79話:救出作戦 ~脱出~
ヴァン・デスティーユ砦、地下通路。
狭い地下通路に満ちる濃密な殺気。
巨大な杖を構え、奈落の様な眼孔を怪しく光らせるのはアンデットロード、アナスタシオスである。
相対するは、死を拒む者の異名を持つ、当代最強の僧侶、神前シャウラ。
重く濃い殺気をぶつけ合いながら、静かに睨み合う両者。
「死を拒む者シャウラ、貴様のことは知っておるぞ。砦内に溢れておるアンデット共の混乱、やはり貴様の仕業であったか」
「そういう…………あなたは…………アンデットロード…………アナスタシオス…………死者達の…………王様ね…………スピカを攫った…………黒幕は…………あなただったの」
死に関連する力を持つ両者は、互いの力量を探る様にゆっくりと距離を詰める。
「ご明察だ。あの人間の力に興味があったものでな、閉じ込めて拷問しておったのだが。どうやら逃げ出したしまった様でな」
「そう…………それは…………良かったね…………」
「まったくもってその通りだ、お陰で我輩自ら直接拷問してやれる良い機会ができた。カッカッカッ、果たしてどんな声で鳴いてくれるか、楽しみなものよ」
「あら…………スピカは…………あなた程度が…………鳴かせられる…………相手じゃないよ…………ずいぶんと…………見当違いな…………お間抜けさん…………なのね…………」
「カッカッカッ、言いよるわ小娘が」
互いの殺気がぶつかり合い、ビリビリと空気が震える。緊張感が高まっていく中、シャウラの背後から場違いな明るい声が上がる。
「お待たせ! やっぱりこの服がしっくりくるね、動きやすいし戦いって感じがして。裸のままだとなんか落ち着かなかったんだよねー」
通路の影から満面の笑顔をヒョッコリと覗かせたスピカは、睨み合うシャウラとアナスタシオスを見てキョトンと首を傾げる。
「あら? 何か取り込み中だった?」
《明らかに取り込み中じゃない、少しは空気を読みなさいよ》
「スピカ…………今は…………ちょっと…………間が…………悪い…………」
トレミィとシャウラの指摘に、そっと顔を引っ込めるスピカ。しかし、アナスタシオスがそれを制止する様に声を上げる。
「ほう? 貴様が例の人間か……」
(うん? なんだろうあの髑髏、凄く強そうだけど……)
《なんだろうって、どう見ても敵でしょアレは》
(うーん、流石にあの殺気は敵だろうね……)
スピカに狙いを定め、足を踏み出すアナスタシオスだが、それを阻む様にシャウラがスピカの前に体を挟む。
「シャウラ?」
「スピカは…………先に…………逃げて…………ここは…………私が…………足止め…………する…………」
「ほう? 貴様ごときが我輩を足止めすると申すか。カッカッカッ、中々に滑稽だな」
骨を鳴らし笑い声を上げるアナスタシオス。一方のシャウラは、首だけをスピカに向け、不敵な笑みを浮かべながら尋ねる。
「スピカ…………あいつ…………私に…………任せるのは…………不安…………?」
問われたスピカもまた、ニヤリと笑みを浮かべながら答える。
「全然! あんな骸骨、シャウラなら余裕だよね」
「うん…………余裕すぎる…………楽勝…………」
「分かった、じゃあ先に出てるから」
そう言って駆け出すスピカに向かい、アナスタシオスは狙いを定め杖を振り上げる。
「黙って逃がすと思っておるのか?」
全身から黒いオーラを迸らせながら、杖の先端に魔力を集中させる。
「図に乗るなよ、人間風情が!!」
アナスタシオスの怒気と共に、杖の先端から湧き上がる黒い炎。石で出来た地下通路の壁だが、炎に触れた箇所から見る間に溶け流れていく。
圧倒的な熱量を発しながら大きさを増す炎の塊。一瞬にして人間大の大きさにまで膨れ上がった火球は、杖の動きにあわせて揺らめきながら宙を滑る。
「まずは軽く炙ってやろうではないか」
振るわれた杖に連動して放たれた漆黒の火球。周囲を焼き溶かしながらスピカへと迫るが、それを阻む様にシャウラが立ち塞がる。
「ぐっ…………うぅ…………」
身を盾にして正面から火球を受け止めるシャウラ。
全身の皮膚と肉、骨ごと焼かれ体が崩れ去っていくが、炭化する端から瞬時に再生し、全ての炎をその身で受けきる。
炎を燻ぶらせ煙を上げ、体の節々を黒く炭化させるシャウラだが、その表情は怪しく笑みを浮かべたままだ。
「ふぅ…………今のうち…………行って…………」
「うん、じゃあ後で!」
短く言葉を交わすスピカとシャウラ。星の光を浴びたスピカは、光の粒子を振りまきながらマントを翻し夜空へと飛び立つ。
閃光を残し一瞬で星空へと消えていくスピカ。取り逃がしたアナスタシオスは苦々し気に声を発する。
「逃がしたか……まあ良い、すぐに捕らえてしまえば済むことよ」
再び杖を振り上げるアナスタシオスだが、正面へと視線を向け動きを止める。
「貴様……」
「あなたの…………相手は…………私でしょ…………」
焼かれたはずの体は着ていた服ごと再生を終え、何事もなかった風にアナスタシオスの前に立ち塞がるシャウラ。軽く指を曲げながら挑発する仕草を見せる。
「良かろう、まずは貴様から地獄を見せてやろうではないか」
「地獄…………それは…………とっても…………楽しみ…………」
濃密な魔力を立ち昇らせる両者。
死者の王と死を拒む者による、死の戦いが幕を開ける。
★ ★ ★ ★ ★ ★
一方、地下通路から飛び立ったスピカは、上空から戦場の様子を眺めていた。
(うわぁ、凄いことになってるね)
《人事みたいに言ってるけど、スピカを助けるための騒動よこれ》
(そっか、もしかして私って影響力が凄い?)
《暢気なこと言ってないで、脱出するんでしょ!》
(分かったってば)
星の光を散らせながら夜空を飛行するスピカ。そこへ、空気を振るわせる轟音が上空まで響き渡る。
《きゃいっ!? 何今の!》
(トレミィ何今の声! きゃいって言ってたよ、何だか可愛かったよ!)
《あぅ……それは今どうでも良いでしょ! それより今の音よ》
(うん、今のはリゲルのところかな?)
スピカの指差す先。砦の正面では、アンデットの間を縫う様に駆け回るプルートと、その背にまたがるリゲルの姿がある。
そして、アンデットを蹴散らしながらプルートを追う巨大なゴーレム、アークトゥルスがその豪腕を振るっていた。
《何よアイツ! 相当やばそうじゃない》
(ちょっと加勢にいった方が良いかも……うん?)
地上の激戦を眺めていたスピカだが、不意に顔を上げ地平線に目をやる。
(あれは……)
スピカの眺める視線の先、夜の闇に覆われた地平線、その遥か彼方の上空に巨大な影が姿を現す。
闇夜に紛れる影だが、星の力で感覚の強化されたスピカは、瞬時にその正体に気付く。
(ウラノス? それに、もしかしてジェルミも乗ってる?)
ジェルミーナとウラノスの接近を知り驚きの表情を浮かべるスピカ。直後、その目がさらに驚きに見開かれる。
(えっ、何あれ!?)
《どうしたの……って、何よあれ……?》
暗い地平線を蠢く大量の影。
金属のすれる音と、地を鳴らす足音が砦に迫る。
スピカ達の視線の先。
ウラノスを追う様にして、武装した人間の集団が、砦へと進軍してくるのだった。
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