68話:邪神の城 ~屍竜~
「グウオオオオォォォォッッ!!!!」
激しく空気を震わせる、重厚な唸り声。
城壁をも超えるほどの、禍々しい巨大な影。
凶悪なオーラを放ちながら、ゆっくりと鎌首をもたげたその影は、生気の無い相貌でスピカ達を睨め付ける。
「あれは、ドラゴンかな?」
「ドラゴンには間違いねえが、あれもアンデットだな」
「…………屍竜や…………ドラゴンゾンビと…………呼ばれる魔物…………とても…………珍しい…………」
長い首に巨大な翼、そして長大な尾。圧倒的な威圧感を放つその姿は、ドラゴンの中でも上位の存在であるということが容易に想像がつく。
しかして、その巨体の節々は腐り落ちており、所々内部の骨格が垣間見えている程である。
巨大な翼もボロボロと穴が開いており、本来の役割を果たすことはできない状態だ。
濃い灰色の鱗に全身を覆われた、八メートルを超える巨体。トレミィの瘴気により屍と化した竜、ドラゴンゾンビがスピカ達の前に立ちはだかる。
《スピカ、あいつは昔からこの辺りを縄張りにしている主みたいなやつよ。私の瘴気が満ちていた中でも、動き回ってたほどの力を持っているわ》
(なるほど……って、そういうの知ってるんだったら早く言ってってばー)
《だっ、だから、わすりちぇたのよ!》
(わすりちぇ?)
「グオオウゥッ!!」
しどろもどろなトレミィをスピカが突いていたその時、鎌首をもたげたドラゴンゾンビが、、唸り声を上げながら巨大な尾を大きく振るう。
「ギャイイィン!?」
尾が振るわれると同時に甲高い鳴き声が響き渡る。直後、スピカ達のすぐそば、城の外壁に大きな衝撃が走った。
ドゴオォンッ!!
「おい、何だ今のは?」
「何か飛んできた? って、プルート!?」
衝撃と共に崩れる外壁。その下で全身から血を流し、ピクピクと痙攣を繰り返すプルート。それに気づいたスピカとシャウラが慌てて駆け寄る。
「シャウラ、プルートをお願い!」
「うん…………任せて…………」
直ぐ様回復をかけるシャウラ。プルートの全身をぼんやりと光が覆うと、傷口が徐々に塞がっていく。
「これで…………大丈夫…………だと思う…………」
「キュウウゥン……」
傷が癒え意識を取り戻したプルートが、小さく鳴き声を上げる。その様子を一瞥したリゲルは、ドラゴンゾンビへと視線を戻しじっくりと様子を観察する。
「おい変態、お前の力であのドラゴンゾンビ、なんとかならねえのか?」
「可能…………だけど…………あれだけ大きいと…………直接触れないと…………ダメ…………」
「直接か……」
顎に手をやりじっと考え込むリゲル。数瞬の思考を経てスピカへと視線を移す。
「スピカ、俺達であいつの注意を引くぞ。その間にシャウラは直接触れるところまで接近しろ」
「囮役だね、オッケー」
「分かった…………私のアンデット達も…………囮に使う…………」
頷きながら星の力を開放するスピカ。
シャウラもまた、周囲にアンデットと化した魔物達を集わせる。邪神の城までの道中で従えたアンデット達だ。
「アステルの初陣だね、よおぉ……し?」
掛け声と共に剣を引き抜いたスピカは、マントを翻しながら一気に駆け出す、そして。
《ちょっとちょっと、どうなってるのよ!?》
「おいぃ!? スピカお前!」
「スピカ…………飛んでる…………」
光を放ちながら駆け出したスピカは、そのまま地面から足を離し、フワフワと浮き上がっていた。
「なっ、何これ? 飛んでる!?」
《凄いわスピカ、飛んでるわよ!》
(うん、でもこれどうしたら良いの?)
バタバタと手足を動かすスピカ。動きに合わせてマントからは特別輝きの強い光の粒子が飛び散るが、当のスピカ本人は空中で前後左右に揺れるだけで、地上に戻ることも出来ずにいる。
「おいバカ、早く下りてこい!」
「そんなこと言ったって、どうすれば良いのか分からなあぁーーっ!?」
空中でくるくると回転していたスピカだったが、突如叫び声を上げたかと思うと、そのまま天高く飛び上がり夜空に姿を消してしまう。
「あのバカッ! この忙しい時に訳分からんことしやがって、マジで戻ったらクソしばき倒す!!」
「あの…………マントの…………力かな…………キラキラ…………光ってたから…………」
「ああ、普通のマントじゃないっぽかったからな」
夜空を見上げていたリゲルとシャウラだったが、重い地響きで意識を地上に戻す。ドラゴンゾンビがゆっくりとした動作で前進を開始したのだ。
「じゃあ…………ここは…………私が…………」
シャウラの囁きと共に、アンデットと化した魔物達が一斉にドラゴンゾンビ目掛けて襲い掛かる。
「グオオォォッ!!」
群がるアンデットに向けて放たれる咆哮。巨大な口から迸る濁った紫色のブレス。猛毒に満ちたブレスはアンデット達を飲み込むと、その全身を溶かしていく。
「ガウウゥ……ガゥ……」
ブレスに晒され体を溶かしていくアンデット達。見る間に全身を侵食されたアンデット達は、骨すら残すことなく消滅していく。
「中々…………強力…………あそこまで…………体が…………崩されたら…………私でも…………再生…………できない…………」
「ちぃっ、思ったより厄介だな、どうするか……」
苦々しい表情を浮かべるリゲル。そこへ、頭上から甲高い叫び声が降ってくる。
「とおおぉぉ――」
透き通る様な声。夜空に響き渡るその声と共に、流星のごとき光の塊がドラゴンゾンビ目掛けて一直線に降り注ぐ。
「とおりゃっ!!」
掛け声共に、ドラゴンゾンビの側頭部を直撃する光の塊。
天高くから飛び蹴りを食らわせたスピカは、大きく倒れ込むドラゴンゾンビの巨体を足場にすると、再び空中に飛び上がる。
(うん、だいぶ飛び方も覚えてきたかも。マントに意識を集中してっと)
《普通空中での動きなんて、こんなに早く覚えられるものじゃないわよ。相変わらずこういうセンスはずば抜けてるわね……》
円を描く様に宙を舞ったスピカは、なだらかな軌道でリゲルとシャウラの元へ降り立つ。
「ゴメンッ、ちょっと間違えて飛んでいっちゃってた!」
「戻ってきたか、じゃあしばき倒すぞ」
「えぇ? ちょっと待ってよー、今はそれどころじゃないでしょ!」
慌ててシャウラの背後に隠れるスピカ。その様子に嘆息しながらも、起き上がるドラゴンゾンビへと視線を移すリゲル。
「はぁ、まあ良い。それじゃああらためて、あいつの迎撃に移るか」
「あ、そうだ!」
声を上げマントを大きく翻して見せるスピカ。その動作に合わせて、マントからはキラキラとした光の粒子が舞い散る。
「ほらこのマント、飛べる様になるみたいなんだ。だから私がシャウラを抱えてあそこまで飛んでいくよ」
「そりゃ良いな。じゃあ俺は地上から奴の動きを封じる係だな。あとはどうやって直接触れるかだが……」
「だったら…………いい考えが…………いっそ…………私が…………あいつに…………食べられるのは…………どうかな…………?」
「「いやいや、それは――」」
シャウラの提案に声を揃えて言葉を詰まらせるスピカとリゲル。
《そうよ、食べられるなんていくら何でも……》
「いや、有りだな?」
「うん、有りかも!」
《ってちょっと! あんた達!?》
思わぬ反応に声を荒げるトレミィを他所に、作戦の方向性を決めていく三人。
「しかしお前、あのブレスは平気なのかよ?」
「私なら…………溶ける端から…………回復していくから…………平気…………」
「そうか、なら作戦はこうしよう、まずはスピカが――」
こうして作戦をまとめた三人。
「よし、じゃあいこう!」
スピカの掛け声と共に、迎撃作戦が開始される。
《やっぱりあんた達、大分おかしいわね……》
そんな様子に呆れた声を上げるトレミィだった。
ここまで読んで下さりありがとうございました。次話もよろしくお願いします。