第二話、『パーティの勧誘』
『封印の迷宮』編 【2/5】
朝早くに宿を出発して、シスタムの街に着いたのは昼過ぎだった。
冒険者資格を取るための試験は、父さんに習った剣術で何とか合格することができた。
『無所属』ルノア
職業:剣士
冒険者ランク:E
レベル:23
レベルというのは純粋な戦闘力を数値化したものだろう。
ところで、迷宮は大きく二つ分けられる。
一つは『賢者の迷宮』。
攻略レベル:10~80
かつての王族や貴族の墓、または財宝を保管するための宝物庫であり、中には侵入者用のトラップが仕掛けられている。
依頼内容は、迷宮内の調査と財の回収。
もう一つは『愚者の迷宮』。
攻略レベル:45~150
魔力濃度が濃い場所では知能のない魔物が生まれることがあるが、そこに強いボスモンスターが住み着き、魔物を使役して群れを形成したもの。
依頼内容は、ボスモンスターの討伐。
僕がこれこら挑むのは前者である。
愚者の迷宮は熟練の上位パーティが挑むもので、僕のような駆け出し冒険者が受けるものじゃない。
賢者の迷宮は難易度にバラツキがあるが、パーティなら何とかなるレベルではある。
一番の問題であったパーティへの加入は、ある心良い青年のおかげで解消された。
「ねえ、君たち。迷宮に行きたいなら、俺たちのパーティに入らない?」
そう声をかけてきたのは、Aランクパーティ『ホグフォックス』の若きリーダーである、アークだった。
その青年はまるで、他人を疑うことを知らないような穢れのない純粋な笑みを浮かべていた。
「入れてもらえるんですか?」
「もちろん!」
アークは爽やかな笑顔のまま、僕に手を差し伸べた。
断る理由などない。これ以上ない申し出だ!
「でも、あたしたち駆け出し冒険者ですけど、本当にいいんですか?」
しかし珍しく、ソフィアが口を挟んだ。
初対面の人の前で声を出すのも珍しい。
「賢者の迷宮は、人数が多いほど攻略率が上がるんだ。もちろん、前線に立たせて盾にするつもりなんてないよ。基本的に、僕たちが前を歩いて君たちを護衛するから、君たちは何かに気づいたら言ってくれればいいんだ」
理にかなった勧誘目的だ。
トラップは躱すことは簡単でも、気づくのが難しい。
暗闇で全方位に意識を集中させるなんて無理だからだ。
「はい。分かりました! よろしくお願いします!」
「よし決まりだ。明日の朝に出発するから、今日の夜は酒場でパーッと飲もうぜ! どうせ明後日には大金がたんまり入ってくるんだからな!」
そう言って、アークは愉快そうに戻っていった。
フードで分かりにくかったが、ソフィアはその背中をずっと懐疑的な眼差しで睨んでいた。
「どうした?」
「ねえ、あの人変じゃない?」
「そう? いい人そうだったけど」
「やっぱりおかしいって。明日の朝出発なのに、わざわざお酒飲もうなんて言わないよ」
「考えすぎじゃない?」
ソフィアは怪訝そうにしていたが、こんな千載一遇のチャンスを逃す訳にはいかないのだ。
~~~
その夜。
僕はソフィアとともに、ホグフォックスの宴に向かった。
何故か一緒に行きたいと言い出したのだ。
その決起会には、アークの元々のパーティメンバーと思われる魔術師や盾兵や騎士の他に、僕のような装備品の貧弱な駆け出しと思しき冒険者もいた。
総勢12人くらいだろうか。
僕のような駆け出し冒険者にまで慈悲をくれるとは、アークとは本当に非の打ち所のないような男だ。
「――今日はお集まり頂き誠にありがとうございます! それでは明日の迷宮攻略、そして全員の生還を願いまして!」
『乾杯!』その音頭ともに、宴はより熱を増した。
僕はお酒は飲めないので水にした。
「なあ。ルノアくんも飲みなよ」
「いえ、僕はお酒は」
「釣れねぇな、一口グビッていっちまいなよ」
騎士のガラハットが妙にお酒を進めてきた。
確かに、この盛り上がりの中、僕だけ飲まないのも申しわけない。社交辞令と言うやつだろうか。
「ダメだよ、ルノ!」
「いいじゃねぇか、一口くらい!」
「……そうですね。いただきます」
必死で止めようとするソフィアには悪かったが、お酒の付き合いというのは大人にとっては重要と聞く。
一口くらいはいいだろう。
慌てるソフィアを横目に、僕は酒を口に運んだ――。
それこら、僕には記憶が無いのだ。
僕はとてもお酒に弱い体質だったのだろうか。
ソフィアの荒らげた声だけが妙に耳に残っている。
『――どういうことですか! なんでこんな――』
『――分かりました。だからルノだけは――』
『――じゃあね。ずっと好きだったよ、ルノ――』
夢の中で、寂しそうな表情のソフィアが額にキスをした。
~~~
寝起きは最悪だった。
不規則な揺れ。硬い床。
すぐに馬車に乗せられていると分かった。
差し込む僅かな月明かりが、その悲惨な現場を照らし出す。
そこには、あの決起会に参加していた冒険者――それも、僕のように集められた駆け出しと思しき冒険者たちが転がっていた。
「……うっ」
激しい頭痛に襲われる。
頭を抑えようとして、手足が縛られていることに気がついた。
ロープで荒く縛られ、自由を奪われている。
「……そうだ。ソフィアは!」
辺りを見渡すが、空色の髪の少女は見当たらない。
それを喜ぶべきか、慌てるべきか。
とにかく、今は自分の心配をしたほうがよさそうだ。
「――ッ!?」
突然、馬車が急減速して壁に激突する。
人身売買……そんな単語が脳裏に過ぎった。
馬車が止まり暫くしてから、後面の扉が開かれた。
そこに見知った顔――騎士のガラハッドがいた。
思わず声をかけようとして、僕は目をつぶる。
それは、僕たちを助けに来た勇者の顔ではなかったからだ。
ガラハッドは荷台に乗り込み、二人ずつ軽々と抱えては馬車の外に投げ捨てた。
そんな表現が適切なほど、物のような荒い投げ方だ。
そして僕も同様に投げられ、硬い地面に叩きつけられた。
辺りは鬱蒼と木々が茂る深い森だった。
お月様が憐れむように僕たちを見下ろしている。
「――うぐ!」
「いつまで寝てるんだ、愚図。さっさと起きろ」
誰かに顔面を踏まれる。
見上げると、見るからに業物の剣を帯剣したアークがいた。
他の者も、同じように叩き起されている。
「なんで……こんなことを」
「嘘はついてねえよ。これから迷宮に入るんだろうが」
「だったら、このロープを解いてください」
「そりゃ無理な相談だ。お前らに逃げられては困る」
アークは僕の髪を掴み、空に持ち上げた。
芋虫のように体を起こし、アークを睨みつけた。
その表情は悪意に歪み、好青年の見る影もない。
ソフィアはこの仮面の下に気づいていたのだろうか。
「僕たちに何をしろって……」
「歩くだけだよ。ゴミでもそれくらいはできるだろ」
アークが見据える先に、厳然とした入口があった。
苔や木の根に隠れされ、森の奥でひっそりと佇んでいる。
それこそ、勇敢なる挑戦者を待ち受けるように。




