第十五話、『特訓』
『天空神殿』編 【7/7】
あれから4日。
ソフィアが攫われてから9日が経った。
密輸組織からの吉報を待つのと並行し、ルナとユシィにも手伝ってもらって奴隷商会を追っているが、今のところめぼしい成果は上げられていない。
そろそろ、ソフィアは東大陸のどこかに運ばれたと考えなくてはいけない。
そして無情にも時間は過ぎ、何の進展もないまま更に5日が過ぎた。
一昨日、密輸組織のウェルフから、獣人奴隷8人、人族の奴隷18人が運び込まれてきたと連絡があった。
その中には空色の髪の少女はいなかったそうだ。
また奴隷を運び込んだ者を捕縛したが、ただの運び屋として雇われていた運搬業者で、積荷が何かは知らされていなかったらしい。
とりあえずその奴隷26人は、ギルドの方で保護してもらっているそうだ。
「くそ……完全に打つ手なしだ」
奴隷商会は密輸組織と違って、尻尾を掴ませてはくれない。
それに今更尻尾を掴んだところで、ソフィアの居場所が分かるとは限らないのだ。
それがもどかしくて、やるせなかった。
そして奴隷商会の手がかりが掴めず、無益に消費する日々。
その怠惰に身をやつすことが耐えられなかった。
何もしていない自分が許せなくて、僕はルナに鍛えて欲しいと頼み込んだ。
「気持ちは分かるけど、こういうのはユシィに頼んだ方がいいよ」
そう勧められて、ユシィに同じように頼むと、謁見の間に連れていかれた。
あの日の激闘が嘘のように戦闘の傷が見当たらない。
レッドカーペットも、玉座も、垂れ幕も、石像もだ。
「時間はかかったが、この空間を妾の支配領域にした」
「支配領域?」
「簡単に言えば、この空間で生じるありとあらゆる魔法現象を自在にコントロールできんじゃよ。例えば、ただ炎の玉を射出するだけの『炎玉』を自在に曲げられる」
そう言ってユシィは、炎玉を直角に曲げてから消滅させた。
重要なのは『誰が生じさせても』ということだろう。
「あとは離れた場所の魔法陣を起動させたり、消費魔力を抑えたり……と色々あるのじゃが、うぬには分からんじゃろな」
「お前にバカにされるとイラッとくるからやめろ」
確かに魔法に関してならユシィは首席だ。
あとで炎魔法の魔法陣とか刻んでもらおう。
「それで、うぬの相手をするのはこやつらじゃ」
ユシィが手を突き出すと、遠くに置いてあった石像が動き出した。
「あれ動くの!?」
「妾特製のゴーレムじゃ! じゃあ、頑張るんじゃぞ~」
「頑張るって、獲物は!?」
ユシィはニヤニヤしながら出ていった。
扉は何故か固く閉ざされて開きそうもない。
「マジかよ……せめて剣くらいいいだろ」
恐る恐る振り返ると、身長2メートルくらいの人型ゴーレムがゆっくりとこちらに歩いてきていた。
そして、間合いに入った瞬間、その巨躯を大きく畝らせて右ストレートを繰り出してきた。
「――ッ!」
咄嗟に屈んで回避する。
顔面に当たれば、首が飛んだかもしれない。
馬鹿げてる! 普通に死ぬ!
それからは防戦一方だった。
いや、防ぐことすらできず逃げ回っていた。
何分も、何時間も。
でも、体がとても軽い。
ルナと契約してから身体能力が向上した気がする。
それにやっぱりだ。
ゴーレムの動きは単調で、ワンパターンだ。
直線的に移動し、右ストレートを繰り出し、避けられたら左で追撃。
前しか見えないのか、背後に回ると見失う。
その時に見えた――背中の魔法陣。
ユシィが生み出したのなら、それも魔法だ。
魔法陣に傷をつければ、ゴーレムは崩壊する。
「傷つけるだけなら!」
ゴーレムと対峙する。
直線的に近づいてきて、力任せな右ストレート。
それを華麗に避けて、脇に滑り込む。
死角である背後をとった。
タイミングは完璧。僕は持っていたゴーレムの欠片で魔法陣に傷をつけた。
「――あ、れ?」
気がつくと、僕はルナに膝枕してもらっていた。
心が安らぐ。ずっとこうしていたい。
そうだ……ゴーレムの崩壊に巻き込まれて頭を打ったんだ。
「情けねえ……」
「そんなことないよ。ユシィも上出来だってさ」
初戦からゴーレムとか鬼畜すぎるだろ、あの幼女。
まあ、ユシィのことだから死なないようにはしてたんだろうけど。
「なんで、そんなに強くなりたいの?」
「弱いと何も守れないから。ソフィアが攫われたのだって、僕が軽率に他人を信じたからだ」
今も尚、あの日の後悔は拭えない。
ソフィアの声に耳を傾けていれば、こんなことにはならなかったかもしれないのだ。
「いいな、ソフィアちゃんは。君に愛されてて」
ルナは僕の髪を撫でながら呟く。
「いいよ。私が君を鍛えてあげる」
「え?」
身体を起こすと、ルナはしなやかに立ち上がり、僕に手を差し伸べた。
「ユシィが魔法を。私は剣技を。――君に伝えるよ。王家に伝わるアリストリア流剣術を」
その日から、僕とルナの特訓が始まった。
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それと並行して魔法の鍛錬。
先生は狂魔王ユクシア。生徒は僕。
僕は極端に魔力量が少ないらしく、ルナに稽古をつけてもらいながら体力をつけた。
ユシィ曰く、健全な魔力は健全な肉体に宿り、魔力量を増やすには体作りが基礎中の基礎ならしい。
そこそこ体力が付いてきたら、僕の右手にある魔法陣を刻んでもらった。
「これは?」
「『炎帝の刻印』という、炎魔法のみを使える魔法陣じゃ。うぬに炎魔術の適性があるのなら、これも使えるじゃろ」
なんかテキトーな理由に聞こえるが、とりあえずやってみた。
詠唱は必要なく、大切なのは魔法陣に魔力を集中させて、発動のイメージをしっかり持つこと。
「……できねえ」
「何故じゃ!? 何故うぬはそうできん!? それに魔術にしてみても、あのマッチの火しか出んとはどういう事じゃ!」
「いや、僕に聞かれても……」
「もう無理じゃ限界じゃ! 色々試して見たが無駄じゃった! アルカディアの一族は魔法技能に長けとったから、うぬには才能があると見込んだが、どうしようもない無能じゃった!」
ユシィが地団駄を踏んで地面を転がり回った。
あの魔法に関してなら右に出る者はいないと豪語したユシィが、僕の才能のなさを前に敗北した。
にしても酷い。もうちょっとオブラートに包んでくれ。
「こんなもの、魔族なら生後一年で出来るわい! 何じゃ、うぬはなんかの呪いにでもかけられて――」
そこまで声に出して、急にユシィは表情を固めた。
そしてむくっと起き上がり、何かに気がついたようにこちらをじっと見た。
「うぬよ、周りに魔術師はおったか?」
「周り? 東和の村にってこと……いや、いなかったけど」
「魔術を使ってる者は?」
「いなかったよ。僕がマッチくらいの火を出したら驚かれたし。村唯一の魔術師の誕生か――なんて褒めちぎられたくらいだ」
これを言うと言い訳にしかならないから黙っていた。
もしかしたら民族柄、魔力量が少ないのだろうか。
「……魔法が廃れた世界。王家の末裔。炎龍。迫害。東和民」
ブツブツと呟くユシィ。
そして堰を切ったように笑いだした。
「フハハハハハ!! 妾ってやはり天才か!! 主様よ、うぬのそれは素質の問題ではないやもしれん!」
そして本格的な魔法の特訓が始まった。




