プロローグ、『アリストリア神話』
「アリストリア?」
小さい頃、絵本に登場したその単語に興味を持った。
知りたいことはすぐに質問した。
僕が純粋な眼で尋ねると、父さんは何でも丁寧に答えてくれたからだ。
「その遥か昔、太古の時代に存在していたとされる神話の世界だよ。今とは違って異なる種族が共存し、今よりずっと高度な文明が築かれていたんだ」
「へえ! じゃあ、なんで滅びちゃったの?」
「……うーん。それは父さんにも分からないな。それを知りたくて研究してるんだが、何せ3000年くらい前の話だからな」
いつもその質問で父さんを困らせた。
当然だ。残っている文献と言えば、せいぜい天魔大戦(約1000年前)以降のものだからだ。
「せめて、世界中で見つかってる『迷宮』を調べれば分かるんだろうがな……」
父さんは気難しい顔を浮かべる。
東の大陸の、更に極東の辺境に住む僕たちには、それが叶わない大きな弊害があった。
「じゃあ僕、大きくなったら冒険者になっていっぱい迷宮を探検する!」
「そうかそうか! 流石はルノア、俺の息子だ! なら父さんは、お前が冒険者になる前に、研究を進めないとな!」
父さんは豪快に頭を撫でて褒めてくれた。
僕はそれが嬉しくて、読み書きや算術、魔術や考古学に関する本を読み漁り、父さんの研究を一番近くで見守った。
胸踊る毎日。僕は村の友達にその話をした。
最初は皆が同じく胸を躍らせ、親友とは共に冒険者になることを約束した。
しかし成長するにつれ、僕だけが夢に取り残されていった。
『はあ? お前、まだそんなこと言ってんのか?』
『現実見なよ。頭おかしいんじゃない?』
『冒険者なんて馬鹿なこと言わず、大人になれ』
僕と父さんは村では変人扱いされた。
応援してくれたのは母さんだけだった。
『いいのよ、ルノア。あなたが知りたいと思ったこと、気が済むまで調べ尽くしなさい。その好奇心は、あなたにとって最大の武器になるわ』
その優しい目を、手の温もりを、僕は忘れない。
だから何度ホラ吹き野郎と笑われても叫び続けた。
しかし、ある日のことだ。
もう何日も書斎に籠っていた父さんに昼食を届けに行くと、父さんは蝋燭に照らされた研究結果を紙にしたためていた。
「――そんな。これが事実なら、世界は破滅する!」
血相を変えた父さんは、その1ヶ月後、アリストリアについての論文を世界に向けて発表した。だが――、
『くだらん。流石は薄汚い「東和民」の考えることだな。このような根拠のない希望的憶測を論文と宣うなど。いや、行き過ぎた妄想と言うべきか。一度、精神科医にかかることをおすすめするよ』
父さんの論文は目の前で破かれ、踏みつけられ、浴びせられたのは喝采ではなく冷たい嘲笑だった。
「父さん……」
「大丈夫だ、ルノア。アリストリアは確かに存在した。空飛ぶ島も、海に沈んだ都市も、移動する要塞も、地下の帝国も実在するはずなんだ」
父さんは破かれた論文を広い集め、声を出さずに泣いていた。
その哀愁に沈んだ小さな背中を、僕は見たくなんてなかった。
だからその時、決意したのだ。
大きくなって冒険者になって、世界中の迷宮や遺跡を巡り、必ずアリストリアの存在を証明すると。
――そうして15歳になった僕は、希望に胸を膨らませて旅に出た。
そんな僕は今、悪徳パーティにまんまと騙され、有り金全部奪われ上、迷宮の奈落に置き去りにされていた。
「くそ……何やってるんだ、僕は」
自分の浅はかさに嘲笑が込み上げてくる。
守るって約束した女の子まで奪われて、夢だったはずの迷宮に入ったのに、奴隷として使い捨てられた。
ブービートラップにハマって5メートルも落下し、底に突立っていた針山を奇跡的に避けたのは良いが、地上に上がる術がない。
ぐぅぅぅ、と腹の虫が鳴く。
昨日の昼から何も口にしていない。
もう体内時計も宛にならず、今が昼か夜かも分からない。
鼻がねじ曲がるような腐敗臭。
血がこびりついた赤い壁。
隣では、針に頭蓋を貫かれた骸骨が嗤っている。
「這い上がってやる……僕は、生きてやるんだ」
趣味&ロマン100%で書いてます(笑)。
メンタル弱いので評価していただけると幸いです。