74話:囚われのスピカ
分厚い雲を切り裂き、飛翔する巨大な影。
スピカがエリスカリスに攫われておよそ丸一日。リゲルとシャウラ、そしてプルートは、ウラノスの背に乗りスピカの救出に向け大空を飛翔し続けていた。
「シャウラ、方向はこっちで間違いなさそうか?」
「うん…………間違いない…………と思う…………距離も…………だんだんと…………近付いてきてる…………」
「やっぱり合ってんのか、となると厄介かもしれねえな」
進行方向を見つめながら、表情を曇らせるリゲル。隣ではリゲルの発言に対して、シャウラが小首を傾げている。
「厄介…………何が…………厄介…………?」
「あぁ、俺の装置もほぼ同じ方角を指し示してるからな、そうなるとこの先には……」
言葉を切ったリゲルは、胸元に手を入れペンダント型の機械を取り出す。機械の先端では、小さな針が小刻みに揺れながら進行方向を指し示している。
「この先には…………何が…………ある…………?」
「ヴァン・デスティーユ砦だ」
「ヴァン・デスティーユ…………砦…………」
リゲルの言葉を反復したシャウラは、その表情をリゲルと同様に曇らせる。
「それは…………確かに…………厄介…………」
「だろ? スピカを連れ去った魔物はエリスカリスと名乗った、エリスカリスっつったら、確かビーストロードの名前だ。だったらヴァン・デスティーユ砦に向かう可能性が高い」
「うん…………あそこは…………魔物達の…………拠点だから…………向かうなら…………きっとそこだと思う…………」
重たい雰囲気でスピカの行き先を推測するリゲルとシャウラ。雰囲気を察したプルートも、不安気に視線をさ迷わせている。
「だがまあ、ヴァン・デスティーユが目的地なら策はある」
「策…………本当…………?」
「一応な、だが実行するには人手が足りねえ」
「人手…………誰か…………村から…………連れてくれば…………良かった…………?」
「せめて一人いれば違ったんだが……」
次々と出てくる問題に、リゲルとシャウラは更に表情を曇らせる。
目を伏せ考え込む二人。その二人の耳に、流れる風の音に紛れて、かすかに人の声が届く。
「──よ──」
「あ? 何か言ったか?」
「言ってない…………でも…………声は…………聞こえた…………」
怪訝な表情で周囲に視線を巡らせるリゲル。しかし、声の出所を見つけることはできない。
「──なら──すよ──」
「また聞こえたぞ?」
「聞こえた…………さっきと…………同じ声…………」
再び聞こえる声に、シャウラも首を回して声の主を探し回る。
「──手なら──ますよ──」
「……やっぱり聞こえるな」
「下から…………聞こえた…………気がする…………」
「下?」
「そう…………下…………」
頷くシャウラと共に、ウラノスの背から身を乗り出して下を覗き見るリゲル。
すると同時に、今度はハッキリと聞き取れる、甲高い声が二人の耳に届く。
「人手なら! ここにいますよ!!」
「はああぁぁっ!?」
声の出所を発見し、驚愕に声を張り上げるリゲル。
視線の先、ウラノスの後ろ脚には、小柄な一人の少女がしがみついていた。
透き通る様な白い肌に、ツンと尖った耳。リゲルとシャウラも良く見知ったその顔。
ジェルミーナがウラノスの後ろ脚にしがみつき、ブンブンと手を振っていたのである。
「おまっ、馬鹿かお前! なんでそんなところにいるんだよ!?」
「だって、連れて行って欲しいと言っても、却下されてしまったので!」
そう言って、ニッコリと笑顔を浮かべるジェルミーナ。
「ですので! ウラノス様に頼んで、後ろ脚に乗せて貰ったのです!」
「ウラノスッ、てめえ知ってやがったな?」
「ウラノス…………悪い子…………」
「グッ……グオォ……」
リゲルとシャウラからの指摘に、バツが悪そうに視線をさ迷させるウラノス。
そんなウラノスと笑顔のジェルミーナに交互に視線を向け、大きくため息をついたリゲルは、ジェルミーナへと大きく声を張り上げる。
「分かった! 来たからにはお前も手伝ってもらうぞ。それから、死んでも自己責任だからな!!」
「はい! もちろんです!!」
リゲルの言葉に両手を握り頷くジェルミーナ。だが、勢い余って手を離してしまったジェルミーナは、ウラノスの後ろ脚から滑り落ちそうになる。
「ひゃやぁっ!?」
「馬鹿っ、危ねえ!!」
「ウラノス…………しっかり掴んで…………落とさないようにね…………」
「グオオウッ」
危うく地上へ落下するところだったジェルミーナだが、間一髪ウラノスに掴まれ難を逃れる。だが、青い顔で気を失ってしまったジェルミーナは、プルートに掴まれたまま宙ぶらりんの状態となってしまう。
「大丈夫かよアイツ……」
「大丈夫…………何か…………あったら…………私が…………蘇らせる…………」
「それはそれで安心できねえんだが……」
冷ややかな視線を向けるリゲルと、ニヤニヤと笑みを浮かべるシャウラ。そして、呆れた様に息を吐くプルート。
こうして、ジェルミーナを加えた一行は、スピカ救出に向けて速度を上げるのだった。
★ ★ ★ ★ ★ ★
一方、場所は変わりヴァン・デスティーユ砦。
人間側勢力の拠点である、城郭都市コントラカストラと長きに渡って争いを続けてきた、魔物側の一大拠点である。
グールやスケルトン等、数多のアンデットがひしめき合う死の砦。その中央執務室に、強力な魔力を放つ三体の影が集っていた。
一体目は、この砦の最高責任者にして、アンデットロードでもある"アナスタシオス"。
二体目は、アナスタシオスと同じモンスターロードである、ビーストロード"エリスカリス"。
そして最後の一人。魔物らしい巨体を持つ二体とは違い、一見すると人間の少女の様なその人物は、半透明な体でフワフワと執務室内を漂っていた。
「なあ、ウチからの依頼はいつ達成できるんやろか?」
「ベラトリックス殿、悪いが其方からの依頼は後回しだ。こちらの都合を優先させてもらう」
重厚な声色で発せられたアナスタシオスの言葉に、ベラトリックスと呼ばれた少女が声を荒げて反論する。
「はぁ? 何でウチが後回しにされるんや、意味分からへんわ!」
釣り目気味の大きな目を更に尖らせ、抗議の意を表すベラトリックス。
薄い黄緑色の長いツインテールを振り乱し、執務室中を飛び回る。
「そもそもだ、其方からの依頼は時間を要すると申したはずだ。今すぐにどうこうするという訳にもいかぬ」
「ちっ、何やねん! もうええわ!!」
悪態をついたベラトリックスは、そのまま壁を擦り抜け姿を消してしまう。その様子を眺めていたエリスカリスが。呆れた様な口調で口を開く。
「はぁ……アレ、ほっといて良いの?」
「構わぬ、所詮我々とは本質を異にする存在、利害関係があってこそよ。元より信用もしていなければ当てにもしておらぬよ」
ベラトリックスの消えていった壁に目を向けながら、骨だけの顎を上下させカラカラと笑うアナスタシオス。
「それよりお主の狩ってきた例の人間だ。その者の持つ力の正体、実に興味深いではないか? 吾輩の予想が正しければ恐らく……」
「はんっ、亜人も村も無視してとにかくその人間を先に連れて来いってオーダー、ちゃんと叶えてあげたんだからさ、後はあんたに任せるよ?」
「無論だ、せっかくの楽しみなのだ、お主には手は出させん」
そう言って笑い続けるアナスタシオスは、コキコキと骨だけの指を鳴らし、その目に邪悪な光を宿らせる。
「あんたも趣味悪いねぇ、まあ良いさ。私は砦の防衛に回ってるよ」
「正面は"アークトゥルス"が守護しておる、お主は空を見張れ」
「はいはいー」
気のない返事をしながら、窓を開け空へと飛び立つエリスカリス。
その後ろ姿を未届けたアナスタシオスは、真下へと視線を向け小さく口を開く。
「さて、吾輩の予想は当たりか外れか、どうやって調べたものか……カッカッカッ」
声を上げて笑うアナスタシオスの視線の先。
ヴァン・デスティーユ砦、その地下。
暗く湿った地下牢には、鎖に縛り吊られた一人の人影があった。
身ぐるみを剥がされ、自由を奪われたその人影。
気を失い、魔物の手に落ちたスピカの姿であった。
ここまで読んで下さりありがとうございました。次話もよろしくお願いします。