第三十八話、『雲の上の生活』
『恋愛』編 【1/5】
ソフィアにはこれまであったことを事細かに説明し、ルナとの関係も話した。
それから天空神殿の案内や、一緒に街づくりを進めてくれている仲間も紹介した。
あとは暫く帰ってきていないユシィのことも。
最初は戸惑うことばかりだったソフィアだが、1週間も一緒に暮らせば順応していた。
まあ、未だにルナのことはさん付けだし、距離を感じてしまうが、ラーファやノノたちとは上手くやっている。
「ねえ。今日はどこに連れて行ってくれるの?」
そしてここに来てから、毎日のように連れ回されている。
この天空神殿という場所は、意外と観光スポットが多い。
何せ、雲海に囲まれた孤島で、歴史的な文化物が至る所にある。
僕も似たような反応してたな、なんて新鮮に思いながら、毎日ソフィアを案内している。
「悪い。今日は神殿会議があるから」
「もお……可愛い妹と会議、どっちが大切なのさ」
「その言い方はずるいだろ」
そして前より甘えん坊になっている気がする。
半年前は、僕に迷惑はかけまいと背伸びしていたが、今は寧ろ子供っぽく無邪気に遊んでいる。
腕を組み、頬を膨らませる姿を可愛く思いつつ、会議はサボれまいと葛藤していると遠くにルナの姿が見えた。
「おはよ、ルノア。ソフィアちゃんも」
「……おはようございます。ルナさん」
ソフィアはぴくりとも微笑まず、親の仇のように睨んだ。
そんな姿にルナは残念そうに目を細める。
空気が重い……。
「おはよう。今から会議に向かうところか?」
「うん。それでルノアは? まさか忘れるわけじゃないよね?」
「勿論覚えてる――って。ん?」
ルナの元に近づこうとすると、ソフィアが腕を組んできた。
力強く、逃がさないようにガッシリと。
「きょ、今日は一日付き合うって昨日の夜、言ってたじゃん!」
「……あれ? 言ってたっけ?」
「言ってたよ! あたし、ちゃんと覚えてる!」
あまりにも必死に訴えるので、言ったのかもしれない。
と、言うのも。僕とソフィアは同じ部屋を使っている。
部屋はまだ余っていたが、一緒の部屋がいいと言い出したのだ。
『なんでさ。一緒に寝ればいいじゃん。兄妹なんでしょ』と、どこかで聞いたようなセリフで押し切られた。
まあ、こんな場所で一人じゃ不安だろう。
それにソフィアは王族として半年間も待遇されていたため、最高級の部屋でなければ我慢できない我儘姫になってしまったのかもしれない。
「はあ。分かりました。今日はルノアがいないって、私がちゃんと伝えておきます」
「悪いな、ルナ」
「別にいいけど……ちゃんとしなきゃいけない時は、ちゃんとしてね」
ルナは去り際にそう言った。
分かってるつもりなんだけどな。
この腕を振りほどくのが正しいことだって。
「ルノはさ。ルナさんのこと好きなんだよね」
「うん。好きだよ」
「……それはあたしよりも大切な人ってこと?」
「そんなわけないだろ。僕にとっては二人とも同じくらい大切な人だよ」
「ずるいのはそっちじゃん……」
結局、その日もソフィアと天空神殿を回りながら、ソフィアの交友の輪を広げていった。
〜〜~
その夜。僕とソフィアは同じベッドの上で語り合った。
大浴場に言ったあとだから、ほんのり良い香りが漂ってくる。
窓一面に雲海が広がり、月明かりが忍ぶ。
二人で寝転んでも余裕な大きさで、絵本に出てくるような雰囲気のよい豪奢なベッド。
ぶっちゃけ、このベッドでルナ以外の女の子と寝るのは気が引ける。
そのせいでイチャイチャはずっとご無沙汰だし。
いやいや、ソフィアの隣で邪なことを考えるのはよそう。
「本当にあたし今、一番幸せかも」
「うん、僕もだよ。村が炎龍に襲われて二人で逃げ出して、ずっと自分は不幸だと思ってた。でも、そうじゃなかった」
「炎龍……ルノが倒したんだっけ?」
「まあ、ルナが大分削っててくれたからな。トドメを指したのが僕ってだけで」
「ううん。すごいよ! あんな化け物に立ち向かうなんて。本当に……雲の上の存在みたい」
ソフィアは寂しそうに目を細めた。
確かに、ひ弱な姿しか知らないソフィアからすれば、僕は遠くに行ってしまったように感じるかもしれない。
「それにしても、羨ましいな。あたしもルナさんみたいに強ければ、ルノの隣に立って一緒に戦えるのかな?」
「安心しろ。僕が隣にいる限り、もうお前に危ないことはさせないし、巻き込ませない。絶対に僕が守るから」
それがルナとソフィアの違いなのかもしれない。
ソフィアは僕にとって守るべき存在で、どこまでいっても妹なのだ。
そして強情な僕が弱音を吐き、泣きつけるのは世界でたった一人――ルナだ。
それにしてもだ。こうしていると、ソフィアが攫われる前の日々を思い出す。
お金もなく、小さな宿の一室に泊まった。
ベッドも狭くて、背中合わせに泥のように眠ったっけ。
服も一着を使い回していたし、水浴びが出来るのも数日に一度、野宿は日常茶飯事で、汗臭いから近寄るなってよく言われていた。
それに比べると、今の生活はまさに庶民じゃ手の届かない雲の上の生活だ。
気がつくと、ソフィアは眠っていた。
散々連れ回して疲れ果てて眠るなんて、子供のようだ。
少し距離を空けて寝転ぶと、寝相の良いはずのソフィアが寝返りをうって、こちらに擦り寄ってくる。
可愛らしい寝顔。
その瞼には僅かに力が入っている。
優しく髪を撫でると、ピクっと身体が揺れた。
「おやすみ」
「…………ん」
嘘寝がバレたことを恥ずかしそうに、ソフィアは枕に顔を沈めた。
僕は今、とても幸せだ。
そして今の関係性が大切で、崩れることを恐れている。
だからもう少しだけ、僕は鈍感でいなきゃいけない。
〜〜~
次の日、愛しき妹のモーニングコールで珍しく早くに起きた僕は、ルナも交えて一緒に朝食をとった。
会話は弾まず、必死に僕が仲介していた。
そんな僕たち三人を、事情を察している大人たちが気まずそうに眺めていた。
「今日はルナさんと一緒にいてあげなよ。あたしはノノちゃんたちと遊んでるから」
と、ソフィアが唐突にそんなことを言った。
確かに、最近は僕以外とも仲良くなっていて、特にノノやアイリたちとは姉のような存在として親しまれている。
まあ、意外とは言っても、僕にとっては喜ばしいことだし、ソフィアも成長しているということなんだろう。
「気を使わせちゃったかな?」
「いや、ソフィアも兄離れしようとしてるんだろ。お兄ちゃんとしては少し寂しいですな。とほほ……」
「……ルノアってさ、鈍感――じゃ、ないよね?」
突然、ルナがそんなことを言ってきた。
「……どういうこと?」
「ソフィアちゃんのこと。本当は分かってて、分からないふりしてるんだよね?」
「例え、そうだとしても。それが間違いだとは思わない。それに気づいてしまったら、この関係が崩壊してしまうから」
「私がソフィアちゃんの立場なら、きっとそっちの方がつらいと思うな」
ルナは足先を見つめて薄く微笑む。
ソフィアが僕を兄としてではなく、異性として見てしまっている。――仮にそうだとしたら、僕はどうするのが正解なのだろうか。
「ルノアが苦しいなら……私は別に、二人ともでも――」
「ルナ。冗談でもそういうことは言うな。それに寧ろ、僕としては『私だけを見て!』って嫉妬してほしいなぁ」
と、だらしなくニヤけると、ルナが笑った。
ソフィアを救出して、都市化計画も問題なく進んでいる今、本当の意味で僕はルナのことだけを考えていられる。
「じゃあ、我儘になっちゃおうかな~」
「わたくしめが何でも叶えてさしあげますよ。お嬢様」
「なら今日は一日、私だけに構いなさい」
ルナもソフィアも、遠慮しがちなところがある。
なんてことを言えば「ルノア(ルノ)には言われたくない!」と声を揃えて言われそうだが。
とにかく、僕からすればもっと甘えてもらいたいものだ。




