第三十話、『吉報』
『再会』編 【1/8】
穏やかに時が流れた。
しかしある日のことだ。
元密輸組織のリーダー、ウェルフから通信版を使って連絡があった。
『一度会って話がしたい』
天族と獣族の中には人族に不信感や嫌悪感を抱く者も多い上、ウェルフたちは元々奴隷を中央大陸に運んでいたため、天空神殿に招いたことはなかった。
本人たちも罪悪感でここに来ることを拒んでいる。
そんなウェルフが会って話がしたいと言ったのは初めてだ。
パンドラの一件から出入りは最小限にしてきたが、細心の注意を払いながらウェルフを招き入れた。
その後は気付かれないように客室まで案内し、こうして二人で対面しているわけだ。
「いやぁ……話には聞いていたがやっぱり壮観だなぁ。まさか人生でこんな神話の地に降り立つなんざ考えてもなかった」
ウェルフが街の風景を眺めながら呟く。
僕としては彼に感謝している。
無論、密輸を行っていたことを許す気は無い。
でもソフィアの捜索やアークの調査など、諸々を手伝ってくれていることは非常に助かっている。
「それで、話ってなんだ? お前がわざわざここに来たいだなんて、世間話をしに来たわけじゃないんだろ」
「まあ、そう焦りなさんなルノアの旦那。この数日でいろんな状況が変わったんだ。これはこっち側として重要なことだ」
こっち側、というのは元密輸組織のことだろう。
「まずそうだな。Sランクパーティ『ホグフォックス』についてなんだが……つい先日に解散したらしい」
「解散?」
「マリアって女がギルドに泣きついて来たんだとよ。何でも、パーティで一悶着あって、ブチ切れたアークが他の二人をぶっ殺したんだと」
「殺した!? ナジとガラハットをか!?」
いよいよ訳が分からなくなってきた。
アークの目的は分からないが、ルナの迷宮を見つけ出して攻略しようとしていた上、天族の里を襲撃して聖剣を奪い去った。
明らかに偶然とは思えない。
気味が悪い。一体あいつは何を知ってるんだ?
「ギルドが総力を挙げてアークを捜索してるが、行方不明で見つかってないらしい。殺されたっていう二人の遺体は見つかってないらしいが、女の怯え方が尋常じゃなかったから間違いないだろうってな」
「……そうか」
「まあ、気にすんなって。旦那としては気色の悪い話だろうけど。あんま神経質なるのも身体には毒ってもんだ」
しかし警戒は強めた方がいいだろう。
目的も所在もわからないやつが彷徨いているなんて、もし天空神殿に入れてしまえばどうなることか。
「んで、こっからが本題なんだけどよ」
と、前置きしてウェルフは話し始めた。
「俺が仲間を集めて裏の世界で密輸業やってた理由話したことあったか?」
「いや、全員が貧民街で生まれ育ったことは聞いたけど」
「そう。俺たちはノウム王国って国のスラムで生まれ育った。そこは民主主義なんざクソ喰らえの独裁国家でよ。国王がやりたい放題やってる腐り切った国だ」
ノウム王国って言えば、東大陸最小の国で、確か世界連合にも加入しておらず完全な鎖国状態であったはずだ。
「国民は重課税に苦しみ、スラムじゃ殺人や窃盗は日常。飢えたガキの死体が転がり、小バエが集っていた」
「政治は麻痺している。農業も商業もとっくに廃れた。国は壁に囲われ、独房のように国民を閉じ込めている」
「俺たちは運良く壁に空いた穴から逃げ出せた。その後は、カルト港で密輸やって金を稼ぎ始めた。すべてはあの国で革命を起こすためだ」
「旦那のおかげでノルマは達成した。あとはあの国に舞い戻って、仲間と共謀して国王を討つ算段だった」
「だとしても然るべき仁義を弁えてるつもりだ。旦那には感謝してる。俺たちみてえな日陰者にまで手を差し伸べてくださったんだからな。旦那に頼まれた仕事を完遂するまでは、動くつもりはなかったんだ」
「その代わりと言っちゃなんだが、仲間を一人スパイとして騎士団に送りこんで内部調査をさせた。これが3ヶ月前の話だ」
「耳を疑ったさ。国王はとっくの前に死に、何にも分かんねぇ王女様が国王に据えられ、大臣がやりたい放題やってやがったんだ」
「万一のとき、責任をすべて擦り付けて、自分たちは責任逃れしようって算段だったんだろうな。実際、革命は国王の首を以て完了する。国民が望んでるのは、革命が成功したっていう分かりやすい証拠だからだ」
ウェルフは質問等を許さないほど弾丸のように話し続けた。
ノウム王国の悲惨な現状。ウェルフたちは革命を起こそうとしていて、国王に据えられてるのは何も知らない子ども。
しかし、イマイチ要点を掴めない話だった。
今すぐにでも任務を放り出してノウム王国に向かいたいという話かと思ったが、どうやら違うらしい。
一呼吸置き、ウェルフは重い口を開いた。
「王女は15歳ほどで身長は150前後。空色の髪に、左右異なる色をしたオッドアイ。――旦那の尋ね人じゃねえのか」
「――――ッ!?」
間違いない。僕はそう思った。
偶然にそれほどの特徴が一致するはずがない。
それにソフィアに大金が掛けられていたことにも合点がいく。
「俺は王女の首で国を変えるつもりだ。でも旦那にも恩義がある」
「……だから、ここに来たのか。もちろん僕はソフィアを助ける。革命なんて起こさせない」
「だよな。――だから!」
次の瞬間、ウェルフが腰の短剣を抜いて飛びかかってきた。
咄嗟に『虎神流』で受け流すが、手応えがない。
流れるように素早い連撃が繰り出され、後方に飛んで回避する。
「どういうつもりだ! 僕を殺したところで、お前だってここで殺されるだけだぞ!」
「殺すつもりはねえよ。だが俺が勝てば今回ばかりは俺に従ってもらう。ソフィア王女様は平和のための生贄になるんだ」
「ふざけるな! 何が平和だ!?」
「旦那が勝てば王女様を殺さない。だが、それじゃ国民は納得しねえ」
ウェルフは左手を背中に回し、短剣を低く構える。
さっきの奇襲で予測はしていたが『蛇神流』の構えだ。
三大流派は三竦みの関係になっていて、相手の攻撃を受け流し反撃に転ずる『虎神流』は、一撃一撃に力を込めない『蛇神流』には不利だ。
「じゃあ行くぜ」
ウェルフが姿勢を低くし一気に加速する。
『蛇神流』で脅威なのは、その歩法だ。
『蛇足』と呼ばれる動きを読ませない不規則な足捌き。
名に反して全く無駄のない靱やか動きだ。
気がつけば懐に忍び込まれ、最速の突きで攻撃される。
それもわざと急所をはずし、防御しなれていない注意の逸れる部位を重点的に狙ってくる。
徐々にダメージを与え、選択肢を奪い、追い詰める。
絡みつくように、まとわりつくように、喉元に毒牙をくい込まれせる。
「――――ッ!」
剣先が頬を掠める。
歴代の『蛇神流』使いは剣身に毒を塗っていたというが、これが本当の殺し合いなら僕が負けていた。
それに、やはり戦いづらい。
攻め込めない。突きを捌くことに必死で、反撃の隙すらない。
ここで魔法を使えば、ウェルフを倒せるだろう。
それに負けたとしても、約束を反故にすればいい。
そもそもこの天空神殿じゃ逃げられない。
ウェルフを捕らえ、監禁することだってできる。
でも――それじゃ誰も納得しない。
それにウェルフたちの存在は、後々に必ず必要となってくる。
ここで正々堂々の試合で勝ち、ソフィア救出に賛成させる。
意を決して、斬りかかる。
しかし無情にも剣先は逸れ、ただ空を切った。
ただの回避じゃない――剣が通り抜けた?
いや、違う。そう錯覚するほど繊細な重心移動。
ありえない体勢でも軸がぶれない洗練された体幹。
『蛇神流』幻惑の歩法。その極致。――陽炎。
そこから繰り出される最速の突き。
「――くっ!」
それを咄嗟に背後に跳躍して回避する。
「へえ。良く避けたな。流石に一筋縄じゃいかねえか」
「……こちらこそ。想像以上だよ。師範代くらいにはなれるんじゃないか?」
「お世辞はいいぜ。師範ならさっきの好機を逃さねえ」
確かに、隙を逃さないのも『蛇神流』の極意だ。
だが、ウェルフは明確な師匠がいたわけではないだろう。
だからこそ読めない。
独自の型を織り交ぜて攻撃しているんだ。
……ウェルフは本気だ。本気で僕に勝ち、ソフィアを晒し首にして、革命を起こすつもりだ。
僕は、どこか本気じゃなかった。
ソフィアが見つかったことに浮かれて、もしかしたら負けても助けられるんじゃないかって期待している。
――僕も、本気にならなきゃ。
「――――ッ!?」
ウェルフが殺気に大きく退く。
だが甘い。そこは間合いだ。
僕は剣を鞘に収め、抜刀の構えをとる。
「アリストリアス流剣術。――初伝『流星斬』」
『蛇神流』は回避には特化しているが、防御は脆い。
全身を脱力させてしなやかに、そして速く。
だからこそ、剣を弾くのは容易い。
紫電一閃。剣先が煌めくと同時にウェルフの短剣が砕け、僕は刃をウェルフの首元に押し当てた。
「……見えなかったぜ。とんでもねえもん隠してやがったな」
「奥の手だよ。使うつもりなんてなかった。――約束通り、ソフィアは助ける方向で革命を起こす。いいな」
「ああ……どの道、そうなるって分かってたからな」
ウェルフが嘆息して天井を見上げる。
もしかすると、単に腕試しをしたかっただけかもしれない。




