07話:反撃
※2019/10/18 表記方法と内容を微修正しました。
神託の力に目覚めたスピカ。
対するガルムは、先ほどまでと違い群れで一斉に襲い掛かる。強靭な脚から生み出される推進力により、目にも止まらぬ速さで距離を詰める黒い影達。だが、スピカの目には酷く緩慢なものに映っていた。
(遅い……)
先ほどまではガルムの速度に翻弄されていたスピカだったが、今や視線の動きや切り返しの動作といった、細かな挙動まではっきりと追うことが出来ていた。
強化された感覚で一瞬のうちに状況を把握すると、正面から襲い掛かってくる一頭に狙いを定める。個体ごとの細かな違いを見極めたスピカは、その個体が先ほどまで自分をくわえていた個体であると確信していた。まずは、自分に止めを刺そうとしていた相手に狙いを定めたのである。
低く剣を構え駆け出すスピカ、その速度にも大きな変化が見られた。軽く踏み込んだ程度にもかかわらず、グングンと速度が上がり風を切る音が耳元で響く。残像を残し、光の尾を引きながら駆けていく姿はまさに流星の様である。
速度を落とすことなくガルムの動きに注視するスピカ。わずかに目を細め、足に力を籠めるガルム。今まさに飛び掛からんとするその前兆を、スピカの目は鮮明に捉えていた。
直後、跳躍に踏み切ったガルムを見て、地面を蹴る足に力に籠めるスピカ。そして、前足が振り下ろされる一瞬、溜めていた力を放つ様に一気に地面を蹴る。
尋常ではない瞬発力によって、一瞬のうちにガルムの巨体を潜り抜けるスピカ。あまりの速度に、光の粒子をその場に残し消え去ったかの様に錯覚を覚えるほどである。
飛び上がったガルムの下に潜り込んだスピカは、無防備な胴体に横一文字に剣を振るう。光の粒子を撒き散らす刀身は、頑丈なはずの黒い毛皮をいともたやすく切り裂き、骨と臓腑を切断、その巨体を二つに切り裂いた。
ブレーキをかけ振り返るスピカ、それと同時に轟音を立て地面に落ちるガルムの胴体。
一瞬の出来事に足を止めるガルムの群れ。それらを一瞥し、ビュンッと剣を振るい血を払ったスピカは、うっすらと笑みを浮かべ次なる相手に向け駆け出していくのだった。
一連の戦闘を見ていたトレミィは、スピカの才能に改めて舌を巻いていた。
《強いっ……》
神託による力は確かに凄まじい。しかし、それ以上にいきなりそれを使いこなすスピカの才能に驚きを隠せないトレミィ。ガルムとの衝突時に見せたスピカの動き、その太刀筋はかつて挑んできた勇者の剣を直接見たことのあるトレミィから見ても、非常に洗練された一撃に感じられた。
《今までの自分を超える力、普通はその力に振り回されたり上手く扱えなかったりするわよ。それを何の抵抗もなく使いこなして、本当に戦闘に関しては才能があるのね》
トレミィが一人感嘆している間にも、次々とガルムを倒していくスピカ。
光の粒子をまとわせた剣は、ガルムの漆黒の毛にも阻まれることなく、易々と切り裂いていく。また、神託の力により強化された体は、ガルムの膂力を相手にしても押し負けることはなかった。むしろ、スピカの剣に押され、ガルムの方が押し込まれるほどである。
時には真正面から、あるいは回転するように身を躱しながら、死角を突くように体を滑り込ませながら、流れるように剣が振るわれ、その度にガルムの死体が転がっていく。
今やその数を四頭まで減らしたガルムは、それでもなお諦めることなくスピカを狙う。広がるように扇状の陣形を取ると、先頭の一頭が吠える。直後、四頭が一斉に襲い掛かる。
《スピカッ》
(大丈夫、任せて!)
危機感に満ちたトレミィの声とは対照的に、スピカは冷静に相手を観察する。四頭の同時攻撃にもかかわらず、全ての動きを正確に捉えていたスピカは、最も距離を詰めていた正面の一頭に狙いを定める。
相手が後ろ足を蹴りこんだ瞬間、隙が出来る一瞬のタイミングを見計らい一気に距離を詰める。そのままギョッとするガルムの喉元に剣を突きつけると、一息に首の後ろまで貫く。
(次は……っ!?)
剣を引き抜き次の相手に移ろうとするスピカだったが、予想外の事態に足が止まる。喉元を貫き、命を絶ったはずのガルムが大きく身を捻ったのである。
最期の力を振り絞り、血を撒き散らしながら体を回転させるガルム。必然的にその喉元に刺さっていた剣も大きく引っ張られることになる。力を緩めた一瞬の隙を突かれたスピカは、血で滑りやすくなっていたことも相まって剣から手を放してしまう。
ズシンと音を立て倒れるガルムの巨体。憎しみに見開かれた深紅の瞳と一瞬目が合うが、すぐに迫りくる残りの三体に意識を移すスピカ。
剣を引き抜くため倒れたガルムの胴体を飛び越えるスピカ、柄に手を伸ばすところで正面から別のガルムが襲い掛かる。
(間に合わないっ)
一瞬で判断を下したスピカは、片足を軸に足を振り上げると、そのまま襲い来るガルムの横っ面に蹴りを入れた。自身の数倍以上はある巨体、圧倒的な体重差、ガルムからしてみれば歯牙にもかけない様な攻撃だが、神託の力で強化されたその蹴りはガルムの巨体を大きく弾き飛ばす。
蹴りこまれた顎は粉々に砕かれ、回転するように吹き飛ばされるガルム。錐もみしながら飛んでいく先には、さらに別のやや小柄なガルムが迫っていた。ギョッとするガルムに蹴り飛ばされた巨体が突っ込み、大きな音を立て吹き飛んでいく。
《上手い!》
(よし!)
チラリとその様子を確認したスピカは、すぐに剣を引き抜き最後の一頭へ向かう。怒りの目を向けるガルムを見据え、剣を正面に構える。
ジグザグと翻弄するような動きで距離を詰めるガルム。目を細めその動きに集中するスピカは、相手が切り返した瞬間一気に駆け出す。
相手の動く先を予想し、待ち構えるように位置を取ったスピカ。そのまま上段に剣を構えると、全身に力を籠め大きく振り下ろす。
とっさに前足で防御を試みるガルム。しかし、振り下ろされた剣は、その前足もろともにガルムの巨体を一刀両断にする。
砂埃を立て倒れるガルム。背を向けたままのスピカは流れるような動作で剣を一振りすると、ゆっくりと鞘に戻す。
「はぁっ……はぁっ……ふぅー」
先ほどまでの戦闘が嘘のように静寂に包まれる中、スピカの息を吐く音が響く。
《凄い……凄いわスピカ! 勝ったわよ!! あぁ……本当に勝ったのね!》
(うん、よかった)
キャイキャイとはしゃぐトレミィに笑顔で返すスピカ。ゆっくりと周囲を見回し他に敵がいないことを確認するとその場にドカリと座り込む。
(あぁ、疲れたっ、でも勝てて良かった!)
《うんっうんっ、本当凄かったわ! あの数を相手にたった一人で、しかも圧倒してた! 天才よ天才!!》
(天才じゃないよー)
盛り上がるトレミィの声を聞きながら空を見上げる。雲間から垣間見えていた星空は再び雲間に隠れようとしていた。
(星が隠れちゃう、あの星たちが私に力を貸してくれたのかな……)
《スピカ?》
ボーっと夜空を見上げるスピカを不思議に思うトレミィ。
(あの星たちが私に力を貸してくれたのかなって思って、おかげで勝つことが出来た)
隠れゆく星空を見ながら答えるスピカ。雲がかかるにつれて、開かれていた瞳がゆっくりと閉じられていく。
(トレミィを悲しませずに……済……んだ)
そう告げると同時に、バタリとその場に倒れるのだった。
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