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89話:炎と焔

 大陸の南側。


 南方諸島と呼ばれる、数々の島が点在する海洋。そこは、古くから"魔女"達が支配する、魔の海域である。


 島々の西端、大陸と地続きになった半島の端の端。


 険しい山脈と深い樹海が侵入者を拒み、惑わせ、人はおろか魔物すら寄せ付けない秘境。


 立ち込める濃霧の中、障害をものともせずに進む二つの影があった。


「エステル、本当に道はこちらで合っているのか?」


「何? 疑ってる訳? 男だったらビビッてないで、黙ってアタシの言う通り進みなって」


 手の平に青白い炎を灯らせ、道を指し示す第四神託勇者エステル。


 エステルの言葉に眉をひそめながら先を歩くのは、剣聖エルドレッドだ。


 ポラリス正教会の円卓に名を連ねる両者は、山脈も樹海も軽々と乗り越え目的地へと足を進める。


「うーん……もうちょいで着きそうかも?」


「この先か」


 うっそうと茂る蔦のカーテンを、近くの大木ごと両断するエルドレッド。開ける視界、森を抜けたその先に寂れた洋館が姿を現す。


「ほら! ちゃんと着いたジャン!」


「ここが……」


 怪しく佇む洋館へと、手の平の炎をかざすエステル。すると、かすかに揺らめいていた炎は急激に勢いを増し、激しく燃え上がる。


「アタシの炎も強く反応してるし、もう完璧ここっしょ?」


「その様だな、では行くとしようか」


 洋館の入り口へと足を進めるエルドレッド。しかし、正面玄関は鋼鉄の扉により固く閉ざされている。


「うっわ、これ開かないんじゃない? ダルぅ……」


「任せておけ」


 鞘に手をかけ、静かに目を細めるエルドレッド。次の瞬間──


 キィンッ!!


 響き渡る金属音。そして、バラバラと崩れ去る鋼鉄製の扉。


 目にも止まらぬ居合い抜きで、鋼鉄の扉を斬って捨てたエルドレッドは、そのまま無遠慮に洋館へと足を踏み入れる。


「うーわ、今のはマジで引く……乱暴すぎじゃん?」


「時間が勿体ない、最高効率でいくべきだ」


 続いて洋館へと足を踏み入れるエステルだが、エルドレッドから静止の声が上がる。


「待て、何か来るぞ」


「霧……じゃなくて妖霧?」


 広いエントランスに突如として立ち込める白い霧。妖霧と呼ばれる魔力を伴ったその霧は、次第に集まり実体を伴っていく。


「ニャアウゥ……」


 妖霧によって構成された半透明の体を漂わせ、低い鳴き声を上げる人の身の丈程もある巨大な猫。


「こいつは、グリマルキンか」


「魔女の使い魔ね、生意気にアタシ達を威嚇してるし」


 次々と集まる妖霧。数秒後には、エントランスを埋め尽くすほどのグリマルキンが現れる。


「きっしょ! あーもう、秒で片付けるから」


 腰元から銀で編みこまれた鞭を引き抜いたエステルは、素早い動作で振り回す。


「一人で大丈夫か?」


「はぁ? アタシを誰だと思っている訳?」


「あぁ、心配は無用だったな」


 腰に手を当て不機嫌そうに表情を歪めるエステルを、静かに宥めるエルドレッド。


「では俺は、反魂の回収に向かおう」


 言うと同時に風を切り走り出すエルドレッド。グリマルキンの間を縫い、洋館の奥へと駆け抜ける。


 一瞬遅れてエルドレッドへ襲い掛かるグリマルキン達。しかし、鋭く振るわれた銀鞭がそれを阻む。


「何? アタシに背を向けるなんて、随分余裕じゃん?」


 鞭の表面をなぞり、燃え上がる青白い炎。


 熱を持たないその炎は、洋館の床や壁を燃やすことはない。しかし──


「ニャガアアァァァッ!?」


 鞭に打たれたグリマルキン、その幽体が炎に包まれていく。


「さ、ちゃちゃっと片付けちゃうわよ」


 鞭をしならせ、第四神託がその力を振るう。



 ★ ★ ★ ★ ★ ★



 一方、洋館内の通路をひた走るエルドレッド。


「お、ここか?」


 通路の端、一際荘厳な扉の前で足を止める。


「行くか」


 躊躇うことなく、周囲の壁ごと扉を切り捨てたエルドレッドは、扉の先へと足を進める。


 調度品も装飾品もない整然とした室内。その中央に置かれた長方形の棺。


 蓋を開けたエルドレッドは、小さく笑みを浮かべ口を開く。


「見つけた……」


 棺の中、生気のない顔色で横たわる少女。


 黄緑色の長い髪をツインテールに結わえ、だぶついた服を着て横たわっている。


「これが、反魂の魔女ベラトリックスの()()か」


 小さく呟き蓋を閉め、そのまま片腕で軽々と棺を抱え上げるエルドレッド。踵を返し洋館を駆け戻るが、エントランスの手前で足を止める。


「おいおい……やりすぎだ……」


 呆れるエルドレッドの視線の先で、青白い炎に包まれるエントランス。


 その中心で優雅に鞭を振るうエステル。周囲では炎に焼かれたグリマルキンが次々と燃え散っていく。


「戻ったぞ」


「へぇ、早かったじゃん」


「ただ回収してきただけだからな。それより、これはやりすぎだろう」


「イイじゃん別に、もう二度と来ることもない訳だし? どうなったってさ」


 鞭を一振りし、燃え盛る青白い炎を一瞬で収めるエステル。エルドレッドと共に洋館を後にするが、外に出たところで足を止める。


「ほう?」


「ヤッバ、見つかっちゃってんじゃん」


 エステルとエルドレッドの視線の先。ゆっくりと空から舞い降りる一人の少女。


「アンタ等、ウチの体に何の用か知らんけどな、タダで帰れると思うなや?」


 エルドレッドの持つ棺、その中で横たわる少女と全く同じ顔形をした半透明の少女は、全身から鋭い魔力を迸らせる。


 怒りをあらわに、緑色の炎を立ち昇らせる、魔女ベラトリックス。


 熱を持たない緑色の炎は、周囲の草木を燃やすことなく輪を描き燃え広がり、エステルとエルドレッドを取り囲む。


「これが、反魂の魔女ベラトリックスの"幻炎"か」


「何や? ウチの幻炎を知っとるんか? せやったらアンタらじゃ敵わんことも分かるやろ?」


 ベラトリックスの挙動にあわせ、無数に浮かび上がる緑色の火球が、周囲を怪しく照らす。


「さっさと降参し、今やったら半殺しくらいで済ませたってもええで」


 余裕の表情で問いかけるベラトリックス。しかし、次の瞬間その表情を曇らせる。


「降参? 冗談っしょ?」


 声と共に振るわれる銀鞭。


 鞭の軌道にそって、輪を描き広がる青白い炎。

 

「何やてっ、その炎は!?」


 緑と青、二色の炎がぶつかり合い、激しく弾け飛ぶ。


「どうしてアタシがこの場所を突き止められたか、不思議に思わない訳?」


 鞭の動きにあわせて、渦を巻く青白い炎。


「アタシも同じ系統の力を使えるんだよね。ってかさー」


 第四神託勇者。


 またの名を。


 幻焔の勇者エステル。


「アタシの焔の方が、強いんじゃね?」


 その青白い輝きが、魔女ベラトリックスに襲いかかる。

ここまで読んで下さりありがとうございました。次話もよろしくお願いします。

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