08話:プルート
※2019/10/18 表記方法と内容を微修正しました。
満天の星空を漂うスピカ。
一糸まとわぬ姿でゆらゆらと漂うその姿は、何とも心地よさそうな様子だ。
気持ち良さそうに目をつむっていたスピカだが、その表情が次第に曇っていく。
《――ッ、……――ヵッ、……ス――ヵッ》
心地良い世界に水を差す様な声。遠くから響いてくるその声は、いつの間にかスピカの耳元まで近づいてくると、大きな叫び声を上げる。
《スピカッ!》
突然耳元で叫ばれたスピカは、そのまま引っ張られるように意識を覚醒させる。
★ ★ ★ ★ ★ ★
ガバッと勢いよく跳ね起きたスピカ。昇ったばかりの太陽に照らされ、半覚醒だった意識が徐々に明瞭になってゆく。
ガルムとの戦闘、その直後意識を失ったこと、それらを思い出しガルムの死体を確認するべく立ち上がろうとしたスピカだが。
「っっ!! 痛いぃぃったぁーー!」
直後襲ってきた全身の痛みにのたうち回る。じっと痛みが引くのを待っていると頭の中に声が響いた。
《スピカ! 良かったわ、目が覚めたのね!》
聞き覚えのあるその声にスピカも自然と頬を緩める。
(トレミィ!)
《そうよ、ちゃんと覚えてるわね。良かったわ本当に、おかしな所もないみたいだし》
(おかしな所ならあるよ! 体中が痛い!!)
抗議するスピカだが、トレミィはその程度で済んで良かったと安堵している。
《だってスピカ、ガルム十五頭を一人で相手取ったのよ! 途中なんてくわえられて、死んでもおかしくなかったのよ。体が痛いくらいで済んで良かったわよ》
(そうかもだけど。そういえば私、あの後すぐに倒れちゃったんだね)
《そうよ、ホントに死んだかと思ったわよ。倒れたっきり全然目を覚まさないし》
(うん? 私ってどれくらい寝てたんだろ?)
痛みが走らないよう、姿勢に注意しながら楽な姿勢をキープしていたスピカだったが。
《今日で三日目よ》
(そっか三日目……って、三日ぁ!? あっ痛っ)
思わず大声を張り上げ、体中の痛みに身もだえることになる。
(み……三日も寝てたんだ……どうりで喉カラカラだしお腹も空いた訳だよ。でも私、三日も寝てたのにどうして無事にいられてるんだろ?)
スピカが頭を捻っていると、物陰から黒い影がのっそりと這い出してきた。這い出してきたのは口に大きな桶をくわえた狼の様な生き物。漆黒の毛に深紅の瞳、体高一メートルを超える巨体。
スピカの前に現れた黒い影、それは紛れもなくスピカと死闘を演じたガルムだった。
「え……ガルム……?」
ギョッとするスピカ、しかし直後さらに驚くことになる。スピカとの戦闘で圧倒的な脅威を見せつけたガルム、そのガルムがまるで小動物のようにスピカにすり寄ってきたのである。
子犬のように鼻をこすりつけると、くわえていた桶をスピカに差し出す。中にはたっぷりと水が張られていた。
「え? 何? もしかしてくれるの?」
そう問いかけると、肯定の意を表す様に頭をコクコクと上下する。不審に思いながらも小さく口をつけると、三日間の渇きを潤す様に一気に飲み干してしまった。
「っぷはぁ! 美味しいー、ありがとうね、えっと……」
寄り添うように伏せているガルムに、どう接したものかと考えていると、トレミィがこの現象について解説を入れる。
《この子ね……きっとスピカを自分の主だと認識してるのよ。スピカが倒したガルムの中に群れのボスがいたんだと思うわ。どの個体かはわからないけど、それを倒したから今度はスピカが主になった、ていうことだと思うわ》
(そんなことが……)
驚いているスピカに、さらに驚きの情報が告げられる。
《それに、スピカが寝てた三日間ずっと他の魔物から守ってくれたのはそのガルムなのよ》
(嘘!?)
驚きながらもそっと手を伸ばすスピカ。すると、伏せの状態で待機していたガルムはゆっくりと頭を持ち上げ自らスピカに撫でられようと甘えた仕草を見せる。
しばらく頭や顎を撫でていたスピカは、ガルムの様子から安全であると判断しほっと胸をなでおろす。
「そっか……ずっと君が守ってくれたんだね……ありがとう」
耳の後ろをクシャクシャされ、嬉しそうに目を細めるガルム。
《聞こえないでしょうけど、スピカを守ってくれてありがとう》
(トレミィも、ずっと呼び掛けてくれてありがとう)
《嘘! 気付いてたの?》
(ううん、でも夢の中で何度もトレミィに呼ばれた気がしたから)
《あ、まあ何回か呼んであげた気がするけど……でも別にずっと呼んでた訳じゃないだからね!》
恥ずかしそうに声を上げるトレミィに顔を綻ばせながら、ふと思いついたことを口にするスピカ。
「そうだ、この子って言葉は分かるのかな?」
すると、細めていた目を開き、耳をピクピクと動かすガルム。
「うん、分かるっぽいね。じゃあ君はこれからどうする? 私達と一緒にいる?」
今度は少し起き上がると、尻尾をブンブンと振る。
「一緒にいたいんだね、わかった! じゃあそうしよう。良いよねトレミィ」
《スピカが良いなら私もいいわよ、でももう二度とスピカを襲わない様にしてよね》
「うん! それじゃあー……これから君に名前を付けます!」
《名前?》
「だってガルムじゃつまらないもんね? もっとかっこいい名前を考えてあげるよ!」
スピカの言葉に大きく目を見開いたガルムは、嬉しそうに鼻先をこすりつける。
「アハハッ、くすぐったいよ~、うーん、じゃあそうだね~……」
しばしの戯れの後、両手でガルムの頭を押さえると。正面から語り掛けるように閃いた名前を告げる。
「決めた! 今日から君の名前はプルートにします!!」
「ガフッ!」
嬉しそうに吠えるガルム改めプルート。
「特に意味はない! けどかっこいい感じ!」
《そんなテキトーな……》
「そんなことないよ、かっこいいよ、ねープルート?」
「グァフッ!」
ドヤァと胸を張るスピカに、喜びの声を上げるプルート。
《ま、まぁ悪くないんじゃない?》
ガルムとの死闘を経て新たな仲間を得たスピカだった。
★ ★ ★ 少し余談 ★ ★ ★
《……スピカ……お腹は大丈夫?》
時間は少し経ちお昼時。驚異的な回復力で体の痛みも取れたころ。ペコペコのお腹を満たすべく昼食を取っていたスピカだったが、その光景はいわゆる普通の昼食とはかけ離れたものだった。
「うん……モグモグ……美味しいよ……モグモグ……ね、プルート?」
「ガフッガフッ」
スピカとプルートが食べているもの、それはプルートが狩ってきた蛇型の魔物だった。すでに息絶えていたその魔物を剣で無造作に切り裂いたスピカは、そのまま血だらけの生肉をグチャグチャと食べ始めたのだ。
《私が心配してるのは体調の事よ……普通は魔物の肉を生では食べないわよ……せめて焼いたりとかしないと……》
「大丈夫だよ……モグモグ……何食べても平気だから……モグモグ……」
「ガフッガッフゥ」
明らかに生食には適さない肉だが、次々と胃に放り込んでいくスピカ。プルートと共にすさまじい勢いで食べていき、気付けば骨と皮だけになった魔物の残骸が転がっていた。
「うっぷ、美味しかった~、お腹いっぱいだよ!」
「グェップ!」
《お、おかしいわ……絶対におかしい……》
異様な食事風景に言葉を詰まらせるトレミィ。一方のスピカはポッコリと膨らんだお腹をさすりながら桶に汲んであった水を飲み干す。
《スピカ……その水ヘドロが浮いているように見えるわよ……大丈夫なの?》
「うん……ゴクゴク……その辺で汲んできた水だから……ゴクゴク……でも美味しいよ……ぷはぁ!」
飲んではいけない色をした水を美味しそうに飲むスピカ。
《この勇者、ちょっとオカシイわ……》
そんなスピカに呆れた声を掛けるトレミィだった。
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