73話:喪失
「スピカ様が……攫われた……?」
エリスカリスの手によりスピカが連れ去られておよそ半時。
騒ぎを聞きつけた村の住人達はスピカの家の前に集まっていた。
激しい戦闘の痕跡に騒然とする現場。そんな中、ジャンルーカやジェルミーナ、フェルナンド等に対して、リゲルの口から事の顛末が説明されていた。
「何を……言っているのですか? 良く聞こえませんでした、もう一度お願いします……」
「だから何回も言ったろう、スピカはビーストロードに攫われて、俺達は――」
バチィンッ!!
「っ痛えな……何のつもりだ?」
「あなたこそ、どういうつもりですか!? なぜスピカ様を守れなかったのですか!!」
激しく取り乱し、涙を流しながらまくし立てるジェルミーナ。一方のリゲルは、平手打ちされた頬をさすりながら、いたって冷静な口調で話を続ける。
「相手が悪かった、それだけだ。そんなことより、今後の方針を相談したい」
「そんなことですって!?」
リゲルの言葉に、再び手を振り上げるジェルミーナ。その手を掴んだジャンルーカは、ジェルミーナを宥める様に口を開く。
「落ち着きなさいジェルミ、ここで怒っても何も解決はしないだろう?」
「ですがっ……スピカ様が!」
「それは分かっている、まずは冷静になりなさい」
ジャンルーカに諭され、苦い表情を浮かべながらも上げた手をおろすジェルミーナ。そんなジェルミーナをそっと抱きしめるジャンルーカ。
その様子を見ていたフェルナンドが、話を引き継ぎリゲルへと問いかける。
「リゲルよ、事の成り行きは分かった。それで、今後の方針とはどういう意味か?」
フェルナンドからの問いかけに、再びリゲルが口を開く。
「ああ、俺達はこれからすぐにスピカの救出に向かうつもりだ、そこで――」
「待て、救出だと? お前達スピカの場所は分かるのか?」
リゲルの言葉を遮り、疑問の声を上げるフェルナンド。その疑問にシャウラが答える。
「場所は…………分かる…………スピカには…………常に…………アンデットの…………寄生虫を…………くっつけてる…………から…………どこにいても…………常に…………分かる…………」
「「寄生虫!?」」
シャウラの言葉を聞き、揃って驚きの声を上げるジャンルーカとフェルナンド。しかし、リゲルは当たり前といった表情でさらに言葉を続ける。
「あいつの場所なら俺も分かるぞ? スピカには俺が作った信号交流装置を持たせてあるからな。特殊な信号を発する鉱石を埋め込んであって、俺の持ってる対の装置でおおよその距離と方向は把握できる」
「なっ……お前達は……なぜそんなものを?」
スピカの行動や位置を常に監視しているという二人の言い分に、言葉を詰まらせながらも理由を問うフェルナンド。
しかし、当のリゲルとシャウラは、さも当然といった風の態度を崩さない。
「は? スピカは俺達のパーティリーダーだぞ? 今回みたいな万が一に備えるのは当たり前だろ?」
「そう…………常に…………スピカのことは…………見てる…………」
「そ、そうか……」
沈黙が流れる中、少し落ち着いた様子のジェルミーナが声を上げる。
「つまり、スピカ様の場所は分かるのですね? では私が探しにいきます」
「お前はダメだ」
「なっ、なぜ?」
ジェルミーナの言葉を一蹴したリゲルは、その顔に苛立ちを浮かべながらジェルミーナを見据える。
「ダメに決まってんだろうが! 恐らく救出は命懸けになる、だがお前は自分で自分を守ることもできねえ。ハッキリいって足手まといだ」
「そんなっ……でも!」
「待ちなさいジェルミ。私もリゲル殿の意見には賛成だ、お前がいくべきではない」
食い下がるジェルミーナを制し、ジャンルーカがリゲルに疑問を投げかける。
「では私から問いたいのだが、どの様にしてスピカ殿を救出するつもりだ?」
「ああ、そのあたりは絶賛検討中でな、それで相談したかったことがある訳だ」
そう言うと親指を立て、プルートとウラノスを指差すリゲル。
「あの二匹、しばらく俺達が使いたいんだが、構わねえよな?」
「なるほど、あの二匹を救出の戦力とする訳か、それは構わないが――」
「いや、ちょっと待ってくれ」
リゲルの提案に対して、承諾の意志を伝えようとしていたジャンルーカだが、今度はフェルナンドの言葉がそれを遮る。
「まさかとは思うが、お前達二人とあの二匹だけでスピカの救出に向かうつもりなのか?」
「まあ……その通りだな」
「うん…………私達…………だけで…………十分…………」
「馬鹿な!」
二人の答えを聞き声を荒げるフェルナンド。
「たったこれだけの戦力で何ができる? ましてや相手はモンスターロードなのだろう? せめて我々にも協力はさせてほしい」
「それもダメだ」
「なぜだ!?」
フェルナンドの提案をも一蹴したリゲルは、真剣な表情でジャンルーカとフェルナンドを見据える。
「スピカは俺達のパーティリーダーだ。そして、そのスピカを守れなかったのはパーティメンバーである俺達の責任だ。だから今回は俺達だけでいく」
「そう…………スピカは…………私達で…………取り返さないと…………いけない…………」
「だが、しかし……」
苦虫を噛みつぶした様に表情を曇らせるフェルナンド。一方のリゲルは飄々とした表情のままだ。
「ま、気持ちだけ受け取っとくよ、お前らは村で留守番してな」
「ああ……」
「話は分かった。ならば私からも一つだけ、これだけは約束してほしい」
小さく頷いたフェルナンドを横目に、話を聞いていたジャンルーカが声を上げる。
「必ず生きて戻ってきてくれ、スピカ殿も共にだ。あなた達も、もう立派なこの村の住人なのだから」
真剣な眼差しでリゲルを見つめるジャンルーカ。その様子に思わず鼻を鳴らすリゲル。
「はんっ、臭えこと言ってんなよオイ」
「なっ、何だと!? 私は真剣にだな!」
「はいはい、分かってるよ。いわれなくてもあのアホ連れてさっさと帰ってくるさ」
「うん…………すぐ…………戻るから…………」
ヒラヒラと手を振り応えるリゲルと、ユラユラと揺れながら短く答えるシャウラ。いつも通りの二人の様子に場の緊張も徐々にほぐれてくる。
「ジェルミも、それで良いな?」
「はい、お兄様……」
小さく頷き下を向くジェルミーナ。対照的に顔を上げ立ち上がったリゲルが声を張り上げる。
「そんじゃ、半時後には出発するからそのつもりでよろしく!」
「ああ、武運を祈る!」
激励の言葉を口にするフェルナンド。
こうして、スピカ救出に向けて、パーティは静かに動き出すのだった。
ここまで読んで下さりありがとうございました。次話もよろしくお願いします。