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81話:救出作戦 ~誘引~

通称、邪悪(ジャーク)エルフ、です。

 時は遡り。


 ヴァン・デスティーユ砦でのスピカ救出劇からおよそ二日前。


 人間側勢力の拠点、城郭都市コントラカストラの外縁部。大陸中央に続く森林地帯の手前に、鎧を着込んだ一団が集結していた。


 一団の中心部。豪奢な馬車から降り立つ、赤を貴重とした派手な衣装に身を包んだ小太りの男。


 城郭都市コントラカストラの盟主、ダマダルが口を開く。


「軍隊長よ、準備は滞りない様だな」


「はっ、全て整っております」


 ダマダルの言葉に気勢良く答え、恭しく敬礼をする白髪交じりの男。コントラカストラ防衛軍を取り仕切る軍隊長である。


 軍隊長の礼に倣い、周囲で待機していた兵士達も同様に頭を下げる。


「皆の者、ご苦労だった」


 片手を上げ兵士達に労いの言葉をかけたダマダルは、そのまま正面の森へと目を向ける。


「まったく……ここ最近は亜人共が次々と逃げ出しおるせいで、こうした楽しみも減っておったからな。おまけに西の地に亜人が村を作ったという噂もある、虫唾が走りおるわ」


「仰るとおりです。亜人の奴隷兵共が逃げだした影響で、コントラカストラの防衛戦力が随分と手薄になりましたから。ダマダル様には窮屈な思いをおかけいたしました」


 ダマダルの言葉に、軍隊長も首肯しつつ同意を示す。


「ふざけおって。亜人などワシ等人間の手となり足となり盾となり、奴隷として使われておれば良いのだ」


「軍の再編にも随分時間と労力を取られましたが、ここ数ヶ月防衛に徹したお陰で、我々がこうして護衛に出られる程度には戦力の補充ができました。本日は存分にお楽しみ下さい」


「数ヶ月ぶりか、腕が鳴りよるわ」


 軍隊長から渡された小型の細剣を軽く振り、感触を確かめるダマダル。


「では、亜人狩りを楽しむとしようではないか、ゲッゲッゲッ」


 下卑た笑い声を上げるダマダルを先頭に、一団は森へと分け入っていくのだった。



 ★ ★ ★ ★ ★ ★



 ダマダルを囲む様に陣形を取り、木々の間を進むコントラカストラ防衛軍一団。


 森へと突入し数刻、陣形の中央ではダマダルが不機嫌に声を荒げていた。


「どうなっておる! 一匹も獲物が見つからぬではないか!!」


「亜人共、コントラカストラだけではなく、この辺り一帯から逃げ出しているのかもしれませぬ」


「久方ぶりの亜人狩りだというのに、興が冷めるではないか!」


 細剣を振り回し、憤りをあらわにするダマダル。そこへ、一人の兵士が進行方向から駆け戻ってくる。


「ダマダル様。少し進んだ先に、亜人のものと思しき小さな足跡が見つかりました」


「本当か!」


 一転して喜色を浮かべたダマダルは、一団を率いて森の中を闊歩する。


「小さな足跡か、中々に期待できるな。ハーフリングか獣人かドワーフか、あるいは……」


 嬉々として声を上げ、肉のついた頬を引きつらせるダマダル。卑しく舌なめずりをしながら、報告のあった足跡の地点を目指す。


「エルフならば大当たりだな、特に若い女のエルフはワシの大好物だ」


「間もなく足跡の地点です!」


 兵士に導かれ、足跡の現場まで辿り着く一団。兵士を掻き分け進み出たダマダルは、じっと足跡を見つめると、歪に唇をゆがめる。


「これが例の足跡か……確かに小さい、そしてまだそう古くはないな」


「はい、この近くに隠れ潜んでいる可能性も十分にあります」


「ゲッゲッゲッ、どこにおるのだ……」


 木々の間にねっとりと視線を這わせるダマダル。そこへ、別の兵士が木々の間から現れる。


「ダマダル様、前方で人影を見たとの報告がありました。足跡の主かもしれません!」


「よし! すぐに案内せい」


「はい、こちらです」


 誘導する兵士の後を追い、森の奥深くまで進んでいく防衛軍一団。


「この辺りのはずです」


「どこだ? ワシの獲物はどこにおる!」


 周囲を見回すダマダルのギラついた両目が、木々の間を微かに動く緑色の人影を捉える。


「あれは!!」


「あっ」


 小さな悲鳴を上げ、動きを止めるその人影。


 ほっそりとした小柄な体に、透き通るような白い肌。


 緑がかった絹の様な髪を風になびかせる少女。


 ツンと尖った耳が特徴的なその少女は、潤んだ瞳でダマダルと周囲の兵士を見つめる。


「エルフ……エルフだ! しかも若い女だぞ!!」


「はっ、最高の獲物です」


 興奮するダマダルの言葉に、軍隊長も醜悪な笑みを浮かべながら答える。エルフの少女へと狙いを定めたダマダルは、ゆっくりと細剣を構えながらじりじりと少女へ迫る。


「ゲッゲッゲッ……お嬢ちゃん、酷いことはしないからこちらにおいで」


「ひっ、ひいぃ!!」


 ダマダルの放つプレッシャーに、涙を浮かべながら逃げ出すエルフの少女。


「泣きながら逃げ出しおったぞ、なんと唆るのだ! 早く追うぞお前達」


「はっ」


「左右から挟みこめ、決して傷はつけるなよ? ワシが直接捕らえる!」


「承知しました」


 ダマダルの号令に従い、鶴翼陣形を取りつつエルフの少女を追い詰める一団。やがて退路を失った少女は、森を抜け切り立った崖際まで追い詰められる。


「そっ、そんな!」


「追い詰めたぞエルフ、お楽しみの時間だな」


 絶望に顔を伏せる少女。対するダマダルは、狂気に満ちた表情で少女との距離を詰めていく。


「ひっく……ううぅ……」


 残り数歩、ダマダルの手が少女にかかろうとしたその時、俯いていた少女の顔がゆっくりと上を向く。


「観念したか? さあ、ワシと一緒に来てもらお……う……」


 言葉の途中で顔を曇らせるダマダル。


 視線の先、絶望に染まっているはずの少女の顔。その顔からは、先ほどまで浮かんでいた焦燥や怯えは消え去り、かわりに冷酷な笑みが張り付いていた。


「さあ、私と一緒に来てもらいましょう」


 少女の声に合図に、背後の崖から身を乗り出す巨大な影。


「グオオォォッ!!」


「なっ、何だ!?」


「ドラゴンだと!? 馬鹿な!」


 咆哮を上げながら鎌首をもたげる巨体。突如として現れた禍々しいドラゴンを見上げながら、ざわめき立つ防衛軍一団。


「ドッ、ドラゴン! ひいぃぃっ!!」


 悲鳴を上げ転げるダマダルを、ドラゴンの巨大な爪が摘み上げる。同時に、追い詰められていたはずの少女は、ドラゴンの前足から肩を蹴り上げ、勢い良く背に飛び乗る。


「聞きなさい人間共! この男は預かります! 返してほしくばヴァン・デスティーユ砦まで来なさい!!」


 透き通る声で高らかに宣言する少女。現実味のない光景に呆然と立ち尽くす防衛軍を置き去りに、上空へと舞い上がるドラゴン。


「ふう、上手くいきました。流石でしたウラノス様!」


「グオォゥッ」


 ダマダルを攫い飛び上がったウラノスの背で、賞賛の声を上げるエルフの少女ジェルミーナ。


「チビ男の助言とおり、エルフ好きの変態ダルマでしたね。しかし、ノコノコと街の外まで出てきてくれて助かりました、お陰で街中を強行突破せずに済みましたので……おや?」


 ウラノスに摘まれたまま気を失ったダマダルに、冷ややかな視線を送るジェルミーナ。


「情けないですね……先ほどまで調子に乗って私に迫っていたのに、弱い相手でないと何もできないのですね。まぁ、うるさくなくて丁度良いです」


 ダマダルの姿にため息を吐くジェルミーナは、そのまま空を眺めながら言葉を続ける。


「後はこの男を見える様にぶら下げながら、スピカ様の所まで行くだけです。先程の兵士達はちゃんと追ってきてくれれば良いですが」

 

 チラリと下方へ視線をやるジェルミーナ。木々の間からは、ダマダルを追って森を駆け回る兵士の姿が垣間見える。


「良い調子で追ってきていますね。ウラノス様、付かず離れずの距離を取って、人間達の誘導をお願いします」


「グウゥオオォ!」


「それにしても、人間の軍隊を使ってヴァン・デスティーユを攻略しようだなんて、あのチビ男は相変わらずとんでもない作戦を考えるものですね、その点だけは流石の一言ですが」


 地上を駆け回る人間を見ながら、うっすらと唇を吊り上げるジェルミーナ。


「上手く誘導もできましたし、これで魔物も人間も一石二鳥に潰せます。素晴らしい作戦ですこと」


 冷ややかな笑みを浮かべるジェルミーナは、地平線へ向けて声を上げる。


「さあ、今参ります、スピカ様!」


 こうして、大量の人間を引き連れヴァン・デスティーユ砦へと向かうジェルミーナとウラノス。


 そして、この二日後。


 ヴァン・デスティーユ砦は、大量のアンデットと人間の入り乱れる、かつてない混戦に包まれるのだった。

ここまで読んで下さりありがとうございました。次話もよろしくお願いします。

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