70話:邪悪村
地平線を赤く染め上げる夕日。
沈みゆく太陽を背に、七つの影が荒野を歩いている。
ベリンダとクラーラを引き連れ、村へと足を進めるフェルナンド。そして、その三人に囲まれ身を寄せ合う四人の女性。
小柄な体躯が特徴的な、ハーフリングの少女達だ。
「見えてきたぞ、あそこが我々の村だ」
「ありがとうございます、おかげで無事に辿り着けました」
夕焼けに照らされる亜人の村を確認したハーフリングの少女達は、揃ってフェルナンドの方を向くと深々と頭を下げる。
「構わない、それよりもう少しだ」
頭を上げさせたフェルナンドは、そのまま四人を引き連れ村の正面入口へと辿り着く。そこへ、村の入り口で作業をしていたジャンルーカが出迎える。
「戻ったかフェルナンド、その者達は?」
「ああ、周辺警備の途中で出会ってな。村への移住を希望していたので、ついでに連れてきた」
「あ、あのっ、私達人間から逃げてきて……」
四人組の内の1人、赤毛の少女が緊張した面持ちで前へ出る。
「西の方に亜人が暮らしている村があると話を聞いて、それでここまで……」
おどおどと口ごもりながらも、一生懸命に話す少女の頭を、ジャンルーカがそっと撫で労いの言葉をかける。
「そうだったか、ここは少し場所が分かり辛いからな、道中大変だっただろう? 君たちを歓迎する、ゆっくりするといい。それからフェルナンド、彼女達の保護感謝する」
「構わないさ、放っておく訳にもいかないだろう?」
片手を上げ笑顔を浮かべるフェルナンド。ジャンルーカも優しい表情で少女達の応対を続ける。
「とりあえずは住む所と食事が必要だな、早速マイヤとオイゲンに手配しよう。今晩は私の妹が世話をするから安心しなさい」
「ありがとうございます。もっと怖い村なのかと思っていましたが、来て良かったです!」
笑顔で喜び合う少女達。しかし、ジャンルーカとフェルナンドは少女の言葉に怪訝な表情を浮かべる。
「怖い村、とはどういうことだ? 亜人達が平和に暮らす良い村だと思うのだが」
「はい、この村は亜人が人間に迫害されることなく、平和に住むことのできる村だと聞いてきました、ですが……」
少女は一度言葉を切ると、言いづらそうに目を伏せながら再び口を開く。
「ですが……この村は住人が皆邪神を信仰していて、人間を残虐な方法で殺して回り、凶悪な魔物と屍を従えている "邪悪村" だという話を聞いていたので、少し怖かったのです」
そう言って俯く少女を、ギョッと見開いた目で見つめるジャンルーカ。
「邪悪村!? どどっ、どういうことだそれは?」
「落ち着けジャンルーカ、彼女達を怖がらせるな」
「しかしフェルナンド、私達の村が邪悪村と呼ばれているのだぞ? 信じられるか!?」
「ふむ……まあ冷静に思い返してみるとだな……」
努めて冷静なフェルナンドは、ジャンルーカを宥めながら腕を組みじっと考える。
「良く考えてみてくれジャンルーカ。まず、住人が皆邪神を信仰している、という点についてはどうだ?」
「それは……確かに間違えてはいないな……」
「そうだろう? 次に、人間を残虐な方法で殺して回る、の部分はどうだ?」
「私達はそんなことは……あっ」
「そうだ、この村にはそういうことをやる奴がいるだろう?」
「スピカ殿とその仲間か……」
沈鬱な表情を浮かべるジャンルーカに向けて、フェルナンドは言葉を続ける。
「最後に凶悪な魔物と屍だが、これはなあ?」
振り返り様に親指を後ろに向けるフェルナンド。指の先では、ベリンダとクラーラが虚ろな表情で視線をさ迷わせていた。
「これに加え、プルートもいるという訳か……」
「な? 邪悪村っていうのも、言い得て妙だと思うがな」
ガックシと膝をつき項垂れるジャンルーカ。そこへ、透き通る様な甲高い声がかけられる。
「お兄様、どうかしたのですか?」
「ああ、ジェルミか」
妹であるジェルミーナが登場したことで、気持ちを切り替えしゃんと立ち上がるジャンルーカ。
「いや、何でもない。それより丁度良い所に来てくれた、この四人は移住希望で先ほど村に着いたばかりなんだ、案内を頼めるか?」
「そうなのですね、もちろん大丈夫です」
小さく頷いたジェルミーナは、少女達へと視線を向ける。
「ジェルミーナと申します、よろしくお願いしますね」
「あ、はい! よろしくお願い……し……」
恭しく頭を下げる少女達だったが、その視線が空中で釘付けとなる。
「どうかしましたか?」
「待てジェルミ、あちらの方角だ」
「ああ、何か黒いものが」
一同の視線の先、夕暮れで真っ赤に染まる空。その空に、巨大な黒い影が浮かび上がっている。
「おいおい、冗談だろう?」
「まさか……あれは!」
夕焼け空を舞う巨大な影。
沈みゆく太陽の光に照らされ、鈍く光る灰色の鱗。
夜の闇よりも深く暗い相貌。
豪快な羽ばたき音と共に大気を巻き上げる翼と、風を切り蠢く尾。
全身から凶悪なオーラを放ち、空に舞う巨大なその魔物。
「馬鹿なっ、なぜドラゴンがこんなところに!?」
「くそっ、ジャンルーカ、村人の避難が先決だ。頼めるか?」
「フェルナンド、お前は?」
「スピカ様! 戻ってこられたのですね!!」
「俺なら大丈夫だ、何とか奴の注意を引いて村から遠ざける」
「無茶を言うな! たった一人で何ができる?」
「だが、誰かがやらねば……ん?」
「んん? 今何か……」
「「スピカ様??」」
緊迫した会話の最中、突然聞こえてきた場違いな言葉に、揃って首をかしげるジャンルーカとフェルナンド。視線の先では、嬉しそうなジェルミーナがドラゴンに向かって両手を振っている。
「ジェルミ、お前は今スピカ様と言ったのか?」
「はいお兄様、あれはスピカ様ですよ」
「いや、なぜ分かるのだ?」
「え? だってスピカ様の匂いと息遣いが聞こえるじゃないですか、おーい! スピカ様ー!!」
ジェルミーナの言葉を聞き、顔を引きつらせるジャンルーカとフェルナンド。
「ジェルミよ、我が妹ながら今のは少し気持ち悪かったぞ」
そんな地上の様子などつゆ知らず、風を巻き上げながら村の入り口に着地するウラノス。その背からは次々と賑やかな声が響く。
「着いたー、ただいま皆!」
「あっという間だったな、こいつは便利だ」
「翼…………治して…………良かった…………」
「ガルルゥッ」
《はっ、はあぁー……怖かったわぁ》
ウラノスの背から飛び降りるスピカ。続いてリゲル、シャウラ、プルートと地上に降り立つ。そして、高所の恐怖に気の抜けた声を上げるトレミィ。
その光景を間近で見ていたハーフリングの娘四人は、あまりの衝撃的光景に一斉に気を失ってしまう。
「スピカ殿、これはどういうことだ? いったい何が ぐふぇ!?」
「邪魔ですお兄様!!」
スピカへと詰め寄るジャンルーカだったが、背後からの突然の衝撃にたたらを踏む。声と共に横を駆け抜けたジェルミーナを見て、妹に突き飛ばされたのだと気付く。
「スピカ様っ、会いたかったですぅ……ってぇ、そのお洋服は、なんて素敵なのですか!! スピカ様の凛々しさと美しさがますます際立っています! そして、そちらの剣も新しいものですよね? スピカ様にぴったりのカッコ良い剣だと思いますぅ。ああ、少し見ない間に魅力が百億倍にも膨れ上がって、ジェルミはもう意識を保つのでやっとですぅ。おっと、鼻血が……」
スピカの胸に顔を埋め、息もつかせぬ言葉の連打でまくし立てるジェルミーナ。その背後から呆れた表情を浮かべたフェルナンドが顔を覗かせる。
「スピカ、そのドラゴンは何だ?」
「ああ、この子はウラノスっていうの、邪神の城で仲間にしたんだよ!」
「正確には…………ドラゴンゾンビ…………だけどね…………」
スピカとシャウラの言葉を聞き、ギョッと目を見開くジャンルーカ。
「まさか、そのドラゴンもこの村に置いておくつもりなのか?」
「そうだよ? とっても強いし空も飛べるから、すっごく便利だよね!」
「待ってくれ、これ以上この村に邪悪な要素を入れないでくれ!」
「《邪悪な要素?》」
トレミィと声を揃えながら、小首を傾げるスピカ。慌てふためくジャンルーカは、気を失った少女達を指差しながら言葉を続ける。
「この者達が教えてくれたのだ、どうやらこの村は邪悪村と呼ばれているらしい」
「邪悪村?」
「そうだ、そして理由のほとんどが、スピカ殿と仲間の方々にある様なのだ」
《ちょっ、邪悪村ってあんまりなんじゃない? スピカ達がクレイジーなことばっかりやるからじゃないの?》
トレミィの言葉も他所に、じっと考え込むスピカ。
「私としてもスピカ殿には感謝している、しかし邪悪村というのはいくらなんでも……」
「邪悪村か、良いねぇ!」
「そうだな、威圧感があって良いんじゃねえか?」
「イケてる…………と思う…………」
ジャンルーカの言葉を遮り楽し気に声を発するスピカ。そして、それに同調するリゲルとシャウラ。
「おい待て、そんな訳はないだろう!?」
《待ちなさいよ、良い訳ないでしょう!?》
苦言を呈するトレミィとジャンルーカだったが、そんな二人を置いてけぼりにしながら、盛り上がりを見せるスピカとそのパーティ。
「じゃあ今日から、この村は邪悪村って呼ぶことにしようよ!」
「良いなそれ、中々センスあるぜ」
「素敵…………邪悪村…………」
その様子に絶望する声が二つ。
《考え直してぇ、私の村が!!》
「止めてくれぇ、私達の村が!!」
トレミィの悲鳴とジャンルーカの悲痛な叫びが、日の沈んだ夜空にこだまするのだった。
ここまで読んで下さりありがとうございました。次話もよろしくお願いします。