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第四話、『銀翼の古龍』

『封印の迷宮』編 【4/5】

 あれから何時間が経過しただろうか。


 暗闇と死臭に気が狂ってしまいそうだ。

 徐々に薄れていく意識の中、僕は極限の脱水症状に襲われて覚醒した。

 これ以上ここにいると死ぬと、生存本能が訴えている。


 落ちた時に針によって縄は解けた。

 しかし無理だ。この奈落からは抜け出せない。

 入口は紙すら通さぬほど完全に閉じてしまっている。


「……ちょっと待て、ならなんで僕は酸欠にならないんだ」


 完全な密封空間じゃない。

 どこかに、空気の通り穴があるんだ。


「勇猛なる炎の精霊よ。我が身に大いなる業火を齎したまえ――(バードン)


 そう詠唱すると、指先にポツンと炎が灯った。

 ま、まあ、この程度の炎でもあたりは照らせる。


「……あった」


 四方に囲まれた奈落の一辺の壁に、小さな穴があった。

 地面は土だ。

 死に物狂いで掘ると、通路のようなものが現れた。

 人一人がギリギリ通れるほどの通り穴。


 僕は這うようにその通路を進んだ。


 それからまた何時間進んだろうか。

 壁の模様はずっと同じに見え、止まっているようにすら感じさせる。

 進めていないのか。終わりなんてないのか。


 そんな恐怖に駆り立てられるように這って進んだ。


「…………ひ、光だ」


 その果てに、隣の壁に薄ら光の線が見えた。

 力いっぱいに押すと、50センチ四方の壁が取れた。


 迷宮の奥地。

 光なんてないはずなのに、そこは明るい。


 外に出ると、そこはだだっ広い空間だった。

 巨大な四本の支柱が天井を支え、四方に描かれた壁画には、龍族や魔族、天族に海族に獣族といった様々な種族がある王冠を被った人物に跪いている。


 そして一際存在感を放つ見上げるほどの巨大な扉がある。

 扉の両側には炎のない松明があり、扉の上部には巨大な宝石が飾られている。


 また扉の前には、石版があった。


「これ……古代文字か?」


 起源不明、解読不能の言語。

 父さんはアリストリアで使われてたものだと考えていたが、研究は全く進んでいない。


「……ここに銀翼の龍が……眠り……封印されし……新たなる、王……の、誕生……待つ?」


 多分、石版にはそう書いてある。

 封印解いちゃいけない感じがムンムン漂ってくるな。


 扉に大きく三日月が描かれいて、その中央には奇妙な紋章が刻まれている。

 あれ……でもこの紋章、どこかで――。


 僕は不思議な力に引き寄せられるように扉に触れた。


「――な、何だ!?」


 瞬間、青白い奇怪な光に包まれる。

 僕の右腕――腕輪が発光している。


 そうだ。この紋章……僕の腕輪にも刻まれてる!


 その光に呼応するように、扉の紋章が発光する。

 両側の松明が青い炎を灯し、扉の上の宝石が輝いた。


 地響きがして、扉がゆっくりと開いていく。

 僕はその光景を呆然と見ることしかできなかった。



『――新たなる王の誕生だ!』



 そんな声が頭の中に響いた。

 呆気にとられていると、地響きが止み、扉の開放が終わっていた。


 奥には少し狭い通路が十数メートルと続いている。

 恐る恐る足を踏み入れると、僕を迎えるように両端の松明が順番に灯っていった。


 その奥には、目が眩むほどの美麗な銀髪をもつ少女が、魔法陣の上で手足に鎖をつけられて眠っていた。


「……綺麗だ」


 思わず漏れたのはそんな言葉だ。

 思わず見蕩れてしまった。

 邪念が消える。心を奪われるとはこういう感覚なのだろう。


 触りたい。そんな気持ちが芽生えた。

 しかし、触れると消えてしまいそうなほど、繊細なガラス細工のような儚さがある。


 彼女に対して手を伸ばしたその瞬間――また、腕輪が青白く光り輝いた。


「――――ッ!」


 すると彼女を縛っていた鎖が解けた。

 床の魔法陣が光を失って、力なく彼女は前方に倒れる。


「危ない!」


 その華奢な身体を咄嗟に支える。

 今まで気にも停めてなかったが、彼女は一糸まとわぬ姿で、雪のように白い肌が露出していた。


 重みが消え、ゆっくりと彼女は立ち上がった。

 眠そうな瞼を開け、情熱的な金眼で僕の双眸を覗き込む。


「君が、私の封印を解いてくれたの?」

「……え、うん。それより、君は一体……?」

「そっか。私は銀翼龍。名前は――ルナ。君が私の主様なのかな?」


 夜空に佇む満月のように、彼女は薄暗い迷宮で輝いて見えた。


「ところで、今は神聖歴何年かな?」


 その少女――ルナは、目覚めて早々そんなことを言った。


「今は……人界歴36年です。神聖暦?」

「…………そっか。じゃあ、ラグナロクは本当に起きたんだ」


 ルナは寂しそうに目を伏せる。


「――アリストリアは崩壊したんだね」


 アリストリア。彼女は確かに、そう言った。

 何度も口にした言葉だ。

 でもそれを、父さん以外の口からまともに聞いたのは初めてかもしれない。


「あなたは、アリストリアを知ってるんですか?」

「ルナでいいよ。君が、私の主様っぽいし」

「主様? それにラグナロクって?」


 分からない単語が次々と出てくる。

 でも、何より――


「アリストリア文明は存在したんですか?」

「……そのレベルなのか。うん。存在するよ」


 存在する。確かにルナはそう明言した。


「……空飛ぶ島は」

「天空神殿? 存在するよ」

「移動する要塞は」

「駆動城塞。あれ、まだ動いてるんだ」

「海の中の都市は! 地下の帝国は!!」

「海底都市も地下帝国もあるよ。――って、なんで泣いてるの!?」


 自然と涙が零れてきた。


『くだらん。流石は薄汚い東和民の考えることだ』

『まだそんなお伽噺信じてんのかよ!』

『現実見なよ。頭おかしいんじゃない?』


 そんなことを何度も言われた。

 言われ続けてきた。

 ホラ吹きと嘲り、誰も僕たちを信じようとはしなかった。


『いいか、ルノア。いつの時代も、ホラ吹きと嘲笑われていた奴が世界を変えてきたんだ!』


 父さんは何一つ間違っちゃいなかった。

 あったんだ。アリストリアも四大迷宮も確かに存在した。


「ざまあみろ! ざまあみろ! お前たちがホラ吹きだと散々バカにした神話は、実際に存在していたぞ!」


 僕は地面にボロボロと大粒の涙を零した。


「……父さん。母さん。ソフィア……僕は、やったんだ」


 そして虚しさを噛み締めた。

 何故、この喜びを僕だけが感じているのだろうか。

 本当なら皆で分かち合うはずだった。

 父さんがこの真実に辿り着くはずだったんだ。


「よく分からないけど、アリストリアが現代で神話扱いされてるのは分かったよ。聞かしてはくれないかな、君のことを、この世界のことを」


 ルナは母親のような慈悲深い眼差しで僕を見つめた。

 そして優しく抱擁してくれた。温もりが肌を通じて伝わってくる。


「でもまずはここから脱出しようよ。君、名前は?」

「ルノア・アルカスです。それより――」


 僕はずっと気になっていたことを言った。


「服を着てください!」

「え? きゃぁぁぁあ!!」


 ルナは自分の身体を抱きながら蹲った。

 普通の女の子なんだな。

 というか、まさか気づいてなかったとは。


 すると奇怪な光に包まれて、直ぐに衣服が完成した。

 清潔感のある白を基調とした服だ。龍族のスキルなのか?


「じゃ、じゃあここから出ようか」


 白い頬を真っ赤に染め、ルナははにかんだ。


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