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71話:襲来

 曇天に覆われた空。


 分厚い雲は日の光を遮り、一帯は薄暗い影に覆われている。


 どんよりとした昼下がり。薄暗い雰囲気とは対照的な明るい声が通り抜ける。


「お待たせリゲル、ちょっと遅れちゃった」


「遅い! ちょっとどころじゃねえぞマジで」


 ペロリと舌を出しながら陽気に家のドアを開けるスピカに対して、苛立ちを孕んだリゲルの声が浴びせられる。


「いつまで待たせんだよ、日が暮れちまうぞ!」


「大丈夫だって、まだまだ全然昼間だよ? ほら、今日は大きな鳥が飛んでるねー」


《相変わらず暢気なものね……》


 トレミィの呆れた声を聞きながら、曇り空を舞う大きな鳥を指差すスピカ。その様子に、リゲルはますます苛立ちを募らせる。


「アホか! 鳥なんかどうでも良いんだよ。それより約束通り、今日は実験に付き合ってもらうぞ」


 苛立ちに歯を鳴らしながら、家の前に設置された怪しげな装置を操作するリゲル。


 全体を金属で覆われた高さ三メートル程もあるその装置は、いたる個所から白い蒸気を上げており物々しい雰囲気を醸し出している。複雑に金属の絡み合ったその中心には、直径十五センチほどの白銅色の球体がしっかりと固定されている。


 素材探索の折、スピカとリゲルの共闘によって手に入れたゴーレムの核である。


「凄い機械だね、これはゴーレムの核?」


「ああ、今日はこいつの実験だ。スピカはそっち側に回れ」


 興味深そうに装置を眺めていたスピカは、言われるがままリゲルとは反対側の端に立つ。


「この辺で良いのかな? ところで、今日は何の実験をするの?」


「はあ!? お前まさか、昨日言ったこと全部忘れてんのかよ!」


 声を荒げるリゲルだが、当のスピカはキョトンとした表情で小首を傾げる有様だ。


(うーん、何か言ってたかな? 覚えてない……)


《夕食の時に言ってたわよ。でもスピカ、食事に夢中で生返事しかしてなかったけれどね》


(あー、ご飯中はちゃんと聞いてなかったかな。ジェルミの作ってくれるご飯が美味しすぎるんだよ)


 ぼんやりと昨夜を思い出すスピカへ、装置の操作を終えたリゲルが分厚い本差し出す。


「しょうがねえな、もう一回だけ説明してやるよ。今日はこのゴーレム核を元にした、ゴーレム再生実験をする予定だ」


「再生って、この前失敗してなかった?」


「それは過去の話だろ? この本によるとだな……」


 ページを開いたリゲルは、書いてある内容を指し示しながら説明を続ける。


「ここを見ろ。ゴーレムは、核を中心に強い圧力を受けることで周囲の物質を吸収しながら生成される、と書いてあるだろう? つまり、書いてあることが確かなら、強い圧力をかければこの核もゴーレムとして再生する可能性があるってことだ」


「へぇー、なるほど」


(ところでこの本って、トレミィの城から持ってきたやつだよね?)


《そうね、ゴーレムに関する本まで置いてあったなんて、本当に良く分からない城よね……》


(良く分からないって、自分の城のことなのに……)


《まあ、そうなんだけれどね……》


(うん……)


 黙ってしまったスピカの前で、実験を前に意気揚々のリゲルが装置のボタンを押して回る。


「よし、これで準備完了だな。それじゃあスピカ、合図と同時にそっち側のスイッチを頼む」


「これだよね、了解!」


《ちょっと待って!》


(うん?)


 スピカがボタンに手を掛けたその時、トレミィが制止の声を上げる。


《何か怪しいわね……この実験、危険はないのかしら?》


(危険か、どうだろう?)


「ねえリゲル、この実験って危険はないの?」


「あーまあ、ないこともないが大したもんじゃねえな」


《ますます怪しいわね……》


 言葉を濁すリゲルの様子に、疑いの色を強めていくトレミィ。


「例えばどんな危険があるの?」


「そうだな……例えば圧力の調整を間違えた場合、装置が木っ端みじんに吹き飛ぶ可能性があるな。そうなったらスピカもミンチになって弾け飛ぶだろうな」


「《怖っ!?》」


《ほら言った通りじゃない! やっぱり危険な実験なのよこれは》


(うん、ミンチはちょっと嫌かも)


 リゲルの言葉を聞き、顔を青ざめさせるスピカ。ふと頭をよぎったアイデアを口にする。


「そうだ、そんなに危険なんだったら、シャウラに頼めば良いんじゃない?」


「はっ、シャウラねぇ……お前あれに頼めるのか?」


 片手を上げたリゲルの指差す先。スピカの家の隣にあった空き地には、おどろおどろしい骸骨と、歪に歪んだ木材で作られた謎のオブジェが鎮座していた。


(うわぁ……完成したんだあれ……)


《ちょっと、何よあの怪奇物体は!?》


(シャウラの作った祭壇だよ。この前トレミィの城から骸骨とか持って帰ってきてたから、それで作ったんだって)


《祭壇って……》


 先のとがった三角形のオブジェからは禍々しいオーラが放たれており、中からは不気味な囁き声が漏れ出ている。


(そうだよ、トレミィへの祈りを捧げる祭壇を作るって張り切ってたから。あんなのが出来るとは思ってなかったけど……)


《怖やいっ、いくら何でも怖すぎるわよ!! あんなので祈りを捧げられても私困りゅや!?》


 震えながらしどろもどろに声を上げるトレミィ。 そんなことはつゆ知らず、リゲルがせっつく様にスピカの背中を叩く。


「正直あれは俺も近付きたくない。と言う訳でだ、実験はお前が人柱になってくれよな!」


「ちょっと、人柱って!!」


《相変わらず酷いもんねあんた達……》


 リゲルの言葉に目をとがらせるスピカと、その様子に呆れ果てるトレミィ。常識とはややズレた日常の光景。


 そんな日常に影を差す様に、唐突に周囲を暗闇が覆う。


「ん?」


「何だ?」


「グウオオォォ!!」


 空を見上げるスピカとリゲルの視線の先、二人の真上を巨大な影が覆う。


 風を巻き上げ現れたその影は、轟く咆哮を上げ上空を睨みつけている。


「ウラノス?」


「どうしたんだ?」


「ガルッ、ガルルウゥッ!」


 眉をひそめる二人。そこへ、全身の毛を逆立てたプルートが駆け込んでくる。


 真っ赤な相貌を鋭く細め、上空に向かい唸り声を上げ続けるプルート。二匹の視線につられ上空を見上げたリゲルは、そこで違和感に気付く。


「おい、あれは……」


「…………何事…………?」


 異変に気付き、祭壇に籠っていたシャウラも顔を覗かせる。


「お前ら、あの影何に見える?」


「影? あの鳥のこと?」


《そうね、随分多きな鳥だけど》


「鳥?…………違う…………鳥じゃない…………っ」


 緊迫感の籠ったシャウラ声と同時に、上空から甲高い声が降り注ぐ。


「あら、バレちゃったかしら? それじゃ様子見はここまでね!」


 大気を巻き上げる轟音と共に、急激に高度を下げるその影。距離が縮まり、徐々にあらわになるその姿を見て、リゲルとシャウラが危機感の籠った声を上げる。


「おいおい、マジか!?」


「あれは…………マズい…………」


 背と両腕から一対ずつ、計四枚に及ぶ極彩色の翼を羽ばたかせ、悠然と空を舞うその魔物。


 美しく鮮やかな羽毛に全身を覆われていながら、三メートルを超す巨体からは恐怖と威圧感しか感じることはできない。


死を拒む者(ネクロマンサー)に、そっちはドワーフかしら? ってことはあんたが例の人間だね?」


《スピカ、マズいわよ!》


(分かってる、コイツ強い!)


 警戒するスピカに対して、歯をむき出しにして邪悪な笑みを浮かべながら、敵意の籠った声を上げる。


「それじゃあ、パパッと終わらせちゃおうかしらね!」


 声と共に、獣特有の濃密な殺気が周囲を覆いつくす。


 ビーストロード "エリスカリス" が、スピカの前に舞い降りる。

ここまで読んで下さりありがとうございました。次話もよろしくお願いします。

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