第五話、『アルカディア王家』
『封印の迷宮』編 【5/5】
「なるほどね。約3000年か。そりゃ、誰もアリストリアのことを実際にあった世界だなんて思わないよね。――それにそっか。この世界じゃ、六種族が共存してるわけじゃないんだ」
ルナがちょっぴり残念そうに呟く。
六種族というのは、『龍族』『魔族』『天族』『海族』『獣族』『人族』のことだ。
天魔大戦によって魔族と天族はいがみ合っていて、海族は幾多の船を沈めて人族から恐れられている。
人界で暮らしてるのは人族と獣族くらいで、その二種族間にもまた軋轢がある。
現代人からすれば、それらの種族が共存してるなんて俄に信じらなれない。
「じゃあ、次はルナさんのこと教えてください」
「その前に――ほら、出口だよ」
最後の扉をルナが開けると、迷宮の外に出た。
もうとっくに昼になっていた。
一日ぶりの太陽でも、随分久しぶりの気がする。
「凄い景色だ」
そこからは、シスタムの街が一望できた。
こんな穴場スポットがあるとは。
その景色を、ルナは物憂げに見つめていた。
「……ルナさん」
「ああ、ごめん。……もう、私の知るアリストリアの面影はないんだなって。大きな湖も、聳える山々も、別世界に感じるよ」
約3000年だ。それに世界が滅びるほどの『何か』が起こったとしたら、地形が大幅に変わっていても変じゃない。
「これからどうすればいいんだろ。お父さんは何で私を封印なんかしたんだろ」
「お父さんが!?」
「そう。なんか『来るラグナロクの日に備えて』とか何とか。『新たなる王を、主として付き従え』とも言ってた」
ラグナロク? 新たなる王……?
そういえば、そんな言葉をさっき聞いた気がする。
「ルナさん。僕を主と認識する必要も、王にする必要もありません。ルナさんは生きたいように生きてください」
「無責任だね。私がこの世界で生きていけると思う? 勝手に封印解いて、勝手に捨てるの? ルノアは酷いなー」
と、僕を横目でチラチラ見ながら泣いた振りをするルナ。
それを言われると弱い……。
「分かりました。ルナさんがこの世界で普通に生きれるようになる前では、僕がお供します」
「じゃあ、さん付けはなし。敬語もなしね」
「……分かったよ、ルナ」
ルナは満足気に微笑んだ。
うう……慣れない。女の子と仲良くした経験がマジでない。
「にしても、なんで私の封印が解けたんだろ」
ふと、ルナが不思議そうに呟いた。
確かにそうだ。アークたちが先に到達していたはずだ。
ミスター平凡の僕に特別な力などない。
「……そう言えばあの時、腕輪が青白く光ったな」
「腕輪?」
「これだよ。この古い腕輪」
腕をまくって、腕輪を見せる。
父さんが託してくれた、奇妙な紋章が刻まれたアンティークな腕輪だ。
「……これって! 王家の紋章……!?」
ルナはその腕輪を見て目を丸くさせた。
「こ、これどこで!」
「父さんから託されたんだ。これはお守りだって。それより王家の紋章って?」
父さんからそんな話は聞いた覚えがない。
「アリストリアでは、ある王家が六種族の頂点に君臨してたんだよ。名は――アルカディア王家。……彼らは、黒髪黒眼の一族だった」
黒髪黒眼――それは、東和民の特徴と一致する。
それに僕の家名は、アルカス。
アルカディアの片鱗が見えなくもない。
「……そっか。もしかしたら、ルノアが私の封印を解いてくれたのは、偶然でも奇跡でもなかったのかもね」
「それってどういう……」
「文明が崩壊した後も、アルカディア王家の血筋は途絶えなかったんだよ。君たち東和民はきっと、王家の末裔なんだ!」
ルナが目を輝かせる。
王家の末裔。その言葉にはいまいちピンと来ない。
何せ3000年だ。全くの他人だろう。
「うん。やっぱり君は、四大迷宮に行くべきだよ!」
ルナが何かを考え込んで、そう言った。
「アリストリア神話は誰もが知ってるんだよね? 四大迷宮という括りも。受け継がれてきたんだよ。3000年前からずっと。――でも、ならなんでラグナロクが起こった理由じゃなく、四大迷宮に焦点を当てたのかな?」
確かにそれもそうだ。
歴史を伝える上で重要なのは、同じ過ちを繰り返さないことだ。
でも、伝えることが複雑だと正確に伝わらないかもしれない。
「アルカディア王家は選んだんだよ。正しく伝えられる最小限のことで、何を後世に伝えるべきか。そしてアリストリアの名前と、四大迷宮の括りがこうして広まっているのは、きっと何か意味があるんだ」
それは誰のために、何のために残したのか。
王家の紋章が刻まれた腕輪。
アルカディア王家の末裔である東和民。
ラグナロクに備えて封印されたルナ。
あの日、父さんは何を知ったのだろうか。
運命なんて安い言葉は好きじゃない。
でも必然だったとしたら、僕はとんでもないことに首を突っ込んでいるのかもしれない。
~~~
シスタムの街につくと、既に日は暮れかかっていた。
宿を取ろうとして、ソフィアの顔が脳裏に過ぎった。
浮かれて忘れていた。
ソフィアは攫われて奴隷商会に受け渡されたのだ。
「ルナ。話があるんだ」
僕はルナにソフィアのことを話した。
「なるほど。奴隷なんてくだらない仕組みを採用しているなんてね。分かったよ。まずはそのソフィアちゃんを救出することを優先しよっか」
「ありがとう。でもその前に、あいつらのことギルドに報告しないと」
できれば奴隷商会の居場所を尋問する。
何があっても、ソフィアは必ず救い出す。
「じゃあ、ギルドに報告――」
「待って。……ごめん、私がぐだぐだしてたせいだ」
ルナは何故か、僕を路地裏に連れ込んで口を押さえた。
壁ドンだ……ヤバ。超かっこいい。じゃなくて!
「ルナさんルナさん?」
「しっ。静かにして」
ルナの鋭い眼光に見蕩れていると、こんな会話が聞こえてきた。
『なあ、聞いたか。東和民のガキが駆け出し冒険者を殺してるって』
『フードで髪を隠してるんだろ。見つけたら、絶対に捕まえようぜ』
そんな馬鹿な話が聞こえてきた。
噂は偏見とともに膨張し、民意は牙をむく。
僕が東和民だから、そんな話がまかり通るのか。
でもなんで……僕が生きてるってバレたんだ。
この噂はアークが流布させたとものだと、あいつは僕が奈落に落ちて死んだと思ってるはずなのに。
「やられた。ギルドに密告しようとしても、これじゃあ信じて貰えないどころか、捕らえられかねないよ」
どちらにせよ先手を打たれた。
「ルノア。悪いけど、ソフィアちゃんのことは後にしよう」
「……ルナ。僕はソフィアを見捨てるなら、死んだ方がマシだ」
「そうじゃないよ。生け捕りなら、まず殺されはしない。それにソフィアちゃんは東和民じゃないよね」
分かってる。
ソフィアは幼い頃から東和の村で一緒に育った。
ならば、ソフィアを探してるのはそれ以前の知り合い。
それは親とは言えずとも、生まれに関った人物に他ならない
「でも、ソフィアは女の子だ! 怖いに決まってる!」
それに非合法な奴隷商を使ってまで探しているやつなど、信用できない。ソフィアのことを何も考えていない証拠だ。
「でも、ソフィアちゃんを買った人が東大陸にいるとも限らないよ」
ルナの言う通りだった。
中央大陸に渡られると、一気に捜索の難易度が上がる。
「まずは港の密輸人を抑えた方がいいんじゃない?」
「……分かった」
「だから提案なんだけどさ――天空神殿に行かない?」
「そうだな……ん?」
ルナは突然、そんなことを言い出した。
天空神殿――四大迷宮の一角だ。
発見例はなく、それこそ神話にしか登場しない場所だ。
「行けるの?」
「多分。君の腕輪があれば」
「多分って」
「大分賭け要素はあるけど、その腕輪について知っておくべきじゃないかな」
全計画変更だ。
まずはこの街を出て、天空神殿に向かう。
カルト港の密輸人を抑え、ソフィアを探す。
その後にアークたちをどうにかする。
「そうと決まれば、こんな街離れるよ」
ルナが僕と腕を組んで引っ張った。
そしてシスタムの街から西へ移動を開始した。
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たまに夢を見る。
見渡す限りの水平線に、煌めく大海原。
見たこともないはずなのに、潮の香りがどこか懐かしい。
広大な黄金の砂浜に、一本の剣が刺さっている。
その上には少女のシルエットが浮かんでいる。
『もうすぐ――キミは世界の全てを知る』
ルナと出会ったその夜、僕は初めて夢の少女の声を聞いた。