88話:三人目のパーティ
夕暮れに染まる地平線。
荒野を歩く巨大な影。
太陽に照らされ、赤く輝くアークトゥルス。その肩に座り、のんびりと沈む夕日を眺めるスピカ。
(あー……もうすぐ帰れるー)
《そうね、今回はかなり危なかったわね。まさか魔物の砦に連れ去られるなんてね……》
(でも無事に帰れてるし、アークトゥルスも一緒だし、結果オーライだよね)
《何て行き当たりばったりな……いつか本当に死んじゃうわよ?》
村への帰路、他愛もない会話を続けるスピカとトレミィ。
上空を羽ばたくウラノスの背では、舟をこぐジェルミーナが。先を進むプルートの背には、進路を確認するリゲルと、ボーっと虚空を見つめ続けるシャウラが。思い思いに帰りの道中を過ごしていた。
(そうだ、あの魔女はどこに行ったのかな?)
《あぁ、ベラトリックスって名乗った魔女ね? 正直魔女なんて関わらない方が良いと思うわよ》
(そうなの? ベラトリックスも私のパーティに入って欲しいなって思ったんだけど……)
《ちょっ!? 相手は魔女なのよ? パーティって……》
声を上げて驚くトレミィだが、スピカはキョトンとした表情を浮かべる。
(おかしいかな?)
《おかしいわよ! どうしてよりによって魔女なのよ?》
(だって……何だか幽霊みたいだったから、毒とか効かなそうで良い感じだったし? それに、もうお友達になったし!)
《お友達って……》
「ゴッ!」
トレミィが呆れた声を上げるのと同時に、突如として動きを止めるアークトゥルス。
「あれ、どうしたの?」
「ゴー……」
何事かと尋ねるスピカだが、頭部を一点に向けてじっと動かないアークトゥルス。先行していたリゲルも、振り返り声を上げる。
「何だ? 何かあったか?」
「うーん、突然止まっちゃって」
怪訝な表情を浮かべながら、プルートを操りアークトゥルスの元へと戻るリゲル。じっと動かないアークトゥルスの頭部を撫でていたスピカは、ふと閃いた表情を浮かべる。
「そう言えばリゲル、アークトゥルスにはウラノスのブレスが効かなかったんだよね?」
「何だ突然? まあ効かなかったが」
「そっかそっか……」
一人小さく頷くスピカに、トレミィも訝しげな声を上げる。
《スピカ、どうして急にそんなことを?》
(うん、良いこと思いついたかも……)
ニヤリと笑みを浮かべ、アークトゥルスへと顔を向けるスピカ。
「ねえアークトゥルス、私と──」
口を開いたスピカだったが、直後に大きな衝撃に見舞われる。
「ゴゴッゴウオォ!!」
「わぁっ!?」
《ぴみゃっ!?》
突如として体を反転させ、激しく腕を振りかぶるアークトゥルス。
肩に乗っていたスピカは、反動で地面に滑り落ちてしまう。
「何だ! どうした!?」
声を上げるリゲルの後ろで、シャウラがそっと地平線を指差す。
「あっち…………敵…………」
地平線から姿を現す、武装した人間の小隊。コントラカストラ防衛軍の鎧に身を包んだ集団が一斉に矢を放つ。
降り注ぐ矢を、全身を盾にし受け止めるアークトゥルス。黄金に輝く鉄壁の防御は、数多の矢を軽々と弾き返してしまう。
「痛ったぁ」
《ぴックリしたわ……》
(……ぴっくり?)
《まっ、間違えたのよ! ゴーレムのせいでビックリしたのよ!!》
頭をさすりながら、そんな会話を繰り広げるスピカとトレミィ。矢を受け止め続けるアークトゥルスは、頭部だけを回転させて幾何学模様をスピカへと向ける。
「ゴォ……ゴヌン……」
(ほら、ごめんって謝ってるよ)
《違うでしょ! 何よ「ごぬん」って!?》
攻撃を受けているにもかかわらず、危機感のない様子のスピカ。一方リゲルは冷静に状況を分析しながら、空へと声を張り上げる。
「ヴァン・デスティーユから追って来たのか? ウラノス! ちょっと行って蹴散らしてこい!」
「グオオォォンッ」
ぐっすりと寝むるジェルミーナをプルートに預け、地平線へと飛び去っていくウラノス。
数秒後、紫色の禍々しいブレスが地平線に迸る。
「はっ、大したことなかったな」
「まだ…………生きてる…………みたい…………」
シャウラの視線の先、ブレスを逃れた防衛軍の生き残りが、必死の形相でスピカ達の方へと迫る。
「しぶといな、誰か相手するか?」
「私が…………行こうか…………?」
プルートから降り立つシャウラを、スピカの声が制止する。
「私が行くよ! アークトゥルス、一緒に戦おう?」
「ゴッヒュフゥ!」
両腕を振り回し、スピカを肩に乗せ直したアークトゥルスは、一目散に駆け出していく。
《スピカ、夜でもないのにどうして一緒に?》
(だって私は勇者だからね、仲間と一緒に戦うのは当たり前でしょ?)
《仲間って……魔物なのよ?》
(魔物だって関係ないよ! 人間だって亜人だって魔女だって、何だってね!)
スピカとトレミィが言葉を交わす間にも、次々と人間を吹き飛ばしていくアークトゥルス。その肩で、満面の笑みを浮かべるスピカ。
「アークトゥルス!」
大きな声を上げるスピカ。
「ゴゴ?」
「私とパーティを組もうよ!」
《ちょっと!》
突然のスピカの言葉に、驚きの声を上げるトレミィ。
「ゴッゴオォッ?」
「私とリゲルとシャウラがパーティなの! アークトゥルスも一緒にどう?」
《これ以上変なパーティを作ってどうするの! ただでさえ変人ばっかりなのにっ》
苦言を呈するトレミィの声を聞きながら、アークトゥルスへとキラキラした瞳を向けるスピカ。そして、その様子を後ろから楽し気に眺めるリゲルとシャウラ。
「おい、スピカが元モンスターロードをパーティに勧誘してるぜ?」
「うん…………前代未聞…………そんな勇者…………誰もいない…………」
「まぁ、アークトゥルスは元々俺のものだし、別に異論はねえけどよ。やっぱアイツ普通じゃねえな」
「うん…………スピカ…………らしい…………ふふふっ…………」
《ダメだわ、やっぱりあいつらも変人だわ……》
後ろの変人二人の会話に、頭を悩ませるトレミィ。
「ね! 一緒にパーティを組もう!!」
「ゴッフホオオゥッ!!」
承諾の意を示す様にグルングルンと頭部を回転させ、嬉々として追っ手を蹴散らしていくアークトゥルス。
(やった! また私のパーティが増えたよ!!)
《あぁ……どんどんおかしなパーティになっていくわ……》
嬉しそうなスピカの脳内に、トレミィの嘆き声が静かにこだまする。
こうして、勇者スピカのパーティに三人目のメンバーが加わった。
ここまで読んで下さりありがとうございました。次話もよろしくお願いします。