4.それは、ともちゃんが決めることだから
そのまま高く高く空に昇っていく。
風を感じるはずもなさそうだが、風をきって昇っていく感覚がちゃんとあった。
手を引かれながら、首だけひねって地上を見ると、
黒いスペーシアが、みるみる小さくなっていった。
ごめんね。
さようなら。
心の中で、スペーシアと自分だったものに言った。
そういえば、
お母さん達、なんだか若いんだけど。
両親は、首だけ曲げてこちらを見る。
「なに今頃そんなこと言ってるの?」
呆れたような顔をしたのち、苦笑いにかわる。
「もう死んでるんだから若くなってたっていいでしょ。」
そりゃ、そうだ。
あの世に行くと、そうやって若返ることもできるんだ?
「そうよ。もう肉体がないからね。」
「でも、今まで生きていた記憶はあるんだよ。
今は、みなみがわかる姿で来たんだ。」
私がわかる姿?
・・・それはどういう・・
「まぁ、逝ってみればわかるよ。」
父は少し笑って、前を向いた。
まだあの世に逝ってない私には、あまり何かを話せないのだろうか。
少しの間、風をきる音だけが耳に聞こえていた。
お父さん、お母さん。
呼ばれて、両親はこちらを見る。
ともちゃん、どうなった?
お父さん達なら、わかるでしょう?
「ともちゃんは・・」
二人は顔を見合わせる。
「ともちゃんは、生きてるよ。今は。」
今は?
じゃあ、これからどうなるかはわからないってこと?
両親は少しの間、黙っていたがやがて、
「それは、ともちゃんが決めることだから。」
と言った。
ともちゃんは、これから生きるか死ぬかを決められるってことなんだろうか。
今、そういう状態ということなんだろうか。
「先に行ってるよ。」
その声で、私は我に返った。
日本で一番高いビルの2倍くらいの高さまできたとき、
両親は、私の手を離した。
落ちるっ!と思ったが、私はそのままそこに浮かんでいた。
ほっとしたのも束の間、
今、「先に行ってる」って言った?
え?迎えに来てくれたんじゃないの?
「途中までね。我々はここまで。」
父が両手のひらをこちらに向けながら言う。
なんで?
これから、本当に誰も知らない所に行くのに?
いや、死んだ人達は知ってる所なんだけど。
私にはまだ死後の世界の記憶がない。
なんで?一緒に逝くよ。
「なに?子供みたいに。」
心細さが顔に表れていたのだろう。
母は笑いながら、私の頬に手を当てた。
「このまま逝ってしまっていいの?
これが最期になるんだよ。」
「最期に会いたい人とか、いないのか?」
「そうだよ。ともちゃんの様子を見てこなくてもいいの?」
瞬時に、ともちゃんの顔が浮かぶ。
救急車に乗せられるときの姿。
意識があるのかないのか、ずっと私を呼ぶ声。
ともちゃんの所へ行く!
・・でも、そんなことしていいの?
当たり前だろ、というように父が言う。
「いいんだよ。ただ、あまり長くここに留まるんじゃないぞ。
あの世に行けなくなるからな。」
隣で母が深く頷く。
わかった。
両親は片手を挙げて、私に背を向けた。
と、思ったら、
「ああ、そうそう。」
と、母がこちらを振り返る。
「橋の向こうで待ってる子がいるからね。
なるべく早く行ってあげて。」
と言って、再び背を向けた。