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幸湖日記  作者: 炎華
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5.もうとっくに決めてたことだから

いつの間にか日が暮れて、辺りは暗くなっていた。

高く高く昇ってきたので、東京の夜景が一望できた。

あまりの絶景に、言葉を失ったまま、ぼんやり眺めることしかできなくなった。

俯せに寝転び、風に流されるままに移動していく。

先程両親と別れた所より、かなり上まで昇ったようだった。


  綺麗だぁ・・

  こんな高い所から眺められるなんてねぇ。


風が、髪を揺らす。


  あの場所に留まってたら、ずーっとあそこにいることになったってことだよね。

  だから、お父さんとお母さんが来たんだ。

  ・・久しぶりに会ったのに、やけにあっさりの再会だったなぁ。

  こー 事故に遭って今死んだ娘を「怖かったね」とか何とか言って、

  抱きしめるとか、うちの両親にはないのかね。


くるりと体の向きを変え、大の字になって暗い空を眺める。


  遠いなぁ。

  こんな上にいるのに、まだ上があるよ。


空に手を伸ばす。


  届くはずないね。


不思議なことに、同じ境遇の魂には出会わなかった。


  沢山浮いていてもいいはずなんだけど。


辺りを見回してみても、それらしいものは見えなかった。

何の音も聞こえない。

体がなくなったので、耳鳴りのきーんという音すら。

地上からのクラクションが、たまに聞こえてくるだけだった。


  耳鳴りも、聞こえるときは鬱陶しいと思ったけど、

  聞こえなくなると、なんか寂しいね。

  ・・・静かだなぁ。

  このままこうしていたいね。

  もう、死んだんだから、それでもいいかな。

  ・・・だんだん記憶も薄れていくような気がする。

  何か、大事なことを忘れているような・・

  何か・・・とても大事なこと・・・


ふわっと、風が何かを運んできた

手を広げると、『それ』は手のひらに舞い降りた。


  花びら。

  桜の花びらだ。


地上はどこも、満開の桜でいっぱいだった。


  こんな上まで飛んでくるんだなぁ。

  さくら・・

  そめい、よしの・・


地上からは、微かにサイレンの音が聞こえる。


  サイレン。

  パトカーかな。

  あれは、救急車か。

  救急車・・・


「みなみ!」

ともちゃんの呼ぶ声が、耳元で聞こえた気がした。

びくりとして上半身を起こす。

消えかけていた記憶が鮮明に蘇った。


  ともちゃん!


体が震えた。


  なんで、なんでこんな大切なことを忘れてるの?

  これが死ぬってことなの?

  行かなきゃ、早く!ともちゃんの所へ。


震えながら、ぐるりと体の向きをかえる。

光で溢れかえる東京の街。

赤いテールライト、白いヘッドライトの流れ。

窓からの明かりを規則正しく流して走る電車。

あの先が海だから、反対側は山。

山に向かうに連れて、光がだんだん少なくなってくる。


  私死んだの、まだ明るかったよね。

  時間の流れが早い?

  ・・・いやいや、そんなことを考えてる場合じゃない。

  ともちゃんを捜さなければ。

  ともちゃん、ともちゃん・・


ともちゃんの名前を心の中で繰り返すと、

何かに引っ張られるように体が(魂が)動き出した。


  あのまま記憶が薄れていって無くなってしまったら、どうなるんだろう。

  魂も無くなってしまったんだろうか。

  肉体がなくなった後も魂が残っているということは、

  ここに生まれてくる意義というものがあるんだろうか。

  だったら、それは何なんだろう。

  あっちへいけば、思い出すんだろうか。


気がつくと、家の近くの救急病院にたどり着いていた。

何の苦労も抵抗もなく、壁の中を通り抜け、

いとも簡単にともちゃんのベッドの脇に立つ。


途中、廊下にはともちゃんの両親がいた。

ハンカチを目にあて、義母は顔を上げない。

義父は黙ってその横に座り、床に目を落としたままだった。


  お義母さん、泣いてた。


集中治療室のともちゃんは、白い包帯だらけだった。

沢山のチューブに繋がれている。

それでも、規則正しい呼吸の音。


  ともちゃん・・

  すごく痛いんだろうな。


ベッドの脇に立て膝で座り、ともちゃんの頬に手を当てる。

温かい。


  なんで、わかるんだろ。


悲しいような嬉しいような気持ちで、そっと頬に当てた手を動かす。


  私は、痛かったのかな。

  あまりにも一瞬だったから、自分が死んだのもわからなかったし。

  痛いって感じもしなかったな。


ともちゃんのチューブに繋がれている腕のすぐ脇のベッドに頭を乗せた。


  お父さんが、ともちゃんが決めるって言ってたけど、

  今、死ぬか生きるかを自分で決められるってことなのかな?

  怪我が軽ければ死を選ぶことはできないし、重ければ生を選ぶことはできない。

  でも、ともちゃんは、今、どっちでも選べるってことなのかな。

  ともちゃんは、どっちを選ぶんだろう?


頬に当てた手を自分の頭の下で組む。


  こうすることもできなくなるね。

  もう少し、こうしてていいかな。


目を閉じ、ともちゃんの温もりを心に刻んだ。

ふわりと風が頬に当たって、

次の瞬間、頭に手の感触を感じた。


「みなみ。無事だったのか。よかった。」


動かないはずの腕で、ともちゃんが私の頭を撫でていた。

よく見ると、その腕にはチューブはなかった。

意識が戻っているわけではない。

ともちゃんの精神、魂というのか、が、私の気配を感じて、目覚めたのだ。


顔を上げ、私はゆっくり左右に首を振る。


  死んだ。


「えっ だって・・」


  お別れに、きた。


「嘘だ・・」

ともちゃんの顔が泣き顔にかわる。


  泣かなくて、いいんだよ。

  今までありがとう。

  とっても幸せだったよ。


「嘘だ。」

ともちゃんは顔に両手をあて、握り閉めた。

その姿に、泣いてるお義母さんが重なる。


私は死ぬ。

もうこの世からいなくなる。

ともちゃんは生きる。

まだこの世で生きていく。

一人で生きていく。

一人で・・


  ともちゃんが来るまで待ってようと思ったけど、やめる。

  私のことはもう忘れて、また誰かを好きになってください。

  その誰かを、私と、ううん、私より大事にしてあげてください。


涙が頬を伝う。

手の甲で拭う。

拭っても拭っても、次から次から涙は零れて落ちていく。


  ごめん。

  最期が泣き顔になっちゃったね。

  ・・・もう、逝くよ。


これ以上顔を見ていると、決心がにぶるし、

ずっと傍にいたくなる。

立ち上がり、ともちゃんに背を向けたとき、

「俺も逝く!」

なんだって?今、なんて?

驚いて振り返ると、まっすぐにこちらを見つめる目があった。

「俺も一緒に逝く。」


  な、何を言って・・

  だ、だめだよ!

  ともちゃんはまだ生きられるんだから・・


「関係ない!」


『ともちゃんは、自分で決める。』


父の声が頭の中に蘇る。


『ともちゃんは、自分で決めるから。』


「関係ないよ。

俺の人生だ。

どうするかは俺が決める。

みなみと一緒に逝く。

もうとっくに決めてたことだから。

あの車の中で。

いや、もっと前から。」




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