第四十話、『聖域』
『恋愛』編 【3/5】
少女――ディアは、自らをそう名乗った。
それもルナと同じ、十二騎士の一人だと。
確かにそれなら、こいつがルナのことを知っていたのにも納得がいく。
「聖域は強大なる意志によってのみ開かれる。だけど今回、ボクが聖域に干渉して無理やりにこじ開けたのさ。――まあ、正確には開いたんじゃなくて、侵入したという方が正しいけどね」
相変わらず、少女は弾丸のように話し続ける。
また僕は置いてけぼりで、疑問符ばかり浮かべている。
「それより……『聖域』ってなんなんだ? あの扉は? この腕輪は、一体なんなんだよ!?」
「もぉ。乙女に質問攻めなんて、失礼だと思わないのかい?」
「だってお前、また言いたいことだけ言っていなくなるだろ!」
「安心しなよ。今回は固有結界じゃないからね、ボク自身の魔力を消費してるわけじゃない」
イマイチ要領を得ない回答に突っかかるが、時間制限がないようなので飲み込んだ。
「キミが触れたあの扉は、『次元の扉』と呼ばれているもので、聖域へと接続するためのシステムに過ぎない。でも何故か、そのシステム自体が正常に機能していないみたいなんだ」
「機能してないって……こうして僕たちは聖域に来てるんじゃないのか?」
「だから言っただろ、不完全だって。本来、神器をもつキミが次元の扉に触れた時点で、アルカディアの悲願はほとんど達されたようなものだったんだ」
ディアが呆れたように目を細める。
そう言われても、こっちは頭の中が整理ができてないんだよ。
「あのー……神器って何なんですかね?」
「キミの腕輪のことさ。四大迷宮へと辿り着くための――そして、聖域を開くための『鍵』のことでもある」
王家の紋章が刻まれた『神器』と『次元の扉』。
そして転移魔法陣や、ルナの封印も王家の紋章が使われていた。
「ちょっと待て……もしかして、この腕輪の他にも――」
「そう、神器は全部で五つ存在している。ボクと同じように、十二騎士のメンバーが一つの神器につき一人、英霊として宿っているんだ」
そしておそらく、その内の一つは天族の里に保管されていた聖剣であり、今はアークが所持しているということだ。
「じゃあ、残り三つもどこかに」
「いや、場所は分からないけど、多分どっかの誰かさんが三つとも持ってると思うよ」
「はあ!? それって、なんかまずいんじゃないのか!?」
既に五つの神器は、僕とアークとその誰かの三人の手に渡っている。
だとしたら、もう二つの四大迷宮も誰かが占領している可能性もある。
「それいやお前。『聖域が開かれし時、世界に終焉が齎される』的なこと言ってなかったか? それって、矛盾してるだろ」
「さあね。問題は誰が聖域を開くか、だ。それに奴らに渡ったところで、まだ勝ち筋は残っているし――チッ。思ったより早かったね」
ディアは何かを感じ取ったのか、不愉快そうに舌打ちをした。
すると世界が揺らぎ始め、視界がぐにゃりと歪んだ。
「多分、もうこの方法じゃ聖域には接続できない。また暫くのお別れさ」
「おい! またこのパターンかよ! さっき時間制限ないって言ったじゃねえか!」
「うるさいなぁ。ボクはおしゃべりなんだ。たまに適当なことも言う」
身体が透明になっていく。
やはり僕は、精神だけがこちらの世界に飛ばされたようだ。
ダメだ。意識が薄れていく。
まだ聞きたいこと、全然聞けていないのに。
「いいか。システムに生じた狂いを絶たなきゃ、アルカディア王の意志は遂げられない。キミが皆を救いたければ、他の次元の扉を目指せ――終焉を告げる『神』を殺すために」
――ルナ様を頼んだよ。
最後に、ディアはそう言って微笑んだ。
〜〜~
意識が浮上する。
転移とはまた異なる、僕が僕でなくなるような、気色の悪い感覚。
全身の感覚が戻ってくると、痛みすら心地よく感じた。
「ルノア様!?」
「……レイナ。僕、どれくらい気失ってた?」
「い、いえ……ほんの一瞬かと」
やはり、聖域と現世では時間の流れが異なるのか。
いや、そもそも時間という概念すら存在していないのかもしれない。
呼吸を整えて再び扉に触れるが、何も起こらない。
システムに生じている狂い……か。
まったく。僕にどうしろっていうんだよ。
その後、今あったことをルナに話した。
いくつかの単語に反応しているあたり、何かを知っているのだろう。
「そっか。ディアちゃん、か」
「ルナのこと気にかけてたし、仲良かったのか?」
「うん。私のことを龍神の娘としてじゃなく、一人の女の子として接してくれたから」
今の世界に龍族が生きているかは分からない。
ルナだって本当は、ユシィのように同胞に会いたいだろう。
「いつかは絶対、ディアと話せる時がくるよ。それに、他の十二騎士のメンバーにも」
「……そうかな。ううん。きっとそうだね」
ルナは小さく己を奮い立たせた。
「にしても、聖域なんて本当にあるんだ」
「知ってるのか?」
「うん。それこそ神話の存在なんだけどね」
と、ルナはそう言うが、アリストリアも四大迷宮も神話上の存在だった。
今更、何が真実でも不思議ではない。
咳払いひとつ。ルナはとある神話を語り始めた。
「アルカディア王が生まれるずっと前、世界は六種族が互いにいがみ合い、終わりのない戦争を繰り返していた。
そして最弱種族である『人族』は一方的に蹂躙され、世界の果てへと追いやられ、他種族に怯えながら暮らしていた。
そんな哀れな人族のある少年の元に、聖域より麗しき女神が降り立って、神の代行者として権能を下賜なされた。
そして彼はその権能を駆使し、数百年の時を経て戦争を終わらせ、アリストリアの頂点に君臨した。
人々は彼を称え、アルカディア王と崇めた」
それは、アリストリアの創世譚とも呼べる物語。
いつの時代も、王としての権利を与えるのは神だ。
「そして神々が住まう楽園が『聖域』だよ。そこには莫大な魔法知識と世界の真理が眠っていて、聖域に接続することで世界のすべてを知ることができるって考えられたの」
「でも、そんなのって」
「うん。私もただの都市伝説だと思ってた。でもアルカディア王が不老不死で、圧倒的な魔法知識を有してたのは本当だよ」
「不老不死!?」
「あ、不死ではないのかな? でも1000年近く生きてた」
おそらく『天より女神が降り立って』という部分のは脚色だろうが、アルカディア王が聖域に接続して力を得たというはあながち間違いではなのかもしれない。
「……ねえ。ディアちゃんは、次元の扉は聖域に接続するためのシステムに過ぎないって言ってたんだよね?」
「そう言ってたな」
「次元の扉は、四大迷宮すべてに設置されてる。ううん。次元の扉が設置されている場所が、四大迷宮という括りで語り継がれてきたんだ」
確かに、それなら『地下帝国』が四大迷宮の一つとして数えられているのにも納得がいく。
思えば、最初からルナは『四大迷宮という括りが強烈に残っているのには意味がある』と言ってたじゃないか。
「それに四大迷宮の内の二つ『駆動要塞』と『天空神殿』は、ほぼ同時期にアルカディア王の命令によって作られたんだ」
「駆動要塞って、結局何なんだ?」
「うーん。実用性の欠片もない、ただ移動するだけの要塞……かな。六本の足で地を這うように進み、通った後には何も残らない。何故そんなものが作られたのかは、十二騎士の私にも伝えられなかったよ」
ここまで言われれば流石の僕でも分かった。
「アルカディア王は、聖域に接続するために次元の扉を作ったのか」
それもおそらく極秘に。
そして聖域がラグナロクの引き金となった。
聖域の扉が開かれし時、黒き太陽と青き月が交わりて、『神』が光臨して世界に終焉を告げる。
ディアはそう言っていた。
少しずつではあるが、僕たちは確実に真実に近づいている。
だけどなんだ。何か大切なことを見落としているようで胸がざわつく。
「新たなる王を、主として付き従え。来るラグナロクに備えて……」
ルナが神妙な面付きでぶつぶつと何か呟いていた。
それは確か、ルナの父――龍神がルナを封印する時に告げた言葉だ。
そういえば、十二騎士の中には『龍神』『天神』『魔神』『獣神』『海神』の五人がいたそうだ。
神器に宿った英霊は、その五人とはまた異なる五人なのだろうか。
どちらにせよ、神の名を冠した五人とアルカディア王がいながらアリストリアは滅びたんだ。
もし再び『神』とやらが光臨したら、僕たちにラグナロクを止める手立ては残されていない。
『再び世界に神を引きずり下ろし、ラグナロクを引き起こす』
そうだ。デルタは確かに、そう言っていた。
だったらパンドラの目的は、聖域に接続することなのか。
『貴様が計画を進めたのだ』
デルタはそうも言っていた。
だから、僕が何をしたって言うんだよ……。




