67話:邪神の城 ~新たな装い~
夜の帳が下りる頃。
邪神の城、その正面入り口では二つの人影がたたずんでいた。
「…………うふふぅ…………」
不気味な笑い声を漏らしながら、ゆらゆらと不規則に揺れているのはシャウラだ。
その姿は城に到着した時とは大きく異なっている。
濃いアイシャドウで目の周りを覆い、白く長い髪をボサボサに散らかした姿は、スピカ達と死闘を繰り広げた際の姿を彷彿とさせる。
へその上から胸元までだけを覆ったコルセットの様な面積の少ない衣服。丈の短いパンツは、カボチャの様に中ほどが大きく広がっている。
首や両腕、両脚には所々不規則にベルトが巻き付けられており、足元は底の厚いショートブーツを履いている。
そして、その装いのいずれもが艶のある黒色で統一されており、表面にはどこか生物の内臓を思わせる、怪しい文様が走っている。
純白の肌とは対照的な、露出度の高い漆黒の衣装。その衣装を愛おしそうにさすって回るシャウラ。
「…………スピカ…………どう…………この…………服…………?」
「うん、とっても不気味だと思うよ」
「そう…………ありがとう…………嬉しい…………」
《なんて絶妙にかみ合ってない会話なのかしら……》
何とも意思のズレた会話をするスピカとシャウラに、呆れた声を上げるトレミィ。
大きく開いた背中、そこに刻まれた逆十字と骸骨の刺青を見せつける様な姿勢を取るシャウラは、ニヤニヤと笑みを浮かべながら口を開く。
「この服…………すごいんだよ…………ちょっと…………私を…………切ってみて…………」
両手を広げ、無抵抗のポーズを取るシャウラに、スピカは驚きの表情を浮かべる。
「切る? ホント良いの?」
「うん…………思いっきり…………真っ二つに…………するつもりで…………」
「分かった」
ズバンッ
《って、ホントに容赦なく切ったわね》
手に入れたばかりの星剣アステル。その切れ味を試す様に、シャウラを袈裟懸けに切って落とすスピカ。
「うっ…………ぐうぅ…………」
肩口から脇腹にかけて、深々と切り裂かれ血を吹き出すシャウラ。うめき声を上げながらも、全身にうすぼんやりと光を帯びさせる。
淡い光に包まれるシャウラの体、切り口に光が集まると見る間にその傷が修復していく。スピカにとっては最早見慣れつつあるその光景だったが、いつもとは違う変化に気付き驚きの声を発する。
「えっ、嘘!?」
《ちょっと、どうなってるのよ?》
再生されていくシャウラの肉体、それにあわせる様に切り裂かれた衣服も修復されていくのだ。
あっという間に再生されたシャウラの体と、その衣服。自分の体を確かめる様にまさぐりながら、シャウラは得意気な表情を浮かべる。
「どう…………これ…………凄い…………でしょ…………?」
「ホントに凄い! 服も一緒に治っちゃったよ」
「そう…………この服…………持ち主に…………寄生する…………生きた服…………みたいで…………」
説明をしながら衣服の一部をめくり上げるシャウラ。すると、その内側には無数の小さな触手が生えており、シャウラの肌に食い込むように張り付いていた。
「うわっ、気持ち悪い!」
《そうね……って、そんなことより、寄生って相当危ないんじゃないの?》
「そうだ、危険はないの?」
「危険は…………ある…………持ち主の体力と…………生命力を…………常に…………吸い続けているから…………普通は…………着ていると…………死んじゃう…………」
「《ダメじゃん!!》」
シャウラの言葉に声を揃えて苦言を呈するスピカとトレミィ。しかし、当のシャウラは問題ないといった様子だ。
「大丈夫…………来ている間は…………体中を…………ずっと…………回復し続けてる…………だから…………私なら…………平気…………」
「体中って、もしかしてその靴とかベルトとかも全部生きてるの?」
「そう…………私と…………一体化してる…………だから…………切られても…………一緒に…………再生できる…………」
「なるほど、シャウラ専用の服ってことだね!」
《いや多分違うわよ! これは単に呪いの品というか、罠というか、そういう類の気がするわ。少なくとも自分から好んで着る様な服ではないわね》
自ら危険な品を身に着け喜んでいるシャウラに、呆れ果てるトレミィ。一通り自慢し終えたシャウラは、脇に置いていた袋から別の服を取り出す。
「スピカにも…………あるよ…………服…………」
「ホントに!?」
シャウラの取り出した物、それは濃い青系色で統一された装備服一式だ。
「これも…………普通の…………服じゃないと思う…………着てみて…………」
「ありがとうシャウラ! 剣は見つかったけど、防具がなくて困ってたんだよ」
《いやいや、大丈夫なのかしら? これ、呪われてたりしないでしょうね?》
(大丈夫じゃなかな? 変な物だったらシャウラは渡してこないよ)
《変なものだからこそ渡してくる危険性があるのよ……》
トレミィの言葉を聞き流しながら、喜びに頬を緩ませ、いそいそと着替えにかかるスピカ。
《ちょっとちょっと、そんな堂々と着替えないでよ! 見てるこっちが恥ずかしいわよ》
(シャウラしか見てないんだし、平気だよー)
そう言いながらあっという間に服を脱ぎ捨てると、シャウラに渡された装備服に身を包む。
「ん、これはこう着るのかな? どう? 似合ってる?」
「うん…………闇々しくて…………カッコ良い…………とても…………」
クルクルと回って見せるスピカ。
短い襟の付いたノースリーブの上着に、股下までを隠す短めのスカート。そして、手首までの短いグローブに膝下まで覆うブーツ。それらはいずれも濃紺色で統一されている。
所々銀糸で施された刺繍が、深い紺色に映えてとても美しい様相だ。
スカートの下は、深い紫色と濃い群青色のグラデーションが鮮やかなタイツを履いており、激しく動き回ることの多いスピカでも安心な装いである。
そして、ピンと立った襟が特徴的な丈の長いマント。こちらも、深い紫色と濃い群青色の鮮やかなグラデーションに、星空を思わせる銀色の模様が散りばめられており、神秘的な雰囲気を醸し出している。
《カッッっこ良いぃーー!! ちょっとちょっと! カッコ良過ぎるわよスピカぁ!!》
(そうかな? そうかも! すごく素敵かも!!)
テンションを跳ね上げるトレミィに、照れ臭そうにしながらも笑顔を浮かべるスピカ。そこへ、スピカの装いをまじまじと眺めていたシャウラが口を開く。
「やっぱり…………それ…………不思議な…………気配を…………感じる…………きっと…………普通の…………服じゃない…………何か…………特別な…………力が…………秘められているかも…………」
「そっか、変な感じはしないけどね?」
《とりあえず呪われてなさそうで良かったわ、そして超絶的に似合ってるわ!》
盛り上がる一同。そこへ、大量の荷物を抱えたリゲルが合流する。
「悪い悪い、ちょっと遅れたか……っておいマジか!?」
合流するや否や、スピカとシャウラの姿を見て目を丸くするリゲル。
「お前ら、ちょっと見ねえ間に様変わりしすぎだろ!」
「そうでしょー? カッコ良いでしょ!」
「とても…………素敵に…………なった…………でしょ…………?」
自慢げに両手を広げて見せるスピカとシャウラ。リゲルは顎を手で撫でながら、二人の姿をまじまじと観察する。
「そうだな、スピカは勇者っぽくはねえけど、結構様になってるよな」
「えー、そんなことないよ、勇者ぽいでしょ?」
「ねえ…………私は…………?」
「ん? うおぉっ……」
スピカへの感想を述べたところで、不意に耳元でささやかれた声に振り向くリゲル。すぐ目の前でじっと顔を覗き込んでいたシャウラの姿に思わず一歩後ずさる。
「ねえ…………私は…………私はどう…………?」
妙な圧力を発しながら、グイグイとリゲルににじり寄るシャウラ。
「お前はなんと言うか、怖えなオイ……」
「やっぱり…………そう…………思ってくれる…………ありがとう…………」
リゲルの感想を聞き、嬉しそうにゆらゆらと揺れて見せるシャウラ。若干顔を引きつらせるリゲルだったが、冷静な声色で声を上げる。
「ところでお前ら、その服普通じゃないだろ?」
「分かる…………?」
「いや分かりやす過ぎるだろ! シャウラのはもはや服かどうかも分かんねえレベルだしよ」
「そんな直ぐに分かるんだね、もうちょっと詳しく見てもらおうかな?」
スピカがマントを外そうとしたその時。
グウオオオオォォォォッッ!!!!
突如として響き渡る、空気を震わせる重厚な唸り声。
「何だ!?」
「外から…………気配…………」
声の気配を辿り、一瞬のアイコンタクトを取り合った三人は城の外へ駆け出す。
「何……あの影?」
《あれは……ヤバいわね》
見上げる視線の先。
そこには、城壁をも超えるほどの巨大な影が顔を覗かせていた。
ここまで読んで下さりありがとうございました。次話もよろしくお願いします。