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82話:ヴァン・デスティーユの攻防 ~空中戦~

 砦上空で静かに戦況を眺めるスピカ。


 視線の先では、大勢の人間が砦内部へとなだれ込んでいた。


(あんなに沢山人間が……きっとまたリゲルが何か企んだのかな?)


《企むって……どれだけしっちゃかめっちゃかにするつもりなのよ》


(でもお陰で脱出できそうだし、後はこの混乱に紛れて逃げるだけ……だとと思ったんだけど──)


《うん?》


 途中で言葉を切ったスピカに、疑問の声を上げるトレミィ。当のスピカは上空に視線を向け、腰元の剣に手をかける。


「そう簡単には逃がしてくれないみたい」


「あら? ちゃんと分かってるじゃないのさ」


 声と共に、夜空を舞う極彩色の翼が、大気を巻き上げながらゆっくりと降下する。


「あっ、あの時の鳥だ!」


「鳥じゃないわよ! エリスカリス様よ!!」


 甲高い声を上げながら、スピカを睨み付けるエリスカリス。


 降下する姿勢のまま速度を上げると、両足の爪を槍の様に尖らせ、スピカへと襲い掛かる。


「あっぶ!」


 咄嗟に体を捻ったスピカは、遠心力を利用しエリスカリスの両足を蹴り上げる。軌道が反れたことですれ違う形となった両者は、振り向き様に睨み合いながら空中で対峙する。


「あんた空を飛べたのね。それに、あの時より随分強いんじゃない? もしかして手を抜いてたってこと?」


「手は抜いてないよ。今は星空が綺麗だから、調子が良いだけ」


「はぁ? 意味分からないけど……あんた、のこのこ空の上まで出てきちゃって良かったのかしら? ついでに無駄に光ってるし、狙って下さいって言ってる様なもんだよ」


 四枚の翼を大きく広げ、堂々たる構えでスピカの前に立ち塞がるエリスカリス。


「私がいることを忘れてたのかしら? だったら二度と忘れられない様に、もう一度痛い目にあって貰おうじゃない!」


 言葉と共に放たれる強烈な殺気。対するスピカは、ゆっくりと剣を引き抜き油断なく構えると、小さく口を開く。


「そっちこそ、のこのこ私の前まで出てきちゃって良かったの?」


「……どういう意味かしら?」


 ピクリ、とこめかみに筋を浮かべるエリスカリス。一方のスピカは涼しい表情のまま姿勢を低くする。


「だって……ここからはもう、私のターンだよ?」


 ニヤリと笑みを浮かべ、次の瞬間には一瞬で最高速度まで加速するスピカ。


 光の残像を残し一瞬でエリスカリスに迫ったスピカは、目にも留まらぬ速度で剣を振るい、縦一文字に切りかかる。


「くぅっ!?」


 素早い動きで翼を折りたたみ、体を反転させながらスピカの一撃を回避するエリスカリス。空振った剣は、そのまま宙を切り──


 ザドンッ!!


 剣の軌道にそって放たれた光の斬撃。


 以前とは比べ物にならない大きさで放たれたその斬撃は、軌道上にあった砦の尖塔を一刀両断し、そのまま地面を蠢くアンデットの群れをなぎ払う。


 地面に残る巨大な斬撃の跡。想定外の威力に、呆然と地表を眺めるスピカとエリスカリス。


「なっ、何よ今の……」


《何これ? 今までとは桁違いの威力じゃない!》


(うん、ちょっと予想外だったけど、たぶん……)


 心の中で呟きながら、そっと手元へ目をやるスピカ。


(きっとこの剣の力だね)


 夜空を映す鏡の様に、幻想的に輝く星剣アステル。


《剣の力?》


(星剣の名に偽りなしだね、振った瞬間に星の力が凄く馴染んだもの。というかちょっと力を吸われてる感じがするから、あまり無茶な使い方はできないかも)


 軽やかに空中を回りながらアステルを振り回すスピカ。一振りごとに光の跡が空中に煌めき、美しいヴェールを描く。


 機嫌良くアステルを振るスピカだったが、その耳へ甲高い叫び声が突き刺さる。


「随分余裕じゃない! 調子に乗るんじゃないわよ!!」


 先程とは比較にならない速度で、大気を切り裂きながらスピカへと襲いかかるエリスカリス。


 素早い反応でカウンター気味に剣を振るスピカだが、わずかな翼の動きだけで体全体を回転させたエリスカリスは、紙一重で躱すとそのままの勢いで豪脚を振り下ろす。


「そらぁっ!!」


「ぐぅっ!」


 咄嗟に剣で受け止めたスピカだったが、勢いの乗った攻撃に押し込まれる。加えて、踏ん張りのきかない空中だったこともあり、砦の外壁まで吹き飛ばされる。


「痛ったぁ!」


 砕けた外壁に埋もれるスピカ。そこへ、息つく間もなくエリスカリスが迫る。


「まだまだ、休ませやしないよ!!」


《まずいわっ》


(分かってる!)


 間一髪、跳ね起きたスピカが回避した直後。スピカの埋もれていた場所をエリスカリスの豪脚が貫き、外壁を粉々に砕く


「ちぃっ、避けられた」


(危っない! 思ったよりも速くて強いかも、これは空中戦は不利かな……)


 体勢を立て直したスピカは、マントを翻しながら垂直に壁を駆け回る。走りながら両手に力を集めると、すぐ後ろに迫るエリスカリスへ向けて、立て続けに剣を振るう。


 剣の軌道にあわせて、幾重にも舞う光の斬撃。


「はっ、何度も同じ手が通用すると思わないことね!」


 スピカの背後まで迫っていたエリスカリスは、砦との距離を取ることで斬撃を回避する。そのまま距離を維持すると、四枚の翼で竜巻を起こし、スピカへ目掛けて勢い良く放つ。


「遠距離攻撃は、あんただけのものじゃないってことさ」


「そんなことは、分かってるよ!」


 竜巻の接近を察知し、壁を蹴って空中へと躍り出るスピカ。狙いを外し外壁にぶつかった竜巻は、石材を巻き上げ地を抉り取る。


(うわぁ、凄い威力)


《あんなの、いくらスピカでも食らったらひとたまりもないわ》


 石や地面を抉る程の威力に、目を丸くするスピカ。その隙に高度を上げたエリスカリスが、体を下に向け急降下で襲い掛かる。


「隙だらけだよ!」


 全身を竜巻で覆ったエリスカリスが、一直線にスピカへと目掛け落下していく。


 窮地、にもかかわらず余裕の表情を崩さないスピカは、エリスカリスから目を離すことなく左手を振るう。


「そっちこそ、隙だらけだよ!」


「何を──? ぶっふぅっ!?」


 急降下するエリスカリス右頬で突如弾けた光。その衝撃に、軌道を狂わせられたエリスカリスは、たまらず砦の外壁に激突する。


 揺れる視界で何とかスピカを捉えると、視界の先ではスピカの手元で光り輝く球体が映る。


 スピカの手の動きにあわせて周囲を飛び回る光の玉。その光景から、自身が光の玉によって攻撃を受けたのだとようやく理解したエリスカリス。


「ばっ、馬鹿な、あんなものいつの間に」


「さっき切りかかった時に、こそっとね」


 戦闘の最中、切りかかるタイミングで死角から放っていた星の魔法を使い、見事不意打ちを食らわせたスピカ。役目を終えた魔法を消滅させると、再び剣を構える。


 未だ衝撃に揺れる頭を振り回し、無理やり意識を覚醒させたエリスカリスは、殺気を漲らせながら空へと舞い上がる。


「許さないよあんた、生きて帰れると思わないことだね!」


「そっちこそ、無事に帰れるとは思わないほうが良いよ?」


 両者の言葉を合図に、再び空中で激突するスピカとエリスカリス。


 凄まじい速度で振るわれるスピカの剣。それを躱し、いなし、見事に防ぐエリスカリス。


 一方、エリスカリスの鋭い蹴り、次々と放たれる竜巻を、斬撃を放ち相殺するスピカ。


 一進一退の攻防を繰り広げる両者だが、次第に形勢が傾く。


 抜群の戦闘センスを持つスピカだが、空中戦においてはエキスパートであるエリスカリス。


 その無駄のない空中での動き、巧妙に織り交ぜられたフェイント、そして圧倒的な膂力のコンビネーションを受け、徐々に防戦に回されるスピカ。


「こんなものかい? 大したことないじゃないのさ!」


(ううぅっ、やっぱり空中戦は不利だ……)


《スピカ、何とかしないと!》


「そろそろ止めといくかい? そらぁっ!」


 翼をぶつけ大気を破裂させることで、スピカの体勢を崩すことに成功したエリスカリス。止めを刺すべく、鋭い爪の並んだ脚を空高く振り上げる。


 対するスピカは、体勢を崩しつつも脚が振り上げられた一瞬の隙に、二つ目の星の魔法を放つ。


「同じ手は通用しないって言ったでしょうが!」


 振り上げる途中の脚を強引に下ろしたエリスカリスは、星の魔法を蹴り飛ばしてしまう。


 激しい音を立て霧散する魔法、飛び散った粒子が周囲を明るく照らす。


 直後、夜を照らしていた光を切り裂き、輝く刃が一直線にエリスカリスへと迫る


「なっ!?」


 正確に顔面へと飛ばされた剣を、首を捻り強引に躱したエリスカリス。しかし、不十分な態勢では完全に躱しきることができず、頬からは鮮血が迸る、


「生意気っ」


 怒声と共に、猛禽類を思わせる鋭い視線がスピカへと向けられるが、直後その声が驚きのものへと変わる。


「なっ、どこに!?」


 いるはずの場所から忽然と姿を消したスピカ。倒すべき獲物を見失いキョロキョロと周囲を見回すエリスカリスの耳に、頭上から声が降り注ぐ。


「こっちだよ!」


 魔法により注意を引き付け。加えて剣を投擲するという、常識外れの行動で動揺を誘う。そうして作った僅かな隙に、死角からエリスカリスの頭上へと移動したスピカ。


 降下する勢いを利用し空中で体を回転させると、遠心力の乗った足を振り上げ、エリスカリスの首元を目掛けて蹴り下ろす。


 いわゆる、かかと落としである。


「があぁっ!! くっうぅ!?」


 星の力により強化されたスピカのかかと落としを、首筋にもろに受けたエリスカリス。脳を揺らされ、空中をフラフラと漂うが、そこへ再び頭上からスピカの声が響き渡る。


「まだまだ!!」


 回復する間も与えず、無防備な背中へと飛び掛るスピカ。光の尾を引きながら、両足を揃えて一直線に蹴り込む。


《ドロップキック!?》


「くっ、くそああぁぁっ! ああぁっ!!」


 衝撃波を生むほどのスピカのドロップキックを受け、怒りに声を上げながら地上へと落下するエリスカリス。


 砦の外壁を突破ると、そのまま地面へと吸い込まれていく。


《やったわスピカ! 倒したわよ!!》


(うん、リベンジできたね)


 空中で一人拳を握るスピカ。ふと何かを思い出した様に、上空へと目を向ける。


(そういえば、忘れるところだった!)


 徐に手を伸ばすと、見事なタイミングで落下してきた星剣アステルの柄を掴み取り、勢い良く数回素振りをしてゆっくりと鞘に納める。


(良し、ナイスキャッチ!)


《ちょっと、どれだけ高く投げ飛ばしてたのよ!》


(思いっきり投げたから、無くさなくて良かった)


 ホッと笑顔を浮かべながら、ゆっくりと降下していくスピカ。


《あら、どうして下りるの?》


(狙い通りなら、向こうも決着がついてると思うからね)


《?》


(フフッ、まあ見てのお楽しみかな)


 疑問符を浮かべるトレミィに、笑顔で語りかけるスピカ。


 ヴァン・デスティーユ砦、上空での攻防。


 エリスカリスとの激戦を制したスピカは、ゆっくりと地上に舞い降りるのだった。

ここまで読んで下さりありがとうございました。次話もよろしくお願いします。

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