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第三十二話、『国民奴隷化計画』

『再会』編 【3/8】


 昔昔、まだノウム王国に壁が築かれる前。

 東大陸最果ての地に、迫害を受けた魔族が逃げ込んできた。


 国交を断絶していたこの国は、外の世界を知らず、魔族を差別するという文化が存在していなかった。

 そのため、以降100年に渡り、魔族と人族は共存することになった。


 しかし、文明が発展すると共に魔族と人族は争うようになり、外の世界と同じ末路を辿った。

 やがて魔族は根絶されることになったが、魔族と人族のハーフは身を隠して生き延びていた。


 そんなある日、赤い肌をして一本の角をもつ子どもが誕生した。

 魔族と人族のハーフ。その変異種であるその子は、生まれつき魔力を持たない代わりに特殊な異能をその身に宿していた。


 国王は忌み子として恐れ、魔族と人族のハーフすらも根絶すべきだと国王軍を差し向けたものの、人知を超えた戦闘能力を有したその『鬼』によって軍は殲滅させられた。


 国王は軍を差し向けたことを詫び、客人としてもてなし、護衛として雇うことで王宮内での安全を提供した。

 そしてその国王が不在の今も、彼は護衛として王宮に住んでいる。



~~~



「鬼? 何それ?」


 次の日、ルナに『鬼族』について尋ねると、寝ぼけてるの?と言わんばかりの視線を向けられた。

 とりあえず昨日に聞いた言い伝えをルナにすると、怪訝そうな表情を浮かべていた。


「うーん。私が知る限り、アリストリアにそんな種族はいなかったけどなぁ。でもありえないことじゃないよ。何せ3000年だからね」

「この国の民が長年反乱を起こさなかったのが、その言い伝えの『鬼』がいるからだってさ」

「なるほど。それでその『鬼』って子の足止めを彼に頼まれでもしたの?」

「話が早くて助かるよ」


 昨日、ウェルフからその話を聞かされて、もし鬼が出てきたら僕とルナで対応して欲しいと頼まれた。

 確かに国王軍をたった一人で殲滅するほどの力があれば、暴動を鎮圧して革命を阻止することだってできるだろう。


「分かった。ルノアはソフィアちゃんを助けてあげて、その鬼は私が相手するよ」

「……悪いな。こんなこと頼んで」

「今更でしょ。それにルノアが頼ってくれるようになって嬉しいんだから。でも本当は一人にさせたくないってのが本音かな」


 危ないことはしないつもりだが、僕がやろうとしているのは一国の王女の誘拐だ。



~~~



 昨日と今日とで、この国の景色は変わらない。

 相変わらず活気はなく、晴れだと言うのにどこか薄暗い。

 正義という光など、一筋も差し込まない。


 昼下がり、僕とルナは街へ繰り出した。

 スラムを抜け、王都と呼ぶべき場所へ赴いた。

 確かにそこには街があり、商店が立ち並び、経済のやり取りが行われ、大勢の人が行き交っていた。


 当たり前だ。でも、恐ろしいほど静かだ。

 笑い声も、話し声も聞こえない。


 立ち尽くしていると、誰かに肩をぶつけられる。


「ちっ。邪魔なんだよ。ガキはとっとと帰れ」


 ルナがその男の背中を睨む。

 この街の人達の全員があんな奴ばかりではないだろうが、こんな場所に住んでいれば心も荒む一方だろう。


「……戻ろっか」


 この国に来てから、こんな気持ちになるばかりだ。

 沈んだ街に踵を返した直後、また勢いよく誰かが背中なぶつかった。


「す、すいません」


 と、小さく呟いて少女は走り去っていく。

 彼女はフードを目深に被っていて見えにくかったが、ぶつかった一瞬、鮮やかな空色の髪が見えた。


「ソフィア……!」

「え、どうしたのーーって、ルノア!?」


 僕は無意識に走り出していた。

 たかが髪の色と思われるかもしれないが、あの空色の髪だけは見間違えるはずがない。

 路地に入っていった少女を追いかけ、その腕を掴んだ。


「キャッ……だ、誰ですか!?」

「僕だよ! 分かるだろ!」

「分かりませんよ! やめてください!」


 空色の髪が揺れ、上品な香りが漂う。

 左右異なるオッドアイ。その見覚えのある相貌が、怯えの色を帯びている。


「どうしてだよ……」

「落ち着いてよ。ルノアらしくないよ」


 嫌がる少女を壁際に追い詰めたところで、ルナが僕の腕を掴んだ。

 我に返り、沸騰していた頭を冷ます。

 気づくと、少女は僕に拘束され涙目になって震えている。


「あれ……ソフィアじゃない」


 髪の色も目の配色の同じだが、左右が反対だ。

 それに声色も違う。

 ソフィアは右目が深い青で、左目が色を失ったような淡い水色だ。


 それが分かった途端、僕は全身から魂が抜け落ちた。

 もしかしたらウェルフの目撃情報の正体は彼女なのかもしれない。そんな不安が脳裏によぎった。


「ソフィアのことを知っているのですか? それに今、確かルノアって…………嘘、そんな事って」


 先程まで怯えていた少女は、突然口を覆って涙を零した。

 その様子に疑問符を浮かべ、ルナと顔を見合わせた。

 だが、彼女は確かに『ソフィア』と口にした。



「――助けてください! ルノアさん!」



 その瞬間、僕たちの『革命』が始まった。



~~~



 路地を抜けて、少しばかり開けた場所で落ち着くと、少女は淡々とその身分を明かした。


「私は名前は、フィーネ・ラ・ノウム。ソフィア・リ・ノウムは、私の双子の妹にあたる人物です」


 語られた真実に驚くことは無い。

 他人の空似というにはあまりにも似た容姿だ。

 この僕の目をもってしても見間違えるほどに。

 でも良かった。ソフィアはこの国にいるんだ。


「この国では双子は忌み子として扱われるため、王族の中に生まれた場合、片方が殺されることになっているんです。でも、母様がそれを拒んで、ソフィアは物心のつく前から国外追放という形になりました」


 ソフィアは近くの山中で倒れているところを、父さんに発見にされて東和の村に連れてこられた。

 護衛をしていた者は山賊に襲われてしまったのか、はたまた国外追放という体で処分したかったのかもしれない。


「父様と母様が病に侵され逝去なされた後、私はこの国の王女として歩んで来ましたが、ある日、ある事情でソフィアがこの国に連れ戻されることになりました」


 王宮は奴隷商会に人探しを依頼し、商会は懸賞金をかけて裏ギルドで捜索願のクエストを出した。そして最悪なことに、アークがソフィアを発見し、奴隷商会に受け渡した。

 にしても、国王と女王がともに病死なんて……それにこの様子じゃ、政治にはほとんど関与していないだろう。


「勝手に捨てといて、勝手に連れ戻して王女になれって? ふざけるのも大概にしろよ……ッ」


 憤りに拳を握る。

 それにウェルフの話じゃ、大臣と官僚がやりたい放題政治を行っているだけで、王女は万一のときに責任をなすり付けるための身代わりに過ぎない。


「本当にソフィアのこと、大切に思ってなさるのですね」

「当たり前だよ。僕のたった一人の家族だ」


 と言うと、背後から鋭い視線を感じたので「もちろんルナも家族だけど!」と付け加える。


「ところで、フィーネはなんでこんなところにいるんだ?」

「私は王宮から逃げ出してきたのです。この国の危機を伝えるために。――このままだと、本当にノウム王国は終焉を辿ることになります」


 フィーネの顔つきが変わる。真剣な眼差しだ。


「何があったんだ」

「国民奴隷化計画です」

「……それはまた、物騒な響きだな」


 何の捻りもない安直な名前。

 にしても結論から述べれても何の事だか。


「最初からちゃんと話します。――これは、今から一年前のことです」


 フィーネはまたしても淡々と話し出した。

 水面下で行われていた、信じられないような取り引きのことを。



~~~



 同時刻。天空神殿、地下3階。

 レイナを先導に、天空神殿の調査を目的とした『調査班』は初めて4階へと続く階段を見つけた。


「3階までは一つの螺旋階段で繋がってたけど……やっぱりまだ下があるのね」

「どうしますか、レイナさん? ルノア様とルナ様が戻られるまで待ちますか?」

「いえ、このまま進みましょう。念の為に、半数はここに残して何人かは私に着いてきなさい」


 レイナは数名の隊員を連れ、闇に包まれた階段を下る。

 足音が心地よく反響し、気温はぐんぐんと下がっていく。


「かなり深いですね……五階分くらいは下ってるんじゃないですか」

「そうね。でも、音の反響具合からもうすぐかなり広い空間に出ると思うわよ」


 ぽつぽつと不安の声が上がり始めた頃、レイナの予想通り、最下層に到達した。

 辺りには一切の光がなく、光の初級魔術では全体を照らせていない。


「慈悲深き光の精霊よ。夜に怯える子羊に救いの光を。――強光(イル・レート)


 レイナが光の中級魔術を唱えると、その部屋の全貌を明らかにするほどの強い光が臨んだ。

 照らし出されたのは、首を痛めるほど高い天井の部屋と、その床に描かれた光を失った巨大な魔法陣。

 魔法陣の周りには、壊れた拘束具が散乱している。


「これ、ユクシア様を封印していた魔法陣でしょうか。……こんな暗闇で3000年も。気が遠くなる話ですね」


 3000年に比べれば、天族の寿命など一瞬に感じる。


 この部屋で終わりかと辺りを見回すと、魔法陣の一部が真っ直ぐに伸びて、地下へと繋がっているのが分かった。

 魔法に関する知識が乏しいレイナでも、まだ地下に何かがある事は持ち前の直感で気がついた。


 それから調査班は、総出で封印の間を探索し、ついに地下へと続く通路を発見した。

 地下――とは言っても、階層で言うなら一つしか変わらない、真下に作られた同じ構造の部屋。


「……これは、一体なんでしょうか」


 そこには、巨大な扉があった。

 太陽の紋様が描かれ、王家の紋章が刻まれた扉が――床に埋め込まれていた。


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