78話:救出作戦 ~ベラトリックス~
(おぉ? 外はずいぶん騒がしいね!)
《騒がしいね! じゃないわよ、騒ぎの大半はスピカが原因の様な気がするわよ》
(そんなことないよ、たぶん……)
穴の開いた地下通路。差し込む星明りに照らされ、じっと夜空を眺めるスピカ。
外の喧騒とは対照的に、のんびりとした様子でトレミィとお喋りを続けている。
星の魔法で壁を破壊し、脱出口を作ったスピカ。しかし、武器もなければ着るものもない状況。加えて、度重なる拷問で痛めた体を休めるため、直ぐには脱出せずに地下通路に留まっていた。
星の力で強化された感覚を用い、リゲルとシャウラが近くまで来ていることを察知したスピカは、魔法による信号を上げ、後は動かずに待機することを選択していたのだ。
(うーん……それにしても退屈……)
《退屈って……こんな地下通路の真ん中で、相変わらずの図太さよね》
(だってやることがないんだもん……シャウラがこっちに向かってるみたいだけど、まだしばらく距離がありそうだし)
《その感覚精度も、相変わらずの凄さよね》
敵地のど真ん中にも関わらず、のんきに会話を続けるスピカとトレミィ。地面に座り込み、ぼんやりと視線をさ迷わせていると、不意に薄暗い地下通路に声が響き渡る。
「何や? ずいぶん騒がれとったからどないなもんかと思たら、素っ裸でボロボロやないか」
「うん?」
突如鳴り響いた声を探り、キョロキョロと周囲を見回すスピカ。しかし、声の主を発見するには至らない。
(確かに声が聞こえたんだけど……どこにいるんだろう? 気配も察知できないし、気のせいだったのかな)
《私にも聞こえたから気のせいではないと思うわ。でも、今のスピカが気配を察知できないなんて、どういうことかしらね》
眉を寄せ小首をかしげるスピカの耳元、壁の中から再び声が響く。
「どこ見とんねん、ここやここ!」
「うわぁっ!?」
突如として耳元で発せられた声に、驚いて飛び退くスピカ。もたれかかっていた壁をすり抜け、声の主が姿を現す。
黄緑色の長いツインテールを揺らし、気の強そうな目を向けるその女は、ケラケラと笑い声を上げ、ゆっくりとスピカに迫る。
その体は陽炎の様に、半透明にゆらゆらと揺らめき、怪しく空中を漂っている。
「ビックリした、誰?」
「はぁ? 他人に名前を尋ねる時は、まず自分から名乗るんが筋ちゃうんかい?」
不機嫌に声を荒らげ、目を吊り上げる女。その勢いに目を丸くするスピカは、反射的に口を開く。
「えっと、スピカです」
《ちょっと、得体の知れない相手に不用意に名乗らないの! 敵だったらどうするのよ?》
(あ、そっか。その可能性もあるよね)
戸惑いながらも、ひとまず警戒の姿勢を取るスピカ。対照的に、無警戒な様子で空中を漂う女は興味深気にスピカを眺める。
「スピカいうんか、案外普通そうな人間やんな……ウチはベラトリックスや」
「ベラトリックス、よろしくね」
「こりゃどうもよろしゅう……って、よろしゅうちゃうわ! そんなんを言いに来とんとちゃうねん!」
(おぉ! ノリツッコミだよトレミィ)
《本当だわ……って、そんなこと今はどうでも良いのよ!》
(あれ? トレミィもノリツッコミしてるの?)
《してないわよ!》
警戒する姿勢は見せつつも、内心では存外のんびりとした様子のスピカ。その様子に、ベラトリックスの温度感が徐々に上がっていく。
「何ヘラヘラしとんねん。アンタのせいでなあ、ウチの計画が大幅に狂っとんねん!」
「計画?」
(全然覚えがないんだけど……)
《何かしら? 変な因縁をつけられてる気もするわね》
(とりあえず謝っておけば良いかな?)
「何のことか良く分からないけど……とりあえずごめんね?」
「あぁ、ちゃあんと謝ってくれるなら、それでええねん」
スピカの言葉に笑顔を浮かべるベラトリックスは、ヒラヒラと手を振る。
「……って、そんなんで済む訳ないやろ!」
(あ、許してくれたかと思ったけど、ダメだったよ)
一転して手を振り回し、怒りをあらわにするベラトリックス。キッとスピカを睨みつけると、空中を滑る様に距離を取る。
「こいつはちょっと痛い目見てもらう必要がありそうやな、覚悟しいや!」
ベラトリックスの言葉にあわせ、緑色の炎が周囲に揺らめき立つ。次第に密度を増す炎は、人魂を思わせる炎の塊を形作る。
「これは……魔法? そういえば体も透明でずっと浮いてるし、もしかしてベラトリックスって魔物?」
「はあ? 何であんな野蛮な連中と一緒にされなアカンねん!!」
憤るベラトリックスに呼応する様に、周囲の炎も勢いと大きさを増していく。
「魔物なんかと一緒にしなや、ウチは魔女や」
「魔女?」
キョトンと首を傾げるスピカに、ベラトリックスも怪訝な表情で首をかしげる。
「何やねんその反応は。アンタもしかして、魔女も知らへんのか?」
(トレミィ、魔女って知ってる?)
《もちろん知ってるわよ。人間とも魔物とも違う、魔法に特化した生き物よ》
(人間とも魔物とも違う? へぇ、そうなんだ)
トレミィの説明に一人内心で頷くスピカ。じっと黙り込むスピカの様子に、ベラトリックスは怪訝な表情を強める。
「何や急に黙り込んで、まさかホンマに知らんかったんかい」
「うん。でももう覚えたよ、魔女のベラトリックスだよね」
「そうやー、"反魂の魔女"ベラトリックス様やでー、よく出来ました!」
パチパチと手を鳴らし、称賛の声を上げる。かと思いきや急激に表情を強張らせ、声を張り上げるベラトリックス。
「って、アホか! 何回やらすねんこの流れ!!」
(フフッ、さっきからずっとノリツッコミしてくれるよ。もしかして魔女ってノリが良いのかな?)
《そんな訳ないでしょ! 相手が偶然そういうノリなだけよ》
(そうなのかな? いずれにしても──)
「ベラトリックス、面白いね!」
「ホンマか? そらおおきに……ってもうええっちゅうねん!」
ベラトリックスの呆れた声にあわせて、周囲で揺らめいていた緑色の炎も小さく薄まっていく。
「あれ、戦わないの?」
「やる気削がれたわ、やってられへんでホンマ」
「そっか」
警戒態勢を解いたスピカは、おもむろにベラトリックスへと近付いていく。
「どわっ!? 何や急に近づいてきて、ビックリするわ!」
「ちょっと興味があってね。ベラトリックスはどうしてここに? 私に会いに来たの?」
質問をしながら間近で顔を覗き込むスピカに、ベラトリックスもまた顔を近づけながら答える。
「こんなウチの近くまで無警戒に、良え度胸やな。その度胸に免じて答えたるわ。元々は上におる骸骨野郎に頼み事があっててん。せやけど正直信用ならんし、もう出ていったろかな思ててん」
「ふーん、骸骨ね……」
「ほんで、出ていくついでに、上で噂されとったアンタの顔でも見てこかと思てな」
「噂? 良く分からないけど……じゃあベラトリックスは、もうどこかに行っちゃうんだ?」
「まあ、せやな」
ベラトリックスの話に、小さく頷くスピカ。
「それじゃあさ、私達の村に遊びにおいでよ」
「《はあぁ!?》」
「アホかアンタ! 知っとるで、邪悪村やろ? 誰が行くかいそないなところ」
《ダメよスピカ! こんな得体のしれない、しかも魔女だなんて、入村拒否よ入村拒否!!》
トレミィとベラトリックス、双方から反対の声が上がるが、スピカは気にした風もなく言葉を続ける。
「えー、せっかく面白いのに、ベラトリックス」
「面白いて、そんな理由かい! ホンマええ加減にしや」
《そうよそうよ、意外とまともなことをいう魔女ね》
「せっかくなのに……あっ」
「お?」
会話の途中、不意に外へと顔を向けるスピカとベラトリックス。
「良かったやないか、お友達がお迎えに来たで」
「スピカ…………見つけた…………」
二人の見つめる先、外壁の影からヒョッコリと顔を覗かせたのはシャウラだ。
「その…………人は…………?」
「なんでもあらへんよ、もう行くところや。ほなお二人さんごゆっくり~」
そう言いながら、スルリと壁の中へ消えていくベラトリックスと、消えていった壁に向かって笑顔で手を振るスピカ。
「ベラトリックス、いつか遊びに来てねー!」
「だれが行くかい!!」
壁の中から声を響かせながら、その場を去るベラトリックス。その様子に、不思議そうに首をかしげるシャウラ。
「べラトリックス…………誰…………?」
「うん、さっき知り合ったの。魔女だって言ってたよ」
「魔女? …………なにも…………されなかった…………?」
「うん、お友達になってくれたよ」
《お友達って、なんて都合の良い解釈なのよ》
呆れる声を上げるトレミィだが、それに対してもスピカは気にする風も見せない。
「それよりシャウラ、迎えに来てくれてありがとう」
「うん…………早く…………脱出しよう…………」
「でも体が上手く動かなくて」
「あぁ…………待ってて…………今…………」
静かに祈りを捧げるシャウラ。スピカの体を光が包むと、全身の傷が一瞬で癒される。
「あと…………これ…………持ってきた…………」
「それって……あぁ、 凄い助かる!」
手渡された物を見て、喜びに声を上げるスピカ。
「武器も服もなくてどうしようかと思ってたから」
「うん…………それじゃあ…………着がえて…………」
(ここじゃダメかな?)
《ダメよ、はしたない! せめてそこ辺りの角で着替えなさいよ》
(はーい)
気のない返事をしながら、通路を戻り角を曲がるスピカ。じっと見送るシャウラだが、唐突に背後から強大な気配が沸き上がる。
「ほう、やはり死を拒む者か」
地下通路に響き渡る重厚な声。振り向くシャウラの視線の先、悠然と構える巨大な黒い影。
「アンデット…………ロード…………」
黒いオーラを纏わせながら、アンデットロード、アナスタシオスが姿を現す。
ここまで読んで下さりありがとうございました。次話もよろしくお願いします。




