75話:救出作戦 ~光~
※残酷な描写があります、ご注意ください※
「うぅん……?」
暗く湿った地下牢に響く、小さな唸り声。
濃密な魔力と湿気に満ち、汚物とヘドロに塗れた地下牢。そんな地下牢で、鎖に縛られたまま目を覚ましたスピカ。
着ていた衣服は全て剥ぎ取られ、むき出しにされた裸体には、いたる所に痛々しい痣や切り傷、火傷の痕が残っている。
「あれ……もう朝?」
《朝かどうかは分からないわ、だってスピカ……》
(そっか、そういえば捕まってるんだったね)
トレミィの声で、霞んでいた意識を覚醒させるスピカ。
(今日は……あー……日にちが分からなくなっちゃった)
日付感覚が狂うのも無理のないことだろう。スピカがエリスカカリスに連れ去られてから五日。ヴァン・デスティーユ砦に囚われて三日間が経過していたが、その間ずっと地下牢に閉じ込められているのだ。
昼夜を問わず行われる激しい拷問。傷つけられ続けたスピカの体は、今や見るに堪えないほどボロボロにされていた。
《スピカ、今日もきっと酷いことをされるわ、そろそろ限界よ……》
(うーん、でもそんなに酷いことはされないんだけどな……大体昔にやられたことのある拷問だし?)
《あぁ……そうなのね……》
痛々しい姿のスピカだが、そんな姿とは裏腹に内心では飄々とした様子を見せる。その図太さに、トレミィからも呆れた声しか出ない。
「お? 目が覚めたか」
「へっへっ、それじゃあ続きといこうか?」
両腕を鎖に縛り上げられたスピカが、退屈そうにブラブラと揺れていると、古びた金属のワゴンを引きずりながら、魔物が二体地下牢に姿を現す。
体の節々を腐らせ、腐臭を舞い散らしながらさ迷うアンデット、グールである。
「おはよう、今日も拷問するの?」
「おはようじゃねえよ、外はもう夜だ!」
「ちっ、相変わらず平気そうな顔しやがって」
ケロリとした顔で挨拶をするスピカに、苛立ちの声を上げるグール。
「お前の隠している力、その正体を吐くまでは永遠に拷問が続くぜ?」
「ああ、アナスタシオス様は人間を拷問するのが趣味だからな、そのうち直々に拷問されるかもしれねえぜ?」
「そっか、力なんて隠してないんだけどなー」
軽い口調のスピカにますます苛立ちを強める二体のグール。その内の一体がワゴンから薄汚れた皿を取り上げる。
「まずは飯だ、今日のやつは飛び切り強烈だぜ」
差し出された皿の上には、様々な小動物の死体が腐った状態で盛られている。その見た目と腐臭に、差し出したグールでさえも顔をしかめるほどだ。
しかし、皿を目の前にしたスピカは、これまたケロリとした表情で首を前に突き出す。
「うーん……もぐもぐ……今日は……もぐもぐ……ちょっと量が……もぐもぐ……多いね……もぐもぐ……」
《うえぇ……スピカ、相変わらず食に関しては凄まじいわね》
「マ……マジかよ……」
何事もなく食べ続けるスピカに、引きつった声を上げるトレミィとグール、そうしている間にペロリと完食してしまうスピカ。
「ふぅ、ご馳走様!」
「こいつ本当は人間じゃねえだろ……」
「イカれてやがるな……」
綺麗に開いた皿を片付け、鞭や刃物を手に取る二体のグールは、その表情を醜悪なものへと変える。
「まあ良い、ここからが本番だ、おらぁっ」
声を張り上げ、スピカの体に鞭を打つグール。
やすりの様な素材の鞭は、皮膚を削ぎ血と肉が飛び散らせる。だが、当のスピカは無表情のままじっとグールを見つめ続けている。
《スピカ、本当に平気なの? とても痛そうよ……》
(うーん……痛いのは痛いけど、まだ我慢できるかな?)
《そうなの……何ていうか、ちょっとやそっとのことじゃあ驚かなくなってきたわ……》
(そうだね、少し前のトレミィだったら、すぐに泣き喚いてたもんね)
《なっ、泣き喚いたりゃしやいわよ!》
(りゃし……?)
痛々しい状況とは対照的に、内心のんきに会話をするスピカとトレミィ。そこへ、もう一体のグールが持っていたサーベルを抜き放つ。
「このサーベルはあえて切れ味を悪くしてるんだ。これで切られると綺麗に切れずに肉が削げて、かなり痛々しいことになるぜ」
見せびらかす様にサーベルを振り回すグール。
「さらに今回はこれもセットだ」
開いた片方の手には、U字の様な形状の金属製の拷問器具。その先端には鋭く曲がった鉤爪状の杭が内側に向けて連なっている。
「こいつは獲物の肉を無理やりつかみ取ることができる様になってんだ。今日はこいつらを……」
腐った頬を引きつらせながら、サーベルと拷問器具を近くの松明で炙るグール。熱で真っ赤に染まったそれらを、ゆっくりとスピカへと近づける。
「熱々だぜ?」
ジュッ……
ゆっくりと鋸を引く様にスピカの太ももを切りつけるサーベル。肉が焼かれると同時に引き裂かれ、骨まで削る嫌な音が響き渡る。
「さらにこいつだ」
グジュゥッ……
柔らかなスピカの胸元に容赦なく食い込む拷問器具。肉が引かれ、溢れる血は熱で蒸発し、異臭が周囲に充満していく。
鞭で打たれ続けた背中には、無数の赤い線が走り、脚を伝い足元まで血が流れ出ている。
ビクビクと体を痙攣させるスピカ。しかし、その表情だけは相変わらず無表情のままだ。
「どうなってやがるんだよ……お前、これでも平気なのか?」
「うーん……痛いのは痛いんだけど、何か普通過ぎて」
「「普通!?」」
スピカの発言に、声を上げて驚く二体のグール。
「例えばなんだけど、このサーベルはもっと突起を増やして神経を上手く削り取る感じにした方が痛くなると思うよ」
自らの太ももに食い込んだままのサーベルに目を向け、淡々と語るスピカ。
「それから、刃に病原菌を塗って精神的にも追い詰める工夫をするとか良いかもね。いっそ肉を食べる虫に体を端っこから食べさせるとかすれば良いかもよ? 後は二人とも話し方だダメだよ。小物っぽくて全然怖くないから、もっと間を大事にしながら──」
「待て待て、分かったもう良い!」
次々と出てくるスピカからの指摘に、慌てて制するグール。
「おい、何で拷問している俺達が拷問方法のレクチャーを受けてるんだ?」
「そういえばこいつの住んでた村、何て呼ばれてたか知ってるか?」
「あぁ……確か……」
顔を見合わせ、横目でスピカに目をやる二体のグール。
「「邪悪村……」」
《スピカ、とうとう魔物まで引かせちゃってるじゃない》
(そうだね、善意でアドバイスしてあげたのに)
《善意の拷問のアドバイスなんて、この世には存在しないわよ!》
二体のグールが言葉を失っている中、ガシャガシャと音を立てながら新たなスケルトンが地下牢に姿を現す。
「おい、アナスタシオス様がその人間を呼んでる。執務室まで連れてきてくれ」
「あ、あぁ……」
「何だお前ら、何かあったのか?」
「いやいや何もない! さっさと連れて行くぞ」
我を取り戻し、鎖を天井から外す二体のグール。
(どこかに連れて行かれるのかな? やっとここから出られるよー)
《そうみたいだけど、ちょっとは緊張感を持ちなさいよ!》
そんなことを思いながら、鎖で引きずられ地下牢を後にするスピカだった。
★ ★ ★ ★ ★ ★
小窓から差し込む光以外、照明器具もない薄暗い通路。そこを歩く二体のグールと、その二体に引きずられて歩くスピカ。
(流石に体が上手く動かないよ……)
《ほら、やっぱり平気じゃなかったのよ!》
(うん、思ったよりダメージがあったみたい、気をつけなくちゃ)
辛そうに足を引きずりながら歩くスピカ。ふと視線を上げると、小窓から差し込む光が目に映る。
(あれって、外の光りかな?)
《そうみたいね、地下だけど地上にもつながっているのかしら?》
(外か……ふぅん……)
そのままゆっくりとした歩調で小窓の下を通過する。光に照らされたスピカの体が、一瞬ぼんやりと薄く光る。
(外、夜だったね)
《ええ、あのグールの言っていた通りみたいね》
(天気も良かった……)
考えながら通路の先に視線を送るスピカ。
(窓はあと四つ……)
小さく頷いたスピカは、そのまま二つ目の小窓の下を通過する。外の光を浴びたスピカの体が、再び薄く光る。
(外は……アンデットが沢山……場所は……うん、大体分かったかな)
星明りを浴びて一瞬のみ発動した星の力。
その一瞬、強化された感覚を用いて、外の気配を探り取ったスピカ。
続いて三つ目の小窓の下を通過するスピカ。三度星の力を発動し、さらに細かく外の様子を探る。
(距離と角度は大丈夫、後は……あれ? もう来てくれてるんだ)
《スピカ、さっきから何をいってるのよ?》
(ふふっ、脱出の算段だよ。でももう準備完了かな)
《脱出? 本当に?》
(うん)
内心で頷いたスピカは、最後の小窓の手前で足を止める。
「あ? どうした?」
「ねえ、ここで離してくれればあなた達は死なずに済むけど、どうする?」
ニヤリと笑みを浮かべるスピカ。対するグールは怪訝な表情で鎖を引っ張る。
「何言ってやがるんだこいつ、さっさと歩け!!」
「そっか、それは残念だね」
言葉と共に、鎖に引っ張られ足を進めるスピカ。
そして、最後の窓から差し込む光が、スピカの体を明るく照らす。
ここまで読んで下さりありがとうございました。次話もよろしくお願いします。