76話:救出作戦 ~死霊返し~
小窓から差し込む光が、スピカの体を明るく照らす。
星明りに照らされた刹那、一瞬にして星の力を発動させたスピカは、縛られたままの腕を強引に振り上げ星の魔法を放つ。
まばゆく周囲を照らしながら放たれた星の魔法。目にも止まらぬ速さでスピカの周りを旋回すると、光の尾を引きながら二体のグールに襲い掛かる。
「ぐぼぁっ!?」
瞬く間にグールの一体を葬り去る星の魔法、直撃した頭部から上半身にかけて木っ端微塵に吹き飛ばすと、素早くターンしもう一体のグールに向かう。
「何だっ、ぎゃばっ!!」
言葉を発する間も与えず二体目のグールも吹き飛ばした星の魔法は、ゆっくりとスピカの傍で制止する。
《やったわ、流石ね!》
(うん、とりあえずこれで好きに動けるね)
星明りを浴び体から光の粒子を散らせるスピカは、そのまま両腕に力を籠め、縛っていた鎖を強引に引きちぎる。
「ふう、これで自由になれた!」
《ええ、後はここから脱出するだけね》
スピカの開放にトレミィも喜びの声を上げるが、続く言葉には疑問の色が浮かぶ。
《あら? でもスピカ、ここからどうするのかしら? 星の明かりがないと力は使えないから、窓の下から動けないわよ》
(大丈夫、ちゃんと考えてあるよ)
自由になった両手をかざし、二つ目の星の魔法を放つスピカ。二つの魔法を素早く動かすと、小窓のある壁に向かい同時にぶつける。
魔法の直撃を受け、音を立てて崩れ去る壁。
人ひとりが通るには十分すぎる程の大きな穴を開けた壁からは、外の明かりが十全に入り込み、スピカの全身を余すところなく明るく照らす。
星の光を十分に浴び全身を輝かせるスピカは、軽く片手を振るい二つの魔法を手繰り寄せる。
(これで力は十分使えるし、外にも出られるね)
《そうね、後はどうやってここから逃げ出すかよね……》
(それも大丈夫だよ)
徐に手を振り上げたスピカは、魔法の一つを上空へ向けて打ち上げる。
尾を引きながら空高く昇る魔法は、まるで打ち上げ花火のごとく夜空に光の線を描く。
《ちょっとスピカ、そんな目立つことして大丈夫なの?》
(うん、お迎えが来てるからね! 合図にしてみたの)
「気付いてね、二人とも……」
そう言って笑みを浮かべながら、空に打ち上がった魔法を眺めるスピカであった。
★ ★ ★ ★ ★ ★
光の線を描き、夜空に高く打ち上がるスピカの魔法。
その光に最初に気付いたのは、砦の外縁に潜んでいたプルートだった。
「ガウゥッ!!」
鳴き声と視線で魔法の存在を知らせるプルート。その様子から、プルートと共に潜んでいたリゲルとシャウラも、スピカの魔法に気付く。
「あれは…………スピカの…………魔法…………」
「間違いねえか?」
「間違い…………ない…………邪神様の…………気配を…………感じる…………」
「ってことは、あいつ自力で脱出したのか」
スピカの脱出を知り、ニヤリと笑みを浮かべるリゲル。一方のシャウラは手元に目を伏せる。
「…………でも…………武器が…………ないと…………戦えない…………」
シャウラの手元でまとめられたスピカの戦闘服とマント、そして星剣アステル。リゲルもそられらに目をやるが、直ぐに砦へと視線を移す。
「じゃあそれを届けねえとな。だがさっきの魔法は砦の連中も気付いてるはずだ、チンタラしてる時間はねえな」
「だけど…………ジェルミーナが…………まだ…………合流…………してない…………」
「あいつはウラノスが一緒にいる、多少のことは自力で何とかするだろ。とにかくチャンスは逃すべきじゃねえ!」
声を上げプルートの背にまたがるリゲル。小さく頷いたシャウラも、同じくプルートの背にまたがる。
「分かった…………行こう…………」
「よし。プルート、ゴー!!」
「ガルウゥッ!!」
リゲルの合図にあわせ、砦に向けて駆け出すプルート。それと同時に、砦からけたたましい警報音が鳴り響く。
「ちっ、もう気付かれたか?」
「そう…………みたい…………たくさん…………出てきた…………」
シャウラの指差す先、砦のいたる所から次々とアンデットが姿を現す。
グールにスケルトン。人型や獣型。中には複数の生物を合成した様なものまで、多種多様なアンデットがプルートの進路を塞ぐ
「流石はヴァン・デスティーユ、アンデットロードが率いているだけあるな。案の定アンデットだらけだ……」
「うん…………予想…………通り…………」
「シャウラ、作戦通りいくぞ。プルート、そのまま突っ込め!」
「グルアアァッ!」
アンデットの群れに向かい、速度を落とすことなく突撃していくプルート。群れに衝突する寸前、脚に力を籠め一気に跳躍する。
「今だ! 死霊返し!!」
「…………任せて…………」
プルートの背で眼下のアンデットを見据えながら、両の手を合わせて祈りの姿勢を取るシャウラ。
深い祈りと共にシャウラの全身を覆った光が、徐々に周囲へと広がっていく。
リゲルの立てた作戦。それは、アンデットに対して絶大な効果を誇る、僧侶のみが使える力、死霊返しの使用であった。
僧侶の最高峰である、シャウラの死霊返しにより、アンデットを一層する算段である。
シャウラの祈りと共に、瞬く間にアンデットの群れを包み込む死霊返しの光の波。
その光は砦全体に広がり、そして。
ボコッ……
ボコボコボコッ……
突如として地面から湧き上がる音。
音と共に盛り上がる地面。
次々と盛り上がる地面を突き破り、腐り果てた手や、肉の削げ落ちた骸骨が姿を現す。
「ウ゛ウ゛ア゛ォ゛ォ゛ッ」
低い呻き声と共に湧き出てくるグールやスケルトン。砦を守っていたアンデットと混じり合い、大量のアンデットが周囲を埋め尽くす。
「って、おいおい! 何だこりゃお前!! 何でアンデットが増えてんだよ!?」
「え…………だって…………死霊返し…………でしょ? …………だから…………アンデットを…………ターンしたよ…………地上に…………」
声を荒げるリゲルに対して、キョトンとした表情で小首をかしげるシャウラ。
「こんなに…………たくさん…………出てくる…………なんて…………ここは…………良い…………ところだね…………」
「アッホかお前は!? わざわざアンデットを地上に戻す僧侶がどこにいるんだよ? あの世に戻すんだよあの世に!!」
「地上に…………戻す…………僧侶…………ここに…………いるよ…………」
「だから! アホだっつってんだろがよ!!」
「だって…………ちゃんと…………言わないから…………」
「ガアフゥ……」
大量のアンデットに囲まれながら言い争うリゲルとシャウラ。そんな二人を乗せるプルートは、濃厚な死臭に顔をしかめて唸り声を上げる。
苦しそうな表情で地面に降り立つプルート。それと同時にアンデットから一斉に呻き声が上がる。
「ウ゛エ゛ェ゛ォ゛ッ!!」
「ア゛ウ゛ア゛ァ゛ァ゛ッ!!」
砦を守っていたアンデットは、シャウラの呼び出したアンデットへと。そして、シャウラの呼び出したアンデットは、砦を守っていたアンデットへと互いに襲い掛かる。
砦の周囲は大量のアンデットがごちゃ混ぜとなり、乱戦の様相を呈する。
「メチャクチャじゃねえかおい! だがまあこの混乱はある意味ラッキーか?」
プルートの背から周囲の乱戦具合を確認したリゲルは、すぐさま次の行動へと移る。
「よし、今のうちに砦まで向かうぞ!」
「ガルッ!!」
揉み合うアンデットの頭上を飛び跳ね、砦に向けて駆け抜けるプルート。砦の正面門まで間もなくという所で、突如轟音が響き渡る。
「何だ!?」
「リゲル…………あれ…………」
視線の先。正面門を潜り出たその魔物は、門の前に構えひしめき合うアンデットを蹴散らして回る。
「ゴオオォォッッ!!」
大地を震わせる唸り声を上げ、巨大な影が立ち塞がる。
ここまで読んで下さりありがとうございました。次話もよろしくお願いします。