80話:救出作戦 ~混戦~
"降ろす" と "下す" はわざとです。ジェルミーナ、すっかり悪い子になって……
地を鳴らし、砦へと迫る武装した兵士の集団。
その集団を誘導する様にゆっくりと上空を飛ぶウラノスと、その背からウラノスに声をかけるジェルミーナ。
「ウラノス様、ありがとうございます! 作戦通り人間達をここまで連れて来ることができました!!」
「グオオォォ……」
「それにしてもこの騒ぎは一体? まさか、もう戦いが始まっているのですか?」
アンデットに埋め尽くされた地上を、呆然と眺めるジェルミーナとウラノス。そこへ、ウラノスの腹の下から野太い叫び声が上がる。
「おいっ、いい加減ワシを降ろしてくれ! 体が痛くて限界だ!!」
声の主は、ウラノスの巨大な爪に摘まれ空中に吊り下げられた小太りの男だ。ブラブラと振り子の様に揺られながら、狂った様に声を上げ続ける。
「こんなことをしてタダで済むと思っているのか! ワシが誰だか知っておるだろう? コントラカストラの偉大なる盟主、ダマダル様だぞ!」
自らをダマダルと名乗ったその男を、ウラノスが低い唸り声を上げながら睨み付ける。
「グルルウゥ……」
「ひぃっ……、分かった! 金でも地位でも何でも願いを叶えてやろう、だから早くワシを降ろせ!」
「そうですね、そう言いえばあなたにはもう用はありませんでしたし……」
半狂乱のダマダルに対して、ジェルミーナはじっとりと視線を向け冷ややかな声色で語りかける。
「分かりました、下して差し上げますよ」
「ほ、本当か! 早くしろ、頼む!!」
「もちろん本当ですよ、それではウラノス様」
「グオォゥ」
ウラノスの背を軽く叩き、合図を送るジェルミーナ。
「さっさと下ろしてしまいましょう」
ジェルミーナの合図を受け、ウラノスはダマダルを摘んでいた前足を軽く振り上げる。
「まっ、ちょっと待て! 今ここでワシを離せという意味ではない!! どこか地上で──」
顔を青ざめさせて、じたばたともがき暴れるダマダル。しかし、ウラノスは意に介すことなくあっさりとダマダルを空中に放り投げてしまう。
「止めてくれ! 落とさないでくれ! 嫌だっ、頼むうぅぁ、うわああぁぁっ!!」
絶叫を上げながら、アンデットひしめく地上へと吸い込まれていくダマダル。
ジェルミーナは、そんなダマダルの断末魔などまるで聞こえてすらいない様子で、砦の上空へと視線を釘付けにする。
「あの光は……スピカ様! スピカ様に間違いありません!! 無事に脱出できたのですね、良かったぁ」
砦の上空で光の粒子を舞い散らせるスピカを発見したジェルミーナは、安堵の息を吐きながらウラノスへと指示を出す。
「ウラノス様、あの光の元へ行きましょう。きっとスピカ様が──」
満面の笑顔でスピカを指差すジェルミーナだったが、直後、大音量の叫び声が地上から上空まで駆け抜ける。
「ジェールミィーナアァーッ!!」
名前を呼ばれ驚くジェルミーナ。地上を見下ろすと、プルートに跨り砦内を疾駆するリゲルが、まっすぐにジェルミーナを見据えて声を張り上げていた。
「遅えぞおい! 着いたならさっさと下りて来い、そんで手伝え!!」
走り回るプルートに揺られ、声を張り上げ続けるリゲル。そのあまりの剣幕にゆっくりと高度を下げるウラノスだったが、我に返ったジェルミーナがリゲルに負けず劣らずの声量で声を張り上げる。
「何を言うのですか! スピカ様との合流が最優先に決まっているでしょう!!」
「あぁ!? ふざけんなテメェ!!」
地上と上空、相当な距離があるにもかかわらず大声で怒鳴りあう両者に、豪腕を振るっていたアークトゥルスも、もみくちゃに争っていたアンデットも、思わず動きを止めて注視してしまう。
そんな周囲の様子に気付くこともなく、叫び続けるリゲルとジェルミーナ。
「スピカなら大丈夫だ! シャウラが救出に行った以上完全復活してるはずだ、今この戦場においては誰よりもあいつは強え!!」
「それは! ……確かにスピカ様は最強で無敵ですけれど!!」
「それより! ウラノスに括ってある俺の荷物を早くよこせ! こっちのが手一杯なんだよ!!」
「むうぅ……チビ男も流石に武器がなければ戦えないでしょうし……今回は作戦に参加させてもらった恩もありますし……むむうぅぅ……仕方ないです!!」
腕を組みうなり声を上げ続けていたジェルミーナだったが、意を決した表情で顔を上げると、勢い良くウラノスの背を叩く。
「ウラノス様! 癪ですがあちらの加勢にいきましょう!!」
「グオゥッ! グオオォォッ!!」
ジェルミーナの指示を受け、地平線まで響く雄叫びで答えるウラノス。
大きく翼を捻り身を翻すと、リゲルとプルート、そしてアークトゥルスの対峙する戦場へと舞い降りていくのだった。
★ ★ ★ ★ ★ ★
一方、砦の外縁まで辿り着いた武装兵団。
集団の先頭付近。黒馬に跨り一際立派な鎧を着こんだ白髪の目立つ中年の男は、開いた口が塞がらないままじっと砦を眺めていた。
「な、何だこれは……一体何が起こっている……?」
砦の外壁を越えて響き渡る騒乱の音。所々から上がる火の手。時折放物線を描きながら吹き飛ばされてくるアンデットの残骸。
アンデットロードの力により、他を寄せ付けぬ鉄壁を誇ったヴァン・デスティーユ砦。その鉄壁が崩れ去ったかの様な騒乱を呆然と眺めていた男だったが、我に返ると周囲の兵士達を見回しながら声を上げる。
「そうだ、ダマダル様はどこだ? 情報はないのか?」
危機感に満ちた声で周囲に問いかけるが、兵士達からの答えは返ってこない。重苦しい雰囲気に包まれる中、1人の若い兵士が息を切らせながら駆け込んでくる。
「軍隊長、斥候からの情報が入りました!」
肩で息をしながら報告を上げる若い兵士に、軍隊長と呼ばれた中年の男が険しい表情で口を開く。
「ダマダル様が見つかったか? それに、この砦の様子は一体何だ?」
「ダマダル様は……残念ながらまだ見つかってはおりません……それと」
一度言葉を切り息を整えると、深刻な表情で報告を続ける若い兵士。
「砦内は大量のアンデットで埋め尽されているとのことです!」
「大量のアンデットだと!?」
その報告内容に、周囲で聞いていた兵士達にどよめきが走る。
「まさか、コントラカストラを攻め落とすための戦力を整えていたのか? ダマダル様を拉致したのも、我々を混乱させおびき寄せるための策略であったという訳か?」
「いえ、それが……」
戸惑いの表情を浮かべる若い兵士に、軍隊長も訝しげな声を上げる。
「何だ? まだ何かあるのか?」
「はい、砦内のアンデットは、アンデット同士で争っていると報告が上がっております」
「アンデット同士で争い? 何だそれは……」
報告が進むにつれ、怪訝な色を強める軍隊長の声。
「それと、もう一つ報告が」
「まだあるのか!?」
「はっ、現在砦正面で巨大なゴーレムが暴れ回っていると報告が上がっております。黒い狼型の魔物と戦闘を行っているらしいのですが……その戦闘力からして、恐らくはゴーレムロードではないかと」
「ゴーレムロード!? 馬鹿な!」
ゴーレムロードの名に、一際大きなどよめきが周囲へと広がる。
「アンデットロードに加えてゴーレムロードまで、ヴァン・デゥティーユは一体どうなっておるのだ……」
険しい表情で砦へと目をやる軍隊長。周囲の兵士も同様に、状況が理解できないまま砦の外壁を眺める中、軍隊長の脇に控えていた壮年の兵士が口を開く。
「軍隊長、状況はつかめませんが、ダマダル様の救出が急務です」
「あ、あぁ……その通りだな」
「一刻を争うかもしれません、全軍に指示を!」
「うむ」
壮年の兵士の言葉を受け、一度軽く頷いた軍隊長は、自身の後方の控える武装兵団へと馬を向ける。
「皆の者聞け! 憎きヴァン・デスティーユの将、アナスタシオスは狡猾にも我等が盟主ダマダル様を拉致した。これは決して許される所業ではない!」
視線を一身に浴びながら、大きく両手を開き武装兵団へと呼びかける軍隊長。
「よって我等は、これよりヴァン・デスティーユを落としにかかる! 内部は大量のアンデットで溢れているらしいが、しかし! 誇り高きコントラカストラの兵である我々がアンデット如きに劣ることは決してありはしない!!」
一度言葉を切った軍隊長は、勢い良く剣を掲げ声を張り上げる。
「勇猛に挑み、そして凄烈に蹂躙するのだ!!」
「「「「「オオオォォッ!!」」」」」
軍隊長の言葉を受け、武装兵団から一斉に雄叫びが上がる。
「工兵、バリスタの用意を!」
「はっ」
巨大な弓形の攻城兵器 "バリスタ" を中央に、魚鱗の陣を形作る武装兵団。
「全軍、突撃!!」
騒乱のヴァン・デスティーユ砦に向けて、軍隊長の号令が響き渡る。
戦いは、更なる混戦へ。
ここまで読んで下さりありがとうございました。次話もよろしくお願いします。