87話:ヴァン・デスティーユの攻防 ~撤退~
撤退!!
立ち込める靄を振り払い、聳え立つ黄金の巨体。
打って変わり静まり返る戦場の中心で、ゴーレムは静かに佇む。
「…………ゴーレム…………が…………」
「金色になってしまいました……」
静寂に響く、シャウラとジェルミーナの声。
(金ぴかだ……金ぴかゴーレムになっちゃった……)
現れたゴーレムの姿に目を丸くするスピカ。脳内ではトレミィの声が響く。
《あら? ちょっと待って……これって、何の解決にもなってないんじゃないかしら?》
「ゴ……」
環視の中、おもむろに動き出すゴーレム。
《結局、もっと強いゴーレムが生まれちゃっただけなんじゃないの!?》
(確かに! そうかも!?)
トレミィの言葉に慌てて高度を下げるスピカ。その間も動き続けるゴーレムは、ゆっくりとリゲルに迫る。
徐々にリゲルとの距離を詰めていくゴーレム。その背後から、地の底から響く様な声が上がる。
「アークトゥルス!!」
アンデットの群れを掻き分けながら、怒りの様相で声を荒げるアナスタシオス。
シャウラによって一度は魔力を霧散され、骨格を白く染めていたアナスタシオスだが、沸き上がる魔力を滾らせ、再び全身を禍々しい紋様で染め上げている。
「骸骨…………しぶとい…………綺麗に…………浄化して…………あげたと…………思った…………のに…………」
「カッ! 貴様如きに浄化される我輩ではない!!」
立ち昇る魔力を振り乱し、アナスタシオスが叫ぶ。
「アークトゥルス! 貴様その姿は何だ!?」
「ゴ……ゴオォ……」
アナスタシオスの激しい叱責。しかし、鈍い反応を示すだけの黄金のゴーレム。
その様子に苛立ちを募らせながら、リゲルとシャウラへ杖を向けるアナスタシオス。
「まあ良い、貴様のことは後だ! 先に滅ぼさねばならぬ者がおる!!」
振り上げた杖の先端から、漆黒の炎が湧き上がる。激しい燃焼音を上げ、一気に膨れ上がる火球。
「借りは返させてもらおう、まずは貴様だ!!」
(まずい!)
《スピカ、急いで!》
眼孔を光らせ炎を放つアナスタシオス。咄嗟に飛び込んでいくスピカだが、それよりも速く地を溶かし迸る獄炎。
注がれる魔力に比例して勢いを増す炎だが、燃え進む半ばで巨体に阻まれる。
「ゴオォッ!」
斜線上に割って入り、輝く背で炎を弾き飛ばす黄金のゴーレム。
(《えっ!?》)
「何!? アークトゥルス、貴様何をしておる!」
怒声を上げるアナスタシオスに背を向け、ゴーレムはリゲルの前で静かに構える。
「へぇ……お前、アークトゥルスってのか?」
「ゴッゴ」
低く唸り声を上げ答える、黄金色と化したアークトゥルス。
「なぁ、お前もう俺達を攻撃しねえのか?」
「ゴッゴゴ」
再び唸り声を上げるアークトゥルスは、頷く様に頭部を縦方向に回転させる。その様子にを見たリゲルは、ニヤリとあくどい笑みを浮かべる。
「ハッ、おい骸骨野郎! コイツ、もうテメェの知ってるアークトゥルスじゃねえみたいだぜ?」
「何だと?」
怪訝な声を上げるアナスタシオスに対し、自慢気に腕を振りかざしながら答えるリゲル。
「テメェ等の仲間だった銀色のアークトゥルスは、俺の持ってたゴーレム核が飲み込んじまったよ。コイツはその核から再生した新しいゴーレムだ。言ってみれば、新アークトゥルスだな」
「馬鹿な! アークトゥルスを倒したと言うのか!? あの鉄壁のアークトゥルスを? 貴様ら如きにそんなことがっ……」
「まあ、俺は天才だからな」
腕を組み、コートをはためかせながら不敵な笑みを浮かべるリゲル。その姿に、アナスタシオスが悟った声を上げる。
「練成陣の刻まれたコート……貴様まさか、アウルゲルミルの狂人か?」
「まあ、そんな風に呼ばれてたこともあるな」
「リゲル…………有名人…………だね…………」
「うるせぇっ」
悪態をつきながらアークトゥルスへと近づき、巨大な足をペチペチと叩くリゲル。同時に降下してきたスピカが、アークトゥルスの肩へと降り立つ。
《ちょっとスピカ、そんな無防備に!》
(リゲルが普通に触ってるから、きっと大丈夫だよ。大人しそうな子だよ?)
《子って……そんな可愛いもんじゃないわよコレは……》
呆れるトレミィを他所に、楽し気に声を上げるスピカ。
「アークトゥルス、カッコ良い名前だね! アークトゥルスは、もうあいつ等の仲間じゃなくなったんだ?」
「ゴゥォオン」
頭部に浮かぶ球体をスピカに擦り寄らせ、幾何学模様を明滅させるアークトゥルス。発育の良いスピカの胸元にグイグイと球体を押し付け、くぐもった声を上げる。
「ゴッホォ……」
《ちょっと! 何かエロいわよコイツ!!》
「きぃっ! スピカ様に何てことを、あのゴーレムは邪悪です!!」
スピカの脳内で叫ぶトレミィと、上空で騒ぎ立てるジェルミーナ。しかし、当のスピカは気にした風もなく、アークトゥルスの頭部をペチペチと叩く。
「アークトゥルス、面白いね! あいつ等の仲間じゃないならさ、私達と一緒に行こうよ!」
《ちょっと!?》
「スピカ様!?」
唐突なスピカの勧誘に、声を上げて驚くトレミィとジェルミーナ。
「おい! 俺が創ったゴーレムだぞ、俺のものに決まってんだろ!!」
「ふふっ…………スピカ…………面白い…………やっぱり…………普通じゃない…………ふふふっ…………」
憤りながら自分の権利を主張するリゲルと、スピカの奇行に笑うシャウラ
「ゴゴゴオオォォンッ!」
そして、グルグルと頭部を回し、体を明滅させながら声を上げるアークトゥルス。
「よし決まり! 今日からアークトゥルスも──」
満面の笑みで口を開くスピカ。しかし、次の瞬間大地を震わせる衝撃波が迸る。
地面に杖を打ちつけ、ドス黒い魔力を立ち昇らせるアナスタシオス。
「貴様等! 勝手なことを抜かすな!! アークトゥルスは我々の物だ、今まで通り我輩に従うのだ、アークトゥルスよ!!」
叫びと共に、杖の先端から魔力の波動が放出される。
周囲を暗く染める程の濃密な魔力。
しかし、何かしらの現象や異変が起きることはない。
「なるほど……テメェさては、コイツに支配か洗脳系の魔法でもかけてやがったな?」
「なっ、何故だ!? 何故動かぬ!」
じっと動かないアークトゥルスを見て、驚愕の声を上げるアナスタシオス。
「残念だったな。テメェの粗末な魔法は、俺の実験で消し飛んじまったらしいぜ?」
「粗末? 粗末な魔法だと!? 偉大なる我輩の魔法を!!」
「さて、あのアホ骸骨はもう放置だ! スピカも助け出した、仲間は全員無事だ、おまけに俺の実験も大成功、もうここにいる理由はねえ──」
怒気を放つアナスタシオスを無視し、言葉を切ったリゲルは、一呼吸おいて声を張り上げる。
「総員撤退!」
リゲルの号令にあわせて、アンデットの群れを切り裂きながら、砦の外へと駆け抜けるプルート。
上空から先行し、低空飛行でアンデットを薙ぎ払いながら退路を切り開くウラノス。
リゲルとシャウラを肩に乗せ、進路上の障害を蹴散らし走り抜けるアークトゥルス。
「馬鹿な! こんな馬鹿なことがあるか!!」
声を荒げ、黒い雷を無尽に走らせるアナスタシオス。しかし、殿で上空に舞い上がったスピカが、目にも止まらぬ剣筋で全ての雷を切り払ってしまう。
「それじゃあ、アークトゥルスは貰っていくね!」
星の力を宿し、振るわれる星剣アステル。
雨の様に降り注ぐ光の斬撃。
縦横無尽に駆け巡る星の魔法。
「おのれ! おのれえええぇぇぇっっ!!」
スピカの猛攻によって狂瀾に陥る中、アナスタシオスの絶叫が響き渡る。
こうして、スピカとその一行は、崩壊していくヴァン・デスティーユ砦から撤退したのだった。
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