第六話、『奴隷とカジノの街』
『獣人奴隷』編 【1/3】
ソフィアのいない朝。
それを迎えると、現実を改めて痛感させられる。
秋晴れの空を見上げ、僕は一人ため息をついた。
川のせせらぎが心地よく鼓膜を撫で、鳥の声が壮大な森に木霊している。
有り金を全て奪われ一文無しになった僕は、結局野宿する道を選んだ。
隣にはルナがすやすやと眠っている。
『大丈夫。私がいる限り、君に危険は訪れないよ』
ルナはそう言っていたが、寧ろ獣がすぐ隣にいることを認識して欲しい。
僕だって年頃の男子だ。
邪な気持ちが芽生えなくもない。
いやぶっちゃけ可愛い寝息に理性を抑えるのを苦労している。
そんな僕の葛藤など露知らず、ルナは眠気まなこを擦りながら「あ、ルノアおはよ」と挨拶してきた。
こんな場所で女の子に夜を明かさせるのは心苦しいが、本人は気にもせず乱れた衣服と髪を整えていた。
目的地は、彼の有名な神話の地――天空神殿。
空の支配者。浮かぶ鉄の要塞。
そんな場所にどうやって辿り着くのだろうか。
「――景色が大分変わったね」
山一つ超えると、街並みが戻ってきた。
シスタムの街の北西に位置する、欲望渦巻く街――ラガスだ。
爛々と輝く繁華街。
街ゆく人々の顔は、活気に満ち満ちている。
田舎者からすれば、まるで異世界に足を踏み入れた気分だ。
流石は『東大陸で最も活気に溢れた街』と謳っているだけのことはある。
「ねえ、ここって何?」
その中でも異彩を放つ店を指さして、ルナが訊く。
一際大きくて、客を惹き付ける派手な見た目をしている。
「ああ、ここはカジノだよ」
「カジノ?」
「賭博って言って、金を運否天賦に委ねる遊び。勝てば富豪に、負ければ貧民に。まさに人生を賭けた、一世一代の大勝負の場所」
「へえ、面白そう!」
ルナが目を輝かかせる。
確かに、負の面を知らなければただの遊びだ。
「やめといた方がいいって。あれは人の欲を利用して、上手く負けるようになってるから」
「そんなんだ」
「それにここら一体は奴隷制がまだ残ってるから、負ければ貧民どころか奴隷落ちだ」
それ故に、この国の貴族は頭がおかしい。
奴隷をものとして扱い、残虐な行為に及ぶこともある。
「それにお金がない」
「そもそもの問題だったね。まあでも、見るくらいいいでしょ」
ルナは僕の手を引いて店に入った。
そもそも彼女の目的は、この世界を知ることだ。
僕にはその好奇心に付き合う義務がある。
中に入ると一気に空気が変わった。
店内は歓喜と絶叫で熱気に包まれている。
「すごい盛り上がってるね」
トランプにサイコロ、ルーレット。チップがジャラジャラと積まれ崩れる音が響いている。
リスクとリターンは等しいが、欲が働いて大抵はマイナスに終わってしまうのがカジノの恐ろしいところだ。
「ねえ……私もやってみていいかな?」
ルナが落ちていた一枚のチップを拾った。
その一枚を換金すれば今日一日は食い凌げる価値だ。
「まあいいけど、すぐに終わると思うぞ」
「いいからいいから」
チップを指で飛ばしてキャッチすると、ルナはご機嫌にルーレットの席に座った。
――その数時間後。
「……嘘、だろ」
ルナは大量のチップとギャラリーに囲まれ、カジノの女王と化していた。
連勝しているわけではない。
しかし三倍リターンで着実に勝ちを重ねている。
狙ってやってんのか、あれ?
いや確かに『運も実力のうち』なんて言葉もあるけど、マジで運ゲーを実力で勝ってる奴を初めて見た。
毎回ルーレットが回り始め、ベットが締め切られる直前に賭けている。
もしかしたら一点狙いは無理でも、どの付近に落ちるかは予想できるのかもしれない。
『すげえ、また当てたぞ』
『これで何連続だ? 強運じゃねえか』
まずい……ギャラリーが騒ぎ始めた。
「あの、ルナさん? これ以上注目を浴びるのは……」
「そ、そうだね。じゃあ、換金してくるよ」
はしゃいでいたからか、照れながらルナが言う。
当面の間は資金のことを気にする必要はなさそうだ。
にしても楽しそうだったなぁ。
換金を待つ間に店内を物色していると、人集りができているスペースがあった。
二階から見下ろすと、中央の特設ステージの上で二人の男がポーカーをしていた。
一人は薄汚れた布切れを纏った無精髭のおっさん。
もう一人は対照的に、いかにも貴族といった派手な衣服に身を包んだ、整ったちょび髭のおじ様だ。
明らかに身分や暮らしに差がある二人。
まるでこの街の縮図を見ているかのようだ。
「い、イカサマだ!」
勝負は貴族風の男の勝利のようだ。
「イカサマ? 何の証拠があるんだね」
「っ……そ、それはなんか上手くやってんだよ!」
「ハハハハ! そんな戯言をぶつけてられてもねぇ。そういうのをなんと言うか知ってるかね? ――負け犬の遠吠えだよ」
勝ち誇り、憎たらしい笑みを浮かべるその男の後ろには、獣人の女の子が四人並んで立っていた。
首輪をつけられ、バニーガールの際どい衣装を纏っている。その目には、一切の光が失われている。
「あれって……奴隷、だよね」
金貨が詰まった袋を片手に、合流してきたルナがその光景に顔を顰めた。
一昔前、獣人は奴隷として売買されていた。
その悪しき残滓は今でも残っている場所がある。
「連れて行け」
「い、嫌だァ!」
背後から大男が現れて中年男性を捕らえた。
『おいおい。また身賭けかよ……』
『これで今月6人目だぜ。全員奴隷落ちしてるって』
『カリラス男爵って奴隷いたぶって楽しんでるって噂だろ』
ステージを取り囲んでいたギャラリーが口々に発する。
どうやら、あの無精髭の男が賭けたのは『自分』のようだ。
「早く茶を持ってこんか!」
「は、はい。今すぐ!」
「くそ……使えない奴隷だ。これは調教が必要だねぇ」
その言葉に、四人の女獣人が顔を酷く歪めた。
「……出よっか。ここは思ったより楽しそうじゃなさそうだから」
ルナが不機嫌そうに呟く。
見ていて面白い光景ではない。
『そこのお嬢さん。ああ……隣の小僧でもいい』
店から出ようとすると、カリラスが声をかけてきた。
下卑た笑みでちょび髭を整え、ルナの全身を舐め回すように見ている。
「この私ともっと刺激的なギャンブルをしないかね?」
「それって……『身賭け』って奴ですか?」
「もちろんこちらも相当な額を賭けるよ。あなたのように美しい玩具……いや女性であれば、金は惜しまないつもりだ」
正気を疑うようなその提案。
それがこの街の、そしてこの店のルールなのか。
「……そうやって、あの獣人たちも奴隷にしたんですか?」
「ハハハ、まさか。あの醜い獣風情は、奴隷市場で格安で拾ったゴミだよ」
ぶくぶくと肥え太った笑い声。
思わずその面を殴りたくなってしまう。
握り拳を作った僕を横目に確認して、ルナは微笑んだ。
その目の奥は一ミリも笑ってはいない。
「せっかくですが丁重にお断りします。私はすでにここにいるルノア様の奴隷のような身ですので」
ええ……マジかよ。
ルナはそんなことを澄まし顔で言って店を飛び出した。
その後ろ髪をカリラスは不機嫌そうに眺めていた。
顔に出していないだけで相当キレてるな……これは。
「さっきはありがとう。多分、ルナが止めてくれなきゃアイツをぶん殴ってた」
「私もだよ。奴隷を本当に物としか見てないんだ。久しぶりにムッとしたよ」
世界連合が120年続いた『人界大戦』を終結させ、奴隷禁止を加盟国に強制してから、随分この世界は平和になったと思う。
しかし、まだ足りないんだ。




