率が五分五分なら、誰もイカサマに気づかない。
カードの束に、ディーラーの趣向を凝らしたシャッフルが施される。
獣人は手先が器用という理由で奴隷として好まれる。
ルナなら気づくかもしれないが、僕はこのイカサマのトリックには気づけない。
普通にやれば、勝てる確率は――ゼロだ。だから、
「そういえば、昨日獣人の少女を保護しました。ついでにお返ししますよ」
「何? まさか逃亡ではあるまいし」
「もっとしっかりと調教した方がいいですよ。まだ奴隷に『逃げる』という選択肢があるようですから」
そう言うと、ディーラーの手に迷いが生じた。
額に僅かに汗が滲み出る。
そうだ。君もまた同じく奴隷だろ。
あわよくば、ノノを逃がすことに賛成してくれていると好都合だ。
「よく分からん男だな。そこまで勝てる自信があるのか」
カリラスはディーラーに目配せする。
仕組まれた試合。約束された勝利。
自分が負けるなんて微塵も思っていないだろう。
そしてカードが配られる。
その動きに不自然はない。
僕は恐る恐る手札を見た。
――ノーペア。所謂、ブタだった。
「どうやら神は私に微笑んでくれたようだな」
カリラスが手札を見て高笑う。
一度きりの勝負にポーカーフェイスなど要らない。
まずいな。
でも、僕は言ったぞ。ノノを差し出すと。
視線を送ると、ディーラーが睨んできた。
最悪、僕だけならルナと一緒に逃げられる。
でも、本当にこのままでいいのか――。
「私はノーチェンジだ」
「僕は運がないですね。では、五枚全てチェンジで」
カリラスがその言葉に噴き出す。
ノーチェンジか。ツーペアやスリーカードなんてことはないだろう。
これは最後のチャンスだ。
これが僕にとっての本当の賭け。
「では、勝負といこうか。――私はフルハウスだ」
カリラスが自慢げにカードを場に出した。
ギャラリーが盛り上がる。
その光景に、僕は身震いした。
こんな役を簡単に出せてしまうディーラーの手腕に。
そして、この展開を容易に想像していたルナに。
「ストレートフラッシュです」
更に会場がざわめく。
フルハウスで勝敗は決されたと誰もが確信した。
僕も正直心の底から負けたと思った。
「き、貴様! これはどういうつもりだ! 何故、私を勝たせないのだ!」
カリラスか立ち上がってディーラーに掴みかかった。
ルナはそのハムのような腕を軽々と止めた。
その表情には、勝ち誇った笑みを浮かべている。
『おいおい。こんなことってあるのか?』
『それに今の言葉、どういうことだ?』
『まさか……今までの勝負も全部』
ギャラリーがその異様な試合に疑念を抱き始める。
これはイカサマの動かぬ証拠となりかねない。
「どちらになさいますか、カリラス男爵様。奴隷を失うか、賭けを反故にして信用を失うか」
人は二者択一を迫られた時、思考を停止させてしまう。
どちらかを選ばなきゃいけないと考えてしまう。
だから奴隷を解放させたいのなら、奴隷以上に大切なものを釣り合いに出せばいい。
――全部、ルナの計画通り。
カリラスは今まで大勢の『身賭け』に勝ち、奴隷送りにさせてきた。
そこで賭けを反故にするようなら、これ以降このカジノ店の信用は地に落ちる。
その夜、全ての奴隷が開放された。




